噂に聞いた工事現場へ、進路を取って来てみれば(3)
舞台では軽業アクションもこなす、という遊女たちの疾走は見事なものだった。
東帝城砦の市場からオアシスの岸辺までは、地形の関係上、ほぼ丘を降りて行く形だ。だが、階段や坂道、街区を区切る区壁が多数あるため、曲がりくねった道のりをクネクネと辿る羽目になる。道を折れるたびに、時間の無駄になること極まりない。
遊女たちは、道の折れ曲がりを完全に無視して、一直線に駆け下りて行ったのだ。
区壁をサッサとよじ登り、飛び降りる。延々と続く階段を省略して、その脇にある直立した段差をロープでもって一気に降下する。坂道を省略するのも、同様だ。
アルジーは最初は、見慣れない軽業師のロープや、ギョッとするような段差に戸惑ったものの。いったん感触をつかむと、意外に遊女たちの一団に、器用に付いて行けたのだった。
途中で、ミリカが感心したような眼差しをアルジーに向ける。
「運動神経、良いじゃないの。よく熱を出してブッ倒れてるから、動き慣れてないんじゃないかと思ってたよ。軽業師のロープだってコツが要るんだけどさ、なんか基礎できてるね」
「元々、山育ちだったからかも。子供の頃は健康だったし、鳥の巣のところまで木登りとか崖登りとか、やってたから」
「ありゃ。もしかしたら練習すりゃ、曲芸ダンスのほうも踊れるかも知れないね」
「剣舞はできる。新年祭祀の模造刀の。本物の三日月刀は重すぎるし、本来のスピードで舞うのは息切れするから無理だけど」
――幸い、まだ息切れはしていない。いまは満月の時期で月光も強く、夜じゅう地上に注いでくるから、昼日中の体力に余裕がある。
ひとつ先の角を曲がると、空気が不意に変わった。水の匂いだ。
区壁の向こう側――正午の太陽の下、青い水面が光っている。
広々としたオアシス湖の岸辺には、ナツメヤシや葡萄の木々が密集して、濃い緑の帯となっていた。
緑が整然と切れた所には灌漑用の水路が設置されていて、その先に、意外なほどに面積のある小麦畑が広がっている。
濃い緑の帯がぐるりと続く中、葡萄畑を成す段差地形のところで、不自然にゴッソリと切れて乱れている箇所が見える。輸入して来たと思しき石材や、削り取った岸壁、盛り土の雑然とした群れ。
先に到着していた遊女たちは、すでに見晴らしの利く位置に到着していて、工事現場をザッと見回していた。やがて、ひとりがホッとした様子で振り返って来る。
「おぅ、ミリカ、あそこ例の工事現場だよ。まだ衛兵とかの異常な動きは無いし、なんとか間に合ったみたいだね。荷役とか、土や道具を運んでるの、そこらしいよ」
アルジーは、遊女ミリカたちと並び、区壁の切れ目からヒョコリと顔を出した。
工事現場の端に、無残に切り払われた葡萄の木が高く積み重なっていた。残土と一緒に、埋める予定の灌漑用の水路にぶち込まれるのを待っている状態だ。少し離れた位置に、新しく造成された溝がある。遊歩道を彩るための人工の小川にするつもりらしい。
高い「滝のようなもの」でも作る予定なのか、相当数の作業員たちが集まっていて、交代制で岸壁をゴリゴリ削り、残土を運び出しているところだ。
とりわけ大きな岩石は、老いた《象使い》に指揮されている《精霊象》が器用に運び出していた。予算が足りないのか、《精霊象》はロバくらいの小さなサイズで、1頭だけ。
その手の、土木工事の知識のある遊女が鼻で笑う。
「無駄の極致。ただでさえ貴重な水を、暇つぶしに砂漠へ垂れ流そうってのかい。噂の『銀髪の傾城の美女アリージュ姫』って悪趣味だね。タダで水が手に入るっていう、シュクラ山岳の出身ってことも、あるのかね」
自分とは別人のアリージュ姫ではあるが、本人の名前なだけに、うぐぐ……と顔を伏せて、無駄に恥じ入る「元・アリージュ姫」アルジーであった……
遊女ミリカが「あっ」と言って、その方向に指先を向ける。
「あの丁寧語おっさん居た! あそこだ! 岸壁を削ってるところの、あの……」
「これから岸壁を新しく削るところみたいだね。袋から取り出した、黄金色のアレ《魔導札》だよ。導火線を引いて火を付けて、素人でも使えるヤツ。安全ガチガチに制限してある火のジン=イフリート召喚して、爆破粉砕するんだな」
「ねぇ、あれ、さっきギラリと光ったよ、表側の《魔導陣》の部分が真っ赤に。あれ舞台道具のヤツじゃないの。本物の《魔導札》は黄金色のインクでチョコチョコ書くじゃんか、同じ黄金色で反射するから目立たない筈――」
「ホントだ! 近距離だと、かえって分かりにくい細工だからね」
「舞台の大道具・小道具の職人たち、凝りすぎたパチモン作りやがって! 急げ、ミリカ!」
遊女の一団とアルジーは、一斉に区壁から飛び出し、「丁寧語おっさん」すなわち、シュクラ・カスバの年配男タヴィスへと向かって駆け出した。
急に出現して来た『美女軍団(?)』の姿に、作業員たちは、唖然とした顔になった。交替で休んでいたほうは、水筒を持ったまま、固まっている。
「近付くな、バカ女どもが、これから導火線に火を――」
派手なターバンを頭部に巻いている中年ヒゲ男がピョンピョン跳び跳ねて、棍棒を持った手を振り回し始めた。見るからに、工事監督だ。
意欲のあり過ぎる助手が、同じく棍棒を振り回し、先頭を切っていた遊女を殴ろうとする。
「こっちは急いでんだよ!」
先頭の遊女は、見事な身のこなしでクニャリと棒打ちを回避し、鋭い蹴りを食らわした。
意欲のあり過ぎる助手は、浮いた足元をピンポイントで捉えられていたため、きれいに「ドテーン」と、ひっくり返ったのだった。
派手ターバン中年男の工事監督と、質素な生成りターバンの作業員たちは、驚きの余り、全員が手を止めていた。
しーんとした空気が広がり。
「おう……?」
「こ、この、生意気な女が」
衆人環視の中、妙な一触即発になりかけた時。
「鎮まれ鎮まれ鎮まれい!」
別方向から、ドヤドヤと現れて来た騎馬集団があった。宮殿の衛兵の一団だ。
「これは、これは、ご苦労様でございますッ、これには訳があって」
早速、小物役人根性を発揮する派手ターバン中年男、ヒゲ面の工事監督であった。
宮殿衛兵の一団から、唯一の金糸刺繍付きの丈長ベストの男が、ズイと進み出て来る。
「ウフン、宮殿の衛兵団長である! シュクラ・カスバのタヴィスを逮捕する! 該当する男を、連れて来い!」
「ははぁ早速ッ!」
アルジーは、アングリと口を開けた。
呆気に取られた遊女の一団が一歩ほど後ろに下がり、遊女ミリカが「あわわ……?」と、どもる。
早くも、淡い茶髪をした白髪混ざりの年配男が引っ立てられて来た――あの人だ。
「タヴィスさん! いったい何が、どうして、何があって……」
シュクラ・カスバの年配男タヴィスは、素早くアルジーを振り返って来た。仰天したような表情になったものの、次の一瞬、『何も言わないように』という風に、小さく首を振る。
衛兵団長がバッと三日月刀を抜き、馬上から、アルジーに突きつける。
「控えおろう控えおろう! 邪魔立てすれば、まとめて牢屋にぶち込んでやる!」
思わずアルジーは後ずさった。
遊女のひとりがアルジーを背中からつかまえ、引きずりつつ、サササッと後退した……刃先が届かない距離まで。
「ウフン、神殿から匿名の通報が来ているんじゃ! 保管中の、ジン=イフリート《魔導札》数枚が盗まれていた、とな!」
「ジン=イフリート《魔導札》? 爆発炎上させるアレ?」
「その当日、このシュクラ・カスバのタヴィスが礼拝に来ておったという! この男が、風紀役人ハシャヤルの殺害犯! その《魔導札》押収するぞ、証拠としてな!」
金糸刺繍付きの丈長ベストを唯一まとう衛兵団長は、得意顔だ。手を伸ばして、タヴィスがポカンと持っていた黄金色の御札をバッとむしり取り、懐に収める。
今しも導火線に火を付けられるところであった《魔導札》――遊女たちが『舞台道具』と言っていた《魔導札》。
「はぁ!?」
素っ頓狂な叫びをあげたのは遊女ミリカだ。
「いや、ちょっと待ってよ、その《魔導札》は――」
「卑しい女どもは、だまらっしゃい!」
ますます調子に乗っているのか、衛兵団長は、三日月刀を振り回して怒鳴り続けた。
後ろでは、そんな団長の気質を承知しているのか、騎馬姿の部下の面々が『我関せず』とばかりに口を引きつらせて後ずさっている。
「シュクラ・カスバのタヴィスは、礼拝に来たふりをして、神殿に保管されていたジン=イフリート《魔導札》を盗んでいたのだ! それをハシャヤルに目撃されて、ハシャヤルを殺したに決まっておるのだ!」
タヴィスは、突然の難詰に困惑顔をしながらも、洗練された所作で首を振った。
「身に覚えがありません」
「今さら、言い訳は見苦しいわ! おい、反乱指導者タヴィス、貴様は、大量のジン=イフリート《魔導札》を盗んだ! そして、卑劣にも東帝城砦の各所で爆発テロを起こし、反乱を実行しようとした! 火あぶり拷問してでも真実を吐かせてくれるわ、ハハハのハァ!」
シュクラ・カスバから徴発されていたのであろう、淡色系の髪の人々が駆け寄って来た。あまりな言い掛かりに耐えかねたように、口々に抗弁し始める。
「それは絶対ありえないぞ」
「タヴィスさんが神殿へ行くのは納税報告書を提出するためだからだ。神殿の経理部門のほうへな。あの日が提出日だった」
「礼拝に使うカネも時間もあるもんか」
「あんたら、シュクラ宮廷霊媒師のオババ殿を、路上の行き倒れとして発見したからって、民間の無名の共同墓地のほうに放り出しただろう。トルーラン将軍やトルジンはビタ一文出さなかったって聞いてるんだぞ」
「シュクラ宮廷へ多大な貢献のあったオババ殿の命日だから墓地へは寄るが、距離があるから時間かかるんだよ。私たちも、休憩時間を代表者ひとり分に集中してとって、それも昼食時間帯に、代表者が急いで墓参りするだけなんだよ」
衛兵団長は、的確なツッコミが響いているのか、ピョンピョン飛び跳ねた。金糸刺繍付きの丈長ベストも、それに合わせてピョコピョコと跳ねる。
「だまれ、だまれ、だまりおろう! おい工事監督、タヴィスは他の《魔導札》も持ってるだろう! 大爆発するヤツをな!」
「いや、それが」
派手ターバンの小物役人である中年ヒゲ男、工事監督は、困惑顔をして頭をかいた。
「要監視人物ってことで、都度、使う数だけしか所有許可してないんで。いまコイツが持ってんのは、その《魔導札》1枚だけです。礼拝に行ってたっていう日も、命日の墓参りの日と重複してるってんで、線香の着火にしか反応しない、使い古しの出涸らしの《魔導札》だけで。コイツはこれで有能でトラブル収拾も上手だし、さすがに俺も命日の墓参りを禁じるほど鬼じゃありませんや」
「ええい! おい野郎ども、とにかくタヴィスを引っ立てろ、即刻、牢屋へぶち込んでおけ」
衛兵団長は顔を真っ赤にして怒鳴った。絶叫した。
かくして、衛兵の一団は、タヴィスを拘束しつつ、立ち去って行ったのだった。




