闇の迷路に踏み込んで、怪人と戦う長い夜(6)
十六夜の銀月が空高く上昇していた。
絨毯屋の街区から連なる区壁が延々と続く。区壁沿いの街路樹となっているナツメヤシの木々が、冷涼な夜風にザワザワと揺れていた。
この辺りは標高が高い場所である。
たまに視界が開けた箇所から、段差を作って低くなっている街区の向こうへと、はるか彼方を一望できる。眺めてみると、どこまでも広がる砂漠だ。銀月の光に照らされて、遠くのゴツゴツとした奇岩や砂丘の縁が、白く見える。
月光が細く差し込んで来るだけの暗い裏路地を行く巨人戦士『邪眼のザムバ』……そのテラテラ黄金肌が、いっそうテラテラと金属的な光を反映する。
その黄金色をした巨体が、不意に角を曲がった。路地が錯綜するように交わっている曲がり角だ。
「東方総督トルーラン将軍の宮殿の方向みたいだな。いや、むしろ聖火神殿の裏口のほうが近いか?」
モッサァ赤ヒゲ熊男バーツ所長が、本格的に三日月刀の柄に手をかけ、足取りを速めた。
不意に。
白文鳥《精霊鳥》パルとコルファン、ナヴィールが激しく飛び出した。とっさに足を止める4人連れ。
「ギョゲルル!」
「ゲルルルル!」
「ゲギョギョ!」
――ドンガラ、ドゴォン!
大きな角石が数個、転落して来た。にわか4人連れ調査団の前と後ろに。
衝撃でバキッと破砕し、更に数個の破片となる。古くなって、ゆるんでいたと思しき区壁の石積み。
――ガシャッ。
その、微かなれども異様な物音。白茶ヒゲ代筆屋ギヴ爺の鬼耳がビシッと動き、その兆候を捉えた。
「何じゃ……《骸骨剣士》集団か!?」
区壁の上を振り仰ぐと……《骸骨剣士》10体ほどが、銀月の光に照らされて立ちはだかっていた。
「ギキイッ」
奇声が上がった。
10体ほどの《骸骨剣士》が、一斉に邪霊の三日月刀を振り回して、飛び掛かって来る!
「コンヤロウ!」
バーツ所長が三日月刀を薙ぎ払った。勢いで、モッサァ赤ヒゲがなびく。
熟練の太刀筋。
柄や刀身に施されていた定番の退魔紋様から赤い火花がほとばしり、あっと言う間に2体の頭蓋骨が飛ぶ。夜は、《火の精霊》の閃光が分かりやすい。
アルジーは、すかさず、荷物袋に用意していた特製の紅白の御札『退魔調伏』を放った。御札は、空を飛んだ頭蓋骨1コの額にピタッと張り付き、『ボボン!』と《火の精霊》が噴出する。
「代筆屋の戦闘力を舐めるんじゃねぇよぉ!」
もう1コの頭蓋骨は、金髪ミドル代筆屋ウムトが、ベテランならではの技で『退魔調伏』の御札を飛ばし、ペタッと貼り付けた。
2コの頭蓋骨は、瞬く間に《火の精霊》の赤い火花に取り巻かれ、熱砂のような無害な粉末に還元してゆく。
頭部を失った筈の2体の《骸骨剣士》――首無し骸骨は、それでもガシャガシャと動き、ほかの《骸骨剣士》と共に三日月刀を振りかぶった。隊形を組んで襲ってくる構えだ。
――何処かで操っている存在が居る。
邪霊使いか。専門の暗殺教団の手によるものか。《骸骨剣士》は、単独ゴロツキ邪霊の状態のものより、はるかに厄介な存在となっている。
「この鬼耳でも接近音が分からなかったとは、さては《精霊石》もとい《邪霊石》で、異次元から召喚した奴らか!」
白茶ヒゲ代筆屋ギヴ爺が、どこに持っていたのか御幣そのものの物体を、フッサフサと振り回す。
房のひとつひとつが紅白の『退魔調伏』御札だ。御幣が《火の精霊》の火花に包まれた。
火花を噴き出すハタキのようなそれを《骸骨剣士》に近づけると、物が焼けるようなジュッという音が響いた。
邪霊《骸骨剣士》の三日月刀や骨格の一部が、焼け焦げた破片のように欠け落ちる。
「ギギィ、キイキイ」
10体の《骸骨剣士》は、明らかに誰かに操られている動きで、突進して来る。
「うわわわわ!」
区壁沿いの細い裏道の中では、逃げ場所が限られる。
危うく《骸骨剣士》の三日月刀が頭上をよぎり、アルジーの覆面ターバンが解けた。不健康にパサついた長い灰髪が流れる。
――灰髪がひと房でも切り落とされたら、命の危機!
区壁の上で、ザザッと足音がする。
「ギョギョ(そこだ)!」
白文鳥《精霊鳥》パルが戦闘モードの冠羽を立てて、仲間のコルファンやナヴィールと共に飛び交う。
闇が、どよめく。
黒い蛇のようにうねる影が浮かび上がって来る。《魔導》カラクリ糸。邪霊《骸骨剣士》を操るための物だ。ひと筋、ふた筋ほどの細い糸が、銀月の色にきらめいている。
いまは亡きオババ殿から教わった知識が、瞬時に閃いた。
――この《魔導》カラクリ糸、《銀月の祝福》の銀髪を含んでいる!
どこから手に入れた銀髪であるかは分からないが、亡き母の銀髪も、このように使われている筈だ……より確実に邪霊を縛り、強力に操るために。さすがに良い気は、しない。
3羽の白文鳥たちが、銀月の色をした《魔導》カラクリ糸を、集中的に狙う。
魔除けの力を持つ《精霊鳥》の冠羽に触れて、銀月の色にきらめいていた希少なひと筋、ふた筋のものは、銀月の色をした炎を出し、見る間に蒸発した。
次の瞬間、闇色をした多数の《魔導》カラクリ糸が、不安定に跳ね始めた。元々、反抗的な邪霊を縛っているのだ――安定しにくい術だ。
効果は劇的だった。《魔導》カラクリ糸が見る間に物質化して、重力の影響で動きが鈍くなっている。
10体の《骸骨剣士》が、瞬く間に足並みを乱す。その頭蓋骨がコマのようにグルグル回転し、すっぽ抜けそうになる。物質化した《魔導》カラクリ糸に引っ掛かり、姿勢がおかしくなっていく。
アルジーは素早く灰髪を確保し、クルッと巻いて持った。片手は塞がるが、そんなこと言ってられない。
金髪ミドル代筆屋ウムトが、意外に身軽な動きで、路面に転がった大きな角石の間を、ヒョイヒョイと跳ね飛んだ。
明らかになった《魔導》カラクリ糸を狙って、紅白の御札『退魔調伏』を飛ばす……スパスパと、と言う訳では無いが、《火の精霊》の火花を散らし、確実に切れてゆく。
「この……忌々しい『いちご大福』どもが……!」
くぐもった声。
声の主が、区壁のうえに立ちはだかっていた。
それは、まさに怪人だった。《骸骨剣士》の仮面――ハリボテの、骨灰色の仮面。
全身を覆う黒いマントは、随所に黄金の《魔導陣》が織り込まれてある。その数多の《魔導陣》が、《魔導》特有の黄金色の炎を噴き出しつつ、めらめらと燃えていた。
黒衣の怪人《骸骨剣士》仮面は、古代の儀式めいた複雑な所作をした。
その両の手にひとつずつ掲げているのは、黄金の炎を噴出する《邪霊石》。炎冠紋様で荘厳された台座を備えた、大振りな黒ダイヤモンドだ。邪霊使いの定番の《魔導》道具。
黒ダイヤモンドから、闇の色をしたうねりが噴出する。あちこちで千切れた《魔導》カラクリ糸を諦め、新たな《魔導》カラクリ糸を噴射する構え。
モッサァ赤ヒゲ熊男バーツ所長が、返す刃で護身用の短剣を放つ。
短剣は、《骸骨剣士》怪人を取り巻く見えない防御壁にぶつかったかのように、ガチン、と跳ね返された。
バーツ所長が、ハッと目を見張る。
「……そのキンキラ・マント、《魔導》の保護結界か!」
「バカめ、その無駄に立派なヒゲを全て剃り取ってくれる! こいつら《骸骨剣士》どもの刃でな!」
黒衣の魔導士の姿をした《骸骨剣士》仮面の怪人は、幾条もの《魔導》カラクリ糸を噴射し……バーツ所長が回収する前に、その短剣を絡め取ってしまった。
さらに追加された多数の《魔導》カラクリ糸がうねる。
これ程の数となると、動ける状態にある3羽の白文鳥《精霊鳥》だけでは対応しきれない。
アルジーの荷物袋の中に残っていた白文鳥《精霊鳥》アリージュが『右、右、左!』とさえずる。
火花を放つ《魔導》カラクリ糸は見えるから逃げられるが、人の目で見えにくい、闇の中の影となっている部分については、アルジーは、ひたすら白文鳥《精霊鳥》の警告に従ってよけるしか無い。
もとより体力の無い身体は既にヨロヨロだ。息切れがひどい。
紅白の御札『退魔調伏』の囲みをすり抜けた《魔導》カラクリ糸が、シュルリ、とアルジーの足首に絡みついた。
――しまった!
細かな角石の欠片につまづき、ものの見事に転倒。
「アルジーくん!」
「チクショウ」
闇色をした《魔導》カラクリ糸は、アルジーの足首に絡みついたまま、鉄鋼の糸のように硬化した。
バーツ所長が力を込めて三日月刀を振り下ろしたが、ガチンと音を立てて赤い火花が散るだけで、糸が切れない。
「ムダ・ムダ・ムダァーッ! それは黒ダイヤモンドと同じ硬度よ!」
仮面越しの、くぐもった不明瞭な声。
区壁の上に仁王立ちになった《骸骨剣士》怪人は、《邪霊石》黒ダイヤモンドを持った両手を、複雑にうごめかせた。闇色をした《魔導》カラクリ糸が、手の動きに応じて波打つ。
首無しだったり、肋骨や腰骨の一部が欠け落ちていたり……いっそう異様な《骸骨剣士》が動き出した。
銀月の糸が存在しない分、《骸骨剣士》たちの足取りは怪しいものの、襲撃の構えは明らかだ。ギザギザに欠けてノコギリのようになった三日月刀を、ヒュンヒュン振り回す。メチャクチャな動きでも、その速度は脅威。
前方と後方に転がった大きな角石の間で、動きを制約された4人連れ。
その場に釘付けにされたまま、抗戦するのみだ……
傭兵でも何でも無い代筆屋たちの武器は、大柄なバーツ所長が振り回す年代物の三日月刀を除けば……『退魔調伏』御札と、現役の男のたしなみとして金髪ミドル代筆屋ウムトが佩く肉切用の短刀くらい。
あっと言う間に、一箇所に追い詰められてしまう。
「そのまま死ねぇ」
異形の《骸骨剣士》が一斉に間合いを詰め、邪霊の三日月刀を……高く、振りかぶった。




