新たな疑惑と、桑林の高灯籠と(5)
「以前の勤務先でも、白文鳥《精霊鳥》の高灯籠の管理を任されておりましたが、このような事態は初めてですね」
番頭は、困惑したように首を振り振り、ブツブツとボヤいていた。
「オババ殿亡き今、誰にも相談できないのが、なんとも歯がゆいところです。いまや白文鳥《精霊鳥》に関する専門家は、変人としても名高い老魔導士殿くらいですが。彼は目下、帝都の特命において粉骨砕身の真っ最中で、なかなか時間が取れない状態なので」
ごま塩頭の男――番頭のボヤキが続く。アルジーは番頭の牽く馬の上で揺られつつ、注意深く耳を傾けていた。
「亡き霊媒師オババ殿とは、昔からの知り合いでございました。ずっと昔、それなりに白文鳥《精霊鳥》を扱えると評価されたことが、きっかけで――」
昼食の刻が近づいた目抜き通りの雑踏の中は、充分に騒がしい状態ではあったが……なおも辺りを警戒しているかのような、静かな声音。
「いまは亡き鷹匠エズィール殿の紹介を通じて、シュクラ宮廷霊媒師オババ殿と組んで、特殊な仕事をしたことがございまして。オババ殿とは、それ以来の知り合いでした。ここ東帝城砦でも、白文鳥《精霊鳥》の世話を依頼されまして、仕事の合間に、桑林の高灯籠を見ておりました」
ハッと息を呑むアルジー。
「鷹匠エズィール? 私の父と知り合いだったんですか?」
「出身の城砦が《風の精霊》との縁が深く、白タカや白ワシの営巣地もございまして、その関係で。世間は狭いものです」
何故か、脇に付いて来ている赤毛スタッフ青年クバルが、呆れたように、「へッ」と息をついている。
「おっそろしく省略した説明っすねえ」
「若いのは黙ってなさい」
「へいっす」
馬の背に揺られているアルジーの肩先で、白文鳥《精霊鳥》パルが、意味深そうにさえずった。
ごま塩頭の番頭は、白文鳥の《精霊語》が通じている様子で、ひとつ頷いた……
「10年ほど前、『パルを人質の塔まで緊急で寄越してくれ』という、オババ殿からの極秘通信を受け取った時は、意味が分かりませんでしたが。この怪異を見る限り、本当に白文鳥パルで無ければ、対応できなかったのでしょう」
「……でしたら、この子、番頭さんが見ているほうが良いですよね?」
新しく拾った白文鳥アリージュは、アルジーの手の中でグッタリしていた。骨と皮と、わずかな羽毛だけになって弱っている白文鳥《精霊鳥》は、見るも哀れだ。
「白文鳥が呼び出したのは、《鳥使い》である貴方ですから。以前、オババ殿から、有望な弟子を見付けて《鳥使い》として育てていると話をうかがいましたが、貴方のことだったようですな。《鳥使い》は、白文鳥《精霊鳥》から授かった羽を身に付けますので」
アルジーは目を見張りつつ、耳元を飾るドリームキャッチャー護符に手をやっていた。
――相棒の白文鳥パルから貰った、小さな白羽を取り付けてある……白い耳飾り。
「あの、《鳥使い》って……そんなこと、オババ殿は何も……」
「一定以上の地位と力を持つ精霊との正式な『精霊契約』は、20歳になってからです。その時に、貴方は『精霊契約』のもと、白文鳥パルの、真の御名を知ることになるでしょう」
「精霊契約……」
オババ殿からは、幼い日の枕元で語ってくれた『遠い昔のお伽噺』としての内容くらいしか聞いていない。
一定以上の地位と力を持つ高位の精霊は、真の御名を隠し持っている。その真の御名をもって、「鍵」と「鍵穴」のように適合すると見込んだ「精霊使いの候補」と、精霊契約を交わす。
精霊使い候補となる人類のほうにも、精霊が目印とする一定の印というものがあって、それが、薔薇輝石の目だ。
ただ、その色合いは精霊の種類や数に応じるほどに多種多様で、一般多数の鳶色の目に紛れやすい。注意深く観察しないと分からないくらいではあるが、精霊や邪霊の目線で見れば、どれが適合するのか、瞬時に分かると言う……
(……今まで気にも留めたことは無かったけれど。パルは、高位の精霊なのだろうか? 別に真の御名を持っているほどの……?)
アルジーは戸惑いながらも、肩先に止まっている小さな相棒――白文鳥パルを見やった……
「亡き霊媒師オババ殿の数々の業績や、ご自身の『紅白の御札』作業でも察するところがありましたでしょうが、精霊使いのなかでも《鳥使い》は、青衣の霊媒師に次いで護符の名手として重宝されます。食い扶持には困らないかと」
ごま塩頭の番頭は……明らかに、慎重に言葉を継いでいた。
いつになく口数が多いが。肝心な部分は、あからさまに隠蔽されているという気配がある。オババ殿が、最後の最後まで慎重だったのと同じ。
長い思案に沈んだのか、沈黙が続く。雑踏の中、馬の蹄の石畳を叩く音が、リズミカルに響いた。
アルジー自身にも、何となく直感するところがある――おそらく、現在の時点で明かせない大部分は、《精霊契約》の後で、明らかになって来る部分。
遊女ミリカが、なめらかに間を埋めて来た。接客業ならではの巧みさだ。
「あー、白文鳥を1羽とか2羽とか飼ってる《鳥使い》なら、帝都に居た頃、定評のあるドリームキャッチャー護符の工房で、たまに見かけたことがあるわよ。ドリームキャッチャー護符の仕上げの飾り羽、《鳥使い》が選んでるとか」
「帝国軍ご用達のドリームキャッチャー護符の工房、帝都に集まってるっす。白文鳥を扱う専門の《鳥使い》よりは、鷹匠のほうが多いっすよ。副業とか、現役引退した後のお勤めとか。退魔対応の白鷹騎士団なんかが、白ワシ《精霊鳥》を扱う鷹匠を、帝国のあちこちの城砦からかき集めて、抱えてるっすね」
「クバル君、帝都に居たことあるんだね。白鷹騎士団が使ってる大型の白ワシ《精霊鳥》ともなると、成体《人食鬼》も退魔調伏できて……あ、南部の《人食鬼》戦線の関係か」
「そうなんす」
赤毛スタッフ青年クバルは色々に思うところがあった様子で、意味深に相槌を打っていたのだった。
「あ、でも、アルジーくらい、初見の白文鳥を懐かせる《鳥使い》は、帝都の神殿でも抱えてなかったような。やたら精霊文字とか護符に適性あるでしょ、神官や魔導士になったほうが収入が良いんだよね。で、白文鳥を扱わなくなる」
「その辺は、帝都でも対策を考案中らしいっすね。《鳥使い》は、気付いたら減ってるという状況なんで。《象使い》や《亀使い》は、土木工事や水路維持のほうで需要があって、人数を維持できてるんすけど」
…………
……
いつしか、見覚えのある十字路の角を曲がっていた。
市場広場とつながる街路の方は、ロバの牽く荷車が次々に通過している。取引の済んだ多種多様な品々を積載していて、市場の各所の物流倉庫や小売り店へと配達するところである。
東帝城砦の誇る、市場のざわめき。
目の前の交差路で、複数の荷車が接触事故と渋滞を起こしていて、しばしの通行止めが入っていた。市場に付き物の、毎度の名物。
交通整理の間、多くの通行人も、いったん足を止める。
ごま塩頭の番頭も足を止めてヒョイと振り返り、アルジーの手の中でグッタリしている白文鳥を、チラと一瞥した。そして、「ふむ」と頷く。
「私は正式な《鳥使い》という訳では無いので、確かな事は申せませんが。その白文鳥は、ドリームキャッチャー護符の守護のもとにあり、先ほどより元気が戻って来ております。推測どおり、貴方と同じ《魔導》症状なのでしょう。偶然にも同じ名前だったために、《魔導》の矛先を呼び寄せてしまった様子」
興味津々で耳を傾けていたミリカが、首を振り振り、突っ込む。
「アルジーが、そんな不気味な《魔導》攻撃に、名指しでさらされてたなんて初耳だよ、こっちは。生命力むしり取って骸骨化するなんて悪質だね。さすがにロシャナク姉御は『なんか普通の病気や栄養失調じゃ無さそうだね』って言ってたけど」
赤毛スタッフ青年クバルが、意外に熱心な雰囲気で番頭に話しかけていた。
「番頭さん、この《魔導》攻撃、撃破できないっすか?」
「まだ全容が知れませんので。それに、重ねて言っておきますが、私は本職の霊媒師では無い――魔導士でも無い」
それきり、ごま塩頭の番頭は黙り込んだ……頭の中で、余人には窺い知れぬ推理が回っているのは、明らかだ。
……はるか上空のほうで。
白タカ《精霊鳥》よりもずっと大きい、大型の白ワシのものと思しき鳥影が、複数、ゆったりと舞いつづけていた……
*****
やがて、金融商オッサンの店先に到着である。
今しがた用件が終わったらしい客人が、一礼をして店を離れて行くところだ。見覚えのある姿。あのシュクラ青年だ。
ハッとするアルジー。
駆け寄って話しかけてみたいけど――そうするべきだけど――手の中に、極端に弱った白文鳥《精霊鳥》が居る。急な動きは慎まなければ。
「あ、あの人……」
「何すか?」
「お得意さんとか、常連客の人? あの人、また来るかな? 最近よく見かけるなと思っているんだけど……」
「覚えてない? ……じゃなくって、知らない人っすか。オレもフツーの店員なんで詳しくは。頭取オッサンの知り合いすかねぇ」
「あの人、もしかしたら、行方不明で生死不明の、シュクラ王太子ユージドかも知れなくて」
「はぁッ!?」
気が付くと。
赤毛スタッフ青年クバルと、ごま塩頭の番頭が振り返って来て、何とも言えない奇妙な顔をして、アルジーを見つめていたのだった。
「……おや、いらっしゃいませ」
いつものように、やや小太りの身を包む上等な濃色の長衣をさばき、朗らかに営業スマイルを浮かべる金融商オッサンである。
早速、アルジーは問いかけた。
「あの人、シュクラの人でしょ? どなた?」
「ふへ。それが今のところ、身持ちが堅いお客さまでございまして。まだ店内に誘い込めておりませんのです……」
先ほどの商談の記憶を整理していた様子で、金融商オッサンの口ぶりに、少し沈黙が入った。
「……家宝の精霊宝物を追ってらっしゃるそうで、それらしき品や取引を見たり聞いたりしたことは無いかと聞いて回っておられるようですな。見た目は中古の、その辺に流通している精霊雑貨だということなので、気の遠くなる話ではありますね」
「中古の精霊雑貨」
「見た目は、古いマクラメ細工の大型ドリームキャッチャーだそうです。飾り羽が特殊だとかでね。まぁ直射日光の下で立ち話もなんですから、どうぞ店内に。遊女さまは、いかがなさいます? お蚕さん用の桑の葉っぱをお持ちのようですが」
遊女ミリカは、ストールに包まれた肩をヒョイとすくめ、ニカッと笑った。
「葉っぱが傷む前に、サッサと持ってくわ。今夜の仕事もあるし、これから昼寝だね。不意打ちの弓矢には、せいぜい気を付けようね」
軽く一礼し、しなやかな歩みで立ち去ってゆくミリカである。遊女ならではの身のこなし。
「不意打ちの弓矢とは?」
朗らかな笑みを浮かべながらも、振り返って来た金融商オッサンの眼差しは、ギョッとするほど臨戦態勢だ。
――毎度ながら複雑な人物だ……と、アルジーは感心するのみであった。




