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闇の迷路に踏み込んで、怪人と戦う長い夜(2)

……客がすっかりはけた帝国伝書局・市場バザール出張所の中、微妙な空気が漂ったところで。


その辺のテーブルや椅子で遊んでいた白文鳥《精霊鳥》パルとコルファンとナヴィールが、「ぴぴぃ」とさえずった。すぐにアルジーの荷物袋に潜り込み、小石のような何かを引っ張り出して来た。


相棒パルが、弾む『いちご大福』さながらにピョンピョン飛び跳ねて来て、「それ」をアルジーの傍にコロンと転がす。


「あ、それ」


作業机に転がったのは、なんとなくコイン型をした、濃色の琥珀ガラス。


風紀役人ハシャヤル氏が異常な死に方で死んだ、火事現場から出て来たブツのひとつ。『聖火の舞』用に使う特殊な時間差発火型の導火線と、一緒に出て来た物だ。


アルジーは改めて手に取り、じっくりと眺め始めた。


コイン型の表に刻まれているのは、古代の紋章のような雰囲気の……歪んだ目のような形をした刻印。


火事の熱のせいか、コイン型の端は少し溶けて歪んでいたが、縁取りとなっている細密な線刻が見事だ。皆既月食を取り巻く金色の炎冠を連続模様にしたと思われる。


白茶ヒゲ代筆屋ギヴじいが「何じゃ?」と、興味津々で、コイン型をした琥珀ガラスに顔を近付けて来た。


アルジーは大先輩の意を汲み、観察しやすいように、作業机の明るい部分へ置いた。バーツ所長も、赤ヒゲをモサモサさせながら身を乗り出して来る。


あたりは既に午後の後半。陽射しが入らない路地裏の部分は、既に日没の直前のような暗さだ。


「ふむ? こっちは裏側かのう。こいつは古代書体の《精霊文字》で『990』と刻んである」


「よく分かるんだな、ギヴじい。今どきの退魔紋様や《精霊文字》とは違うで、このバーツ所長様には分からんかったぞ。今のものよりも、ずっと複雑な文字じゃねぇか。線刻も信じられないくらい細かい」


「いわゆる『失われし高度技術』じゃの。帝国通貨と同じように、古代遺跡から発掘した金型を使っとる」


白茶ヒゲ代筆屋ギヴじいは、慎重に、コイン型をした琥珀ガラスを持ち上げ、表、裏、表、と観察し始めた。かつての熟練の職人ならではの慎重な手つき。


「コイン金型は非常に頑丈での、数字『1』から『1000』までのものが、まとめて発掘されることが多い。古代『精霊魔法文明』の頃は、今のような耐熱粘土じゃのうて、特殊合金の金型を用いて大量生産したのじゃよ。帝都の《魔導》工房でも、これほど高度な成形をやってのける金型を製造できるところは、無いじゃろうな」


コイン型をした琥珀ガラスをそっと卓上に戻した後、白茶ヒゲ代筆屋ギヴじいは少し遠くを見るような眼差しになった。素敵にモワモワとした白茶ヒゲを撫で、鬼耳族の子孫ならではの大きな耳をピクピクさせつつ、昔語りを始める。


――そうしていると、昔話に出て来る、人の姿をした《地の精霊》そっくりだ。実際、鬼耳族の地獄耳は、《地の精霊》が祝福したものとも言われている。


古代の『精霊魔法文明』時代は、火・風・水・地のそれぞれの精霊が人の姿をして歩き回り、《精霊語》を使って人類と交流することも多かったと言われている。それなりに昔話でも伝えられているが……いまは、何故か動物の姿をした精霊のみだ。人の姿をした精霊の目撃例は無い。あえて言えば、邪霊《骸骨剣士》くらいか。


「若気の至りで、宝探しする冒険者の一団に加わった事があったんじゃ。砂漠の大岩壁にある古代の『精霊魔法文明』遺跡でのう。引退する前はワシ、《魔導》工房で、退魔紋様を彫る職人だったでな。近所の聖火神殿の資料室で、古代遺物を見る機会があっての。古代の魔除けや《精霊文字》の意匠を、もっと見たかったんじゃよ」


次に、金髪ミドル代筆屋ウムトが、問題のコイン型をした琥珀ガラスを、しげしげと眺め始めた。


「こいつぁ、怪奇趣味の賭場で使われてる賭博チップじゃねぇかよぉ。顔見知りの神殿の経理スタッフがそんなこと言ってたでよぉ。コイン型の琥珀ガラス、裏には歴史資料室でお目にかかるような古代意匠の数字、表には伝説の邪霊《怪物王ジャバ》紋章の彫刻」


「おいおい冗談はよせや、《怪物王ジャバ》?」


バーツ所長が口を引きつらせた。モッサァ赤ヒゲが器用に逆立っている。


「我らが帝国の始祖、英雄王が《雷霆刀》で倒したという黄金の三つ首じゃねぇか。ピチピチの人間の生贄を特に好んだという。そんなの堂々と崇拝する反社会的カルト共が居るかよ」


「一攫千金のためなら、反社会的カルト団にも暗殺教団にも身を投じるヤツら、地下神殿で踊るくらい屁でもねぇでよぉ」


「おぉ……そうじゃ」


東帝城砦に居住する代筆屋の中で最高齢の代筆屋、ギヴじいは、白茶ヒゲを撫でながら、ゆっくりと顔をしかめた。


「だんだん思い出して来たぞよ。あの大岩壁の洞窟……地下神殿の天井に彫り込まれた、極めて巨大な三つ首《人食鬼グール》の顔だけの彫刻があっての。あれは《怪物王ジャバ》じゃった」


ギヴじいの脳みそで進行している思考の速度を反映しているかのように、先祖から受け継いだ地獄耳の鬼耳が、ターバンの陰でせわしなくピクピクと動いている。


「何で分かったかと言うと、その真下に黄金祭壇があって、『いと恐ろしき《怪物王ジャバ》のもとへ』と彫られた古代《精霊文字》と紋章があったからじゃ。忌まわしくも巨大で壮麗な、古代の失われし地下神殿……どれほど過酷な労働があったのか想像すると、ゾッとして来る……」


ブルッと身を震わせた後、白茶ヒゲ代筆屋ギヴじいは、シワ深い眉間の辺りを人差し指でチョイチョイとふれた。


「その天井に彫り込まれた三つ首の中央の頭部、この辺……眉間にの、信じられないくらい大きな黒ダイヤモンドがハマっておった。あれは最高額の大判の帝国通貨ほどもあったかのう。その台座が炎冠紋様で荘厳してあって……職人の間では『邪眼』紋章と呼びならわしておる、伝統の荘厳形式じゃ。黒ダイヤモンドの台座を邪霊仕様に仕立てる時の定番の装飾細工じゃし、ヤクザを気取る者の間では人気のある意匠じゃのう」


そう言って、白茶ヒゲ代筆屋ギヴじいは、琥珀ガラス製のコイン状の物を、つついたのだった。


モッサァ赤ヒゲ熊男バーツ所長が、ヒョイと首を傾げる。


「黒ダイヤモンドというと普通は《地の精霊》が宿るものだが、邪霊を魔導できるってんで、現代の魔導士や邪霊使いの間で高値で取引されるブツだな。それは、どうなった?」


「宝探し冒険者の一団に若い魔導士が居ての。そいつが夢中になって、持ってった。あれほど血走った眼は初めて見たのう。じゃが、そいつは不可解な状況で早死にしたようなんじゃ。かの、どでかい黒ダイヤモンド、行方は知らんが、帝国の《魔導》法律にのっとって正しい使われ方をしている事を祈るのみじゃ」


「あぁ、帝国の国庫の、機密施錠と管理のための《魔法の鍵》か。小粒な黒ダイヤモンドも、金融商の秘密保持の取引の方面で大活躍してるくらいだ。黒ダイヤモンドくらい信頼性のある――強烈な呪縛っていうくらいの堅牢な《魔法の鍵》って無いからな」


「だから、怪奇趣味の賭場にある金庫の鍵も、黒ダイヤモンドの《魔法の鍵》でよぉ。非合法の」


アルジーが水をすくう杯のように合わせていた手の中で、「もちーん」とくつろいでいた白文鳥《精霊鳥》パルが、急に「びょーん」と伸びあがった。


一緒にアルジーの手の中に収まっていた白文鳥コルファンとナヴィールが、勢いで、アルジーの手の外へコロンと転がり落ちてしまう。


「え、パル? コルもナヴィも、大丈夫?」


一斉にさえずりだした3羽の白文鳥。ひとしきりワチャワチャした後、再びアルジーの手の中に、真っ白な団子三兄弟よろしく収まったのだった。


金髪ミドル代筆屋ウムトが、不思議そうに3羽の白文鳥を眺める。


「こいつら《精霊鳥》だよな? 何か言ったかよぉ?」


「この琥珀ガラスが流通している場所を調べなきゃいけないって」


「怪奇趣味の賭場かよぉ。まぁ確かに、いかがわしい場所なんで『気付いたら通報せよ』という対象ではあるがよぉ」


帰宅の時間とあって、金髪ミドル代筆屋ウムトは既に帰宅の構えだったが……何かしら気にかかるところを感じたらしい。ターバンを整えるべく手をかけたまま、思案顔で佇んでいた。


モッサァ赤ヒゲ熊男バーツ所長が、モサモサ赤ヒゲをしごきつつ、目線をあちこち動かし始める。


「西の商館の地下でやってた怪奇趣味の賭博の宴会は、ボヤがあったし、神殿の調査官たちが大勢やって来て調べてる筈だ。他に、怪奇趣味の賭博の宴会をやってるとこって……最近じゃ聞いてないな。隠密の帝都役人が入り込んでいるって情報が回ってるからな、みんな、帝都役人の手入れとか取締りとか警戒してやがる」


じゃの道はへびって言うじゃねぇかよぉ、バーツ所長どの。退勤がてら、ちょっくら酒場を回って、運を試してみるでよぉ」


何らかの見込みでもあるのか、山ほどの紅白の御札『退魔調伏』を用意し始める金髪ミドル代筆屋ウムトであった。


魔除け対策が十分に行き渡っていない新装開店の怪奇趣味の賭場の近くでは、本当に邪霊害獣がうろつく事が多いと言う……『退魔調伏』御札は、身の安全のための必須の小道具である。


「何だか不安だなぁ?」


と言いながらも……モッサァ赤ヒゲ熊男バーツ所長は、退魔紋様がシッカリ施された護身用の短剣に三日月刀シャムシールを揃えて、夜間行動やる気満々だったのであった。


そして、白茶ヒゲ代筆屋ギヴじいと骸骨顔の代筆屋アルジーも、後をついて行く気、満々であった……

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