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地底の神殿 黄金の祭壇(前)

「生贄が逃げた!」


「探せ、即刻、捕らえろ!」


「我らが『黄金郷エルドラド』の栄光にかけて!」


聖火礼拝堂の方々に詰めていた「邪霊使い」の魔導士たちが、人相を隠すための骸骨の仮面を装着し、大斧槍ハルバードを抱えて動き出した。その武器を構えた黒衣姿は、骸骨の仮面とも相まって、異国のおとぎ話の絵画に描かれた死神そのものだ。


武装した魔導士たちの胸元を彩る首飾りは、通常の魔除けのジャラジャラと鳴る数珠やチェーンでは無い……それは、邪霊害獣《三つ首ネズミ》や《三つ首コウモリ》の頭蓋骨を連結した装飾品だ。その異様にギラギラとした黄金色は、まさに魔性のもの。


*****


アルジーは遂に、地上階に到達した。


地味で素朴な雰囲気をした壁が、長く続いている。


――何処かへ通じる廊下のようだ。小さな夜間照明ランプが、まばらに並ぶ。


長い通路には、中程度のサイズの幾何学格子窓が規則的に並んでいた。窓枠を透かして、一段と高度を増した銀月の光が、差し込んで来る。


奇妙な重圧感――毒々しいほどに甘い不吉な空気が漂っているが、それでも、外の空気が感じられる一角へ出られたのは大きい。


窓枠から差し込む銀月の光に励まされて、アルジーは通路を駆けて行った。


「ここ、ずっと行けば、何処かに、外へ出る扉がある筈……パル?」


ターバンの中で、応えて来る雰囲気が無い。


アルジーは急に不安になって、足取りを緩めた。パルが居る定位置に手を伸ばす。もう1羽の定位置にも。


銀月の光に照らされていたのは……


……雪花石膏アラバスターの彫刻と化したかのような、2羽の白文鳥。


どちらがパルで、どちらがアリージュなのか、分かってしまう。


「ウソでしょ」


アルジーは恐怖を感じるままに、足を止めた。冷たい石のように動かなくなった、2羽の小鳥を撫でさする。


「お願い、戻って来て、パル」


死に物ぐるいで、辺りを見回すうちに……急に正解が閃く。


奇妙な重圧感――毒々しい不吉な空気。暗く濁った煙霧。


此処は、不可視の……空飛ぶ絨毯から垣間見えた、あの不気味な呪縛《魔導陣》の真ん中だ!


……壁沿い、通路が丁字路の形をして交わる一角……


異様に重い音が、向こう側の暗がりからやって来る。


ベチャリ。ズルリ。


軟体動物めいた……不気味な響きだ。


アルジーは直感のままに、肩から下げた荷物袋へ手を突っ込んだ。


震える手で、《白羽の水晶玉》を取り出す……素早くターバンを解いて、白文鳥たちを包み隠しておく。


いつしか、歯がカタカタと鳴っていた。


一歩ごとに、近づいて来る。


重く異様な音の主が、銀月の光に浮かび上がった……


その瞬間、アルジーは息を呑んでいた。


「ザムバ……!?」


そこに居たのは、『邪眼のザムバ』であって、そうでは無い、異形そのものだ。


大男の顔面は崩落していた。


腱で連結された、左右の目玉と思しき物がある。


舌と思しきものが、ほおあごの筋肉と思しきものが、だらりと垂れ下がっている。


おぞましい《魔導》による再生の途中らしく、ブツブツ、ジュウジュウ、というような不気味な音を立てて、全身から蒸気を噴き出していた。


全身から噴き出す、その蒸気。


毒々しい不吉な空気――暗く濁った煙霧の発生源。


魔性にぎらつく黄金の血液を流しつづける……凄まじい裂傷の間から、異様なまでに盛り上がる筋肉組織が丸見えだ。


背中から、恐竜を思わせる骨板の列が飛び出している。


通路が丁字路の形をして交わる一角。アルジーは角を折れて、残りの一方向へと走り込んで行った。


長方形になった建築物の短辺に沿っているらしい。突き当たりと見える奥の方に、明るい銀月の光が差す幾何学的格子の大窓が見える。バルコニー窓の形式だ。格子の間は吹き抜けになっている。


ズシン、ベチャリ、ズシン、ベチャリ……重く異様な足音と、それに付随する物音。


忌まわしい付属物を取り付けたうえに、再生の途中であるため、ザムバの形をした異形は、ゆっくりとしか歩けないようだ。或いは、この建築物が、もともと礼拝堂の付属として聖別されたものであるという事実が、怪物や邪霊としてのザムバの動きを、鈍くしているのか。


だが、アルジーを獲物と認識しているのは確かだ。アルジーを追って、角を折れ、後を付いて来る。


恐怖のあまり震えあがっていた足取りが、もつれた。


転倒する。


腰が抜けた、とは、この事だ。


逃げなければならないのは分かっているのに、身体が動かない。アルジーの身体もまた、白文鳥と同じように、石にされたかのようだ。あるいは、本当に石化しているのか……


着実に近づいて来る、異形の足音。


振り返ると、あのギラギラとした黄金の色が見えた。


アルジーはガクガク震える身体を叱咤し、両手に持っていた物を、思いっきり遠くへ放り出した。突き当たりに見える、大窓のほうへ。


――相棒の白文鳥パルとアリージュが包まれているターバン布。そして、《白羽の水晶玉》。


放り出された衝撃で、ターバン布の中から、雪花石膏アラバスターの彫刻と化している2羽の小鳥が転がり出す。


――怪物の王国の中で、精霊ジンは奴隷状態だったと言う。白文鳥《精霊鳥》のような小さな個体など、ひとたまりも無いだろう。


『目を覚まして、早く逃げて……!』


次の瞬間、《白羽の水晶玉》が1回、閃光を放った。


アルジーの頭を飛び越えたかと思うや、その先のほうで「ジュウ」という異音が響く。


思わず振り返ってみると、かつて『邪眼のザムバ』だった異形の肉塊が、眉間を押さえてうずくまっていた。眉間の刺青タトゥー……邪眼をやられたらしい。


――刺青タトゥーなのに?


不思議な《白羽の水晶玉》の閃光の力なのか、重苦しい空気が、ザアッと退いてゆく気配。分厚い紗幕カーテンを、一気に開いたかのような……


アルジーが唖然としているうちにも、もう一度、二度、と閃光が走る。


なじみ深い羽ばたき音が生じた。ふたつ。


白い小鳥たちが、幾何学的格子の窓枠を、矢のような速度ですり抜けて行った。その勢いのまま、窓の外に広がる夜空へと飛び立ってゆく。


窓辺に転がる《白羽の水晶玉》には、もはや、あの不思議な白孔雀の尾羽の形をした彫刻は、ひとつも残っていなかった。


さっきの3回の閃光と引き換えに……残り3枚だった羽が、すべて失われたという事だ。


喪失感と――虚脱感。


……ジワジワと、後知恵さながらに、嫌な考えが湧いて来るのを感じてしまう。


石になってしまっていた白文鳥《精霊鳥》パルとアリージュを見捨てて、残り3枚を自分だけに使えば良かったのではないか、と。


かつては従兄あにと慕ったユージド王太子からの最後通牒が、寄る辺なき身に、いっそう食い込んで来る。


……生まれて来なければ良かったんだ。


見る間に、水晶玉だった物は形を変えた。役割を終えたと言うように。


そこにあったのは、いかにも訳あり品という雰囲気の、非常に古びた大型ドリームキャッチャー護符だった。定番の装飾である羽根飾りが、ひとつも無い。


――本物の白孔雀の尾羽を羽根飾りとしていた……大型ドリームキャッチャー護符だったのだろうか?


シュクラ王国から流出した先祖伝来の宝物の中に、そんな品があったような気がする。記憶は、おぼろだけど。


「生贄《魔導陣》に呪縛されている状態で、これほど抵抗するとは大したものだ」


暗い通路に陰々と響く、しわがれた声。


ギクリとしながらも振り返る。


――遂に、追いつかれた。


金の縁取りの付いた黒い長衣カフタンをまとう、大柄な人物。『毛深族』特有のモサモサ黒ヒゲ。骸骨の顔をした黄金仮面。黒ターバンを彩る、まばゆい宝冠。


忌まわしい怪物教団『黄金郷エルドラド』の首領と思しき邪霊使い魔導士が、異形の肉塊と化した『邪眼のザムバ』を脇に従えつつ、立ちはだかっていた。


大柄な魔導士が、毛深い手をサッと振る。


黄金の《魔導札》が、その手の先でギラリと月光を反射した。


白い絨毯が飛んで来た。羽翼紋様を織り込んである、空飛ぶ絨毯だ。


絨毯にグルグル巻きにされ、拘束される。空飛ぶ絨毯は、黄金の骸骨仮面をした大柄な魔導士の指示に応え、宙にふわりと浮いた。


そのまま、アルジーの身体は、石造りの廊下を運ばれていった……

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