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新たな疑惑と、桑林の高灯籠と(2)

帝国伝書局・市場バザール出張所の待合スペースのざわめき――市場バザール界隈の定番の情報交換は、まだつづいていた。


もと大衆食堂だった場所を引き継いだだけあって、当時の、20人分ほどの客用テーブルや椅子は、そのまま残って並べられている状態だ。


待合スペースの隅に配された数壺の水瓶には新鮮な井戸水が入っていて、依頼人たちは自由に貰って飲んで良いことになっている。食事の提供は無いが、弁当の持ち込みや飲食は可。話しやすい空間なのである。


アルジーは、ゆっくりと肩コリをほぐし、集中的な筆記作業で疲れた手を揉み揉みし始める。


無理がきくのは満月に近い頃合いのお蔭とはいえ、健康とは素晴らしい……と、シミジミしてしまうアルジーであった。


(そろそろ、朝ごはん買いに行くか……)


ふと、パルとは違う「ピッ」という鳴き声に気付き、アルジーは、裏路地の側溝に面した格子窓を見やった。


相棒の《精霊鳥》パルと、見慣れない2羽の白文鳥とが、真っ白な団子三兄弟さながらに並び、アルジーの方をじっと見ている。


『新しい子だよね?』


こそっと、《精霊語》で話しかけてみる。


2羽の新顔の白文鳥の反応は、劇的だった。


ピョンと跳ね、「ピピピ、チチチ」とさえずって返して来る。《精霊鳥》のほうの白文鳥。


『うちがコルファン、こっちがナヴィール。あの子が具合悪いの。城壁のとこにある桑林の高灯籠で休ませてるから、来て欲しいの』


『宮殿のとこにある聖火礼拝堂で、骨と皮になって禿げる変な呪縛に引っ掛かってしまったの。みんなで外そうとしたけど外れないの』


『……骨と皮になって禿げる呪縛?』


アルジーは目を見張り、我知らず首を傾げていた……パルの種族、白文鳥《精霊鳥》は、たいていの《魔導陣》仕掛けを感知して、対応できるのに。


『その子の名前は?』


『アリージュ』


一瞬、グッと息が詰まるアルジーであった。


骨と皮になって禿げる呪縛。


かつて東帝城砦の宮殿を初訪問した幼いアルジーが――当時はアリージュ姫だった――呪われた時の現象と、全く同じ。


7歳の時に引っ掛かった『死の呪い』、すなわち、生贄《魔導陣》は、たった一晩で身体を骸骨のように瘦せ衰えさせ、頭髪をほぼ完全に脱毛させていたのだ。


――その哀れな白文鳥は、羽毛が禿げた状態になったと思われる。


鳥と人の名前が重複することは多いが、同じ名前で、似たような内容の呪いに引っ掛かるのは、偶然だろうか……?


……パルの種族でさえ対応できないような、怪物的な《魔導陣》に。


耳の下で揺れている耳飾り――亡きオババ特製の白いドリームキャッチャー護符が、何かを感知したように震えている。


(これは、怪物王ジャバへ捧げる生贄の印として刻まれると聞く、1001日の生贄《魔導陣》とも、関係があるかも知れない。ううん、間違いなく、何か関係がある!)


アルジーはターバンを締め直し、手荷物を引っ提げて外出準備を整えた。


バーツ所長が赤ヒゲをモサモサさせながら、「おや?」と振り返って来る。


「何じゃ? 朝メシの買い食いなら、いつもの目の前の食い物屋じゃないか」


「新しい用事ができて……城壁の桑林」


「今日の予定は、あのお馴染みの金融商、がめついヤツのとこじゃ無かったのか? 何かの文書を預けるとかで。まぁ、ちょうど良いから、この文書束を聖火神殿まで配達してくれねぇか。城壁の桑林まで行くなら、途中だろ」


モッサァ赤ヒゲ熊男バーツ所長は、待合スペースの特等席にある所長デスクの引き出しの中から、テキパキと文書束を出して来た。


この街区の商館や隊商宿から出されて来た、聖火神殿への申請書類だ。


邪霊害獣の魔除けを、新品に交換してほしいという内容である。


魔除けを古いまま放置しておくと、三つ首の《人食鬼グール》成体も出現するリスクが上昇するのだ。


野生の火吹きネコマタ・火吹きトカゲや、白タカ《精霊鳥》でも抑えられる幼体はともかく……急激に巨大化・怪物化する成体は、かの火のジン=イフリート並みに……あるいはそれ以上に、厄介な存在である。


――邪霊使いの類に限っては、新たに強力な使役対象が増えて、喜ぶのだろうけど。


アルジーが荷物袋の中に文書束を収めていると。


いつの間にか、赤毛スタッフ青年クバルが近づいて来ていたのだった。


「頭取オッサンのとこにも寄るっすか。ついでだから一緒に付き添うっすよ。頭取オッサンに預ける文書って、それっすよね。その『魔除け新調』申請書類の下にあるヤツ」


アルジーは少し考えた。


拒否する理由は無い。むしろ心強い。


「じゃあ、一緒にお願いします……パル、コルファン、ナヴィール、おいで」


3羽の白文鳥が「ぴぴぃ」とさえずって、アルジーの生成りターバンの上に飛んで来て、止まった。


「オレも腹が空いて来たっすよ、そこでメシってことで」


アルジーが赤毛スタッフ青年クバルと一緒に、市場バザールの屋台店で食べ歩き用の朝食を選んでいると。


「あら、おはよ」


声を掛けて来たのは、麻の大袋を抱えた遊女ミリカだ。陽射しやほこりを防ぐための、割合にシッカリした布地のベールに、ストールをしている。


「2人して、どこ行くんだい? 金融商オッサンの店とは方向が違うっぽいけど」


「聖火神殿に寄って、次に城壁の桑林、最後に金融商オッサンのとこ回る」


「あーら、城壁の桑林へ行くの? 偶然にも行き先が同じ。今日は、あたしが蚕さんにやる桑の葉っぱ貰って来る当番なんだよ。我らが娼館『ワ・ライラ』の副業が、蚕さんだからね」


*****


少しばかり変わった3人連れが、聖火神殿へ通じる目抜き通りの雑踏の中で、歩を進める。


ヒョロリとした骸骨さながらの民間代筆屋アルジーと、意外に背丈のある陽気そうな赤毛スタッフ青年クバルと、高級娼館『ワ・ライラ』の踊り子である遊女ミリカ。


朝食の刻を過ぎた城下町の目抜き通り。きれいに舗装された路面は、ますます威力を増す陽光にあぶられていた。行き交うターバン姿やベール姿の人々の間で、熱砂から来る乾いた風が吹き渡っている。


やがて。


人類の3人連れと、白文鳥《精霊鳥》3羽は、オリーブの木々の緑が揺れる聖火神殿の前に到着した。


仰々しく重なる複数の門扉を抜け、敷地に立ち入って少し進むと。こんもりとした葉影が連なる中庭の向こう側に、聖火礼拝堂のドーム屋根が見えて来る。


聖火礼拝堂の入り口にある「よろず事務受付所」窓口で、「魔除け新調の申請書」を受け取ってくれることになっていた。


その「よろず事務受付所」窓口へ近づいてみると……いつもと違う雰囲気だ。


何らかの事件があったかのように、相当数の事務員や衛兵がひっきりなしに出入りしていて、その一角がザワザワしている。多数の赤茶色の長衣カフタン姿が右往左往しているという風だ。


興奮した様子の若手の神殿役人と衛兵が、口々に最新情報を交わしつつ、数枚の書類――報告書を、やり取りしていたのだった。


遊女ミリカが興味津々で耳を傾け、「へぇ」と呟いた。


「この間の砂嵐の影響で、三つ首《人食鬼グール》が異常産卵してたって言ってるよ。10体くらい、砂漠で急に発生して、城壁まで接近して来たとか。不意打ちで」


「あ、もしかして、白タカ《精霊鳥》たち、夜明け前の『邪霊害獣』狩りで城壁の外まで足を延ばしていて、気付いた?」


「早期発見が幸いして、巨大化する前に退魔調伏できたってさ。トルーラン将軍の事業仕分けだのなんだので衛兵の数が減ってるところだし、退役軍人も緊急招集する騒ぎになってたみたいだけど。重傷者は多いけど今のところ死人は無し。あ、あの御曹司トルジンの『大事なアレ』をもいでた偉大なる老魔導士も、出動してたようだね」


「東帝城砦どころか帝都でも一番の名医だという、老魔導士?」


「立派なお眉と白ヒゲの面白いお爺ちゃんだよ。全身、毛深いんだけど、頭は禿げてて光ってる」


そんな噂話をしながら、担当の神殿役人を待っていると。


受付所のカウンターの奥から、以前にも見かけた真紅のターバン・長衣カフタン姿が現れて来た。やや痩身の、中堅世代の男である。


「おや、代筆屋くんですね」


神殿役人のひとり、神経質そうな細い面差しをした経理担当ゾルハンだ。事務員や部下たちが、《人食鬼グール》騒動の件で出払っていて、ゾルハンが、多忙の合間に応対する形となった様子である。


ゾルハンは、アルジーが差し出した文書束を丁寧に受け取り、素早く目を通した。


「今日は何故ここに……あぁ成る程、市場バザールの商館からの、魔除け新調の申請書でしたか。この間、街路の真ん中で《三つ首ネズミ》と《三つ首コウモリ》が出た件、結構な騒ぎになったとか……さもありなん」


遊女ミリカが早速、口を出し始める。


「トルジン親衛隊の黄金の巨人戦士ザムバが一刀両断にしたって聞いたよ。ついでの報告義務スッポかして謹慎を食らったという話だったけど、昨夜、超特急で解除されたみたいだね。近所の酒場で大酒してたよ。八叉巨蛇ヤシャコブラかいって思うくらい」


神殿役人ゾルハンは、タジタジとした様子で、神経質な笑みを浮かべていた。


建前上、神殿は、遊女といった職業の人々にも分け隔てなく門戸を開いてはいるが、常識的な礼拝者たちの前では、あまりにも堂々としているのは控えてほしいというのが、本音なのだろう。


実際、遊女ミリカは、昨夜の仕事の名残が見える艶っぽい化粧に香水をまとっている。強い陽射しを防ぐためのストールを軽く羽織っただけの状態で、罪深いほど襟ぐりの深い舞台衣装が、その気になれば丸見えだ。


アルジーは適度な注意をもって、遊女ミリカと神殿役人ゾルハンのやり取りを眺めていた。


赤毛クバル青年は、目立たないように静かに傍に佇んでいた。不思議に整った、隙を感じさせない佇まいは、宮廷でも通用しそうだ。何故か、貴人の従者や護衛さながらだ、などという連想が湧く。


あらためて、明るい光の中で、こうして神殿役人ゾルハンを見ると……


やがて、何故に不思議な親近感を覚えたのかが、分かって来る。オババ殿と同じ、印象的な目の色をしているからだ。


気が付いた時には、アルジーはポロッと呟きをこぼしていた。


「……ゾルハンさんって、目の色が薔薇輝石ロードナイトなんですね」


真紅の長衣カフタンとターバンをまとう神殿役人、経理担当ゾルハンは、ギクリとして飛び上がったようだった。何故か。


「済みません、ゾルハンさん。驚かせるつもりは無かったんです。知り合いが、そんな目の色だったもので。実際は青みを含んでいたので、ラベンダー色って感じだったですけど」


「さ、さようですか」


生成りターバンの上でパルが「ぴぴぃ」とさえずり、アルジーは不意に、昨夜の酒場から流れて来た会話を思い出した。


「邪眼のザムバが釈放されたのと入れ替わりに、タヴィスさんが逮捕されて来たらしいって小耳に挟んだけれど……絶対、冤罪ですよ。ゾルハンさんも、タヴィスさんを直接にご存知なら、タヴィスさんが風紀役人ハシャヤルさんを殺害した筈が無いと――」


「調査官がタヴィスさんの無実を信じるかどうか、なんとも難しいところですね。覚えているでしょうか、彼も折悪しく、火事現場に居合わせていましたから。それに、チラと聞いたんですが、発火能力のある《魔導札》を所有していたとか」


そんな事を話し合っている内に。


赤毛スタッフ青年クバルが、「あれ」と言いながら、クルリと別の方向を見やった。事務員用の出入口のほうだ。


「彼女、確か風紀役人ハシャヤルさんの奥さん、ギュネシアさんっすね」


見ると確かに、以前も見かけた、あの慎ましい長いベール姿の中年女性だ。官報用の掲示板を兼ねた、ささやかな仕切りの前、2人ばかりの女神官と一緒に居る。何かを話し合った後、濃色ベール姿の中年女性は軽く一礼し、ほどほどの包みを持って受付所を出て行った。


訳知り顔で、神殿役人ゾルハンが頷いている。


「亡き風紀役人ハシャヤル殿の遺品の整理が続いているんですよ。ハシャヤル殿の倉庫には色々あったようで、中には処分に手間のかかる物品も。風紀役人としての業務で押収した賭博用カードですとか、偽造された古代宝物の大壺なんかは処分に困って、時間もかかっているようです」


「あらら。それじゃあ二束三文にもならなそう。葬式代つくれるの? 裏の方で黒ダイヤモンドだの何だの、せっせと汚職に励んでいたという噂の割には、とんだ宝の山みたいだね」


さすがに遊女ミリカも、いくばくかの同情を込めて、肩をすくめて見せたのだった。その隣で、赤毛スタッフ青年クバルは、奇妙な顔をしていた……

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