ひと回りして来た因縁が、回転扉で回転す(4)
その目抜き通りは、それなりの身なりをした来客で、ザワザワしていた。
夜間照明となる定番の高灯籠が、一定距離ごとに並んでいる。聖火祠でもあるので、《火の精霊》による守護もシッカリしていると知れる。実際、邪霊害獣などの出没数も極めて少なく、宮殿や神殿・聖火礼拝堂などと同じくらい、夜間を安全に過ごせるエリアなのだ。
格式のある店の数々。その中のひとつとしてある文房具店。アーチを描く店入り口に掲げられた看板に、濃紫色の文字で『アルフ・ライラ』と書かれてある。
――女商人ロシャナクが経営している店だ。
お仕着せのスタッフは、綺麗に洗った生成りの上下に、膝丈ほどの紫色ベストをカッチリと着込んでいた。帝都風の華やかな唐草模様に彩られた紫色ターバンをお洒落に決め、熟練の営業スマイルで、次々に来客をさばいているところだ。お揃いの紫色ベールで装った女性スタッフも数人。
東帝城砦の誇る地元名産のひとつが葡萄酒で、その葡萄の色に敬意を表した意匠だと聞く。帝都から進出して来たにも関わらず、地元の商会仲間とスムーズにやれているのも、こうした社交辞令が効いているからだろう。
「ねこねこ~♪」
不意に子供の声が上がって来て、アルジーは思わず振り向いた。
お手手つないだ、母と子の2人連れ。
4歳ぐらいの男の子が、傍をうろついていた小さな子猫……火吹きネコマタの2本の尻尾の先の火を面白そうに指差し、見つめていた。
少しくたびれた雰囲気をした、若い母親が会釈して来る。何処かで見たような顔だ。
「うちの子が済みません。この子猫、あなたの?」
「いえ……知らないネコですね。たぶん町内ネコなので、お構いなく」
男の子が、火吹きネコマタの尻尾の先の火に触ろうとしたところで、母親が目ざとく気付き、坊やを引っ張る。頭をぺんぺん叩く。ちょっとヒステリックに。
「火に触ったらダメよ、熱いのよ、ヤジド」
――ヤジド。
妙に聞いた事のある名前……アルジーはピンと来た。半歩うしろに居た赤毛スタッフ青年クバルも、同様だ。
――思い出した。怪奇趣味の賭場にも出入りしていたという、アルコール中毒の三日月刀使い不良中年ワリドの……スージア奥さんと、息子ヤジドちゃんだ。
「もう、この子ったら、どうしてこう聞き分けが悪いのかしら」
「まぁその、好奇心が強いというか、賢い子かと……あれ、文房具店に来てるってことは、何か書道とか?」
ちょっと涙目のヤジドちゃんを引っ張りつつ、せかせかと頷くスージア奥さん。
「ええ、早くから文字を覚えたほうが良いでしょう、この子、真面目で優秀だし、役人として、やっていけると思うのよ」
ヤジドちゃんは『役人』という言葉を耳にタコができるほど聞いていたのか、パッとイヤそうな顔をしている。子猫らしく可愛らしい『火吹きネコマタ』のほうを、なおも名残惜しく振り返っていた。
――役人向き……というよりは、どうなんだろう、技術者とか……職人気質とか、研究者向きというか……
パッと閃いた直感だけど、言わないでおく。
スージア奥さんは、生活に疲れている様子だ。見るからに、素行不良な別居旦那ワリドさんの件で、苦労させられているのだろうという感じ。堅実な『役人』という将来をヤジドちゃんに用意しようというところからしても。
――こんなに小さな子供のうちから、押し付けに近い勢いなのは気になるけど。
スージア奥さんとヤジドちゃんに、良き精霊の祝福あらんことを。
「書道なら、羽ペンとか見るっすかね?」
赤毛スタッフ青年クバルが、アルジーと一緒になって冷や汗をかきながら、何とか話題を変えていると。
お仕着せ紫色ベスト姿の『アルフ・ライラ』接客スタッフが、完璧な営業スマイルを浮かべながら、魔法のようにスッと出現して来た。まるで、足元に『魔法の絨毯』があったかのような、移動の滑らかさだ。
「本日はご来店ありがとうございます、お客様。本日は誠に良い日取りでございまして、色々とお得な特典も用意してございます。とっておきの品からお手頃な品まで、色々取り揃えております。もちろん相談にも応じます。どうぞゆっくり見て行ってくださいませ」
スージア奥さんは、その一切よどみの無い滑らかなセールストークに圧倒されたように、目をパチクリさせてコックリと頷く。
ヤジドちゃんの手を引いて、数々の羽ペンや葦ペンが並ぶ奥の棚へと誘導されてゆくスージア奥さんである。ヤジドちゃんも、多種多様な品を見るのは楽しいらしく、おとなしく見物している。
驚きの接客技術。テキパキとして居ながらも威圧感が無く、親しみやすそうな雰囲気。洗練された発音。さしづめ、帝都から特別に引っ張って来たスタッフなのであろう。
――さすが、女商人ロシャナクのお眼鏡にかなった人材、というところだ。
アルジーは思わず、ホーッと息をついていた。
「た、助かった……」
「まったく同感っすよ。カリカリした教育ママさん、怖いっす」
2人で店内に入り、日陰で涼む。アルジーは覆面ターバンを解き、フーッと息をついた。
そして、おもむろにインク壺のある棚へ向かうと……「もしもし」と、後ろから呼びかけられたのだった。
振り返ってみると、いつだったかの、経理担当の神殿役人ゾルハンが居た。神殿の聖火紋章付きの、真紅の長衣姿。
「足元に、さっきの『火吹きネコマタ』がスリ寄って来てますよ。尻尾の先の火だけでも消しておきませんと。本当に飼い猫じゃないんですか?」
クバル青年が足元を見下ろし、うろちょろしている子猫を見て「オッ」と声を上げた。クバル青年は背丈があるほうだ……妙に人なつこい今回の『火吹きネコマタ』は小さな身体ということもあり、失念していた様子だ。
「責任問題になっても困るっすね。店の中だけでも抱っこしとくっすか」
そう言って、赤毛スタッフ青年クバルは、ヒョイと、子猫の姿をした『火吹きネコマタ』を抱き上げた。
指摘のとおり、飼い猫っぽい雰囲気だ。割に上位の《火の精霊》なのか、真紅の毛も入っていて毛並みツヤツヤ。
子猫は2本の尻尾の先の火を手際よく消火され、ちょっと傷ついた顔をしている。《火の精霊》の一種として、簡単に消火されるのは、何かプライドに響くところがあるのかも知れない。
アルジーが改めて神殿役人ゾルハンを見直すと。
神殿役人ゾルハンは、手に紙束を持っていた。成る程、火吹きネコマタの尻尾の先の、物理的な火に、神経質になる訳だ。
「……あれ、その紙は紅白の御札に使うものでは無いみたいですが……?」
「故ハシャヤル氏の葬儀が、明日あるのでね。葬儀に使う紙を」
神殿役人ゾルハンは手持ちの紙束を抱え直しながら、訳知り顔で頷いた。
「ああ、そうだ、記帳には是非おいでの程を。明日の朝一番から、神殿の礼拝堂の事務所で受け付けておりますのでね……おや、噂をすればギュネシア未亡人だ」
見ると、亡き風紀役人ハシャヤル氏の妻、ギュネシア夫人が、知り合いと思しきベール姿の奥様方と連れ立って、文房具の棚の間を歩いていたのだった。
先ほど出逢った騒動――某・衛兵くずれの暴走について、口々に噂をしている真っ最中だ。あの不良中年ワリド氏の事だ。
「もう、ビックリしましたわよね。道の真ん中で、いきなり三日月刀を振り回すだなんて」
「人相は見えなかったから、誰なのかは分からなかったけどねえ。このくらいの背丈で、荒んだ格好。元は腕の立つ衛兵だったみたいね。急に《骸骨剣士》が出たのも、見事バラバラにしてたし」
「大魔導士ザドフィク気取り野郎を本気で殺す、とか激怒してたけど。本当にやるのかしら。神殿とか役所に、通報したほうが良いんじゃないかしら?」
神殿役人ゾルハンは、向こう側の棚の前で進行している奥様方の話が気になった様子で、ジッと耳をそばだてていた。
奥様のひとりが、不意に気付いたと言った風に、ギュネシア奥さんをクルリと振り返っている。
「あぁ、そういえば思い出したけど、ギュネシア奥さん、ハシャヤルさんの殺害犯ではないかと言われていた容疑者、1人か2人くらい釈放されたとか」
ギュネシア奥さんは、思案深げに頷いている。
「当時のアリバイが無かったそうなのよ。関与の証拠も無くて釈放されたと聞いたわ。それだとしたら、誰が夫ハシャヤルを殺したのかしら。前に逮捕されていたというシュクラの人も、発火《魔導札》は持ってたけど、導火線には着火しないタイプだったそうなの。反乱計画の疑惑にしても、武器も何も無かったということで、釈放の見込みとか。もう釈放されてたかしら?」
――タヴィスさんだ。釈放される……
偶然にも入ってきた情報に、アルジーは、ちょっとホッとしたのだった。
「ちょっと意外だったですかね……」
神殿役人ゾルハンは、当惑顔で首を傾げていた。神経質な性格を形にしたかのような細い顎に手を当てて、思案している。
「そう言えば、新しく分かった事があって」
「新しく分かった事とは何でしょう、代筆屋くん?」
「この辺で、違法の邪霊使いが1人くらい徘徊しているらしくて。あの『邪眼のザムバ』、もう一度キッチリ調べれば、《骸骨剣士》を差し向ける邪霊使いとのつながりとか、何か出て来るって思うんです。あの《骸骨剣士》仮面をした邪霊使い、絶対アヤシイ。怪奇趣味の賭博とも関係があるに違いない」
「さ、さようですか……当方から、神殿の調査官にお伝えしておくということで。一般人が首を突っ込むと危険ですから、くれぐれも神殿の調査官にお任せ願いますよ」
赤毛スタッフ青年クバルは、神殿役人ゾルハンの言葉に同意して、ウンウン頷き始めた。
「どっかの誰かさんは、自分から飛び込んでるっすねえ」
「ニャー」
ちっちゃな子猫の『火吹きネコマタ』が、イタズラっぽくヒゲをピクピク動かし、謎の唱和をして来たのだった。
「それでは、これにて」
神殿役人・経理担当のゾルハンは、神経質な笑みを浮かべつつ、忙しそうな様子で会計を済ませ……真紅の長衣をひるがえし、文房具店『アルフ・ライラ』のアーチ出入口から去って行った。
一区切りつき、インク壺の棚の間を移動する。帝都の御用達の大店だけあって、インクの種類も、とりどりだ。
インク壺の据え付けと、高い棚への脚立を兼ねた段差がつづいている。
まだ片足に違和感のあったアルジーは、クバル青年の手を借りて段差の上に登った。
赤インクの掘り出し物が無いか、ついでにチェックしてみる。
黒インク壺は低い所にズラリと並んでいるから楽なのだが……《魔導》加工の入った赤インク壺は、鎖で繋いだうえで、万引きされにくい高い棚に並べてある。しかも、万引きに気付きやすくするために、特別な鈴がくくり付けてある。
もっと高価で、なおかつ危険商品でもある紅緋色のインクや、その発展型――邪霊をも《魔導》できる――魔導士専用の黄金色のインクは、『在庫アリ』という数枚の伝言カードだけだ。購入希望者は、伝言カードを引き抜いて、専門の販売員に渡すという決まり。
「赤インクも買うっすか?」
「まだ在庫があるから。んー、次の『訳あり品』が入って来る頃合いになったら、もう一度、見に来ても良いかも」
「訳あり品?」
「品質や効力は正規品のほうが長く安定しているんだけど、品質期限が切れる前にパパッと使い切る場合は、お買得だから……あれ?」
クルリと頭を巡らせ……アルジーは目をパチクリさせた。
最近、見知った風の濃紺ターバンが、近くに来ている。スラリとした体格。
――傭兵らしく三日月刀や短剣を佩いているが、一時的に傭兵をしているだけだろう。そういう雰囲気。
濃紺の覆面ターバン姿が、アルジーをスッと見上げて来た。クバル青年と同じ年代。その人の目は記憶にある金色だ。金色か琥珀色か、という微妙な色合いの目。
――何故だろうか? こちらを良く知っていると言う雰囲気だ。ここ最近、数回ほど、すれ違いに近い形で、かち合わせただけの筈なのに。
赤毛スタッフ青年クバルは、抱っこしていた子猫『火吹きネコマタ』を一瞥した後……何かに納得したような訳知り顔になって、口を閉じた。
アルジーの脳内を、チラッと、疑惑に近い疑問がかすめた……この2人は知り合いなのだろうか?
一瞬、よぎった違和感は、瞬く間に雲散霧消した。
何故ならば……




