表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/261

新たな疑惑と、桑林の高灯籠と(4)

聖火神殿から充分に離れたところで、赤毛のクバル青年は再び話し出した。


「もうひとつ思い出したことがあるんすよ。この間、ハシャヤル未亡人のギュネシア奥さんが為替換金に来てたんす。アレ結構な額だったもんで、何で得た金なのかと思ってたんす。風紀役人ハシャヤル氏の遺品のどれかに、結構なカネになった品があったらしいっすね。換金したブツが何なのかは分からないっすけど」


歩いているうちに、城壁沿いの街路に出る。


目的地が近いのを知っている白文鳥コルファンとナヴィールが、「ピピピ」とさえずりながら、通りの角から角へと飛び回り始めた。


やがて、3人は城壁の前に到着した。


城壁の基底部を成す地形の盛り上がりが続いている。


日照に恵まれた一角、桑林が広がっていた。オアシスからにじみ出て来た水分で、土が適度に湿っている。


養蚕を副業とする他の娼館から来たスタッフが、既に数人ほど。桑の葉っぱを採集しているところだ。


先着の女性たちが気付き、遊女ミリカに声を掛ける。娼館や酒場などが多く並ぶ、市場バザールの歓楽街のほうで見かける顔だ。『夜の仕事』では無い今は、皆、ミリカと同じような地味なストールや実用的なベールなどといった格好である。


「おぅ『ワ・ライラ』のミリカじゃん。精が出るねえ。新しく捕まえた客かい」


「両手に男だねぇ。ヒョロリ男の代筆屋さん、お久し振りぃ。赤毛は新顔か、こりゃイイ男だね。10代だったら酒姫サーキイもイケてたかもね、ハハハ」


「これから料金をしぼり取るところさ。あたしら、あっちの桑林に行ってるからね」


赤毛青年クバルが、ちょっと引きつった笑顔をアルジーに向けた。


「男と思われてるんすね。あ、胸ナイからか……シツレイ」


「上京できたアカツキには、《骸骨剣士》の格好して追剥ぎの裏営業やったろうという計画を立ててる」


フンと鼻を鳴らし、なにやら悟りきってしまった、アルジーなのであった。


*****


城壁に沿ってこんもりと茂る桑林の中ほどに、聖火祠でもある高灯籠が、スッと立っている。


夜間照明用の吊りランプを備えた、小ぶりな塔さながらだ。


近くを通る街路や、その先にある広場に設置された他の聖火祠と、緊密に連携しつつ配置されている。邪霊の力が増強する夜の間、各所の聖火祠の吊りランプに聖火を灯して、邪霊退散のための魔除けの防壁、いわば第二の城壁を構成するという風になっているのだ。


白文鳥《精霊鳥》コルファンとナヴィールが羽ばたき、高灯籠のてっぺんに止まった。ヒョコヒョコ出入りしつつ、「チチチ」とさえずる。


赤毛スタッフ青年クバルが、長い足で、瞬く間に高灯籠のもとへ到達した。そこで、2羽の白文鳥が飛び交っているのを眺め、不思議そうに首を傾げ始める。


「登れってことすかね」


「1羽、具合悪くなったのが居るらしくて。偶然なんだろうけど、私と同じ名前」


「ほへぇ?」


高灯籠は、3階建ての民家と同じくらいの高さだ。今のアルジーの体力であれば、てっぺんの空間まで頑張れる。


アルジーは早速、梯子を登り始めた。


取り付けられている梯子は随分と古くなっていた。そろそろ交換時期だ。アルジーが遊女ミリカと同じような標準的な肉付きだったら、梯子が耐えられたかどうか、ちょっと怪しいところだ。


興味津々の顔をした遊女ミリカが、桑の葉っぱを麻袋に入れながらも、チョコチョコと眺めて来ている。


赤毛スタッフ青年クバルは、ハラハラしたような表情で、梯子を登って行くアルジーを見つめていた。


「アルジーは体力的には大丈夫だろうよ、満月の頃だからね」


「そういうもんすか」


遊女ミリカは不意に真面目な顔になり、クバル青年をジッと眺め始めた。やがて、ひとつ頷き……


「つかぬこと聞くけど、クバル君、ハーレム持ち? 妻は何人?」


「へ……?」


赤毛スタッフ青年クバルは、絶句して、遊女ミリカを見やるのみだ。


アルジーは早速、ミリカの意図に気付いた。


――これは非常に喜ばしいことだ。


梯子の途中で足を止め、アルジーは、クバル青年へ声を掛ける。


「クバルさん、私からも、ミリカさんを奥さんにするの、お勧めするよ。妻1号なら文句なし。妻2号でも良いけど、地位的には、できるだけ優先保証してあげてね。ちゃんとした医学知識あるし、面倒見も良いから。芸を売るほうの遊女さんで、胸おさわりサービスはしてるけど男性経験ナシ」


「ななな……なんで? いや、俺、ワタシ独身っすよ、それにハーレム習慣の無い城砦カスバ出身だから、妻1号も妻2号も無いっす」


赤毛スタッフ青年クバルは、手をワタワタし、顔を赤青し始めた。


「名目上のお試しでも良いから、とっととミリカさんと結婚しちゃってよ。残念ながら離婚って事になっても、ロシャナクさんがケツ持ちするから、そんなにゴタゴタしないし。いま私が『男』って性別詐称してて、半年前からミリカさんの夫なんだけど、そろそろ神殿から大目玉を食らいそうなんだよ」


「なんで、そんな事に」


「クソ御曹司トルジン対策。最近の、どこかの商人のお連れさんが娼館に連れ込まれてたのも『人妻じゃない』って誤解されたのが理由だから」


赤毛スタッフ青年クバルは呆然と立ち尽くし……戸惑いの面持ちをして、遊女ミリカの真面目な顔を眺めていたのだった。


やがて。


アルジーは、高灯籠のてっぺんに到達した。


大柄な大人の男ひとりが、ギリギリ身を潜められる程度の空間がある。


真ん中に、昔ながらの、質実剛健といった風の吊りランプが下がっていた。


城壁沿いの夜間照明用のランプは、ほぼ、退魔の力を持つ《精霊石》で光るタイプだ。定番の、物理的な火を灯すためのランプ芯は無い。物理的な火と同じ程度には光を投げるが、むしろ、城壁の外からやって来る邪霊の類を防ぐという機能に特化している。


ランプの周りに、いかにも白文鳥の種族が好みそうな藁づくりの壺がズラリと並んでいた。吊りランプ用の、払い下げの出涸らし《精霊石》を貯蔵するための藁壺だ。


ほうぼうの藁壺から、大勢の――20羽くらいの――白文鳥がポポポンと出て来て、一斉にさえずり出した。


『おかしくなった子は、そこの藁壺の中だよ、ピッ』


「あ、そこか」


痩せぎすの身体が幸いして、アルジーはスムーズに、藁壺の並ぶ隙間に潜り込めたのだった。


出涸らし《精霊石》のお蔭か、日陰になっていても何となくホコホコと暖かい藁壺の中に、手を突っ込んでみる。


グッタリとしている白文鳥の身体が触れた。


アルジーと同じ――言ってみれば「骸骨化っぽい」――不吉な症状の気配がある。


そっと取り出してみると。


ギョッとするくらい骨格標本を思わせる、血色の失せた身体が出て来た。換羽の真っ盛りでも、これ程では無いだろうというくらいの地肌の見え方。体温も下がっている様子だ。


『……生きてるよね? 大丈夫?』


グッタリとした骨と皮ばかりの身体を撫でていると、やがて弱々しい声ながらも、その白文鳥は、キュウキュウと鳴き始めた。周りの白文鳥が再び、一斉にさえずり返す。


やがて、下の方から新しい人の声が聞こえて来た。


「誰か入ってるのか? 入ってるのは《精霊鳥》だ。ちょっかい止めて降りて来い。何でクバル君が此処に居るんだ、こら」


厳しい声音だが、聞き覚えがある。この声は……


アルジーが高灯籠の窓から顔を出してみると。


高灯籠のふもとに、騎馬姿の人物が居た。いましがた城門を通って戻って来たという風だ。


熟練の手つきで馬を操っている、その中年男性は……拳を振り上げたまま、口をアングリと開けていた。ターバンの端から見えるのは、ごま塩頭。金融商オッサンの店の番頭さんだ。


赤毛スタッフ青年クバルが、ビックリした顔で、馬上の番頭さんを見上げている。


「番頭さん、そんな『仰天』って顔、できたんすか……」


……はるか上空では、真っ白な色をした大きな鳥影――大型の白ワシの類と思われる――が、「ピー、ピョッ」と鳴きながら旋回していた……


……


…………


おっかなびっくりで地上に降りて、説明する羽目になったアルジー。


説明が終わってみると。


今日は朝っぱらから、怪異な出来事のオンパレードだった。


聖火神殿で、小型のいしゆみの矢による攻撃があった事。


風紀役人ハシャヤル夫人ギュネシアの新たな疑惑――もしかしたら、矢を撃って来たのかも知れないという事。


そして、1羽の白文鳥《精霊鳥》が謎の急激な衰弱をして、この桑林の高灯籠に避難していた事……


偶然にも白文鳥《精霊鳥》の名前は、アリージュという事。


宮殿に付属する聖火礼拝堂に、アルジーのように骨と皮になって禿げるように作用する、怪物的な呪縛《魔導陣》が仕掛けられていて……白文鳥アリージュが、それに引っ掛かったのが原因らしいという事。


…………


……


頭がパンクしたのか、ごま塩頭の番頭は、金融商オッサンの店へ戻る道すがら、ずっと頭を抱えていた。文字どおり。


そんな番頭を眺めつつ、アルジーは不思議な気持ちになったのだった。


アルジーの体力はもとより不足気味ということで、恐れ多くもアルジーは馬の背に乗せてもらっている。


馬を牽いて先導する番頭の手つきは、どう見ても熟練の騎馬戦士という風だ。隊商キャラバン傭兵などの自己流のものとは違って、ちゃんと訓練が入っている。


腰に佩いている護身用の短剣や三日月刀シャムシールも、軍隊仕様。長年使いこまれた類というのが明らかだ。


帝国軍の標準の装備品。帝国軍から払い下げられた備品は、一般の傭兵市場のほうで多く流通しているが……そのような払い下げ品に特有の、「中古の新品」といった雰囲気が無い。どちらかというと、退役軍人が丁寧に手入れしつつ所有している感じ。


――それに。いま乗せてもらっている、この馬。


軽装ではあるけど、邪霊討伐に必要な種類の装備が、全て揃っている。


休憩をとった後らしく、歩みは落ち着いているものの……各所に邪霊の攻撃を受けたと思しき、特徴的な、かつ新鮮な裂傷が残っている。商館や神殿に付属する、それなりの厩舎でのケアが必要なくらいだ。ごま塩頭の番頭のほうも、荒々しい疲労の気配がある。


(さっきまで、番頭さんは、何処か戦場に出ていたのだろうか? 大掛かりな退魔調伏……騎馬戦が必要となるような戦場に……?)


フッと閃いた直感。


今朝、小耳に挟んだばかりの、城壁付近の戦場――異常産卵で増殖した《人食鬼グール》討伐の戦線。まさか、とは思うけれども。


だが今は、それを確かめるタイミングでは無さそうだ……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ