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ひと回りして来た因縁が、回転扉で回転す(6)終

子猫の火吹きネコマタに先導され、区壁沿いの裏道から裏道を渡ってゆく。


アルジーは、何故か、濃紺の覆面ターバン青年に抱えられたまま、移動する形となっていた。


鍛えているのは間違いない――2人の青年の駆け足は飛ぶような速度で、その速度を驚くほど長く維持している。アルジーの体力では、途中でへばった筈だ。


アルジーは恐縮して、濃紺の覆面ターバン青年に声を掛ける。


「おおお、重いから降ろしていいのよ」


「それを言うか、骨格標本が」


「一応、生きてるってば」


「確かに心臓が存在するようだし、脈も呼吸も有る、これが本体らしいな。もう蒸発するなよ」


その謎の言及の間にも、周りの光景が飛ぶように過ぎていった。裏道には詳しくないが、かなりの距離を稼いでいることは感じ取れる。


やがて、人通りの多い街角と交差した。人の波を抜けるため、ゆるやかな歩みになる。


「……それに、今回のジン=イフリートが狙ったのは、骨格標本のほうという可能性もある。知らぬは本人ばかりなり、か。君たち、横から見た体格が似てるんだ。神殿で、謎のいしゆみから発射された矢の件でも、本当の狙いは、クバルのほうじゃ無かったかも知れない」


赤毛スタッフ青年クバルは顔をこわばらせた後、無言で息を詰まらせていた……盲点だった、と言うように。


そうしている内にも再び裏道へと入り、幾つかの区壁をよぎって行く。


こじんまりとしていながらも瀟洒な邸宅が並ぶ街区に出ていた。街路樹として植えられているオリーブやナツメヤシの行列。きちんと剪定された枝ぶりだ。


少し先の建物の群れの向こうに、聖火神殿の塔や、聖火礼拝堂のドーム屋根が見える。


辺りの通りは、人の気配が少なかった。


「この辺、神官たちの住宅が集まっている。皆、文房具店『アルフ・ライラ』で起きたジン=イフリート火事のほうに、出動しているところだろう」


「偶然とはいえ、すごい好機っすねえ」


「その狂った言葉遣いを止めろ」


おかしな漫才を再開しながらも、2人の青年の息は素晴らしく合っていた。


赤毛スタッフ青年クバルが、数種の折れ曲がった針金を護身用の短剣の鞘から取り出した。亡きハシャヤル邸――今はギュネシア奥さんの一人暮らしの筈である――の、扉の鍵穴に突っ込む。


クバル青年の、意外に達者な《精霊語》がつづく。


『開けゴマ!』


少しの間、鍵穴がパチンパチンと音を立てていたが、やがて「ガチャリ」という手ごたえのある響きと共に、開錠された。


「え、どうやって?」


アルジーがギョッとしていると……


濃紺の覆面ターバン青年が、ボソッと呟いた。相変わらずアルジーを抱えたまま。


「相棒の《地の精霊》に特別に気に入られてるからな、髪色も変わるくらい。その《地の精霊》というのが……」


「言わない約束っすよ」


扉をサッと開きながらも、怖い顔をしてクバル青年が振り返る。


子猫の火吹きネコマタが金色の目をランランと光らせつつ、青年たちの足元を抜け、先頭を切って飛び込んだ。


ハシャヤル邸の中は、定番の間取りだ。


ささやかながら美しく整えられた噴水の中庭を突っ切り、いまは亡き主人ハシャヤル氏のものと思しき奥まった部屋に踏み込む。


アルジーはキョロキョロし始めた。


ケチケチしていたと言うハシャヤル氏の性格そのものであるかのように、無駄な装飾の無い、殺風景なまでの部屋。


だが、各所の定番の室内調度は素晴らしいものだった。裕福な生活をしていたことを示している。


室内祠をしつらえ、贅沢な綾織りの紗幕カーテンを垂らした中に、恭しく飾られている宝飾細工の『魔法のランプ』。傍に、ランプの燃料となるオリーブオイルを保管するための……精緻な退魔紋様つきの油壺。


最小限のクッションのみの、それでも贅沢なソファとベッド。


ベッド前の壁には、聖火紋章が彫り込まれた芸術的な額縁を持つ、ビックリするような大きさの全身鏡。


古代『精霊魔法文明』遺跡からの発掘物を転用した、「失われた高度技術」品だ。


神官には色々な特権があり、古代遺跡から発掘された鏡などといった文物の先取りも、そのひとつ。


いっさい湾曲していない見事な平面鏡。傍目にも、古代《精霊魔法文明》の伝説の逸品、大型の反射式望遠鏡のパーツであっただろう、と知れる。


だが、それは望遠鏡に使うにしてはズレている形と大きさで、微小ながら傷と変色がある。精密な天体観測が要求される神殿の天文台では、不要とされ……相応の額縁を追加されたうえで、ハシャヤル氏まで流れて来た品だと思われる。


全身鏡の前で、ハシャヤル氏とギュネシア奥さんが夜の夫婦生活をしていたのかと思うと、何やら、ジワジワ来る物がある。


この部屋の雰囲気から察するに、ハシャヤル氏は、ケチケチしているうえに、ナルシストだったらしい。或いは、汚職に手を出しているという自覚がある分、身だしなみに気を付けていたのか……


アルジーは、いつしか、思いつくままに呟いていた。


「二重帳簿とか、秘密文書を隠すとしたら何処かしら……工事現場の横領好きの監督さんは、昼寝サボり用のソファの下に隠してたけど。全身鏡の裏、とか?」


子猫の火吹きネコマタが、壁掛けの全身鏡に接近して、鼻をクンクンする。そして、すぐに。


「ニャー(発見)!」


「アタリか……」


濃紺の覆面ターバン青年が、呆れたように金色の目をパチパチしていた。アルジーを抱えたままだから、火吹きネコマタの《精霊語》が、バッチリ通じていたようだ。


赤毛スタッフ青年クバルが早速、全身鏡の裏に手を突っ込む。


「あった」


出て来たのは、紙束を綴り合わせた自作の帳簿のようなものだ。かなり枚数がある。


クバル青年が素早く、パラパラと目を通す。


「二重帳簿じゃないけど、横領した品と横領した状況を逐一、記録してあるっす。これは凄い。汚職に関係した者の名前、ズラズラ列記して……」


「日記か! 長居は無用だ、すぐに調査に回す。今夜にでも――」


「ちょっと待て……最後のページ、ハシャヤル死亡日の前日だ。重要なことが書いてあるっすね」


クバル青年が、ハシャヤル日記を開いて提示して来た……こちらにも見えるように。


…………


明日『瞑想の塔』で、落ち着いて考えて、結論を出したい。例の件で、本当に取り返しのつかない恐ろしい結果を引き起こしているとしたら。力強き聖火の輝きが、消えるようなことがあるとしたら。


あの夜、2年前のトルジン様の婚礼の夜。私が拾った、琥珀ガラスのコインには、『990』という数字と、忌まわしき《怪物王ジャバ》紋章があった。


トルジン様がターバンに装着しておられた大きな亀甲型の黒ダイヤモンドは、あの得体の知れぬ銀髪の魔女がスリ取っていた。990人目の生贄の儀式に使われたに違いない。古文書に記録されていた通りに。


おぉ闇を照らす高き聖火よ、いとも輝く恵み深き生命を与える炎よ、何という事だろう。


新しく帝都から到着した官報を閲覧する限りでは、この時点、忌まわしき《怪物王ジャバ》への生贄となった犠牲者は、1000人にも達している筈だ。忌まわしき奴らは、遠からず、1001人目の生贄を――古代《精霊語》で言う『夜と昼』を――捧げるのだろう。


あの夜から恐ろしくて眠れない。「千と一つの夜と昼」が到来する瞬間への悪夢が、恐怖が消えない。


聖火を奉じる聖職に連なる者の義務として、前・魔導大臣フィーボル猊下に速やかに話を持って行くべきなのだろう。


かのフィーボル猊下が、今まさに、東帝城砦にいらっしゃる。


かつて禁術にも手を染めたと言う不穏な事件や、数々の暗殺教団の運営など、数多の不祥事で有名な御方だ。名だたる帝都宮廷の有力者たちと口論になって、魔導大臣の職を電撃的に解任されたという。


だが、私が1年以上かけて綿密に調べた限りでは、いずれも確たる証拠は無い。いまや老獪な魔導士くずれ、恐るべき邪霊使いと噂されるフィーボル猊下のことであるから、証拠隠滅がそれほど巧みであったという可能性もあるが、かの博識と技量は本物である。


これを時の幸運と言わずして何であろう。私の手は感動に震えている。《怪物王ジャバ》再臨を食い止めるほどの力量を持つ強大な魔導士は、現・魔導大臣ザドフィク猊下と、前・魔導大臣フィーボル猊下をおいて他には無い。


最初からそうするべきなのだが、まだ迷いがある。『瞑想の塔』で、私は決断しなければならない。


先輩に報告したうえで、いずれは現・魔導大臣ザドフィク猊下に直訴するべきだが……まず最初に、ここ東帝城砦にいらっしゃる前・魔導大臣フィーボル猊下に相談するのだ。


…………


……『あの夜』。


それは、2年ほど前の、あの婚礼の夜だという。いかなる怪異が起きていたと言うのか。


アルジーの中で、不吉な直感のカタマリが渦を巻き出した。


白文鳥《精霊鳥》パルが「ピピッ」と鋭く鳴く。


外を飛び回っていた白文鳥コルファンとナヴィールも、焦ったように窓ガラスに降りて来て、薔薇色のクチバシで、コツコツ突き始めた。かすかに洩れて来る警戒のさえずり。


「誰か近づいて来る……って」


思わずささやくアルジー。


「さっさと撤退だ」


「え、誰が来てるのか、確認は?」


別人のように厳しい雰囲気になったクバル青年が、それでもクバル青年らしく、律義に返して来た。


「どうでも良い。ギュネシア奥さんでさえ存在を知らなかったブツ、盗難と認識される事は無い。それよりもっと重要な事実がある」


「重要な?」


濃紺の覆面ターバン青年が口を挟んだ。相変わらずアルジーをシッカリと抱えたまま。


「ハシャヤルは口封じで殺されたと言う事だな。《怪物王ジャバ》への1001人目の生贄、『千と一つの夜と昼』の到来を防ぐべく、フィーボル猊下に報告する前に。『先輩』というのが誰なのかも気になるが、速攻、割り出してやる」


一行は、素早く裏道へと飛び込んで行った。子猫の火吹きネコマタや、白文鳥《精霊鳥》たちの先導で。


2人の青年が裏路地の石畳を駆けてゆく音のみの――沈黙が横たわる。


真相に急接近した。


でも同時に、母シェイエラ姫を呪殺した敵も、近付いて来た。


何のためらいも無く、ジン=イフリート《魔導陣》を使い、多数の邪霊《骸骨剣士》を差し向けたりするような敵が。


オババの遺言書に書かれていた警告が、思い出される。


――ろくでもない禁術に手を出した魔導士が、誰なのかは分からない。ただ、《怪物王ジャバ》復活を願って1001人の生贄を捧げようとしている怪物教団が存在するのは確実だ――


――《魔導》運び屋は、すぐ近くに居て、姫さんに確実に死を与えようと虎視眈々と狙っている筈だ。気を付けるんだよ――


黒幕は……敵は誰だ。


故ハシャヤル氏の、『先輩』か。


それとも、いま此処に居るという、邪悪にして老獪だと言われている魔導士……前・魔導大臣『フィーボル猊下』か。


……


…………


アルジーの脳みそは、不意に命の危険を感じたがゆえの、すさまじい勢いで回転し始めていた。


死の間際に人間は、ものすごい勢いで全ての記憶を思い出すと言うけれど、まさに、それ。


怪物王への1001人目の生贄――『千と一つの夜と昼』。


無名詩人カビーカジュによる、謎の四行詩。


――千と一つの夜と昼 すべての星が落ちる時

天の果て地の限り やよ逆しまに走れ 両大河ユーラ・ターラー

千尋の海の底までも あまねくべるは 闇と銀月

三ツ辻に 望みを捨てよ 巌根いわねひとつを ともにして――


全身に生贄《魔導陣》を刻まれ、1001日の命の期限が到来する前に生命力を奪われ……暗い金色の炎をした闇に呑み込まれていった母シェイエラ姫。


あの時、地獄の底で巨大な怪物がうめいているような……古代めいた《精霊語》が、暗い金色の炎の中から、確かに響いて来ていた。


――『九百の夜と昼』。


母シェイエラ姫は、《怪物王ジャバ》への、900人目の生贄だったのか。


では、1000人目の生贄は誰か。


つい先日の夜、謎の魔導士らしき黒い長衣カフタン姿の『毛深族』と、黄金の巨人戦士『邪眼のザムバ』とが、それっぽい怪しい会話をした……と言う。


白茶ヒゲ代筆屋ギヴじいが、先祖ゆずりの地獄耳で捉えて、伝えて来ていた。


――「黒衣の魔導士モドキ《骸骨剣士》仮面から、何らかの指示を受け取ったようじゃな。ワシの自慢の鬼耳は、『千の夜が到来した。その邪眼を開け』という謎の命令を捉えたがのう」


町角の占い屋ティーナが……もうひとつの怪奇趣味の賭場は、宮殿の聖火礼拝堂のほうにあるらしい――と教えてくれた。


それに『邪眼のザムバ』は、以前から怪奇な噂があった。聖火礼拝堂の地下から、夜な夜な両手を血だらけにして出て来て、徘徊している……という噂だ。


では、あの怪人・邪霊使いによる襲撃のあった夜……謎の魔導士らしき『毛深族』から指示を受けた『邪眼のザムバ』は、《怪物王ジャバ》への生贄の儀式を遂行して、両手を血だらけにしたのだろうか。


……1000人目の生贄は、すでに捧げられてしまったのか?


だとしたら、古代に封印された伝説の大邪霊、三つ首の《怪物王ジャバ》を、完全に復活させる――とされる、1001人目の生贄は……


……


…………


寒くは無いのに。


いつしか、アルジーの全身に、鳥肌が立っていた……

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