ゆきゆきて闇と銀月(2)
アルジーは横っ飛びして、ゴロリと転がった。
ほとんど、普段からの習慣と、直感だ……町角で《骸骨剣士》を見かけた時は、いつも公共水飲み場へと身を隠していたから。
その勢いのまま、脇にあった公共水飲み場へと、突っ込む。退魔紋様ビッシリの、水壺の群れの中へ。
邪霊の攻撃に耐えるように製作されていた水壺の群れ。
水壺に刻まれていた退魔紋様から発生する反発力――磁石の同極どうしで生まれる反発力のような――を受けて、態勢を崩す《骸骨剣士》。
勢い不十分なままに振り下ろされた邪霊の三日月刀は、その退魔紋様の返り討ちを受けて、真っ二つに折れ、弾け飛んだ。
白文鳥《精霊鳥》の群れが警戒の鳴き声をあげて、《骸骨剣士》の頭部を集中攻撃する。
目隠しされた形になった《骸骨剣士》の頭部が、少しでも視野を確保しようと、コマのようにグルグル回転していた。その間にも、刀身を半分失った三日月刀が、邪霊ならではの禍々しい力で、ジワジワと形を回復し始めている。
――『退魔調伏』御札は、どこ!?
かねてからの疲労と焦りのあまり、荷物袋をかき回す手が、思うように動かない。
ゴロツキ邪霊《骸骨剣士》は、いったん獲物の気配を感じると、しぶとい。白文鳥《精霊鳥》の群れに目隠しされて、前後左右にグラグラと惑っているにもかかわらず、《骸骨剣士》は、再び完全形を回復した三日月刀を振り回し始めた。
再び振り下ろされる刃先――絶体絶命!
鋭い金属音が響いた。
もうひとつの三日月刀が、《骸骨剣士》の三日月刀を受け止めている。
白文鳥《精霊鳥》の群れが一斉に《骸骨剣士》から離れ、ワッと飛び立つ。
アルジーは呆然として、不意に現れた勇者を眺めるのみだった……
あの貴公子風のシュクラ青年だ。
夜闇に紛れるためなのか、軍装を思わせる迷彩の装束。迷彩ターバンの間から淡い茶髪がこぼれている。
不利な体勢で受け止めていたのが災いした……素早く態勢を立て直した《骸骨剣士》が、二度目の斬撃を浴びせて来る!
「……!」
シュクラ青年の無防備な二の腕を、邪霊の斬撃が襲う。
だが、その斬撃は……予想に反して、甲高い硬質な音響を立てた。
生身の骨肉を断つ音では無い。手ごたえも明らかに違う。
一瞬、《骸骨剣士》がパカッと口を開き、首を傾げた。
シュクラ青年の二の腕――切れた黒い袖の間で、白孔雀をモチーフにした精霊宝物が光る。
銀白色をした腕輪だ!
次の瞬間、精霊宝物は、強烈な魔除けの力を発動した。
純白の色をした、まばゆい一閃。
触れていた邪霊の三日月刀が粉砕した。
つづいて《骸骨剣士》を粉々に吹き飛ばし、無活性の熱砂と化し、街路に撒き散らす。ついでに忍び寄っていた大小の《三つ首ネズミ》5体ほども連続して粉砕し、無活性の熱砂と化したのだった。
「発動した!?」
シュクラ青年は、精霊宝物が『退魔調伏』御札を超える魔除けの力を見せたことに、驚いた様子だ。アルジーも驚いた。
邪霊を一瞬で粉砕、調伏するような強烈な戦闘力を発動するのは、初めて見た。
先祖代々、シュクラ王家に伝わる伝統の宝物とはいえ、アリージュ姫としての記憶にある限り、それは戦闘用の宝物では無いのだ。シュクラ王家と、シュクラ王国の守護精霊《白孔雀》との間にある、代々の国家的な精霊契約を継続するための宝物である。国家儀礼や国家祭祀のための宝物、という位置づけだ。
――とにかく、シュクラ王太子ユージドだ!
「いったい何故……とにかく逃げなくちゃ、ユージド!」
「え? ああ! こっちへ」
シュクラ青年はアルジーの袖を引っ張り、裏道の方向へと駆け出した。
上空へと羽ばたいていた白文鳥《精霊鳥》が、群れを成して向きを変えながら、さえずり出した。
『違うよ、広場は、こっちだよ』
アルジーは白文鳥《精霊鳥》たちの誘導する方向へ走ろうとし、シュクラ青年の目指していた方向と正反対になった。シュクラ青年がアルジーの袖をつかんだままだったため、アルジーは、再び転んだのだった。
荷物袋から、再び《白羽の水晶玉》が飛び出す。
すかさず拾い……その水晶玉に、新たな異変がある。ハッと息を呑むアルジー。
――いつの間にか、4枚目の羽が消えている。
いま残っているのは……3枚の、ミニチュア版の白孔雀の尾羽の彫刻のみ。
さっきの《骸骨剣士》を吹き飛ばした純白の退魔調伏の力は、腕輪の力では無く、《白羽の水晶玉》4枚目の羽による精霊魔法だったのか?
……砂嵐のように湧き上がり、かき乱れる、違和感……
アルジーが、疑問と共に《白羽の水晶玉》を荷物袋へ納めているうちに。
別の街路から、大勢の軍靴の音が響いて来た。
「おい、そっち回れ! さっきの《骸骨剣士》、この角へ入ってたぞ」
同時に――最大級の、実体化した恐怖と悪夢も出現して来た。地響きを立てながら……
…………
……
アルジーとシュクラ青年が、広場へ向かうか、裏道へ向かうか――で逡巡していた、十字路の一角。
宮殿の方向から現れて来たのは、トルジン親衛隊の一団だ。かの黄金の巨人戦士『邪眼のザムバ』を含む、20人ほど。
城壁の方向から現れて来たのは、ぎらつく黄金の大型《人食鬼》1体。
その不完全な人体をした、おぞましい肉塊――背中に相当する部分に、恐竜を思わせる黄金の骨板を多数、生やしている。
宵闇おし迫った、街路の真ん中で。
悲鳴なのか驚愕なのか分からない大声が上がった。
ぎらつく黄金色をした、人肉を食うことに貪欲な肉塊は、ドヨドヨと、巨大な洞穴のような口を開いた。残忍な黄金の歯牙を生やして蠕動する内部から、忌まわしい無数の舌が、触手のように這い出る。
トルジン親衛隊の面々は、ありとあらゆる恐慌の叫びをあげて、回れ右した……
……『邪眼のザムバ』も逃げ出した!
無数の舌が襲いかかる。
一方的な殺戮が展開した。
気分の悪くなるような破砕音が連鎖し……人類の一団は、まとめて粉砕された!
巨人族の末裔の戦士『邪眼のザムバ』は、内臓を剥き出しにした、おぞましい肉塊となって散らばっている。
退魔紋様の刻まれてあった三日月刀を反射的に抜き放ち、舌の第一撃の断ち切りに成功した数人の戦士が、重傷を負いながらも生き延びた。
「腕輪! あの魔除けは!?」
「発動のやり方を知らないんだ、逃げなければ」
シュクラ青年は駆け出そうとしたが……密集していた水壺の間に、充分な太さを持っていた足が挟まり、転ぶ。
おぞましい肉塊が、グルリと向きを変えた。洞穴のような口が、こちらを向いた!
相棒の白文鳥《精霊鳥》パルが素早く飛び立ち、アルジーのターバンの隙間に飛び込む。いきなり割って入られた白文鳥アリージュが、ピョコピョコ跳ねるのが伝わって来る。
アルジーは素早く『退魔調伏』御札を構えた。死体になってでも差し違える覚悟。
――舌の先端に貼り付けるだけでも、一般的な三日月刀と同じくらいの効果は、ある筈だ!
上空で羽ばたく白文鳥《精霊鳥》の群れの鳴き声が一変した。シャラシャラと響くような……玉響を思わせる連鎖音。数々の魔除けの数珠やビーズ類を連ねて作り出した護符の、音さながら。
一瞬、肉塊の足取りが止まり、洞穴のような口が不快そうに歪む。動こうとしても思うように動けない、身体が重い――という雰囲気だ。
「退魔調伏!」
別の――以前に、どこかで聞いたことのあるような気のする、よくとおる声が響いた。
つづいて。圧倒的な白金色の閃光が、肉塊を貫いた。
あたり一帯を揺るがす重低音……雷撃の音。
いましも噴出するところだった、おぞましい無数の舌の群れが、白金の火花と共に蒸発する。
「ジン=ラエド……!?」
身を起こしていたシュクラ青年が叫ぶ。




