闇の迷路に踏み込んで、怪人と戦う長い夜(5)
――怪奇趣味の賭場となっている空間の、ほどほどの位置のところに、「覆面ターバン色男」ことシュクラ青年が居た。
キッチリ人相を隠しているけど、先ほども感じられた精霊魔法の護符の気配が、シッカリある。
アルジーの記憶と判断に間違いなければ……シュクラ王国の国宝でもある、シュクラ王族用の精霊宝物だ。シュクラ王太子のみが身に着ける《風の精霊》系の護符、白孔雀をモチーフにした腕輪に違いない。
荷物袋の中から、小鳥がヒョコヒョコと顔を出す動きが伝わって来る。先ほどから白文鳥《精霊鳥》4羽も気付いていたようだ。
「隅のテーブルで酒かっくらってるヤツ、噂の別居夫ワリドじゃねぇか。釈放されたみたいだけど、さっそく賭博宴会とは。スージア奥さんとヤジド坊ちゃん放置状態でよ」
モッサァ赤ヒゲ熊男バーツ所長が注目している方向に、あのアルコール中毒の中年男ワリドが居た。
ワリドがついているテーブルの上には、早くも酒瓶がズラリと並んでいる。相当に崩れて、できあがっている状態と見えるが……それほど正体を失っていない。ちょっと崩れた風の賭け仲間と共に興じている様子を見ると、色々と調子が狂う前は、それなりに陽気な男だったのだろうと思える。
シュバッと、目の端で素早い動き。
金髪ミドル代筆屋ウムトが、《三つ首ネズミ》仮面の接客スタッフを捕まえていたのだった。
垂れ幕となっている軽い絨毯の陰で、ビックリした仮面スタッフと金髪ミドル代筆屋ウムトが、早口でささやき始める。
「な、なんだよ、てめぇ、いや……ウムト! 何で此処に?」
「神殿役人の経理スタッフが、何で違法バリバリな賭場で副業やってんだよぉ」
「し、しょうが無いだろ! 今季ボーナスが出てないんだから! ローンが苦しいんだよ!」
「黙っといてやるよぉ。ただし、質問に答えてくれよぉ」
「う……、私に分かる事なら」
そんなことを、ゴニョゴニョと打ち合わせた後。
白茶ヒゲ代筆屋ギヴ爺が、好奇心満々でワリドのほうを指差した。
「のう、ネズミ男くん。かのアルコール中毒の中年男ワリド君、風紀役人ハシャヤル殺害容疑で逮捕されとったが、釈放されたようじゃな。彼は此処の常連だったのかのう?」
「ワリドは常連という訳じゃない。彼は西の商館の地下のほうの賭場に、よく出入りしていたと聞いてる。ハリボテ《骸骨剣士》舞踏がウリだったとこだ。そこでボヤ騒ぎがあったことは聞いてるだろうが」
ハリボテ《三つ首ネズミ》仮面の神殿役人は、小首をかしげる格好をしながらも話しつづけた。
「ワリドは、ハシャヤル殺害に関与した証拠ナシって事で、あの日の午後に釈放されてて、その日のうちに西の商館の地下賭場に出入りしていたそうだ。だから、焼け出された客ってとこだな。今夜は、あそこにたむろしてる賭け仲間に誘われて入って来てる。元々、衛兵だったから、その辺の良からぬ知り合いが多い」
面白そうな笑みを浮かべながら突っ込む、金髪ミドル代筆屋ウムトである。
「あんただって良からぬ副業に手を染めてんじゃないかよぉ」
「言うな」
ハリボテ《三つ首ネズミ》仮面スタッフの手がヒラヒラと揺れて、別の方向を指差した……
「ともかく衛兵から親衛隊へのつながりで、トルジン様の親衛隊のメンバーが新しく顧客になって来てる。金払いが良いんだから、此処で騒がれると困る」
……その方向へ視線を投げるなり、アルジーはギョッとした。
ひときわ大きな――山のような人影。
テラテラ黄金肌の巨人戦士『邪眼のザムバ』だ。眉間の不気味な黒い刺青が、この怪奇な雰囲気の賭場に素晴らしく似合っている。ほか、大柄な体格が自慢と見える、おそろいの迷彩ターバンと装飾鋲きらびやかな親衛隊の制服姿の男が数名。
……気になる点がある。いったん気になると、すさまじく気になって来る。
あの「覆面ターバン色男」ことシュクラ青年――シュクラ王太子ユージドかも知れない人物――と、『邪眼のザムバ』とのテーブルの距離が、妙に近いのだ。
騙されたか何かして、良からぬ事に巻き込まれてしまっているのだろうか?
そう言えば記憶にある従兄ユージドは、色白で、少しほっそりしていて、淡い髪色という外見も相まって、余計におっとりした雰囲気の……気が良くて騙されやすいほうの男の子だったような気がする……
町角の占い屋ティーナの話によれば、あのシュクラ青年のほうは、ここ最近の常連客という事だったけれども……
何だか心配だ。
すぐにでも飛び掛かって、この場から引きずり出すとか何とかして、助けないと。
アルジーはキュッと拳を握り締めつつ、ハリボテ《三つ首ネズミ》仮面スタッフを振り返った。
「向こうに居る『邪眼のザムバ』は常連客ですの?」
「あのデカいのは定期的に来てる。あの奥のテーブルに居る黒衣の魔導士っぽいのと少し話し合って、不思議な風にボンヤリした後、退店していくっていう行動が多い。そうだな、賭場に来てる割には賭博に熱心じゃ無い。本当の目的が別にあるみたいな感じだな」
「魔導士っぽい人……?」
新しく示されたその人物を、じっくり眺める。
夜風がヒュッと吹き、偶然にして薄く軽い品であったらしい垂れ幕が、ヒラリと揺れた。傍にあったスタンド式の吊りランプが、黒ターバンに黒い長衣姿の、大柄な人物を照らし出す。
その大柄な人物の、黒ターバンの下の人相は……《骸骨剣士》を模した黄金色の仮面で隠されていた。
葡萄酒の杯をゆっくりと揺らす所作は、宮廷仕込みとも思われる優雅なもの。その手は常人より毛深いもので、全部の指に、大きな宝石を付けた指輪が幾つもはめられていた。宝石はいずれも《精霊石》の類。指輪に宿るジンも、相当に強力なのだろうと思われる。
その首元には、霊媒師や魔導士にお馴染みの、ジャラジャラと鳴る魔除けの数珠やチェーン。
モッサァ赤ヒゲ熊男バーツ所長が、絨毯の垂れ幕の陰から窺いつつ、首をひねり始めた。
「あの黒衣の魔導士っぽいの、妙にデカいけど誰だろうな。昔の暗殺教団や違法な邪霊使いのほうで、禁術に手を出して逮捕された団員の何人かは、巨人族の系統だったそうだが……」
横から白茶ヒゲ代筆屋ギヴ爺が口を挟んだ。
「いや、あれは確かに大柄じゃが、あの毛深い手。頭の毛は剃って居るようじゃが、間違いなく、バーツ所長どのと同じ『毛深族』子孫じゃのう。古代の頃は、すごく毛深くて、ああいう毛が全身にモジャモジャ生えとったと聞くが」
「お……おぅ。私はかなり血が薄まってるほうなんだ、盲点っていうか、先祖が同族とは思いもしなかったぜ」
モッサァ赤ヒゲ熊男バーツ所長は、すこぶる動転した様子で、目をパチパチさせた。毛深い手で、先祖『毛深族』譲りのモサモサとしたヒゲを、しごき始める。
「おしなべて『毛深族』は戦闘能力が高いのじゃ。邪霊使いに長けた優秀な魔導士も多いんじゃよ。帝都でも一番の名医と名高い立派な眉毛と白ヒゲの老魔導士どのも『毛深族』子孫じゃし、不世出の天才魔導士にして帝都宮廷の魔導大臣ザドフィクも、そうじゃと聞いとる。じゃが目下、醜聞への対応で忙しい帝都宮廷の現・魔導大臣が、東帝城砦まで出張るとは思えんし、同族の部下の1人かのう」
白茶ヒゲ代筆屋ギヴ爺の呟きに、思わず反応するアルジーである。
「醜聞って?」
「暗殺教団の教主だったという疑惑が出て来とるそうじゃよ。冤罪かも知れんし、本当かどうかまでは分からんがの」
中身は神殿役人・経理スタッフ、ハリボテ《三つ首ネズミ》仮面が、ウンウン頷いている。
「帝都の政敵、邪悪にして老獪なる前・魔導大臣の残党からの弾劾だと聞いている。あの清廉潔白な現・魔導大臣ザドフィク猊下が、暗殺教団の教主だなんて、ひどい言い掛かりだよ。元々、帝都の数々の暗殺教団を運営していたのが、前・魔導大臣って話なんだから」
やがて、山のように大きな人影『邪眼のザムバ』が、のっそりと立ち上がった。テラテラ黄金肌の顔面に浮かんでいるのは、最初に見た時の、あの陰湿な表情だ。到底、大好きな酒をガブ飲みした後とは思えない。いよいよアヤシイ。
テラテラ黄金肌の巨人戦士は、黒衣の魔導士らしき《骸骨剣士》仮面の男に近寄り、秘密話でもしているかのように、口元に手を当てて話し出した。
肩から掛けていた荷物袋の中で、白文鳥《精霊鳥》4羽が、フルフルしている。手を添えると、4羽とも、冠羽を警戒モードでピッと立てていた。最大限に警戒しているようだ。
「……あの『邪眼のザムバ』、何処へ行くつもりなの?」
「黒衣の魔導士モドキ《骸骨剣士》仮面から、何らかの指示を受け取ったようじゃな。ワシの自慢の鬼耳は、『千の夜が到来した。その邪眼を開け』という謎の命令を捉えたがのう。尾行してみるかの。あの謎の覆面ターバン色男どのは、別の客と話し込んでおるぞ。あれは長くかかりそうじゃ」
かくして、垂れ幕の向こう側へと歩き去った巨人戦士『邪眼のザムバ』を、尾行する一行であった。
金髪ミドル代筆屋ウムトが、不思議そうな様子になった知人すなわちハリボテ《三つ首ネズミ》仮面スタッフ男に、いくばくかの通貨を渡している。
「世話になったな、情報料はずんでやるから、何かの足しにしろよぉ。俺たちの事は黙っておいてくれよぉ」
「おう。この辺の夜道は、ゴロツキ邪霊《骸骨剣士》とかで物騒だから、気を付けてな。霊媒師や魔導士が居りゃ、あのジャラジャラ護符で遠ざけられるんだが」




