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ひと回りして来た因縁が、回転扉で回転す(1)

アルジーは、朝からグッタリしたような状態になった。


亡きオババ殿にまさるとも劣らぬ説教を、こんこんと食らったためだ……大魔王よりもよほど恐ろしいような気のする、ごま塩頭の番頭に。


はるか遠き帝都にも営業所を構えているという、ここ東帝城砦でも有力な金融商のひとつ――金融商オッサンの店に、番頭として勤めている中年男だ。帝国に属する有力な城砦カスバでの宮廷勤め経験があったらしく、高い身分の客への応対も、見事にこなす。


普段は折り目正しく物静かで、物腰柔らかな雰囲気の店スタッフなのに、この変貌ぶりは、「中の人」が入れ替わったとしか思えないほどだ。


かつては邪霊討伐、それも大型《人食鬼グール》討伐をも担当した騎馬戦士だったに違いない。


それほどに摩訶不思議かつ波乱万丈な経歴が有り得るのかと思うが、ごま塩頭の番頭に関する限り、それは真実だと、アルジーには思われたのだった。


説教という名の、火炎地獄と氷雪地獄の合わさったような時間が、やっと終わって……


*****


昨日のように、娼館『ワ・ライラ』の営業カウンターで。


アルジーは、最高級の特別部屋を提供してくれた女商人ロシャナクに、頭を下げたのだった。


ちなみに宿泊料金は、ごま塩頭の番頭が支払い済みである……借用証付きで。


地獄耳の女商人ロシャナクは、既にあらかた内容をつかんでいた。しかも面白がっている顔だ。帝都風のしゃれた更紗ベールの間で、鬼耳族の子孫であることを示す持ち前の大きな耳が、ピクピク動いている。


「ねぇアルジー、昨夜は、ヤバイとこの邪霊使いと対決したりとか、命懸けの大冒険だったそうだけどさ。赤い糸の人との出逢いとか、トキメキとか運命とか、あったかい?」


「赤い糸? あれは切れてしまったし、特には……あ、ギュネシア奥さんの彼氏」


アルジーの頭にパッと浮かんだのは、謎のシュクラ青年であった……上気して来るのを覚える。


一瞬、ドキッとして……久しぶりにグラリと足元が揺らぐ。ほとんど忘れかけていたけど、ドキッとしたり、ギクリとしたりすると、グラリと全身が揺らぐものなのだ。


思わずほおに手を当てて、ペチペチやっていると。


女商人ロシャナクは目をパチクリさせた後、引きつった笑みを浮かべ……ちょっと薄気味悪そうな顔をして後ずさっていた。


――そりゃあ、ポッと赤面した骸骨の顔なんて『不気味』の極致だろう。まして、乙女みたいにほおに手を当てて。アルジー自身でも想像してみて、ギョッとしたくらいだ。


でも、危なかった。彼が、きっと、シュクラ王太子ユージド……ヘタに話せない。


彼の正体が露見したら、トルーラン将軍および以下の面々は、生死不明のシュクラ王族男子が見つかったということで、即座に捕縛して首を刎ねてしまうだろう。


アルジーは、肋骨がゴツゴツと浮いた平たい胸をドキドキさせながら……その胸の中に、そっと秘密をしまい込んだのだった。


*****


そのまま、帝国伝書局・市場バザール出張所へ出勤したアルジー。


相棒の白文鳥《精霊鳥》パルは、アルジーの肩先に止まっていた。なんとなく近くを飛び回っている2羽、白文鳥コルファン・ナヴィールと、さえずりを交わし合っている。


残りの1羽、白文鳥アリージュは、相変わらずアルジーのターバンの隙間で静かにしていたが、最初の時と比べると、随分と元気になって来ている。


帝国伝書局・市場バザール出張所へ到着してみると……


代表デスクのほうでは、何故か。体重が半分も減ったかのようにゲッソリとした、モッサァ赤ヒゲ熊男バーツ所長が居た。注文書の束に目を通しているところだ。


出張所の営業カウンターで、いつものように商館から派遣されて来た代筆依頼人が数人、ノンビリと茶を飲んだり雑談したりしつつ、代筆文書の仕上がりを待っているところだが……妙に、戦士の定番、迷彩ターバンを巻いた傭兵の成分が多いような気がする。


カウンター前の椅子に座っていた生成りターバンの1人が、アルジーに気付いたようにクルリと振り向いて来た。金融商オッサンの店の、新入りの赤毛スタッフ青年、クバルだ。


「へいっす」


「あれ、毎度どうも、クバルさん。今日は何かあったっけ?」


「急ぎの報告書いろいろっすね」


金髪ミドル代筆屋ウムトと、白茶ヒゲ代筆屋ギヴじいは、訳知り顔で顔面をそらしつつ、黙々と代筆文書の作業に取り組んでいた。


「えぇと……バーツ所長さん?」


アルジーが首を傾げていると……伝書バトが集まっている鳩舎に入ってエサやりをしていた、顔なじみの中年スタッフ局員がやって来て、こそっと耳打ちして来たのだった。


「金融商オッサンの店の、おっかない番頭さんに、ギュウギュウに絞られたそうでさ。ごま塩頭の番頭さんって、めったに声を荒げない人だと思ってたけど、どえらい迫力あるんだねえ。白タカ《精霊鳥》にも何か注文してたよ……《精霊語》で」


――うげ。


……と、アルジーは頭を抱える格好になった。


ほぼ口から魂が出ている状態と思しきモッサァ赤ヒゲ熊男バーツ所長が、アルジーに、おもむろに「おぉ……」と声を掛けて来る。


「あぁ、痩せっぽちの。黒インクの在庫が尽きていてな。いつものようにアルジーくんに文房具店へ買い出しに行ってもらうところなんだが、例の不気味な骸骨仮面の、邪霊使いの仲間が、ウヨウヨしてる可能性があってな」


「……それは……何となく理解できるような気がする」


アルジーが少しの間、小首をかしげてから応じると、肩に止まっていた相棒の白文鳥《精霊鳥》パルが「ぴぴぃ」と続いた。


「何となくじゃ無くて、確実に、だ。どうも俺たちぁ、偶然ヤバイ案件に片足突っ込んだらしい。片足といえば、痩せっぽちの、その片足も引きずってる状態だから、黒インク買い出しに片足を、じゃなくて、腕を貸してもらえ。ごま塩頭の番頭さんの命令……いや、好意でな、若いの置いてってもらったから」


「……はあ?」


アルジーが、そちらを振り返ると。


赤毛スタッフ青年クバルが立ち上がり、「ま、そういう事っす(ニヤリ)」と、応じたのだった。


*****


アルジーは訳の分からない思いを抱えながら、目抜き通りへ向かって、街路をポコポコ歩き続けた。


半歩ほど後ろを、赤毛スタッフ青年クバルが器用に付いて来る。


クバル青年は、しげしげとアルジーの片方の足首を観察していた。そこには、新しい包帯が大げさに巻かれてある。血管を保護する筋肉や皮膚が薄すぎるため、分厚く巻く形になったのだ。


「足首やられた割には、大丈夫そうっすね」


「あとで、運が良かっただけだと、おたくの番頭さんに怒られたよ……」


しょげた気分になってポツリと返すと、赤毛スタッフ青年クバルは「プハハッ」と、おかしな音を立てた。


気温がぐんぐんと上昇し、雲ひとつない青空に、乾いた風が吹き始めた。午前中とはいえ、昼日中の強い陽射しと、埃っぽく乾いた空気は、さすがにキツい。


アルジーはターバンを巻き直し、覆面スタイルにした。


「腹は空いてないっすか?」


聞かれてみると、確かに、ずっと食事を忘れていた。


と言う訳で、目に付いた十字路の分岐の先に買い食いの店が並んでいるのを確認し、アルジーとクバル青年は、入って行ったのだった。


「この分岐は初めて入ったかも」


「そうっすか? 真面目に、職場と自宅の間を、まっすぐ行き来してたんすね」


「あちこち寄り道するだけの体力の余裕、無かったせいもあるけど」


アルジーは野菜とチーズを挟んだナンをかじりながら、思案顔で、あちこちへ目を走らせた。


市場バザールを形作る数々の屋根の向こう側に、東方総督トルーラン将軍の住まう宮殿がそびえているのが見える。玉ねぎ型の屋根を持つ塔の群れ。華麗なバルコニーを備えた大型建築。


「宮殿から近い……」


「目抜き通りの街区だからじゃないすか。この辺も入り組んでるけど、他の街区よりは身分の高い人向けっつーか、御用達の店ポツポツあるっす。意外な老舗とか」


「何だか見覚えがあるような無いような気がして」


「ほえ?」


その時、肩先で羽づくろいをしていたパルが、「ぴぴぃ」と、さえずった。


『5つ先の十字路で、パル、2年前に、迷い込んでたアリージュと霊媒師を見付けたんだよ、ピッ』


「2年前」


顔色をサッと変え、あたりを見回しながら呟くアルジー。


赤毛スタッフ青年クバルが、ギョッとした顔で見つめて来た。


「どういう事っすか」


「あ……別に重要な事じゃ無いよ。2年前、御曹司トルジンとの正式な婚礼の前に宮殿から追い出されていたんだけど、その時、この辺りっていうか、5つ先の十字路に迷い込んでたみたいで。パルの証言だけど」


「重要な事だぞ! もし、その時の、捜索の妨害に使われた《魔導陣》の痕跡が、まだ残っていれば……」


赤毛スタッフ青年クバルの、その別人のような鋭い言及は……突然に、途絶えた。


不意打ちで、白文鳥《精霊鳥》パルが飛び立ち、街路の角へ向かって「ゲゲッ」と、さえずったのだ。


警戒の鳴き声だ。


ハッとして、その方向を見る、アルジーとクバル青年。


先ほどから上空を旋回していた白文鳥《精霊鳥》コルファンとナヴィールが、焦った様子で冠羽をピッと立て、威嚇のさえずりをしながら、その街路の角で、急上昇と急降下を繰り返していたのだった。


「ゲルルルル!(あっち向いてホイ!)」


「ゲキョキョ!(そっち向いてホイ!)」


威嚇モードの冠羽を振り立てて飛び掛かる2羽の白文鳥。


ふわもちの真っ白な小鳥を、石畳へと叩き落そうとするかのように、乱暴に腕を振り回す人影。


足を踏み鳴らしながら、ズカズカと近づいて来ている。


「この、毛玉のモチ野郎……ごら、ツブすぞ!」


赤毛スタッフ青年クバルが、即座に気付く。


「あれ、ワリドさんだ。この間、ハシャヤル殺害の容疑者の1人として逮捕されてたとか言う……何で、こっち来るんだ……げ、反対側からも、なんでギュネシア奥さんが……とにかく隠れるっすよ!」


角の入り口からは、剣呑かつ荒んだ雰囲気の、無精ひげ飲んだくれ中年男ワリド。


反対側の十字路のほうからは、ハシャヤル未亡人ギュネシア。主婦・奥方どうしで買い物なのか、数人の、それなりの身なりのベール姿をした中年女性たちと連れ立って来ている。


「隠れるったって何処に――」

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