地底の神殿 黄金の祭壇(中)
長い長い階段を、降りつづける。
足音の主は、いずれも骸骨仮面をした邪霊使いたちだ。
先頭で松明を掲げる黒い長衣姿が、2人ならんでいる。つづくのが、黄金色の骸骨仮面にモサモサ黒ヒゲをした大柄な黒衣の首領魔導士。
アルジーは空飛ぶ白い絨毯にグルグル巻きにされたまま、首領魔導士の後ろを運ばれてゆく格好だ。
一歩ずつ降下してゆく邪霊使い一味。首領魔導士とアルジーの後ろのほうでは、邪霊使い6人が、もとは『邪眼のザムバ』である異形の黄金の肉塊を取り囲みつつ、監視しているところである。
異形の魔性の肉塊は、足元の再生がほぼ完了している様子だ。あの軟体動物のような不気味な足音は聞こえて来ない。代わりに聞こえて来るのは、人類よりもはるかに重量のある固体ならではの、異様にズッシリとした足音だ。
アルジーの視界は狭まっている状態であるものの、先をゆく松明が、延々とつづく地下階段を照らしているのが見えている。
地下一階層、古代遺物の展示に使われている研究用の地下室のところまでは、地上でお馴染みの日干し煉瓦が積み重なっていたが……更に階層を降りたところから、古代『精霊魔法文明』のものと思しき、驚異の石造建築に置き換わった。
建築の種類も年代も、よく分からない。ただ、想像もできないくらい古いということ、現在では誰も再現できないだろう高度技術があることは感じられる。
すでに千年を超えている筈の超古代の建築の石材が、いまだに、何処も欠けたり崩れたりしていない。
空間全体は……巨大な円筒形をしているらしい。
ゆるやかなカーブを描く、なめらかな壁面。
円筒形をした空間に数多の支柱。その数多の支柱には、何を意味しているのか分からない古いレリーフが、ビッシリと刻まれている。
壁面に沿って、謎の鋼材でできた細い螺旋階段が取り付けられていて、グルリと回りながら降りてゆく形だ。
アルジーを縛っている空飛ぶ絨毯が、気まぐれにクルリと向きを変えるため、壁の反対側が視界に入って来る。
――目測するかぎりでは、この聖火礼拝堂のドーム屋根と同じくらいの、壮大な規模だ。
螺旋階段は、延々とつづいている。
降りるごとに、暗くジメジメとした忌まわしい空気が、濃厚になって来る。
単に湿気があって暗い、というのとは違う。空気そのものが忌まわしい。甘ったるい、気分の悪くなるような空気も漂って来ている。
――麻薬を焚いている?
そう思う間にも、空飛ぶ絨毯が少し傾き、下方の光景が目に入って来る。
地下神殿の天井部分を成すドーム状の梁建築が、足元近くにまで迫っていた。
よく見かける単純な梁構造では無い。謎の鋼材のそれは、上方からの恐るべき荷重を支えつづけるためか、蜘蛛の巣のように――ドリームキャッチャーの編目細工のように、複雑な構造をしていた。
梁構造を透かして、暗い黄金色をした数多の炎がチロチロと燃えているのが見える。1000に近い数。もしかしたら1001個の炎があるのかも知れない。
……不意に、洞穴の中をゆくような、両側を鋼材の壁に挟まれた通路になる。
その奇妙な階層を降りると、その通路が終わったらしい。
先をゆく松明の炎が、アーチ型の出入口を照らし出した。古代の高度技術による鋼材の扉で、封印されている。
松明を持つ魔導士が出入口の脇に控え、後ろに続いていた首領の魔導士に敬礼をして待機の体勢になった。
首領の魔導士が、陰々とした《精霊語》を発音する。
『開けゴマ』
ぎいぃ、と重くきしむ音を立てて、鋼材のアーチ扉の中央部に切れ目が走り、左右へとスライドした。
首領魔導士は空飛ぶ絨毯にグルグル巻きにされたアルジーを空中に浮かべたまま、アーチ型の出入口をくぐる。つづいて、松明担当の魔導士も。
あの異形の肉塊のものであろう複数の足音もつづき、そして……再び、重く不気味にきしむ音を立てて、鋼材のアーチ扉が閉じた。
――いつだったかの不気味な白昼夢で見た、あの忌まわしい空間が広がっている。
多数の、荘厳な列柱。
地下神殿の列柱を支える台座は、グルリと、数人が立てる程度の面積がある。
方々の台座のうえで、意味深に配置された数々の『魔法のランプ』が、辺りを照らし出していた。
大人の背丈の半分ほどもある台座は……銀色になるまでに磨かれた謎の岩石を、精緻に刻んだものだ。
古代『精霊魔法文明』の、失われし高度技術による人頭彫刻――『逆しまの石の女』。蛇のようにうねる銀髪。その面差しは、魔性とも聖性ともつかぬ妖しい美しさをたたえている。
こうして実際に見てみると、月光さながらに透きとおった銀色の光沢を含む石像彫刻ゆえか、黄金色の暗い光を受けてなお白く見える顔。
かの『逆しまの石の女』の相貌を、花にたとえるならば……月下美人。
台座に施された人頭彫刻『逆しまの石の女』の頭頂部が触れている基底には、いちめんの水がヒタヒタと広がっていた。水深は非常に浅く、ランプから発する暗い黄金色の光だけでも、底が透けて見えるほどだ。
列柱がまばらになっている奥に、円形となって開けた空間がある。この巨大な円筒形の空間の、中心だ。
黄金の磐根そのものを彫り込んだかのような黄金祭壇が鎮座していた。古代の様々な怪物を模した忌まわしい彫刻が、ギラギラと黄金色の光を反射している。
アルジーは、空飛ぶ白い絨毯にグルグル巻きに拘束されたまま、黄金祭壇の上に横たえられた。端から、頭だけ突き出す格好だ。不健康な灰色にくすんだザンバラ髪が、長さだけはあるボロボロの藁クズのように、祭壇の周りに散らばった。
せめてもと、眉根をキッと逆立てて、首領の魔導士を睨む……が。
不気味な骸骨の黄金仮面を装着した大柄な魔導士は、宝冠に彩られた黒ターバンを改めて直すことに注意が向いているらしく、反応しなかった。
やがて、近くの支柱の台座で、数人ほどが騒ぎ出した。そのうち、1人が台座を降り、基底の水をバシャバシャと跳ねのけて接近して来た。
金糸刺繍でいっぱいの贅沢な長衣をまとった、その人物は……いやに記憶にあるような、傲然とした足取りだ。
近付いて来たその顔を見て、アルジーは「ウゲ」と、うめいた……
「禁断の邪霊崇拝にも手を出してたとは知らなかったわよ、『無礼者の腐れ外道』の御曹司が」
「いちいち口の減らん骸骨めが!」
奇妙にゲッソリとした面相のトルジンは、腰から三日月刀を抜くや、斬りかかろうとして来た。
……直前で、首領の魔導士の護衛よろしく突っ立っていた忌まわしい肉塊『邪眼のザムバ』が、素手で、その三日月刀をむしり取る。
「邪魔するんじゃない、ザ……」
ザムバ、と言おうとしたトルジンの口は、そこで固まった。瞬時に青ざめ、恐怖の色を浮かべて後ずさる。
テラテラ黄金肌の巨人戦士『邪眼のザムバ』だった人型の肉塊は、再生が完了していない状態だ。
全身の凄まじい裂傷は塞がっていたが、厚みの足りない皮膚を通して、筋肉や内臓の生々しい凹凸が丸見えだ。ズタズタに崩落した顔面は、まだ人間の顔をしていなかった……ジュウジュウと蒸気を上げる顔面の筋肉や骨片、脳みそが、ズルズルと垂れ下がっていたのだ。
奇妙に猫背になった背中からは、相変わらず、恐竜を思わせるギラついた黄金色の骨板の列が、刺々しく生えている。
「何だ、この化け物は」
「フハハハハ……!」
邪悪な笑いをとどろかせる、黄金の骸骨仮面の魔導士。宝冠に彩られた黒ターバンが震えた。『毛深族』ならではのモサモサ黒ヒゲが、これみよがしに揺れる。
「確か、この者に言いたいことが色々とおありになるという事でしたな、トルジン様。シュクラの貴公子どのも、何か言うことがおありになったのでは?」
取って付けたような丁寧語。その裏に、凄まじいまでの、極彩色の傲慢が透けて感じられる。
おぞましい肉塊となった大男から目を離せず、口を引きつらせていたトルジンの横に……ボロッとした面相をした、シュクラ青年ユージドが現れた。各所の青あざは、アルジーがパンチとキックを浴びせた跡だ。
その、あまりにも馴染みのある――この場では、いっそ人間的ともいえる――痕跡を目にして、トルジンは、いつもの調子を取り戻したらしい。
「なんだ、その顔はどうした……ユージド」
シュクラ青年ユージドは、暗い笑いを返した。そして……骨灰色をした骸骨仮面をかぶったのだった。かの邪霊使いゾルハンと同じように――邪霊使いとしての仮面を。
「なんだ、貴様のそいつは、この凶暴な骸骨女にやられた物か」
御曹司トルジンは、アルジーを振り返るなり、嫌悪を込めた眼差しで睨み付けて来た。
「この骸骨の化け物めが。貴様のせいで、七日七晩、こっちは大変だったんだぞ。いまだに貧血の治療中だ」
「悪名高い『独身女狩り』も出来なかったみたいだしね」
アルジーが減らず口を叩いて見せると、トルジンはカッとなって、今度は護身用の短剣を抜いた。
だが、ワンパターンと言うのか、その行為は既にお見通しだったらしく、かつて『邪眼のザムバ』だった肉塊が再び、素手で、むしり取ったのだった。
「何故、邪魔するんだ、この……うぐ」
御曹司トルジンは、顔面崩落しているザムバの姿に、再び怖じ気つく。たたらも踏んだようだ……足元のほうから、バシャバシャと跳ねる水の音。
黄金の骸骨仮面をした首領魔導士が、再び邪悪な笑い声を響かせた。
「生贄の血は、『その時』以外の間違った手法とタイミングで、一滴たりとも垂らす訳にはゆきませんからな。ご安心なされ、この女は間もなく首と胴体が離れるでしょう。世間の想像を超えるような、むごたらしい形でね。この女は今でも《火の精霊》を通じた契約により、貴殿の正式なハーレム妻ですが、さて『名誉の殺人』すなわち妻殺しを、お望みですかな?」
宝冠きらめく黒ターバン姿の首領魔導士は、新たに手に取った三日月刀を眺め始めた。
ぎらつく黄金色の刃をした異様な三日月刀だ。《人食鬼》のカギ爪から削り出した、忌まわしい刃と見て取れる。
トルジンはゴクリと生唾を呑み、改めて、上から目線で、アルジーに向き直った。
「これから俺はお前を殺してやる。『名誉の殺人』だ。不倫妻を殺処分するのは夫の正当な権利で、罪に問われることも無い」
「私が、どこで不倫をしたと?」
「知ってるんだぞ! ミリカとかいう男と、二重結婚していた! すなわち不倫だ!」
「ミリカさんは女。どっかで『アルジー、男』と報告が入れ替わったんじゃないの。ミリカさんは、トルジンのこと、徹底的に嫌悪してたからね」
トルジンは絶句した。
次に、調査係だったのであろう、後ろの支柱の台座に佇む人々を睨み付けた……
彼らは慌てたように、フルフルと首を振った。見ると、トルジン親衛隊の戦士たちだ。毎度のことで、どこかで調査モレがあったようだ。
首領魔導士は、肩をフルフル震わせて失笑している様子だ。頭部の黒ターバン宝飾や、手にした黄金の三日月刀が、その失笑に合わせてフルフルと揺れている。




