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新たな疑惑と、桑林の高灯籠と(6)終

いつものように、上質な絨毯を敷き詰めた店の奥の間へ案内され。


営業スマイルなのに目が笑っていない金融商オッサンに、午前の出来事を説明する羽目になったアルジーであった。


しかも、何故か。


帝都の近辺や、それなりの富裕層の間でしか見かけないような霊験あらたかな薬膳料理を、昼食として勧められつつ……である。口座維持の手数料だけで賄える部類では無いように見える。


――食費は何処で間に合わせているのだろうか?


アルジーは、チラッと不安になったのだった。霊験あらたかな薬膳のお蔭で、ギリギリの体調に余裕ができ、実にありがたいが……


金融商オッサンは、ヤリ手の経営者ならではの手腕で、アルジーから手際よく事情を聞き出し、概要を整理していた。


そして、「ふーっ」と息をついたのであった。


上等な薄いハンカチを出して冷や汗をぬぐう気配が見えたのは、きっと、幻覚では無い。


「まったく何という事でしょう。……オーラ、いえ、クバル青年を差し向けておいて、正解だったようでございますな。元々は彼のたっての主張でございましたが、彼の立場というものも、色々ございまして。かくも、世界の最果てまで首が飛ぶような思いを何度もいたしますのは、やはり、今回の特殊事情のゆえでございますな」


――ところどころ、意味の分からない部分があるような気がする。


アルジーは首を傾げた。


最後にフーッと大きく息をつき、金融商オッサンは、いつもの調子を取り戻している。


次に、アルジーが持ち込んだ各種書類に、素早く目を通し始めた。


本日付で持ち込んだ文書類、すなわち、『銀髪グラマー美女アリージュ姫の別荘』工事現場の不正な経理記録に手を入れ、口止め料と称して、せしめて来た使途不明金を記載した、為替書類である。裏付けとなる不正帳簿もセットだ。


「ふむふむ、実に興味深い内容でございますな……これは、フハハハハハ!」


濃色の上等な長衣カフタンを震わせ、大爆笑だ。


この類のことには慣れている様子で、金融商オッサンはすぐに爆笑を収め、次の作業に移る。慌てず騒がず、別の書類を整備し始めたのだ。


やがて、金融商オッサンは、数枚ほどの新しい書類を仕上げた。


次に、特別な呼び出し鈴を鳴らす。ごま塩頭の番頭とは別の、信頼できる店スタッフが、仕切り扉の前に現れた。


「お呼びでございますか、頭取」


「追加で、こちらの口座の記録処理を。そうそう、問題のお役人さんは、まだ来てないだろうね?」


「先ほど隣の街区の同業者さまから出て来たそうで。急ぎますか?」


「最優先だ。彼が到着する前に処理できたら、ボーナスを弾むよ」


「では早速」


金融商オッサンは、店スタッフが張り切ってテキパキと立ち去って行くのを見送りつつ。


……『お主もワルよのう』というべき、計算高い笑みを浮かべ始めたのだった。


アルジーは首を傾げながらも昼食を終了し、食後のお茶をいただいた。


グッタリとして弱っている白文鳥《精霊鳥》アリージュに、霊験あらたかという評判の、お茶の水を与える。口に合ったらしく熱心に飲んだ後、白文鳥アリージュは緊張の糸が切れた様子で、昼寝し始めた。


しばらくして。


金融商の店の表側の方が、騒がしくなった。


10人かそこらの来客があったようで、店頭のほうから相当数の、驚いたという風の人声がする。それらを圧するかのような、新しい大声が響く。


「東方総督トルーラン将軍の御下知にて、口座名簿を改める。下手に邪魔立てすれば、即座に逮捕されるものと心得よ」


どうやら宮殿の役人が、ゴリ押しで入店して来た様子だ。


金融商オッサンは、いつの間に仕掛けていたのか、盗み聞き用の配管を開いて、様子を窺い始めている。


恐ろしく準備の良い商人だ。


逆に言えば、これくらいは軽々と先手を打っておかないと、魑魅魍魎の渦巻く帝都で、安定した利益と信用を維持し続けるのは難しいに違いない。


心の中で、たらりと冷や汗を流すアルジーであった。


(帝都へ上京したら、シュクラ・カスバの特産ビジネス……例えば、あの婚礼衣装に使われてた「白銀ノ紋羽二重」とか「螺鈿糸」とか軌道に乗せて、ささやかでも良いから成功させてみようと思うけど、できるのかな……?)


金融商オッサンが開いた配管を通じて。


ごま塩頭の番頭と、赤毛スタッフ青年クバル、その他の熟練スタッフたちが、役人の指示に応じて書棚を順番にバタンバタンと開いている音が響いて来る。


やがて、役人の怒鳴り声が響いて来た。


「この、嫌がらせにもほどがある事業仕分け済みの廃止薬の名前の口座! 何故この口座が既に『オリクト・カスバのローグ』に変更になっているのか!」


別の大声が重なる。どうやら、押し掛けて来ていた宮殿役人は、二人組だったようだ。二人の役人と、護衛の衛兵が数人ほど、と思われるところだ。


「先日、事前調査のための資料提出のあった時点では、薬の名前で識別されている匿名口座であった! 本名詐称の罪により、我々が全額、没収する筈だったのだぞ!」


対照的に落ち着き払った様子の、ごま塩頭の番頭の声が聞こえて来る。


「恐れながら、お役人様、先日オリクト・カスバのローグ様より指示を頂き、このようにした次第です。トルーラン将軍閣下が、そのような法律を作っておいでなら、ローグ様のほうでも『名を明らかにしたほうが疑いを招かないであろう』ということで御座いまして」


「よくも、よくも、よくも……」


「ハイ、確かに、恐れおおくも偉大なる帝都の法律条件をも完全に満たしつつ、本人による正当な手続きが成されたものに御座います」


「むむう……!」


「なおも疑惑が御座いますなら、聖火神殿より、認証専門の神官や魔導士をお呼びいただき、精霊との契約において、認証や筆跡の偽造など不正な手続きがあったかどうか、厳密に調査されますのがよろしいかと」


「チクショウ、快調なペースでカネを貯め込んでいる口座だから、目を付けておったものを。帝都役人のローグ殿なら、この貯金ペースも納得するところか。では残りの3件、確かに没収するぞ」


「ハイ、確かに。そこの若いの、全ての記録を差し上げ、残金の全額を記載した為替書類を整えるように」


「へいっす」


しばらくの間、書類や筆記用具、文箱などといったお馴染みの音が続いた。


その後、資料の受け渡しが完了し……出入口と思われる方向から、ドタドタという足音が響く。熱心すぎる役人の一団が、店を去って行ったらしい。


割り込まれていたと思しき先客たちが、ブツブツと、不平不満を漏らしている声が続いた。


「何じゃありゃ。トルーラン将軍、噂にたがわぬ、いや噂以上に強欲な、犯罪そのものの東方総督じゃなあ」


「そりゃあ、この東帝城砦、賄賂と袖の下の天国だしなぁ。貯金より多い賄賂を準備できなかった口座、みんな言い掛かり付けられて没収されたそうだぞ」


「そのくせ帝都役人だの何だのの絡んだ口座は、相手の報復が怖いのか、あのような扱いだし」


「番頭さん、『オリクト・カスバのローグ』って帝都役人、すげぇ早業の先回りだね。なんか独自の忍者軍団、持ってんじゃないか? それに、帝都の知り合いから聞いたけど、ローグ様の元・側近、右腕って言われた青年、黒髪のえらく優秀な青年らしいね」


「色々あって最終的には、帝国の守護精霊との《精霊契約》に成功したって噂の皇子殿下の、第1位の側近として召し上げられたとか……ローグ様の元・側近、スゲェ昇進だね、オリクト・カスバの地位も盤石だ」


「案外、そいつが、あの汚職満載の風紀役人ハシャヤルを『首チョンパ』したんじゃないかねぇ。一流の剣客で、白タカの鷹匠でもいけるくらい《精霊語》の訓練も積んでるそうだし」


「バカ言え。かの噂の皇子の第1位の側近っていうド偉い人が、風紀役人ハシャヤルなんて下っ端役人を相手にするかよ。東方総督トルーラン将軍よりも、もっと身分が上なのに」


…………


……


金融商オッサンが「良き良き」と言いながら、盗み聞き用の配管を閉じる。


その様子を眺めながら、アルジーは、ポカンとするのみだった。


「あの話、ホント……?」


「ふへ。何の話でしょう?」


「オリクト・カスバのローグ様の、えぇと元・側近の黒髪さんで、いま帝都で昇進してるって人? ホントに《精霊語》できる人で?」


「そういう噂のようですな、ふっふっふっ。ですが、アルジーさんも《精霊語》お手の物だし、悪女ビジネス、ちゃんと成功してるでしょう、ふっふっふっ」


「悪女ビジネス? やった覚えは無いけど」


金融商オッサンは下心満載の笑みを浮かべ、手品のように「ぴらり」と、工事現場の不正帳簿と為替書類を見せて来た。


「あ、それ」


タヴィスが逮捕連行されて行った際、その冤罪の切っ掛けになった、汚職だらけの工事監督とその助手を脅迫し――口止め料と称して、浮いて来た使途不明金を、ゴッソリさらって来たものだ。


「どなたも必要以上に不幸にしないという痛快な金儲けで、久々に大笑いさせて頂きましたよ。ただ、ちと最後の詰めが甘い。察するに、体力の限界だった模様ですな」


金融商オッサンは「ぐふふ」と含み笑いしつつ、再び手品のように、各種書類を仕分け箱に収める。


「悪女ビジネスの最後の仕上げは、特別に当店サービスにて固めておきました。次の悪女ビジネスがどのような物になるのか、当店としては非常な関心を寄せております。ふっふっふっ」


――最後の仕上げって、いったい何をやったの!?


「遊女さんたちの口座に、些少ながら協力費を振り込み、例の工事監督と助手の、その上役さんの匿名の貯金口座を、トルーラン将軍の没収リストに追加しただけです」


「上役さん? 貯金口座?」


「その特定の上役さんは、工事監督と助手の不始末を、これ以上は追及できないでしょうな。下手に騒げば神殿の調査官が気付きますし、そうなったら自分のクビが先に飛びますのでね。なかなか興味深い賭博と脱税の取引口座と化しておりまして、トルーラン将軍がこの口座をどう扱うか、実に見ものでございます」


いつしか、アルジーは、口をひきつらせていた。


――危険な爆弾を上積みして押し付けた、ようなものかも知れない。


トルーラン将軍が持ち前の強欲を発揮して、問題の口座を貯金ごと、こっそり私物化するということは、充分に有り得る。そして、いつか露見した場合、神殿側の調査官は、その上積み金額をキッチリ含めて、トルーラン将軍が脱税したとみなすだろう。


貯金の額面としてキッチリ記録されているであろう、賭博と脱税の動かぬ証拠。


アルジーは妄想を振り払うべく、フルフルと頭を振った。


「賭博か……賭博って儲かりそうな感じ。上役さんのやってる賭博って知ってる? 私は宿屋や酒場でやってる酒宴セットの賭博ゲームくらいしか見たこと無いけど、なんか怪奇趣味の賭場ってのもあるとか」


金融商オッサンは眉根を寄せ、難しい顔をし始めた。


この手の話題にしては、珍しいくらい長く考えている。いつもは提示して来る情報料の請求も無い。


長い沈黙の後――やっと、金融商オッサンは口を開いた。


「この種の賭博で胴元ビジネスをやると面白いほど儲かりますし、3年足らずで巨万の富を築き上げた猛者も実在します。ですが、特に怪奇趣味の賭博は、帝国全体で厳格に取り締まっております」


そこで、金融商オッサンは、やや小太りの身体を包む濃色の長衣カフタンの裾を、そわそわと整え始めた――取扱注意の情報の一部なのであろう、ということが窺える。


「一ヶ月ほど前、帝都宮廷で、怪奇趣味の賭博の取締りに関する新しい法律が成立しました。現在、怪奇趣味の賭場の経営は、特級の国家転覆罪とされ、現場処刑も可となっております。処刑の権限を持つ帝都役人ないし帝国軍に踏み込まれたら、即座に首チョンパですな」


アルジーは息を呑んだ。想像以上に厳しい取り締まりだ。


「単なる怪奇趣味ってだけで、そんなにオオゴト? 邪霊害獣の石膏像とかを、あちこちに並べるだけでしょう?」


「怪奇趣味か、本物の邪霊崇拝か――見分けがつきにくいもので。それに、気になる情報も小耳に挟んでおります」


「気になる情報? 情報料どれくらい? あまり高価だと、ちょっと……」


「そうですな。ふむ。こちらは確定した情報ではございませんので、当店としても自信を持って提供できませんし……此処までにいたしましょう。特別無料サービスです。当店の優良顧客ですしね」


このようにして、金融商オッサンの店の用件は、終了したのだった。

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