闇の迷路に踏み込んで、怪人と戦う長い夜(4)
蜂蜜色の吊りランプが並ぶ歓楽街。大人の夜は、始まったばかりだ。
ゆっくりと天空の弧を描いてゆく銀月のもと。
ギュネシア奥さんと、謎のシュクラ青年とが連れ立って、十字路をした街路の先へと歩み去ってゆく。
にわか仕立ての4人連れの調査団が、尾行を始める……赤ヒゲ熊男バーツ所長、金髪ミドル代筆屋ウムト、白茶ヒゲ代筆屋ギヴ爺、骸骨顔のアルジー。ついでに、4羽の白文鳥。
意味深な2人連れを追って十字路を渡ってゆく、4つの人影。
いつもの夜とは違う、その光景を……占い屋ティーナが、コッソリと見送っていた。幾何学格子の窓枠を透かして。
と、そこへ。
占い屋ティーナの飲み友達が近づいて来た……トロピカル紗幕からのぞいた、その面は……女商人ロシャナク。
「待ってたよ、ロシャナク」
「さっきから興味深いことが進行してるなと思って、見てたんだよ」
女商人ロシャナクは見かけによらず上質なベールをそっとめくり、眼差しを、興味津々といった風にきらめかせた。長衣の裾をさばき、占い屋ティーナの横に、優雅な所作で腰を下ろす。落ち着いた色合いの紅髪の間から、鬼耳族の特有の尖った耳が飛び出していた。
「珍しく大特典つけたもんだね、ティーナ。ありゃ月下老人の『赤い糸』オマジナイじゃないか」
「あれが、ロシャナクが話してた子なんだね。ほとんど死体だよ。あそこまで凶兆とか、こんがらかった要素が出てるとねえ」
お互いにイイ年の2人の女は、窓枠の外を眺めつつ、蜂蜜酒の酒杯を交わし始める。
幾何学的格子の窓枠の外、4人の人影は、ヒョコヒョコと面白い動きをしながら、路地裏へと入って行った……
「あの『赤い糸』のアレ、世界最大の幻の山脈《地霊王の玉座》を眼前に仰ぐっていう、ティーナの出身地、亀甲城砦の秘伝のヤツだっけ。あの骸骨顔のコに、現れる? それも今夜のうちに……あの覆面ターバンの青年かい?」
地獄耳を持つ親友に問われた占い屋ティーナは、肩をすくめ、眉根をキュッと寄せていた。やがて。
「意外に良くないんだよね、それが。『運命を描くコンパスは一回転し、目覚めていた幸運は眠り込んでしまった』と、占うところだけど。あの子がどこまで頑張るのか、運命の十字路ってヤツに賭けてみたくなったんだよ。《地霊王の玉座》だって十字路に切れ込んだ六甲の形してる」
*****
市場のなかでも、とりわけ細い。そんな通りが、区壁に沿って延びている。
こういった端まで来ると、街路も丁字路の形が多くなる。突き当たりは区壁。行きどまりだ。
小箱から中箱といった規模の店舗が詰め込まれたかのように密集している。ちょっとした屋敷の使用人といったような客層が、中心。
扱っている商品は多種多様だ。
吊りランプ、陶磁器、ガラス食器、クッション、テーブル、椅子、古着、革靴、料理のための様々な道具……中ていどの価格の生活雑貨なら何でもござれと言う雰囲気。
意味深な2人連れが入って行ったのは、絨毯を扱う店だ。
「絨毯屋とはよぉ、うまく隠蔽したもんだよぉ」
金髪ミドル代筆屋ウムトが、感嘆の眼差しをして、物陰からチラチラと窺い始める。モッサァ赤ヒゲ熊男バーツ所長が赤ヒゲをゴリゴリとやりつつ、「ううむ」と、うなり出した。
「注意深く行った方が良さそうだな。中箱ていどの大きさに見えて、奥は意外に広さがありそうだぜ。ああいうタイプの構造は、奥で幾つかの店舗の空間が合体していることがある。簡単な改装工事で壁を取り払えるんだ」
「取り払った壁は、絨毯で覆ってごまかせる……昔、ショバ代の脱税で流行した手口じゃよ。良く知ってるのう、バーツ所長」
――カネの亡者というヤツは、どこにでも居るものだ……自分の事を棚に上げて、アルジーはシミジミするのみだった。
やがて、選んだ絨毯の購入が済んだ様子。ギュネシア奥さんは、ロバの牽く荷車に、絨毯と同乗し始めた。絨毯屋の少年スタッフが操るロバ荷車は、どう見ても一人乗り程度。
「じゃあ、この辺で。今夜は色々ありがとう」
ギュネシア奥さんと覆面ターバン姿のシュクラ青年は、親し気に抱擁を交わした後、絨毯屋の前で別れた。
ポコポコと市場の街路を行くロバ荷車を見送った後……
ターバン姿のシュクラ青年は、絨毯屋の奥へと入って行ったのだった。
「よぉし、あの覆面ターバン色男ヤロウを尾行するぜよ」
モッサァ赤ヒゲ熊男バーツ所長は、護身用の短剣の柄に手をかけ、足音を立てずに近寄った……経験者の動きだ。バーツ所長は過去を語らないが、若い頃は戦士だったのかも知れない。
感心しながらも後をついて行く金髪ミドル代筆屋ウムト、白茶ヒゲ代筆屋ギヴ爺、骸骨風の代筆屋アルジー。
絨毯屋の中に入ってみると。
店の中は、人ひとり横になれる程度の、お手頃な大きさの絨毯でいっぱいだ。吊りランプが多く、意外に明るい。
東方諸国の方々の城砦から渡って来た絨毯が、そこかしこに垂れ幕のように吊るされる形で展示されている。簡単な染色や織りの製品は安価で、複雑な模様が織り込んである上質な製品は、それなりに高価。客がパラパラと入っていて、「アレが良いか、コレが良いか」と相談している。
「あれ見ろよぉ。模様が怪奇で、成る程だよぉ」
金髪ミドル代筆屋ウムトが目をキラーンと光らせ、先ほど人がよぎったのか微妙に揺れている垂れ幕……いや、絨毯を指差した。縁取りは、炎冠を模したと思われる、黄金色の火炎と後光の連続模様。
絨毯そのものは人気の赤色だが、織り込まれている模様は、よく見ると確かに《怪物王ジャバ》を模したものだ。絨毯の定番の多彩な唐草模様に紛れるようにして、中央あたりに配置された黒い円形の中に、三つ首をした黄金仮面がある。
――古代の伝説に出て来る、三つ首をした奇怪な面相の怪物。中央の首が特別らしく、眉間に第三の目らしきものを付けている……刺青で見る邪眼の紋章に、よく似ている。
その怪奇な絨毯に近寄ってみると、傭兵くずれと見える店スタッフの1人が、鋭い眼差しをして、ズイと進み出て来た。
「開けゴマ。天の果て地の限り、やよ逆しまに走れ、両大河」
「合言葉かよ」
モッサァ赤ヒゲをしごきつつ、チッと舌打ちをするバーツ所長。
不意に、アルジーはピンと来た……あの不思議な予言めいた四行詩の一節ではないか?
怪奇な絨毯をよく見ると、多彩な唐草模様の一部が文字になっていた。今しがた投げかけられた不思議な一節が、古代書体の《精霊文字》で織り込まれている。
――いまの書体よりもずっと複雑だから、一見しただけでは、文字とは思わなかったけれど。
読める。
シュクラ宮廷霊媒師だったオババ殿から教わった正統派の書体は、古代の面影をシッカリ残していた。そして、対になるようにして、もう一節の詩句が織り込まれているのが分かる。
アルジーは、本物の赤熊のように大柄なバーツ所長の後ろから、ヒョコリと覆面ターバン顔を出し、ささやいた。
「千尋の海の底までも……あまねく統べるは闇と銀月?」
傭兵くずれと見える店スタッフは、ムスゥとした目つきをしながらも、その場から脇にどいた……アタリだ。
身を低くして、壁のように垂れた絨毯をくぐると、そこにポッカリと暗くて細い通路が現れた。灯りは、必要最小限の夜間照明ランプのみ。
にわか4人連れ調査団は、狭い通路をジワジワと押し通ってゆく。
金髪ミドル代筆屋ウムトが感心したように呟く。
「あの絨毯にデカデカと答えがあった訳か……すぐには気付かなかったでよぉ」
「客層を絞っておるのじゃろう。あるいは古典《精霊文字》の心得がある人材を集めているとか……これはこれで、中堅の知識人サロンを気取っているのか、それとも他の目的があるのか、得体の知れぬところじゃのう」
白茶ヒゲ代筆屋ギヴ爺の言及に続いて、モッサァ赤ヒゲ熊男バーツ所長がうなる。
「あの身なりの良さげな覆面ターバン色男が出入りするくらいだから、それなりに狙った客層の誘引には成功しているらしいな。才走った小金持ちが多いんだ、この客層は」
すぐに開けた場所に出た。
多くの人影――さざめく話し声。罪深いとされている珈琲や酒のにおいが充満している。
ここが賭場に違いない。屋外の広場だけど。
区壁と見て取れる壁際には、ナツメヤシの木々が街路樹となって並んでいる。本来は区壁の補修のための切石などを保管しておく空き地だが、ちょっとした中庭のような場所に仕立ててある。
あちこちにスタンド式の夜間照明ランプが並んでいて、意外に明るい。
ヒヤリとする夜風が通る開放的な空間の中、50人ほどの老若男女が上品な賭博に興じていた。意味深な絵が描かれた賭博札が、あちこちの絹製テーブルクロスの上を飛び交う。色ガラス製の多彩なチップが専用の熊手で寄せられるたびに、ジャラジャラ音を立てている。
絨毯屋の提供らしく色とりどりの絨毯が垂れ幕となって、上手い具合に賭場の種類ごとに仕切りつつ、他の区壁からの眼差しをも遮っていた。
そして怪奇趣味の賭場という触れ込みに相応しく、賭博カードやチップや酒を給仕しているスタッフたちが皆、怪奇趣味の仮面をつけていた。それっぽく着色しただけのハリボテ仮面で、その意匠は、定番の邪霊害獣《三つ首ネズミ》、《三つ首コウモリ》がほとんど。
たまに《骸骨剣士》の扮装をしたスタッフが、チラホラと徘徊している。三日月刀も持っているので、賭場の警備員の類だろうと知れる。過剰に不気味にしないためか《人食鬼》の仮面は徘徊していなかったが、ゾッとする。




