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闇の迷路に踏み込んで、怪人と戦う長い夜(7)終

それは……勝利を確信したがゆえの邪霊使いの――《骸骨剣士》怪人の、一瞬の隙。


大音響を立てて、雷が落ちたかのようだった。


まばゆいばかりの白金色の雷光が走ったかと思うや、大きく波打つ《魔導》カラクリ糸が一気に蒸発した。


「なぬうぅ!?」


いわゆる「キンキラ・マント」をひらめかせて、《骸骨剣士》怪人が飛び上がった。そのまま、雷光の余波に押されて、たたらを踏む。


再び、白金の雷光が縦横に走り……怪人の手から放たれたばかりの《魔導》カラクリ糸をも灼いた。


邪霊使いの怪人は、慌てたように《魔導》カラクリ糸の術を停止し、糸を放り投げる。


黒ダイヤモンド《邪霊石》ごと、空中へ放り投げられた《魔導》カラクリ糸の先で、白金の雷光が激しく弾けた……


紙一重の差。


もし、まだ糸をつかんだままだったら、邪霊使いの手は、跡形も無く粉砕していただろう。


明らかに《火霊王》に近い、上位の精霊――雷のジン=ラエドの、魔除けの力だ。一般的に見かける三日月刀シャムシールの《魔導》紋様による真紅の火花とは、ケタ違い。


その余波で、アルジーの足首に絡みついていた《魔導》カラクリ糸も『バチン!』と異音を立てながら焼き切れ……『根源の氣』へと還元消滅してゆく。足首の赤い組み糸も含めて。


……占い屋ティーナの不思議な注文で、白茶ヒゲ代筆屋ギヴじいに結んでもらっていた赤い組み糸。


いつの間に忍んでいたのか、天高く輝く銀月を背にした影が……見る間に大きくなる。


唖然とするほど大きな白ワシが、全身に白金の雷光をまとわせながら、音も無く急降下して来た。


「ぎゃあ!」


大きな白ワシがよぎった瞬間。


邪霊使い――《骸骨剣士》怪人の身を包んでいた《魔導》保護結界が、人の目にも見える白金の火花を散らしながら、バリンと砕け飛んだ。


いわゆる「キンキラ・マント」の表面で黄金の炎と燃えていた《魔導陣》が全壊する。それは見る間に、ボロボロに引き裂かれた普通の黒布となって、散らばっていった。


続いて、怪人の片手から、鮮血がほとばしった。白ワシの足爪に、したたかに引き裂かれて。


強力な魔除けの力の発動と引き換えにしたかのように、唖然とするほど大きな白ワシは実体化を止め……煙のように、かき消えていった。


不意打ちの流血のにおいだ。獲物のにおいに、《骸骨剣士》が反応した。ガシャリと向きを変え、今まで操作主だった、邪霊使いへと……間合いを詰めてゆく。


振り回される邪霊の三日月刀シャムシール。もはや、邪霊使いの意のままに動いてくれる存在では無い。


「覚えてろ!」


独創性の欠片も無い、定番の悪態をついて……《骸骨剣士》仮面の怪人は、区壁の上から消え去った。暗殺教団に所属する忍者なのか、見事な身のこなし。


その影を追って、ダダッと、誰かが走り去ってゆく。足音からすると、2人くらい。


「おい、大丈夫か……!?」


ほとんど間を置かずして、新しい人影が通りに現れた。護身用の短剣を持った、けれども攻撃の意思は感じない……青年のものらしい人影。


「君は……!? ええい、とにかく残りの《骸骨剣士》を片付けるぞ、手伝え!」


モッサァ赤ヒゲ熊男バーツ所長が指示を飛ばすと、新しい人影は、ハッとしたように短剣を構えた。


そのまま、明らかに訓練された動きでもって、斬りかかって来た《骸骨剣士》の三日月刀シャムシールを受け止める。


お馴染みの退魔紋様の力による、魔除けの真紅の火花が飛び散る。邪霊の三日月刀シャムシールが中央から折れて弾け飛んだ。


操作主を失った《骸骨剣士》10体は、既にゴロツキ邪霊となっていた。ガシャガシャ音を立てながらの、てんでバラバラな動き。


金髪ミドル代筆屋ウムトが隙を突いて『退魔調伏』の御札を次々に飛ばし、白茶ヒゲ代筆屋ギヴじいが『退魔調伏』御札を集めた特製ハタキを振り回す。


退魔対応の衛兵や傭兵からすれば、10体ほどの最弱のゴロツキ邪霊など屁でも無いのだろうが、それなりに苦戦した後……


すべての《骸骨剣士》を、無害な熱砂と化すことができたのだった。


――お蔭さまで、命拾いできた。


アルジーはフウフウ言いながら姿勢を立て直し、灰髪を素早くたたんで、ターバンで巻いた。


「あ、足手まといになって……済みませんでした」


「元はオレが言い出しっぺでよ、気にすんなよぉ。それにしても、あんな、不気味な仮面の邪霊使いに出くわすとは……とんだ災難だったでよぉ」


金髪ミドル代筆屋ウムトが、疲労困憊したと言わんばかりに、どっかと胡坐をかいて石畳のうえに座り込んだ。一旦ターバンを外し、白髪混ざりの金髪頭をガシガシとやる。


新しく助っ人をしていた人影が、月光の差すところへと出て来た。覆面ターバン姿の、やや身なりの良い若い青年。


「いったい何故こんなことが?」


「おや、若いの……その声、先ほどギュネシア奥さんと居た、覆面ターバン色男どのじゃのう?」


持ち前の鬼耳でもって、察しよく、白茶ヒゲ代筆屋ギヴじいが応える。青年は、ハッと息を呑んだようだった。


「鬼耳族の末裔でしたか……お見それいたしました」


「いやいや、ただの現役引退の老いぼれじゃて、末裔なんぞという大したもんでは無いぞよ。先ほどの助太刀は、たいへん有難かったぞよ」


モッサァ赤ヒゲ熊男バーツ所長が、粗雑な石畳の溝へハマり込んでいた護身用の短剣を、ようやく回収した。三日月刀シャムシールと共に鞘へと戻しつつ。


「おぅ、とにかく早く、この不気味な裏道からズラかろうじゃねえか」


――異論は無い。


いまや無害な熱砂と化した邪霊《骸骨剣士》の残骸は、あとは、風に吹き散らされて、あちこちの砂だまりに寄せられるのみだ。


砂だまりを掃除する道路清掃人たちが、いつもより多い砂の量にビックリするだろうが……とにかく身の安全が先。


5人連れになった一団は、にぎやかな人波がつづく表通りへと移動を始めた。


アルジーの足首が、ズキリズキリと痛み出す。火傷のような痛み。強い《魔導》の術と接触したりして、無理が掛かったせいだ。


びっこをひき始めたアルジーに……覆面ターバン青年が気付き、腕を差し出して来た。


「大丈夫ですか? つかまりますか」


有り難く腕につかまり……


アルジーは不意に、ドキリとするものを覚えた。


――年の近い男性に礼儀正しく気遣われて、此処まで接近したことは無かったような気がする。


不意に、アルジーは、故・風紀役人ハシャヤル氏の妻ギュネシア奥さんの気持ちが分かるような気がしたのだった……名目上のハーレム妻とは言え、同じ既婚者として。


いつしか……アルジーはボンヤリしていた。


極度の緊張が終わって疲労がドッと出てきたせいか、ときめきか――おそらく両方。


肩から下げた荷物袋の中で、白文鳥《精霊鳥》4羽のしきりにさえずる声が、眠り薬のように効いて来る……


にぎやかな通りに出ると、夜間照明ランプの数も増えて明るくなった。


先頭を行っていたモッサァ赤ヒゲ熊男バーツ所長が、不意に足を止める。


見慣れた人影が、頭をこちらへ向けて、端然と佇んでいた。ごま塩頭がターバンの端から見える。こうして見ると、意外に背丈のある人物だ。


アルジーの荷物袋から白文鳥《精霊鳥》コルファンとナヴィールが飛び出してゆき、その見覚えのある人物の肩先に止まった。そこには既に1羽の白文鳥が居た。


白文鳥《精霊鳥》たちは、早速、3羽で連なって、チチチと鳴き交わし始める。


「珍しいところで会うじゃねえか。金融商オッサンのところの番頭さんだっけか」


「お世話さまでございます、バーツ所長どの。どうも、そちらは当店のお得意様のようでございますが、具合を悪くされているのでは?」


「ま、まぁな……あー、持ってくかね。転んだから怪我はしてるか……ハハ」


何故か、モッサァ赤ヒゲ熊男バーツ所長が、顔色を悪くし始めたのだった。夜間照明ランプで辺りは陽気な蜂蜜色に染まっているのに、ハッキリ、顔色が悪くなっているのが分かる。


白茶ヒゲ代筆屋ギヴじいが「おや」と呟き、アルジーの額に手を当てる。


「おお、こりゃ熱が出とるぞ。虚弱体質で発熱体質じゃったな、そういえば」


「熱はありましぇん、いとしいシト」


アルジーは、ボンヤリとしたまま返していた。ほとんど夢見心地だ。


気持ちよくひっついていた腕から引きはがされ、なんとなく、憮然とした気持ちになる。そのまま、小さな子供だった頃のように抱えられて、フワフワと何処かへ運ばれて行く……


……そこで、アルジーの記憶は途絶えたのだった。


何処かで「変な酒は飲ませてねぇ! 禁制品っていう『ホレ薬』もゼロじゃ!」と、バーツ所長が必死で弁解している声がしていたが……


恐らく気のせいだろう、と、アルジーは結論付けていた……


*****


……十六夜の銀月が、まだ西の地平線の空に残っている……


夜明け前に、アルジーは目を覚ました。柔らかなベッドの中で。


四方柱に、薄い紗幕が取り付けられている。随分と広い――見覚えのある天井。ザクロの形を模した艶っぽい夜間照明ランプ。


この部屋は、やたら広いけど……昨夜、ご厄介になっていた部屋だ。女商人ロシャナクが裏営業している高級娼館『ワ・ライラ』二階の一室。通称『例の御曹司が、もげた部屋』。


――ひと回りして元に戻って来たのだろうか? それとも、皆既月食の夜の続きなのか?


グルグル考えていると、片方の足首が思い出したように痛み始めた。不思議な占い屋ティーナの……赤い糸が結ばれていたほうの足首だ。


「糸、そうだ、《魔導》骸骨のお面の怪人が……! カラクリ邪霊の……雷の、白ワシが!」


区壁沿いの細道で遭遇した奇禍。


あの黒マントの邪霊使い――《骸骨剣士》怪人は、何故に襲って来たのだろう。


風紀役人ハシャヤル殺害事件には、ヤバイ裏があるのか。怪奇趣味の賭場の、とんでもない秘密に接近してしまったとか?


近くで、相棒の白文鳥《精霊鳥》パルが「ぴぴぃ」と慌てながら、バササッと飛び立った。いきなり身を起こし、もがき始めたアルジーに仰天した様子。


「お気が付かれましたようで、アリージュ姫」


不意打ちの男性の声に、改めて飛び上がるアルジー。気配など無かった。


ベッド脇の椅子に……金融商オッサンのところの、ごま塩頭の番頭さんが腰かけていたのだった。椅子の背には、白タカ《精霊鳥》シャールが止まっていた。


1人と1羽、見るからに、怒気を含んだ剣呑な気配。


……高級娼館『ワ・ライラ』の一室に、えもいわれぬ雰囲気が漂った……


やがて、パルが「ぴっ」とさえずりながら、お行儀よくアルジーの頭上に止まる。白文鳥アリージュのほうは、夜間照明ランプの近くに置かれた小さなクッションの中で、うつらうつらしているところだ。


アルジーは、イタズラが見つかってお仕置きを待つ子供のような気分だ。もそもそと布団にくるまり……掛布団の渦巻きの中から、ザンバラ灰髪を持つ骸骨顔を出す格好になった。


傍目から見れば、充分に怪談の一場面になる不気味な光景なのだが……


何故か、この番頭は、ピクリとも動じないのだ。


白文鳥《精霊鳥》の相棒パル、白タカ《精霊鳥》シャール、その他の《精霊鳥》たち……ジンの反応と同じ。さすがに金融商オッサンのほうは、少しビビる、という反応を返して来るのに。


――オババ殿の助手だった、という経歴が関係しているに違いない。と、アルジーは確信していた。


「色々と……お手間お掛けして……」


「満月に近い日取りのお蔭で、《銀月の祝福》も充分で。回復が早くて誠によろしゅうございました。青衣の霊媒師オババ殿が、夜道の危険性について、きつく、きつく、指導されていた筈でございますが」


「えっと、あの、白ワシは……」


「お察しのとおり、或る重要任務に就いていた《精霊鳥》でございます」


「重要任務って……えっと、あれくらい大きい白ワシというと……大型《人食鬼グール》案件とか?」


番頭は、口元を「への字」にした。当たらずとも遠からずという気配。


「詳細は申せませんが、それだけの『成果』はあったと伝えておきます。アリージュ姫は妙な直感や導きをお持ちなのか……、亡きオババ殿も言われていたとおり、何故なのか分かりませんが、想定外の大当たりを引く傾向がございますね」


「大当たり……?」


白タカ《精霊鳥》シャールが、呆れた様子で、クチバシを突っ込んだ。毎度、高速で飛んで来たらしく、まだ翼の乱れが残っている状態だ。


『あの邪霊使い、すなわち姫の言う《魔導》骸骨のお面の怪人が、風紀役人ハシャヤル殺害犯でな。カラクリ《魔導》糸の痕跡が同一人物で、あの爆発炎上の現場に残っていたジン=イフリート残骸も証言した。真犯人が、ほぼ正体をさらす格好で出現して来るとは……姫が召喚した訳じゃ無いだろうがな。元々は、不埒にも、怪奇趣味の賭場に出入りするのが目的だったとか』


思わず、息を呑むアルジーであった。


「と言うことは、あの怪人……ハシャヤル事件の犯人の正体は、分かったということ?」


「残念ながら取り逃がしましたので、特定には至っておりませんが。ここ数年、帝都を脅かしていた暗殺教団に属する邪霊使いです。歯牙にもかからぬ底辺、逃げ足だけは達者な使い走りの部類でございましたが……あの襲撃現場から、ハシャヤル事件とも絡めて、かの暗殺教団を取り締まれるだけの証拠が挙がりました。白タカ《精霊鳥》の急使が行きましたので、遠からず帝都で大捕り物が始まるでしょう」


そこで、番頭はフーッと息をついた。


「帝都を騒がすほどの上級の邪霊使いであれば、今ごろ、姫の命は無かった筈です。奴らは大型《人食鬼グール》を使う。これを機に、夜歩きは厳に慎むことですね」

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