ひと回りして来た因縁が、回転扉で回転す(3)
そして、アルジーはふと気づくところがあり、赤毛青年クバルの手を支えにして、床へと手を伸ばした。
中年男ワリドが床に叩きつけて行った革袋。
そこから散らばった硬貨。盗むつもりは無くても手が出てしまうのは、この2年、休まず培った、ガメツサのゆえ。
――コイン数枚ほど、普通の帝国通貨じゃ無い。明らかに偽造貨幣……
拾い上げた『コイン状の物』は……闇を含んだ金色にも見える、濃色の琥珀ガラス製。
前にも見たことがある。
怪奇趣味の賭博用の、賭けチップだ。
裏側に通貨スタイルの数字『1000』が、古代《精霊文字》で刻印されている。表側にあるのは、歪んだ目のような……古代の紋章のようなレリーフ装飾。
「……《怪物王ジャバ》……」
「知ってるっすか」
「少しだけ。大先輩のギヴ爺が、昔、古代遺跡の探検隊に参加した事があったそうで。地下のジャバ神殿の祭壇のところに、この紋章が彫られてた、とか。職人の間では『邪眼』紋章と呼びならわしていて。『邪眼のザムバ』のような連中の間では、人気があるって話」
「あのヒゲ爺さん、冒険者やってた事があったんすか。そう言えば《骸骨剣士》への対応も意外に……人は見かけによらないっすね」
「これ、古代の高度技術の金型を使って作ったものだそうで。古代遺跡で、数字『1』から『1000』まで、まとまって発掘されるのが多いとか……此処に刻まれてるのは『1000』だね。初めて見たけど」
「1000の数字が……!?」
ヒュッと息を呑み。赤毛スタッフ青年クバルは、奇妙に黙り込んだのだった。
が、沈黙は長く続かなかった。
すぐに次の客が来たようだ……店の入り口扉で、礼儀正しく「トトトン」というノック音がする。
2人と白文鳥《精霊鳥》2羽は、素早く目を見合わせ、すぐに所定の位置についた。
次に、骨格標本が「ポポン」という音と共に9歳の少年の姿となり、ヨッコラショと台座から降りた。火吹きネコマタに伴われてギクシャクと歩き、前回と同じように店の入り口扉を開く。
そこに立っていたのは、あのシュクラ青年だ。
――もしかしたら従兄ユージド王太子かも知れない、あの人だ。
思わず、声を掛けようと立ち上がりかけたアルジーであったが……素早く動いたクバル青年にギュッと抑えられ、口を塞がれた。
そうしているうちに、扉の前に陣取った非現実の9歳少年が、何でも無さそうな様子で受け答えし始める。
「お客さん、ご主人は留守だよ……此処には誰も居ないよ」
「ああ、聞くだけは、いいかな。このくらいの大きさだと思うけど、白孔雀の尾羽を使った中古の羽ペンを探してるんだ。それに、大型ドリームキャッチャーのほうでも、白孔雀の尾羽を使ったモノがあるかどうか……ボク知らない?」
「そっち方面は知らない。後ろに色々なドリームキャッチャー有るけど、白孔雀の尾羽ってのは聞いたこと無いし、此処には無いし。大きな文房具店なら、中古の羽ペンも取引していると思うよ」
「ありがとう。御駄賃あげる。氷菓でも買ってね」
そして、再び「パタリ」と店の入り口扉が閉じたのだった。
やがて赤毛スタッフ青年クバルが、疑念いっぱいといった口調で呟き始める。
「あいつ、何故『そういう類のモノ』を、買い集めようとしているんだ……?」
「むぐむむむー、むぐぐ」
「あ、済まん」
クバル青年の手が離れた。意外にクバル青年は身柄拘束が上手だ……衛兵など、軍隊関係の仕事も経験していたのだろうか?
アルジーは、やっと口が利けるようになり……
「ふー。シュクラ王国の再興とか? シュクラ王太子ユージドなら……」
「ありえない。帝国の方針に基づいて、王侯諸侯としてのシュクラ王族の身分と地位はすでに保証されているし、帝国宮廷の籍も用意されている。元々、先代の頃からオリクト・カスバを通じて話が進んでいた。それも、いまや皇子本人が話を引き継いで、乗り出して……トルーラン将軍の横やりと横暴は……」
何かを言いかけて……別人と化していた赤毛クバル青年は、ピタリと口を閉じた。
「なにか知ってるの?」
「や、なにも知らないっすよ」
大きな火吹きネコマタが、非現実の9歳少年に変身していた骨格標本を片付けながら、口を出す。
『だから食えない人間ニャ、と、我は言ったのニャ、まったくニャー。この7日間たらずで、城壁の外にグルリと手際よく「大掛かりな小細工」しやがってニャ、いつ爆発するのかニャン』
「いつ爆発するかって……もうこんな時間! 文房具店へ急がないと……黒インクの在庫!」
「あ、そうだったっす」
『ちょっと待つニャ、銀月の』
火吹きネコマタが、ガブリと、アルジーの生成りの広幅ズボン裾を噛んだ。
「あわッ」
駆け出す格好のまま、後ろにひっくり返りそうになるアルジー。赤毛スタッフ青年クバルが、訓練されているのではないかと思えるような素早い反射速度で、アルジーの背中を捉えた。
『重要なことを言うニャ、銀月の。ちゃんと心して聞くニャ』
いつの間にか、火吹きネコマタが呼び出した《火の精霊》が――紅白の御札でもお馴染みの真紅色をした細かな粒子が、高速の火の尾を引きながら回転しつつ周囲を取り巻いていた。特殊な結界を作っているらしい。
『その身体、生贄《魔導陣》を全身に刻まれてるニャネ。しかも《怪物王ジャバ》ニャ』
『……知ってる』
アルジーは、知らず知らずのうちに、歯を食いしばっていた。
――オババ殿の、今は既にお焚き上げ済の遺言書にも書いてあったことだ。オババ殿が死んでから1年間、何も考えなかった訳じゃない。
むざむざと死んでやるものか、と思っているだけだ。真相を突き止めて、黒幕に一矢、報いるまでは。
なおかつ……シュクラ第一王女として、シュクラ・カスバの人々の、将来の生計の見込みが立つのを見届けるまでは。
火吹きネコマタは、至高の聖火を思わせる明るい金色の目をキラッと光らせ……頷いた。そして。
『この町角で、生贄の命を狩るための刺客として、大型の《三つ首ネズミ》と《三つ首コウモリ》の大群が出てたニャネ。偶然にして巨人族の末裔の黄金戦士が遊び心を起こして、「向かうところ敵なし」状態で全滅させていなかったら……銀月の、あそこで生贄になってた筈ニャ』
世界が揺らぐほどの衝撃――アルジーの足元がグラついた。
クバル青年が驚きながらも、身体を支えて来てくれる。
「おい。マジっすか。あ、いや……あの時すげぇ変な状態で、意識が飛んでて……」
『人類としての生命力は失せていて、ほぼ《銀月の祝福》が埋めてる状態ニャ。ゆえに、銀月の、その身は高性能の《精霊語》翻訳器、すなわち《銀月の精霊》そのものだニャ。《銀月の精霊》として、《三つ辻》境界に立つ時……』
最後に謎の言葉を呟くと、火吹きネコマタはパッと店の奥に身を躍らせた――そして、すぐに、口に何かをくわえて戻って来た。
『あの「妻ギュネシア」が、最近「夫ハシャヤル」の遺品とか言って換金してくれと持ち込んだ品にゃ。精霊の間では有名な品にゃで、問題になると困るゆえ、長期の留守の店主に代わって、この我が、即座に買い取って情報工作して隠匿してたにゃ』
『え、店主さんって誰?』
アルジーが《精霊語》で聞き返すと。
火吹きネコマタは、2本の尻尾の先で再び「ボボン!」と火を吹いた。
次の瞬間、精霊の魔法の火の中に映し出されていたのは……2年前にお世話になった、あのフッサフサ眉と白ヒゲの老店主だ。
「え、あの2年前の放逐されてた夜、花嫁衣装を買い取ってくれた親切なお爺さん……」
「なッ……」
クバル青年は驚きの余りか、口をパクパクさせていた。せわしなくキョロキョロしていて、頭の中で点と線を連結させているところのように見える。
そんなクバル青年へ、火吹きネコマタが、意外にアッサリとした生成りの包みを手渡す。尻尾の先の火を消し、老店主の映像を片付けつつ。
気圧されたかのように神妙な態度で、クバル青年は包みを開いた……
「……白孔雀の尾羽の……羽ペン。これを、ギュネシア奥さんが、風紀役人ハシャヤルの遺品だと言って、持ち込んで来た? それじゃ、これは、ハシャヤルがトルーラン将軍の不正蓄財の倉庫から、こっそり横領してた品だったり……?」
シュクラ王国と縁の深い精霊、白孔雀……その尾羽を使った見事な細工物だ。
その蒼古たる雰囲気。間違いなく古代の『精霊魔法文明』のものだが、どこも錆びたり壊れたりしておらず、新品と同じように使える状態。
ペン先は金属で補強されていた。その金属は、美しくも複雑で繊細な紋様を施されてある。想像もつかない高度な技術――古代の『失われし技術』。何の金属を使っているのかも分からない。
火吹きネコマタは、ネコのヒゲをピピンと揺らし、説明を続ける。
『シュクラの《魔法の鍵》継承者が受け継ぐ品である……と、白孔雀の《精霊文字》で宣言されてある限定品にゃ。同じシュクラ血縁の彼に渡しても良かったけど、直接、《魔法の鍵》継承者が来てくれて良かったにゃ。この筆が呼んでたのニャネ。娘さんが持つのが良いニャ。きっと御守りになるニャ』
赤毛スタッフ青年クバルは思うところがあったのか、意味深な顔をして頷き……孔雀の羽ペンの包みを、アルジーに手渡して来たのだった。
アルジーは不思議な気持ちになりながらも、目礼で感謝を示し、羽ペンを仕事道具用の風呂敷包みに収めた……
大事な話が終了したことを理解しているかのように、白文鳥《精霊鳥》パルとアリージュが止まり木からパッと飛び立ち……アルジーのターバンのうえに止まった。いつの間に扉をすり抜けたのか、白文鳥コルファンとナヴィールも店内に居る。白文鳥の得意の精霊魔法《超転移》を使ったに違いない。
『くだんのハシャヤル事件、《怪物王ジャバ》の気配が異常に近いニャ。生贄《魔導陣》を持つ身ゆえ、銀月の、身辺には、くれぐれも注意するニャよ』
真剣な顔になった火吹きネコマタに見送られて。
アルジーとクバル青年は、目抜き通りの文房具店へと急いだのだった。




