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噂に聞いた工事現場へ、進路を取って来てみれば(1)

日の出の刻。


帝国の東方領土の支配拠点――東帝城砦は、まだ夜の冷気に包まれていた。


薄暗いなかでも、ひときわ目立つ高層建築は、東帝城砦全体を睥睨へいげいするように建つ豪華絢爛な宮殿の数多の尖塔と、宮殿付属・聖火礼拝堂のドーム屋根である。


次の一瞬。


藍色の空の中を、1日の始まりの光芒が貫いていった。


それを合図としたかのように、伝書バトの群れが、2か所から湧き上がる。


宮殿を取り巻く官衙の一角にある帝国の役所「帝国伝書局」から飛び立ったもの。


城下町の半分を占める市場バザールの街区、その目抜き通りの一角にある「帝国伝書局・市場バザール出張所」から飛び立ったもの。


空を舞う鳥の群れは合流しつつ、急速に数を増した。


右へ、左へと波打ちながら、この一帯の地理がもたらす独特な上昇気流を捉え、見る見るうちに高度を上げてゆく。


やがて、明け方の上昇気流が強く渦巻く特定の位置へと、鳥の群れが螺旋を描きつつ、集中する。


一塊となって充分な高度を取った後……めいめいの目的地へと分かれて、羽ばたいていった。


地上、帝国伝書局・市場バザール出張所の前を通る街路で。


伝書バトの群れを見送る人々が居た。


手持ちの望遠鏡を構えていたり、手をかざしていたり……


やがて、帝国伝書局・市場バザール出張所の所長を務める強面こわもて巨漢、モッサァ赤ヒゲ熊男が、ずっと構えていた望遠鏡を降ろした。「やれやれ」と言うように腕をグルグル回して、ほぐし始める。


「いつも思うんだが、やっぱり、一斉に飛び立つ瞬間は壮観だなぁ。白タカ連中も居れば、もっと満点だがね」


数日前から商館へ滞在中の隊商キャラバン傭兵が数人ばかり、伝書バトが飛び立つ刻に合わせて、見物に来ていた。そのひとりが興味津々で、モッサァ赤ヒゲ熊男バーツ所長へと質問を投げる。


「伝書バトを飛ばす日って、決まってるんですかね? どの日でも、特に差は無さそうだけど」


「いやいや、大いに差は出て来るぞ。確実に向こうに到着するかどうかの成功率が、両大河ユーラ・ターラーの流れる帝都の周辺とは、大きく違って来るんだ。まして怪物のうろつく砂漠だの岩山地帯だのに囲まれてるからな」


モッサァ赤ヒゲ熊男バーツ所長は、教え好きな性質であった。毛深く大きな手で、毛深い赤ヒゲをモサモサさせながら、言葉を継ぐ。


「ちょうど満月の頃合いだから、伝書バトは夜じゅう飛べる。ギリギリ今日と明日、少しずつ短い休憩を入れながら飛んでもらうのが、いまのところ最も安全な方法でな。《精霊クジャクサボテン》が生えてる水場も見つけやすい。隊商キャラバンでも必須の知識で常識だろ、このサボテンの不思議な特性」


隊商キャラバンの傭兵は、納得した様子になった。


「あぁ成る程。《精霊クジャクサボテン》が生えてるところは、危険な類の怪物は絶対に近づいて来ない。満月の頃は灯台さながらに光っているし、安全な経路の選定基準にもなってる」


「もっとも、小型の邪霊害獣《三つ首ネズミ》と《三つ首コウモリ》は集まって来るから、『退魔調伏』御札は相当に用意しなきゃいけないし、一長一短ってとこか」


見物を兼ねて立ち会っていた商館スタッフと、その同僚たちが、ブルルと震えながら呟いている。


「ネズミとコウモリの大群も嫌だが、三つ首《人食鬼グール》に襲われるよりは、はるかにマシだろ」


「夜の砂漠で三つ首《人食鬼グール》と出逢ったら、そいつが小型だろうと私は全力で逃げまくるぞ。《精霊クジャクサボテン》のほうへな。枯れてようが何だろうが」


腕っぷしのありそうな商館スタッフの同僚たちが、やがて首を傾げ始めた。


「帝国軍の最強の特殊部隊『ラエド』くらいだろうな、三つ首《人食鬼グール》戦からの生還率が半分を超えるのは。あそこは何故なのか分からんが、特別に、雷のジン=ラエドの加護だか、受けてるとか」


「アレッというような弱兵も入ってたりしていて、希望者はわんさか居るが、入隊試験をくぐるコツって何なんだろうな」


やがて、傭兵たちの話は、時事の話題へと移っていった。


東方総督トルーラン将軍や御曹司トルジンの武装親衛隊の人数が輪をかけて急増した、この近くの軍事基地に駐屯している帝国軍の動きが活発化したようだ、というような内容だ。


話題に出た「この近くの軍事基地」というのは、一般的な隊商キャラバンで5日ほど行った先の岩山地帯にある帝国軍の兵站基地のことである。小ぶりながら、数種の鉱山と熟練の《魔導》工房を多く抱える工業オアシス都市で、伝書バトたちが羽を休める中継地のひとつだ。


ちなみに、最高齢の白茶ヒゲ代筆屋ギヴじいは、現役引退する前は、その軍事基地の《魔導》工房の職人であった。


アルジーが時事の噂に耳を傾けていると。


やがて、同じように時事の噂を聞いていた白茶ヒゲ代筆屋ギヴじいと金髪ミドル代筆屋ウムトが、口を挟み始めた。


「聞くところでは、《精霊クジャクサボテン》は扱いにくいそうじゃのう。開花は月に1回、それも満月の夜じゃ。神殿でも栽培実験して研究しているが、あの不思議な魔除け能力が出るかどうかも、イチかバチか、というところじゃったかの。のう、ウムト君?」


「うむ、謎が多いでよぉ、ご老体。神殿の民間墓地のほうに、微妙に魔除け能力を持ち始めた野生の1株があって、そろそろ窃盗対策の見張り立てとくかって話になったんだがよぉ。そいつ、火吹きトカゲだか火吹きネコマタだか、『邪霊害獣』狩りの際の砲火を受けたようでよ、黒焦げになって枯れたでよぉ」


「なんと、勿体ないのう。密売や転売目的の採取業者に目を付けられる前だったのは、幸いじゃが」


「まったく。植物としては丈夫だから再生はするだろうが、魔除け能力となるとな。正規ルートのほうでも転売屋がはびこってて、気が抜けんでよぉ」


伝書バトの見送りに立ち会っていた中年の女性局員が、アルジーに「おいで、おいで」をする。


――伝書バトがほとんど飛び立ったので、鳩舎広場を大掃除する機会なのだ。


アルジーは無言で頷き、女性局員と共に場を移動した。


馴染みのシニア男性局員たちも居て、手際よく鳩舎広場の掃除を進めてゆく。


「今日の夕方ごろには、近場からの伝書バトが到着するよね」


「そうそう。白タカ《精霊鳥》も、神殿のほうで、戻せる個体は今日のうちに戻すって連絡が来たよ。明日は忙しくなりそうだ」


「予定どおり、明日から東帝城砦の金融商たちへの1日集中サービス、実施できる見込みだしねぇ。繁忙期、繁忙期」


かくして、帝国伝書局・市場バザール出張所の、その日の公務は午前の前半のうちに終了したのだった。


*****


アルジーは、馴染みの屋台で少し遅い朝食を買った。


市場バザールの街路を少し行くと、感じの良さそうな噴水広場がある。


噴水広場の一角、相当数のナツメヤシが街路樹となって並んでいた。置石で仕切ってある。


アルジーは、木陰となっている置石のひとつに腰かけ、定番の「野菜豆大福」にかぶりついた。今回の皮は表面がパリッと焼けていて、中身の味付けはチーズとトマト風味。全体的に、ピザ料理に似た味わいだ。


折よく来ていた行商人から買った、少しばかりの青菜を横に置いておく。すると、遊びに来ていた白文鳥《精霊鳥》たち3羽ほどが、パルと一緒に青菜をつつき始めたのだった。


市場バザールの水道点検員が広場の噴水を点検しに来ていて、相棒と思しき《精霊亀》が噴水をグルグル回っていた。水道点検員は仕事道具の琵琶を抱えてかき鳴らし、《精霊亀》に指示を出している。


市場バザールの広場には、すでに多種多様な屋台が並んでいた。集まって来た売り手・買い手たちの賑やかな取引の掛け声の間に、途切れては続く琵琶の音と《精霊語》の詠唱が混ざる。活気のある午前のひとときである。


朝食が一段落した後。


アルジーは、いつも肩から下げている荷物袋から『灰色の御札』を取り出した。赤インクを詰めた羽ペンを構えて「フン」と鼻を鳴らし、怨念を込めて《精霊文字》を書きつける。


相棒パルが気付き、『また~?』と呆れたようにさえずって来る。友達の白文鳥3羽のほうは、アルジーの殺気を感じてフルフルしていたが、パルは慣れたものだ。


『年がら年じゅう呪ってやるわよ、あのクソ御曹司トルジン』


ブツブツと《精霊語》で受け答えするアルジーであった。


毎度の『罰当たりなヤツに悪夢を見せて眠れなくする』御札が書きあがった。定期的に心を込めて――怨念を込めて――作っているとあって、この御札に関してだけは、名人級の腕前だと自負している。


実際、あの七日七晩の『もげた』騒動の件で、『標的トルジンが、恐ろしい幻覚を見て一睡もできず、グルグル走り回っていた』という程の効果があったのは、アルジーとしては誇らしいところだ。この話を聞いた日の夕食は、いつになく美味だった。


――まぁ、実際に「他人の奥さんに手を出す」などという罰当たりな行動をしていた、という事実を踏まえてのことではあるが……


『だいたい、ハーレム慣習なんて、何故いつまでも残しておくのよ。もう古代の野蛮な怪物王国の時代でも無いのに』


ハーレム慣習の無い民族の出身であるアルジーにとっては、ハーレム慣習を持つ民族ならではの不文律の類の決まり事は、いまいちピンと来ないというのが正直なところである。


相棒の白文鳥《精霊鳥》パルは、友達の白文鳥たちと「チチチ」と交わしながら、アルジーの呟きに応えた。


『そう言えば、ハーレム慣習のある民族の中では女性の地位は非常に低くなってるね、ピッ。人の姿をしたジン、というか人の姿をした邪霊《人食鬼グール》の影響が大きすぎたかな、ピッ』


『古代の《人食鬼グール》の王国って、人類の王国を保護する代わりに、生贄を差し出すことを要求していたもんね。対価が払えないなら、偉大なる王の中の王《怪物王ジャバ》が滅亡させるよ、ってことで、ピッ』


『人身売買は生贄の市場から始まった黒歴史ピッ。人類のほうも、飢饉のときは、出産能力の無い女子供から先に殺して食ってたし。多数のハーレム妻を抱えるべし、って、それだけ「殺して食える」女子供を多く確保できるという事情もあったってさ、ピッ』


『人類が輩出した勇者、《雷霆刀》使いの剣士が「神殺しの英雄神話」さながらに《怪物王ジャバ》を退魔調伏してからは、怪物の種族へ生贄を捧げる必要は無くなったし、人身売買の市場を維持する必要も無くなったけど』


『人類に染み込んだ「社会的地位の格差」、「人類の三大欲求」欲望と歴史的記憶の呪いと、一緒くたになっていて、なかなか消えないね、ピッ』


『シュクラ民族は、《雷霆刀》の英雄による《怪物王ジャバ》封印が成功した後、《白孔雀》の精霊魔法使いだった変人ハサンや、《青衣の霊媒師》の進言を取り入れて、古代の人身売買の市場から真っ先に足抜けしてた。《地霊王》の玉座に属する山奥へ隠遁して王国してたけど、またぞろ引っ張り出される羽目になるかな』


『何処かに、超シビレル禁術に目覚めた邪霊使いが居る。その邪霊使いによる邪霊崇拝の教団が、《怪物王ジャバ》復活させようとしてるから、ピッ』

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