新たな疑惑と、桑林の高灯籠と(3)
程なくして、神殿役人ゾルハンの応対を通じて必要書類のやり取りが完了した。
聖火礼拝堂の入口の「よろず事務所」を出た後。
ちょうど良い機会、ということで。
野次馬的な興味もあって、3人で火事現場へと足を向けてみる。
先日、火のジン=イフリートと、水のジン=巨大カニとが、死闘を繰り広げていた現場でもある……周辺のオリーブの木々は、派手になぎ倒された状態だ。
かの風紀役人ハシャヤルの死亡現場でもある『瞑想の塔』は、無残な瓦礫の山となり果てていた。芯柱となっていた螺旋階段の残骸――中心部のグルグルとねじくれた金属製の構造が、突き立っている。
神殿の調査官たちによる調査は、あらかた終了していた。不気味な有り様ではあるものの、相当に近くまで接近できる。
「これは盛大に燃えたもんだねぇ」
遊女ミリカが、器用な足取りで黒焦げの瓦礫をよけつつ、ヒョイヒョイと歩き回る。踊り子稼業で鍛えた見事な足さばきだ。
「あたしが遊女仲間と気付いて野次馬してたの、《渦巻貝》様がお出ましになってた時なんだよ。あの大出力の放水が、この辺でジン=イフリートにブチ当たって、流れて行ってて」
適当に位置を取ったところで、ミリカはテキパキと腕を動かし、礼拝堂のドーム屋根のこちら側と向こう側とを指さして見せて来た。
「あの大きな《渦巻貝》様の放水は、あっちから出て来て、大火事を瞬く間に流した。礼拝堂に居た人も、事務所の人もビックリしただろうね。中庭を飛び越えて、火と水がドーンと迫って来たんだから」
赤毛スタッフ青年クバルが「へぇえ」と感心しながら耳を傾けている。
何とはなしに、3人で、燃え残った『瞑想の塔』の石積みをグルリと回ってみる。
塔の頂上へと向かう螺旋階段だった物の残骸は、あれ程の爆発の中心であったにもかかわらず、うっすらと原形を保っていた。
素材となっている金属は、現在の技術では再現できない合金の一種である。元々は、流砂に埋まっていた古代『精霊魔法文明』遺跡から発掘された螺旋階段そのものを、再利用した物だ。残骸となり果てているとはいえ、古代の『失われし高度技術』のすさまじさには、驚嘆してしまう。
アルジーは、ボソッと呟いた。
「確か……あの辺だ。風紀役人ハシャヤルの死体が瓦礫の下から出て来たのって」
「あの辺りの瓦礫の下から出て来たんすか」
「衛兵たちが、瓦礫を掘って、そう言ってたんだ」
「だったら、まだ残ってる証拠とか、あるんすかね。それとも調査官が見つけて、全部回収しちゃったかな」
赤毛スタッフ青年クバルは、死体が出た周辺を、興味深そうにキョロキョロし始めた。
やがて、アルジーのターバンの上で、相棒の白文鳥《精霊鳥》パルが「ぴぴぃ」とさえずった。パルは翼をパタパタさせたが、換羽期の後半で、体力が戻っていない。承知した様子の白文鳥コルファンとナヴィールが飛び出し、意味深にピョンピョン跳ね始める。
「ん? 何っすかね?」
白文鳥《精霊鳥》コルファンは、ヒョイと瓦礫の下に身体を突っ込み、紐のような何かを引っ張り出した。
パッと飛び上がり、ビックリしているクバル青年の手に、ポトリと落とす。
クバル青年は、その紐のような物を、じっくり検分し始めた。すぐに、「おッ」と声を上げる。
「導火線の欠片っすね。ジン=イフリート《魔導札》に火を付けた時のかな……軍事用とか工事用のモンじゃ無いすね。なんだか違う長さで色分けされてるっすね」
「それ、神聖舞踊『聖火の舞』で使う特殊な時間差発火型だよ。古代『精霊魔法文明』の高度技術で、専門の《魔導》工房で作ってる」
遊女ミリカが突っ込み始めた。
「全体で15分くらいの舞の途中で、時間を置いて発火して、火花を飛ばす段があるんだ。その辺の市場とかじゃ扱ってないけど、神殿には納入されるから、備品として倉庫なんかに保管されてある筈だよ。そこから調達して来たみたいだね」
ミリカ自身が、専門の遊芸者だけに、様々な遊芸に詳しい。舞台の上で女神官の役を演じて、複雑な神聖舞踊を平然とこなしたりする――この職業に足を踏み入れる前は本物の女神官だったようだが、ミリカは、アルジーと同様、過去をあまり語ろうとしない。
赤毛スタッフ青年クバルは、意外なほどに真剣な顔をして、導火線を調べ続けている。
「途中の位置から着火が始まっている。燃えたのは最後の一部分らしいっすね」
「目がいいね、クバル君。そこ、クライマックス演出の部分だ。だいたい6分の空白を置いた後、派手に発火する」
「これがジン=イフリート《魔導札》導火線として使われていたとしたら、犯人のヤツ、6分くらいの逃走時間を用意して、ハシャヤルを爆殺したって事になるっすね。アリバイにもなるし」
「犯人は、回収しなくても大丈夫だと思ってたんだろうね。そのうち瓦礫の撤去が始まる。瓦礫運搬人のほうも、見つけても深く考えずにネコババして、適当な故買屋に売っ払うに決まってる。……あ、この白文鳥たち、《精霊鳥》だから、すぐ見つけたんだ。お仲間の《火の精霊》が宿ってるから」
一方、白文鳥ナヴィールは、瓦礫の下に潜り込んでゴソゴソやっていた。
やがて、ススだらけの「平たい小石のような何か」を、薔薇色のクチバシにくわえて引っ張り出す。白文鳥ナヴィールは、『お宝、発見!』と言わんばかりに、瓦礫の上をピョンピョン跳ねながら、アルジーの足元にやって来た。
『見て見てー、ピッ』
アルジーは、白文鳥ナヴィールから「平たい小石のような何か」を受け取り、眺め始めた。
火事の際の熱で歪んではいるが、元々はコイン型だったと見える。ススを削ってみると濃い琥珀色で、陽光に透けるたびに金色がほのめく。ガラス製らしい。
――古代の紋章のような雰囲気の……歪んだ形の刻印がある……
次の瞬間。
白文鳥コルファンが「ギョギョ!」と叫びながら飛び上がり、クバル青年のおでこに突進した。
思わずのけぞる、赤毛スタッフ青年クバル。
――ガシュッ。
唖然としたアルジーと、遊女ミリカの、目の前で。
今までクバル青年の頭部があった位置の傍――『瞑想の塔』のボロボロ石積みに、小さな矢らしい物が刺さっていた……
「うげぇ?!」
「攻撃?」
「な、な、……誰、物騒なモン飛ばして来たのは!」
再び不吉な――うなり音。
クバル青年が護身用の短刀を抜いた。白刃がひらめく。
ガキン、ガキン、と続けざまに鋭い金属音。
2本の矢らしき物が、次々に、石積みに斜めに突き刺さる。
クバル青年が護身用の短刀を振るって、矢を2本とも弾いていたのだった。驚くほどの動体視力に、身のこなしだ。
「隠れろ!」
3人で慌てて、あちこち黒焦げになった低木の植込みの陰に、身を潜める。
かの『瞑想の塔』爆発炎上の際に一緒に飛ばされていたのだろう、植込みの下に乱雑に転がっていた木の枝が、足元をゴツゴツと打って来た。
礼拝堂の2階のバルコニーで、人影がサッと動いた。
一瞬ではあるが。
かの濃色の、背丈の半ばほどの長さのある慎ましいベール姿は、異常な死に方をした風紀役人ハシャヤルの妻――ギュネシアのもののように見える。
「あれ、ギュネシア奥さん? 奥さんなの?」
「し、知らんけど、矢で殺そうとして来てたよね、あの女、アルジー」
「あのベールだったら、ギュネシア奥さんっぽいすね。でも変装してたのなら、まさかの男って可能性もあるっすよ」
不気味な静寂が続いた……それ以上、攻撃は来なかった。
……赤毛スタッフ青年クバルが、ゆっくりと動いた。
石積みの陰を移動しつつ、手持ちの護身用短剣を、その辺の木の枝に縛り付け……即席の長い槍のようにして、心当たりのある箇所をゴリゴリやる。
やがて、カシャカシャンと音を立てて、先ほどの不審な矢の形をしたものが落ちて来た。
クバル青年は、適当に枝分かれしている木の枝を使って、目的の物を引っかけ、ひょいひょいと器用に取り寄せた。
全部で3本。
キラリと反射する金属製の矢を手に取り、ためつすがめつ。
「んー、やっぱ矢だったすね。あ、傷がついてる。3本とも。こりゃ小型の弩から発射された物っすね。礼拝堂の2階バルコニーの陰から飛んで来た感じっす。にしても、いったい誰が……っていうか、あの人影、ギュネシア奥さんっぽいように見えたけど……彼女が風紀役人ハシャヤル殺害犯なんすかね」
赤毛スタッフ青年クバルは珍しく、きつく眉根を寄せて深刻そうな顔をしていた。やがて、パッと表情をゆるめ、普段のズボラな顔に戻り。
「ともかく、お礼言わなきゃいかんっすね、勇敢な白文鳥くん」
「ぴぴぃ」
白文鳥《精霊鳥》コルファンは、得意そうに真っ白な胸を張った。
遊女ミリカが真っ青になりながらも、呆れ顔で呟く。
「クバル君、死にかけた割には冷静だね。さっきの矢をかわしたのも、戦士の動きって言うか。金融商の店スタッフにしては荒事に慣れ過ぎてる」
「もと少年兵だったんす。色々あって《食人鬼》撃退の前線に派遣されてたんすよ。南方諸国で《食人鬼》連続発生があって、連戦して回って。いやー、頭取オッサンに拾われてからは、この通りだから、勘、ニブってたっすね」
そう言って、赤毛スタッフ青年クバルは、長袖を少しめくって見せた。
幾条もの裂傷が走っていて、傷痕が暗い色に変色している。見た目、熱傷や凍傷を繰り返したかのような、ボロ雑巾のように荒れた皮膚だ。赤毛にしては日焼けしたように濃い色の肌だが……元の色は、もっとずっと白かったのかも知れない。
人相の判別に直結する顔面だけは、《食人鬼》対応の護符も、傷を受けた時の治療方法も発達しているが……戦場においては、肢体のほうは、どうしても後回しになる。
遊女ミリカは目を見開いて、「うげ」とうめいた後、溜息をついた。
「ありゃりゃ……全身こんな傷痕だらけなのか。苦労したね。《食人鬼》撃退の前線、色々ゾッとする話を聞いてるよ。あのガメツイ金融商オッサン、意外に人情家なのかね。マジの本名のほう『オッサヌフ』、あぁもう発音が難しいね、けど、南方の方言で『善良』って意味だし」
「へへへ……ともかく攻撃して来たヤツ、もう潜伏してるっしょ。地の利こっちに無いから不利っすよ。小型の弩って、ギュネシア奥さんがいつも着けてる長いベールとか、膝まであるベストとかで隠して持ち歩けるから、分かりにくくて面倒なんす。一旦、逃げたほうが良いっすね」
かくして、こそこそと退散したのだった。




