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噂に聞いた工事現場へ、進路を取って来てみれば(4)終

「え……どうしよう。ホントに拷問されたりする?」


アルジーはボンヤリと呟くのみだ。


遊女の一団が「うーん」と言いながら相談を始める。


「今日、明日のうちに拷問って事は無いよね」


「確か手続きがあるんだよ。今回《魔導札》がかかわる案件だから、まず神殿から調査官を呼ぶ。立会人を決める。でもさ、容疑者その1、その2、その3、その4、ってゾロゾロ出て来ただろう、神殿の調査官は忙しすぎて、なかなか時間が空かない状態の筈だよ」


「こうなったら、女傑にお出ましいただく案件だね。ロシャナクに、すぐに話を通す。あの《魔導札》、あたしたちが原因でーす、ってさ」


耳をそばだてていた工事監督と、意欲のあり過ぎる助手と、シュクラの作業員の面々が、バッと詰め寄った。


「おい! 何だ女ども、あたしたちが原因でーす、って何だよ!」


「あんたたち、いったい何だ、誰なんだ、ナニゲに1人、邪霊《骸骨剣士》、いや、死にかけ男が混じってるようだが」


遊女ミリカが派手ターバンの工事監督を振り返り、目を丸くした。


「昨日、娼館に来てた工事監督じゃないか、よく見れば」


「うぐ……!?」


「これ、あんたから『大麻ハシシとかには着火するから楽しんでね、プレゼント』ってもらったんだよ、あたし。そしたら丁寧語おっさんの荷物で見たのとソックリだったからさ」


ミリカの近くに居た遊女たちが、「そうなんだよねー」と頷き合っている。


「娼館は媚薬なんかの闇取引も多くて、盗品には警戒してるんだよ。盗品の可能性も考えて、念のため、ちょうど接待してた客のひとり、信頼できる常連さんの魔導士にコソッと見てもらってさ」


遊女ミリカは、腰に下げていた小物袋から黄金の《魔導札》をサッと取り出して見せた。


「もらったコレ、バリバリ地面を削るパワフルなヤツだってさ。そして、あたしが持ってた筈の舞台用小道具の《魔導札》が無くなってた」


「つまり、どういうことだ?」


ポカンとする工事監督。遊女ミリカは、更にたたみかけた。


「あたしが持ってた舞台用オモチャ《魔導札》と、タヴィスさんの持ってた線香用《魔導札》が入れ替わってたんだよ。あの火事現場で荷物いろいろ落として、詰め直してたからね。その後で、舞台用オモチャ《魔導札》が工事用バリバリの《魔導札》と入れ替わってしまって、線香用《魔導札》と間違われて持ち出された……ってとこかな。あのウフンな衛兵団長のフトコロに行ったの、舞台用オモチャのヤツだよ」


「な、何で……!?」


派手ターバンの中年ヒゲ男――工事監督は、遊女ミリカから差し出された、工事爆発用の強力な《魔導札》を、ブルブル震える手で受け取っていた。


意欲のあり過ぎる助手がサーッと青ざめ、ブルブル震え出す。あからさまに動転した様子に、工事監督が気付き。


「おい!」


「えーと、あの日、タヴィスから《魔導札》をルール通りに返還してもらって、専用の保管箱に詰める時に……『使用前』と『使用後』の保管箱が2つとも落ちて、《魔導札》を……すぐに元に戻したけど……ゴニョゴニョ」


「混ぜたってのかぁ! このドアホ! 何で報告しない!」


「え、久々に、酒場へ繰り出す予定だったんで。時間が惜しくて」


「どあほぉおおおぉぉぉお! てっきり、これは『使用後』の出涸らしだと……! これがバレたら、クビだ、クビ! どうすんだ!」


――こやつらは。


アルジーの目が据わった。口元が歪んだ形に吊り上がる。


――ミリカさんが以前「あんた、怖いよ」と言って来た時の表情が、できてる筈。


「……あのさぁ、工事監督さんと助手さん、取引しない?」


「な、なんじゃ?」


ドスの利いた低いハスキー声にギョッとした様子で、工事監督と助手が青ざめた顔をしつつ、一歩、下がった。


市場バザールの裏側についても察しの良い遊女たちが、ピンと来た様子でザッと動き、工事監督と助手の周りを取ってくれる。


「私さぁ、役所の書式ぜんぶ知ってるから、匿名の密告でもって、あんたたちを監査部門に告発できるんだよね。ねぇ、告発されたくは、無いよね。神殿の調査官、この間、会って話したんだけど、ガッツリ調べるヤツだね、あれは。賄賂とか袖の下とか、あんまり通じそうにない男だよ」


「う、ぐぐぅ……」


「くれるよね? 口止め料」


「わーお、ねぇ工事監督さんたち、このミリカが言うから間違いないけど、コイツ、尻の穴の毛までむしり取るレベルで、がめついからね。とっとと、お股の大事なアレまで、むしり取られてしまいなよ。もげたらスッキリするよ」


「うぐぉ」


「いひぃ」


ダン、と、足を踏み鳴らすアルジー。


「大の男2人して何を、のけぞってんのさ。それでも娼館に通ってるヤローか。娼館や酒場で使ってるカネ、さしづめ横領したカネだろ。そのうち神殿のクソ真面目な調査官がやって来て、ここの経理を徹底的に洗うと思うけど。不透明なカネの流れ、バレたら嫌だよねぇ?」


「や、やめて、その死神の骸骨顔で迫らないで」


「あんた、本物の《骸骨剣士》よか、よっぽど《骸骨剣士》……」


工事監督と助手は、鼻水たらしてヒイヒイ言いながら座り込んだのだった……


*****


アルジーと遊女たち一団は、工事現場の事務所に押し入った。


日干し煉瓦を積んだだけの簡単な平屋ではあるが、屋根はキッチリついていて、それなりに引きこもれる設備が揃っている。


恐れ入り果てた工事監督と助手は、すっかり大人しくなってしまい、遊女たちの言うなりである。ボロボロの作業員たちは、ポカンとした顔で、その様子を見守るのみだった。


工事現場の事務所の中は、ちまちまと片付けられていた。


必要なモノの場所がすぐに分かるのは、小物役人ならではの、自主的な整理整頓の習慣のお蔭か。


「男が、何か隠すとしたらココだよね」


察しの良い遊女の1人が、手際よく、工事監督が昼寝に使っていると思しきソファをひっくり返した。クッションが次々に裏返される。


いかにもソレ、という不正帳簿が出て来たのだった……


「あんた、国税局の女かよ……」


すっかり観念した様子の工事監督と助手は早くもグルグル巻きに縛られ、床に転がされているところだ。


アルジーは不正帳簿にザッと目を通し、素早く概要をつかんだ。


帝国伝書局・市場バザール出張所の名物、モッサァ赤ヒゲ熊男バーツ所長にしごかれたお蔭で、帳簿の読み方は心得ている。帳簿のあちこちに出て来る使途不明金、すなわち横領のすっぱ抜き技術も身に付いた。トルーラン将軍や御曹司トルジンによる、度重なる「やらかし」の産物だ。


アルジーは、テキパキと、ボロボロの作業員たちに声を掛ける。


「タヴィスさんの次の代表って誰? 労務記録の照合できるでしょ」


シュクラの作業員たちはポカンとした顔になったが、それぞれに元は役所勤務だったりした経験によるものか、すぐに「代表です」という人物が前に出て来た。


――シュクラの流儀で一礼して来た。


泥だらけではあるが、既視感を覚える目鼻立ちの青年。一瞬だけど、シュクラ王族の雰囲気を感じた。年齢的には、従兄あにユージド……か?


不意に気付くところがあり、アルジーは目をパチクリさせた。


――最近、金融商オッサンの店の前で顔を見かけるようになった、あのシュクラ貴公子。


この貴公子風シュクラ青年の……作業服に隠れた腕の辺りから、あの精霊契約の護符の雰囲気を感じる。以前は感じなかったけど。


シュクラ王太子は、先祖伝来の精霊契約の護符を常に身に着けるという。


従兄あにユージドから一度、見せられたことがあった……白孔雀をモチーフにした、魔除けの腕輪アームレット。バングル型だからあまり目立たないけど、あの雰囲気……


まさか。


ハッキリとよぎった確信のようなもの――だが、そのままにする。それどころでは無いから。


経理に強い遊女の2人が、事務所のソロバンを弾き出した。作業員たちの実際の労務実績を確認して報酬額を算出し、アルジーに渡す。


アルジーは、事務所の金庫からゴッソリと取り出した為替書類に、報酬不足額を記載して行った。本来、作業員たちが受け取ることになっていた金額だ。


壁に張り出された総合金額の下に、次々に為替の数字が記録されてゆき、差っ引かれてゆくのが目で見て分かる。


工事監督と助手が、もはや燃え尽きた、といった様子で進行中の作業を眺め出した。


「骸骨ヤロウ、何で、そんなに書類の作成が速いんだよ。数もあるのに、ミスも出てねぇし」


「数をこなすのが本業だからね」


――実際、代筆屋の仕事は、こういうのが多いのだ。次々に積み上がる書類の束。作業員の人数分、為替書類が積み上がったところで、平静を装ってシュクラ青年に渡す。


「お待たせしたね。口止め料」


「確かに受領いたしました」


「丁寧語は使わなくていいよ。ガラじゃ無いし、むずがゆい」


インクに真っ黒にまみれ、疲労した手をコキコキとやる。骸骨の手も同然の、骨の浮いた見かけ。


この2年で、手には硬いペンだこも出来て、すっかり荒れ果てた。これまで積み重ねて来た犯罪スレスレの行動を告発しているかのように、こびりついて溜まった古いインクが、爪の端を真っ黒にしている。とうてい、王族の姫君の手には見えない。


アルジーがジロリと睨むと……シュクラ青年は察しよくアルジーの意向を読み取った様子で後退し、為替書類をまとめて中年の作業員に引き渡した。この中年が次席の代表という事なのだろう。


次にアルジーは、グルグル巻きに縛ってある2人をクルリと振り返る。


「さて、工事監督さんと助手さん」


「ひぇい?」


「為替書類と並行して、神殿の調査官のチェックに合格する経理記録、作成しといたからね。いままで数字をごまかしてコッソリ横領してたって事実はバレないと思うよ」


「つ、つまり」


「クビは飛ばない?」


「それにしても、こっちの経理記録、不正バレバレだね。横領するなら、もっと綺麗に数字ごまかさないと。と言う訳で、これから横領予定だったんだろうけど、浮いて来た使途不明金は代筆料金として全額いただくよ、ビタ一文も残さず。『スゴイ急病してたから薬代に使った』ということで。仮病の病名はお任せするから、ご自由に」


「がっつきやがって……ぎゃふん」


「その金をせしめることが目的だったのかよ、がめつい骸骨……」


本当に鼻の毛どころか、尻の毛までむしり取られた形になった、工事監督と助手であった。


工事監督と助手がガックリと首を垂れていると、事務所の外で警戒していたシュクラ作業員たちがザワザワし始めた。


表に居た作業員たちの間に入って、為替書類を配っていた中年男が、焦った様子で声を掛けて来る。


「神殿の調査官が接近して……さっき、区壁の向こう側に衛兵の大斧槍ハルバードの列が見えたんですが、神殿の衛兵が付けているタイプの赤い吹き流しリボンが」


シュクラ青年は外を確認し、形の良い眉をひそめた。


「あれだけ衛兵団長が騒いでいたから、さもありなんか。反乱の資金源になるような、不透明なカネの流れが無いかどうか緊急で調べに来たんだろう。あの団長、トルーラン将軍の武装親衛隊と親しいから」


縛られて床に転がされていた工事監督と助手は、小物役人根性を発揮してジタバタし始めた。


「ひぃいやぁああ、お小遣いの娼館の、使途不明金、経理記録、反乱の冤罪ぃい」


「クビやぁ、クビ確定いやぁあ」


遊女たちがサッと飛び掛かり、手際よく縄を外した。


「あたしたちはフケるよ。あとは、あんたたちで仲良くやってよ。じゃあね~」


「こっちが不正な経理記録、そっちが新しい経理記録。不正なほうは貰ってくからね。変なことしたら帝都の監査部門タレこむから、よーく考えようね」


駆け出した遊女たちに続いて、不正な経理記録を抱えて飛び出すアルジー。壁に貼り出してあった検算用の記録紙も、ついでに剥がして持ち出す。証拠隠滅。


遊女の一団とアルジーは事務所を飛び出し、別の区壁のほうへと、トンズラした。外の光景は、既に夕方が始まっていた。


かくして。


その日の夕刻。


急行して来た神殿の調査官と、随行の衛兵たちは。


何故か事務所の床で呆然とへたりこんでいる工事監督および助手と、使途不明金ゼロの明朗会計な経理記録と、今しがた正当な報酬を頂いていたと思しき作業員の一団を、眺めることになったのだった……

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