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かくして、逢魔が時は始まれり(1)

2本の尾を持つ子猫の姿をした赤トラ猫《火の精霊》火吹きネコマタ1匹と、白文鳥の姿をした《精霊鳥》4羽を伴って、アルジーと2人の青年が、ハシャヤル邸に押し入っていた頃……


あれよあれよという間に、著名な店が並ぶ目抜き通り全体に、パニックが広がっていた。文房具店『アルフ・ライラ』が、突如、爆発炎上した事件による影響だ。


その騒乱と動揺は、早くも東方総督の住まう宮殿へと伝染してゆく。


何故なら、次は何処が爆発炎上するのか、ひいては、どの街区が爆発炎上するのか分からない――という恐怖があるからだ。既に聖火神殿で、謎のジン=イフリート《魔導札》による凄惨な爆発炎上事件が起きている。しかも明らかに、殺人と思われる事件が。


トルーラン将軍と御曹司トルジンの前で、取り巻きの臣下たちが混乱して口々に疑惑を叫んでいた。


「最近、帝都を荒らし回ったという謎の暗殺教団が、東帝城砦までやって来たのか?」


「シュクラ・カスバ反乱軍が、東帝城砦へ《魔導》攻撃を仕掛けるべく「魔導士くずれ」を大量にそろえて、大掛かりな市街戦に持ち込もうとしているのか?」


東帝城砦を警備する衛兵の数が激減していた事も、混乱に拍車をかけていた。事態を確認するための人手が足りず、正確な情報が宮殿まで上がってこない。


混乱したトルジン親衛隊のひとりが、宮殿の塔に登って、『戒厳令』の鐘を叩き始め……東帝城砦の城門が閉じられていく。


辺り一帯に混乱が広がったのを好機として、あちこちの陰に身を潜めていたコソ泥、スリ、通り魔、空き巣、ゴロツキ邪霊《骸骨剣士》といったならず者たちが一斉に飛び出し、被害が始まっていた……


……


…………


帝国伝書局・市場バザール出張所の前でも、通りすがりの強盗が出現していた。


数々の皿や杯、日常使いの食器を籠に入れて運んでいた行商人の夫婦が、強盗に首根っこをつかまれそうになって、市場バザール出張所の前へ駈け込んで来たのだった。


「助けてくれ!」


その声に応えて、帝国伝書局・市場バザール出張所の入り口から、巨漢が1人、素早く飛び出して来た。モッサァ赤ヒゲ熊男、バーツ所長だ。『毛深族』独特の毛深い手で、三日月刀シャムシールを勢いよく振り回す。


堂々とした大きさの三日月刀シャムシールを食らい、強盗のターバン頭が『ゴン』と音を立てた。


強盗は、短刀を振り上げた格好のまま。


舞台巡業の軽業師か何かのように、人の背丈よりも高い空中を一回転して……吹っ飛んでいった。


会心の一撃。


その決定的場面を目撃することになった通行人たちは、唖然、呆然だ。


強盗に襲われかけていた行商人の夫婦も。


モッサァ赤ヒゲ熊男バーツ所長は、すでに、残心の態勢を取っていた。本物の熊のように、満足のうなり声を上げつつ。


「死にゃしねぇ、そっと峰打ちしただけだ」


「バーツ所長さんの言う『そっと』は、目の前で起きていた出来事とは、巨大なズレがあると思うが」


「んだんだ」


吹っ飛んでいった先でゴロリと横たわった強盗は、白目をいたままピクリとも動かない。その顔面には、驚きの表情が張り付いている。


金髪ミドル代筆屋ウムトと白茶ヒゲ代筆屋ギヴじいが、早速、羽ペンを使って強盗の身体をつついたり、くすぐったりし始めた。


「おでこから血を流して、完全に失神しているぞよ」


「この不届き者のツラに『この男は強盗である』と書いて、その辺の区壁に吊るしとくかよぉ。『強盗どもは来るな』って脅しにもなる」


商館から来ていた依頼人たちが、目をパチクリさせながらも、金髪ミドル代筆屋ウムトと白茶ヒゲ代筆屋ギヴじいに協力して、強盗を縛り上げる。


「そう言えば、あの骸骨顔のヒョロヒョロ代筆屋、黒インクの買い出しに行ってたが、大丈夫なのか? さっき文房具店『アルフ・ライラ』が爆発炎上したそうだが」


依頼人のひとりが首をひねった。


モッサァ赤ヒゲ熊男バーツ所長は三日月刀シャムシールさやに戻しながらも、ブツブツ呟く。


「金融商オッサンのとこの、赤毛クバル君が居る。ありゃ食えねえ若者だ。その気になって観察してみたんだが、全然スキが無い。退魔対応の傭兵なんかより、もっと上だ。巨大化した三つ首《人食鬼グール》をひとりで倒せる奴だぞ、あれは」


「そんなの雇えるなんて、あのガメツイ金融商オッサン、一体なにもの?」


「逆かも知れねえぞ、案外」


次の瞬間。


戒厳令の鐘が響きつづけていた昼下がり、東帝城砦の城下町じゅうに、新たな衝撃と大音響がとどろき渡った。


天地を揺るがす壮大な爆音の連続、そこらじゅうの建物がビリビリ震えるほどの轟音。


一転にわかにかき曇り……と言ってもおかしくない程の、モウモウとした黒煙が、上空をよぎってゆく。


「何じゃ、何じゃ!」


大音響の発生源は西のほうの城壁。


城壁の外側で……唖然となるほどの、巨人の形をした火のジン=イフリートが立ち上がっていた。


商館スタッフが浮足立ち、その中の若いのが、無人の見張り塔へと駆け上がって行った。


「西の城門で火の手が上がってるぞ! ありゃ何だ、ありゃ帝国軍の印が付いてるジン=イフリートが、ゾロゾロと……!」


「何で帝国軍が、東帝城砦の城門を破るんだ! 何で帝国軍が来てるんだ!」


その疑問に答えるかのように、《魔導》拡声器による大声が響きわたる。


『我、偉大なる帝国の中央軍団が大将のいちを務めるバムシャードである。第一皇女陛下サフランドット姫の命により、東帝城砦を包囲するものである』


城下町の各所から、人々の驚きの声が上がった。


「あのバムシャード大将だって!? 南方《人食鬼グール》戦線の英雄の……」


城壁の外からは、《魔導》拡声器を通じた宣言がつづいていた。


『国家背任罪および横領罪の成立せし東方総督トルーラン将軍に告げる。即刻、無駄な抵抗を止めて投降せよ。そして、ここ12年分の国税の未納分を、ただちに納付すること確約せよ。さもなくば国家内乱予備罪に切り替え、その身柄の拘束および資産の差し押さえについて、ここに強制執行するものである』


その内容を理解した商館スタッフたちは、再び唖然、呆然だ。


「第一皇女サフランドット姫? ほとんど女帝陛下じゃねぇか。確か宰相の新しいのが旦那さんで」


金髪ミドル代筆屋ウムトが、迷彩柄の赤茶色ターバンをガシガシとやる。


「帝国の国庫に響く規模の税収の中抜き、バレたってことかよぉ。あのトルーラン将軍、調子に乗って東方総督の権限を濫用しまくって、東方諸国すべての城砦カスバに手を突っ込んで、生かさず殺さず苛斂かれん誅求ちゅうきゅうだの経済封鎖だの関税だの、銭ゲバやってたからよぉ」


モッサァ赤ヒゲ熊男バーツ所長が思案顔をして、モサモサ赤ヒゲをしごき始めた。


「帝国軍を派遣して『ちゃんと税金を払え』って取り立てに来たってんなら、トルーラン将軍の野郎、焦って戒厳令の合図の鐘を鳴らして城門を閉じるんじゃ無かったな。ありゃ東方総督トルーラン将軍に国家反乱罪ガッツリ適用して、この城砦カスバを攻略、制圧して来るぞ」


亀の甲より年の劫というべきなのか、最高齢の白茶ヒゲ代筆屋ギヴじいの判断は早かった。


「こりゃ攻城戦じゃのう。ささ、皆の衆、この街区への入り口を閉鎖して、戒厳令が終わるまで引きこもるんじゃよ。街区ごとの聖火祠の中にある『魔法のランプ』をシッカリ固定して、聖別されてる油を切らすなよ」


そう言っている間にも、ゴロツキ邪霊《骸骨剣士》が入り口に湧いて来た。混乱の気配は、彼らの大好物だ。


うなりを上げる《骸骨剣士》の三日月刀シャムシール


物陰からいきなり出現した《骸骨剣士》の一団に、驚き慌てる商館スタッフ。


「ぎゃあ!?」


「言わんこっちゃないのう、そりゃッ」


慌てず騒がず、シュバッと『退魔調伏』御札を飛ばす、最高齢の代筆屋である。


白茶ヒゲ代筆屋ギヴじいは、すでに先祖ゆずりの『鬼耳』でもって、ゴロツキ邪霊の接近を捉えていたのだった。


*****


赤毛スタッフ青年クバルと、謎の濃紺の覆面ターバン青年は、アルジーを金融商オッサンの店に担ぎ込んだ。


そして、戒厳令の鐘が鳴り響いている昼下がり、混乱が拡大している市場バザールの何処かへと、走り去って行った。


――何故か、子猫の火吹きネコマタと共に。


市場バザールの通りは、緊急出動して来た騎馬姿の衛兵や、魔導士や神官の姿でいっぱいだ。


治安の混乱と崩壊を感じ取ったのか、ゾロゾロと表通りに湧き出て来るゴロツキ邪霊《骸骨剣士》の群れがある。先走った《骸骨剣士》たちの群れは、いっぽうでは逃げ遅れた人々を襲い、いっぽうでは次々に『退魔調伏』御札を貼り付けられ、成敗されているところだ。


金融商オッサンは、ふたりの青年の突飛な行動の理由を熟知している様子で……何も言わず、疑問と恐縮でいっぱいのアルジーを引き取ったのだった。


店頭カウンターには、早くも、聖別された油を満たした古式ゆかしき『魔法のランプ』が用意されていた。《骸骨剣士》をはじめとする邪霊の類を寄せ付けないための小道具である。


やがて、金融商オッサンは言葉を継いだ。アルジーの焼け焦げた衣服を眺めつつ。


「目抜き通りの文房具店『アルフ・ライラ』爆発炎上に巻き込まれたとか。ご無事で大変ようございました。お得意様も安堵されるかと存じます」


「お得意様?」


「ここ最近の心労もあって体調を崩されてましてね、別室にて静養いただいております。おぉ、ちょうど良いところでしたな。シュクラの方ですし、顔をお見せいただければ」


金融商オッサンは、早速アルジーを案内し始めた。


噴水が設置された涼しい中庭を通過し……幾何学的格子の装飾を施された仕切り扉を開く。


「もしもし、入りますよ」


そこは、以前、アルジーが体調を崩して休んでいたこともある別室だった。中庭を通る風が入って来る、快適な部屋のひとつ。

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