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天の果て地の限り やよ逆しまに走れ両大河

目の端を、流星群のような白い光跡の群れが大量に過ぎ去ってゆく。


気が付くと、アルジーは、空飛ぶ白い絨毯にしがみつく格好だった。肩にかけていた荷物袋……民間の代筆屋としての仕事道具は、そのままだ。


空飛ぶ白い絨毯に織り込まれた緻密な羽翼紋様は、古代『精霊魔法文明』に由来する、長い伝統を持つ意匠である。


発動しているのは、おそらく超古代の、謎の精霊魔法《鳥舟アルカ》。


その仕掛け主は、かの地下神殿の奥底で、その呪文を唱えた『逆しまの石の女』に違いない。


怪異な双子と化していた銀髪グラマー美女「自称アリージュ姫」が本当に仰天したうえ、もろともに吹き飛ばされた事実からして、きっと、想定外の出来事だったのだろう。


――この事象の意味は、いまは、まだ分からないが。


一瞬だけ目撃したような気のする……かの大輪の月下美人の花を思わせるような、精緻な《魔導陣》は、偶然で構成できるようなものでは無い。


絨毯を見ると、それ自体が純白に輝いていて、その霊光オーラは翼の形だ。飛跡が白孔雀の尾さながらに長く伸びて光っている。


行く先に見えているのは、途方もなく巨大な生き物の、のどのような光景だ。


夜の深淵を思わせる藍色の深みに向かって、落ち込んでゆく、湾曲した回廊。


さながら延々とつづく、すべり台だ。


何が起きているのかは知れぬが、何処ともつかぬ虚空を、猛烈な速度で飛行していることだけは分かる。


空飛ぶ魔法の白い絨毯は、高速移動に伴う風圧にあおられて、グルグルと回り続けていた……反時計回りに。


行く手に、幾つもの分岐が新しく広がってゆく。


次から次へと夜空の穴が開いてゆくかのような光景。


夜の分岐の数は、1000にも到達するのではと思われるほどだ。


……千夜一夜……『アルフ・ライラ・ワ・ライラ』という名の、永劫の幻影……


羽翼紋様を織り込まれた空飛ぶ魔法の白い絨毯は、行き先を心得ているかの如く、ひとつの夜の分岐へと進入してゆく。


いつの間にくっついていたのか、相棒の白文鳥《精霊鳥》パルとアリージュが哀れっぽい鳴き声を上げながら、アルジーの手指の隙間に潜り込んで来た。この猛烈な速度は、白文鳥《精霊鳥》にとっては、耐えがたい性質のもののようだ。


アルジー自身も、首元がジクジク痛んでいるところだ。


首元に開いた傷口から、ダラダラと出血が続いている。


怪物教団『黄金郷エルドラド』の首領魔導士、謎の『毛深族』黒ヒゲ巨漢が、《人食鬼グール》のカギ爪から削り出した黄金の魔性の三日月刀シャムシールでもって刎ねようとした――あるいは既に刎ねたのか――その位置だ。


非現実的なまでの高速の中を翻弄され、傷口がドンドン開いているという嫌な感覚を覚える。


――これ以上振り回されたら、首が本当に、もげるに違いない。


不吉に思い出される。かの狂気の邪霊使い――怪物教団『黄金郷エルドラド』の首領魔導士が、あざけりと共に宣言した内容が。


……間もなく、首と胴体が離れるでしょう。世間の想像を超えるような、むごたらしい形でね!


『どうなってるの? 何処へ行くの?』


我知らず、アルジーは《精霊語》で叫んでいた……


……次の瞬間。


難しい分岐に差し掛かっていた様子で、空飛ぶ白い絨毯が、いきなり右へ左へと、急転回した。


相棒の白文鳥《精霊鳥》パルとアリージュが、いっそう哀れっぽく鳴き叫ぶ。


目の前に広がった分岐――夜空の穴の姿をしたのどは、無数の星々の流れる大河そのものだ。


大いなる激流に翻弄される小舟のように、上下左右へと揺さぶられる。


アルジーの荷物袋の覆いが開き、白孔雀の尾羽の形をしたものが、弾みで飛び出した。


「……羽ペン!」


呆然とするままのアルジーの目の前で、《魔法の鍵》となる羽ペンが、星々の、もうひとつの激流の大河へと飲み込まれていった。


みるみるうちに、それぞれの藍色の夜ののどへと、方向をたがえ。


すれ違ってゆく両大河。


大いなる流星群に運ばれて、遠ざかってゆく、白孔雀の尾羽の――羽ペン。


――かの星々の大河が流れゆくところ、その先にある夜のひとつ、のどの奥に見えたのは。


浩々たる満月のもと、青白いまでに照り映える光景だ。


上下に細長い形の奇岩が、数多の塔の群れの如く林立している。いずれの岩肌も、長年の風雨に削られたのだろう荒々しさ。


記憶にあるシュクラ山岳王国の光景とは、まるで違う。岩石の形や種類も、斜面に見える数々の植生も。


太古から存在して来たと思われる壮大な奇岩群には、無数の亀裂があるらしく、各所から細い白糸のような滝が何本も出ている。


松柏しょうはくたぐいの多い、森厳しんげんな雰囲気の山岳地帯。シュクラ山岳地帯は、どちらかと言うと桑の木が多くて、モコモコとした印象だ……


ひときわ群を抜く、この辺り一帯の主と見える大奇岩の頂上には……目を疑うような工学物があった。


幾何学的に完全、かつ巨大な――それも上下逆転した姿の、銀色の正三角錐。


重力的に極めて不安定な構造体を、どうやって維持しているのか……分からない。


ただ一面だけ、天を向いている状態の……正三角形の平面。その正三角形の各々の隅から、一定の流量でもって、したたり落ちる水。


古代『精霊魔法文明』の遺跡。


現代の誰も、とうてい再現しえない『失われし高度な土木技術』。


重力に逆らって超高層にまで水を運び上げるほどの水路技術、三角形の面に均等に配水する灌漑技術。


あれは空中庭園なのだろうか? はるか遠き時代、精霊クジャクサボテン――月下美人の花をはじめとする、驚異の精霊植物の楽園だったという伝説があるが……


下から見上げる形になっている今は、かの天を向く正三角形の表面に、現在も伝説の光景が広がっているのかどうかは、分からない。


ぐるりと、鏡のようになめらかな銀色の胸壁に囲まれているのだけは、見える。


――不自然なまでに完璧かつ巨大な、かの上下逆転した銀色の正三角錐。


――天を向く正三角形の稜線を延々と巡る、継ぎ目のない長大な銀色の胸壁。


いずれも、かつての王の中の王《怪物王ジャバ》が、その圧倒的な超自然の魔力でもって手を加えたものなのだろうか?


そんな事を考えているうちに、白文鳥《精霊鳥》パルが「ぴぴぃ」と鋭く鳴いた。


『アル・アーラーフ! あの白孔雀の羽ペン、《魔法の鍵》……アル・アーラーフまで行って、拾って来ないと、ピッ!』


――何ですと!


あの不思議な銀色の、幾何学的な構造体を、もう一度、見直してみる――


上下逆転している巨大な正三角錐。天を向く面に、先ほどもチラリと見えた、鏡のような銀色の胸壁を備えている。あれの名前を『アル・アーラーフ』と言うのか。


アワアワしているうちに、空飛ぶ魔法の白い絨毯が、再びグルリと方向転換した。


壁のような大岩壁を、ジグザグに登ってゆく、険しい登山道が視界に入る。黒々とした狭間の陰の、それは山岳修行の道にも見え。


――その5合目の、屈折のあたり。


月光が差し込んでいて、岩肌が奥へ向かってえぐれているのが分かる。そこには、踊り場さながらに大きめの平面が広がっていた。


平面の中央に、一本の白いオベリスクが、スッと立っている。


お馴染みの聖なるオブジェだ。古代『精霊魔法文明』の祭祀遺跡では、よく見かける。宝探し冒険者たちにとっては、お宝の目印でもある。


白いオベリスク台座を囲むように、月光にきらめく水場があり、月下美人が満開の花をつけていた。


夜空の一角に、良く知る、とても明るい星座が浮かんでいる。


三角帆をいっぱいに上げた『帆掛船ダウ』。


その近くに、大砂漠や大海洋を渡る時の目印となって隊商キャラバンを導いてくれる、夜の間ずっと沈まない天測基準の星々……通称『アストロラーベ星団』。


(いまは満月の夜では無かった筈)


(そもそも……満月の夜の『帆掛船ダウ』が、あんな風に『アストロラーベ星団』に対して傾いて見えるのは、もっと別の季節の……)


――何かが、おかしい。


だが、ふと湧き上がった疑念を検討する間も無く。


アルジーと2羽の白文鳥《精霊鳥》を乗せた、空飛ぶ魔法の白い絨毯は、再びグルリと旋回し……


これが最後の分岐なのか。


千と一つの夜と昼の――星々の尽き果てた真っ暗な穴へと、吸い込まれていったのだった。

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