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かくして、逢魔が時は始まれり(7)終

想定外の、最大最強の邪霊たる怪物との戦場となった、城壁沿いの桑林。


桑林の最寄りの城門が開き、双方の軍から、退魔対応のえりすぐりの戦士が次々に集結した。


三つ首の巨大化《人食鬼グール》への対応は、常に最優先される緊急項目だ。


文字どおり、人類の生存をかけた総力戦。


先ほどまで桑林の高灯籠が立っていた位置は瓦礫が散乱する場となっていた。無残に引き抜かれ、砕かれた桑の木々が折り重なっている。


ぽっかりと空いた……荒れた空白の真ん中で。


ぎらつく黄金色をした不気味な集大成は、2体に増えていた。


白毛ケサランパサランの大群を貪欲に捕食し、養分としたせいだ。


高々と立ち上がる、禍々しいまでの黄金色をした異形。


覚悟のうえではあっても、再び立ち上がった忌まわしい肉塊を前にして。


数々の武器の先端が震えるのは、人間として自然な反応だ。


「まずは魔除けの穴を閉じる!」


金縁の付いた黒い長衣カフタンとターバンをまとう老魔導士が、黄金の《魔導札》を掲げた。首元で、多種類の護符の首飾りがジャラジャラと鳴り響く。ただならぬ威厳。誰よりも立派なお眉と白ヒゲを持つ、かくしゃくたる老人だ。


黄金の《魔導札》を持つその手は、老練な達人ならではの数多のシワが刻まれている。


老魔導士の額には、極度の緊張による汗が浮いている。


『いと高き《火の精霊》よ、結界せよ……!』


狙いすました、一節の《精霊語》呪文。


その手から放たれ、星またたく夜空へと舞い上がった黄金の《魔導札》が、まばゆい黄金と真紅の炎に燃える。


達人の《魔導》によって精密に誘導された《火の精霊》群が、多数の火の玉となって飛び交う。《人食鬼グール》2体を包囲するように、見上げるばかり高い火の壁を作った。


火の壁は、見る間に幅を延長し、かつて高灯籠の吊りランプが担当していた領域を覆い尽くす。


いましも3体目の《人食鬼グール》が、次元の裂け目――ジンの道――を通って出現するところであった。


門番さながらの《火の精霊》による魔除けの集中砲火に妨害され、3体目は苦悶と失望のうなり声を残して引っ込んでゆく。


1体目の巨体が、3つの邪眼の貼り付いた3つの突起さながらの頭部を、変形し始めた。3つの頭部をまとめている異様なまでに太い首が、ドロリと、不定形の軟体動物のようにうねる。


隊商キャラバン傭兵上がりの指揮官が、その手の前兆と隙を察し、怒鳴った。


「大型《蠕蟲ワーム》に変形するぞ! 撃破せよ!」


変形中はエネルギーが安定しない。一気に退魔調伏へ持ち込む好機!


ゴウッとうなりと立てて無数の火矢が撃ち込まれ、三つ首の巨大化《人食鬼グール》が火だるまとなって踊り始めた。


断末魔の踊りだ……《火の精霊》による魔除けの炎の壁に囲まれているため、動きが鈍い。


だが、断末魔の踊りに入ってなお、三つ首の巨大化《人食鬼グール》の全身は、凶器であった。


巨体から繰り出されるカギ爪の、圧倒的な破壊力。


まだ大斧槍ハルバードの扱いに慣れていなかった未熟な戦士を数人ほど、一気に死体に――神殿役人ゾルハンと同じような肉片の残骸に――変えてゆく。


「クソォ!」


熟練の戦士たちが、無残な肉片と化した仲間たちを踏み越え、力強い退魔の炎を吹く大斧槍ハルバードを振るった。大型の三日月刀シャムシールに似たカギ爪を受け止め、ぎらつく黄金色の指ごと斬り飛ばす。


やがて、断末魔の踊りに変化が現れた。


最大出力の退魔の炎にあぶられ続けていた、三つ首の巨大化《人食鬼グール》。


元通りに修復されていた魔除けの結界の中で、ついに邪霊としての限界が来た。


見る見るうちに、ぎらつく黄金の巨体が真紅の肉塊へと変貌する。


真紅の肉塊と化した内臓や筋肉が、乾いてひび割れた音を立てながら、崩落してゆく。


三つの邪眼は、すでに燃え尽きている……そこにはポッカリと穴が空いていた。異形の巨体は、全身の穴や割れ目から、真紅の火花を激しく吹き上げた。


地上に転がった多数の肉片は、真紅の火花を散らして転げまわりながら、その容積を小さくしてゆく。


なおも立ちはだかっていたのは、怪物の骨格に相当する真紅の構造体だったが……それも骨片となって燃え尽きていったのだった。


もう1体の巨大化《人食鬼グール》は、《火の精霊》の魔除けの炎に妨害されて、再生が不十分な肉塊のままだ。


だが、老魔導士を補助していた他の魔導士たちの動きが遅く……退魔の炎の壁による包囲が、わずかに遅かった。


ぎらつく黄金色の肉塊は、人体を少し上回る程度の大きさで再生を止める。


老魔導士が、不穏な兆候に素早く気付いた。立派な眉をギリッと吊り上げる。


「いかん! 離れろ! 魔除けの盾!」


老体からのものにしては、驚くほど鋭い警告の声が飛ぶ。


魔除けの炎でバチバチと弾け、真紅の肉片となった内臓を垂れ流しながらも、不完全な人体をした肉塊は跳躍した……火の壁を飛び越えて。


一気に濃度を増した禍々しい気配。


決死隊の戦士たちが、魔除けの盾を立てて一斉に散開する。それは正しい選択だった。


――ぶごふがぎぁぁああ!


ドロドロとして形を成していない異形の口から、いっそう忌まわしく不気味な雄たけびが響きわたる。


同時に、その忌まわしい口から、バッと噴出したのは、無数の触手のような舌。


恐ろしい速度で辺り一帯を這いまわり、新たに桑林をなぎ倒し、硬い瓦礫を、あっさりと貫く。


魔除けの盾は、おぞましい舌の第一撃をよく防いだが、連続攻撃には耐えられない。次々に破砕されてゆく。


散開していた決死隊の面々や、逃げ遅れた若い魔導士たちが悲鳴を上げながら、死に物狂いで逃げ惑った……新たに数人が、命の無い無残な肉塊と化した。


激しく蠕動ぜんどうした舌の群れは、目的を達したと言うように、ゴバァと不気味な音を立てながら速やかに口の中に収まった。


暗い洞穴のような大きな口の周囲に、白い毛玉や、新鮮な肉片を多数くっつけている……白毛ケサランパサランの逃げ残りを捕食していたのだった。ついでに、肉塊と化した哀れな決死隊の隊員も。


不完全な人体をした、その背中から、恐竜を思わせる多数の骨板がバッと突き出した。黄金の背びれを生やしたかのようだ。


黒衣の老魔導士が、すでに次の《魔導札》を掲げ、《精霊語》呪文を詠唱していた。助手の魔導士たちが、恐怖の涙と脂汗を流し、震えながらも、その《精霊語》呪文に唱和する。


不完全な人体の背中に多数の骨板を生やした、その忌まわしい肉塊は、ドロリとした口を再び開いた。黄金の卵が、数個ほど吐き出される。


悪夢の産卵だ!


次の瞬間……《魔導》で誘導された雷のジン=ラエドが、その場に炸裂した。


雷撃そのものの轟音が響きわたる。


白金の雷光が異形の卵をことごとく突き刺し、あっと言う間に粉砕する。砕片は《火の精霊》に捉えられ、真紅の火花となって飛び散った。


余波で、生えかけていた三つ首の突起も吹き飛んだ。


――ぎいいいぃぃ!


産卵増殖や頭部再生には失敗したものの、「走るための足」を形成しきった忌まわしい肉塊にとっては、その空白の時間だけで充分だった。


まだ再生しきっていない黄金の腕を振り回し、行く手の桑林を、更になぎ倒す。


回転する足をくっつけたばかりの、一見して首無しの恐竜めいた……背中に多数の骨板を生やしたように見える肉塊は、貪欲な口をドヨドヨと歪ませながら、城砦カスバの中の街区へと走り込んで行った!


「しまった……!」


決死隊の全員が青ざめる。


恐ろしい怪物を、城下町に入れてしまった!


狼煙のろしを上げろ!」


隊長の指示が飛び、部下が走る。


その場から、まばゆい閃光を放つ狼煙のろしが、打ち上げ花火さながらに高く上がった。


大型《人食鬼グール》が侵入したという合図だ。


城下町のあちこちで動き回っている松明が、パニックの様相を見せ始める。せわしなく動き回りながらも、大型《人食鬼グール》迎撃のための決死隊を組織し始めている。


察しの良い部下のひとりが身体を震わせながらも、指摘を口にした。


「あの化け物、操られている雰囲気でしたよ。もしかして追っかけてるのか、さっきの白文鳥、《精霊鳥》と一緒に居た骨格標本……」


「そうに違いない。あの怪異な骨板は、外道きわまる『魔導士くずれ』の……《魔導》による遠隔操作の指示を受け取るための器官じゃ。白文鳥と共に居た者は鷹匠では無いが、間違いなく『鳥使い』じゃよ。ワシが思っているとおりの者なら……これは重大じゃ」


黒衣の老魔導士は白ヒゲをしごき、顔を険しくしかめた……


*****


大型《人食鬼グール》が侵入したことで、城下町の状況は一変した。


圧倒的な怪物に引きずられるようにして、大型の邪霊害獣の出現頻度が急上昇する。城下町のあちこちで、人体を上回る大きさの凶暴な《三つ首ネズミ》《三つ首コウモリ》が跋扈し始めた。


ゴロツキ《邪霊》だった《骸骨剣士》も組織的な動きに変わり、人類側の防衛拠点を系統立てて襲い始めた。異国の絵画に描かれた『死の舞踏』さながらの市街戦へと発展している。


こうなると、敵も味方もなく一致団結して、魔性の黄金色にぎらつく邪霊たちの侵入に、対応するのみだ……

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