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死屍累々の点と線~犯人の候補者たちが多すぎる(6)終

新しく現れた2人は、いずれも神殿の関係者だった。


金縁を施した真紅色の長衣カフタンをまとう聖火神殿の役人――調査官。護衛として随行して来た衛兵。こちらは赤茶色のターバンと長衣カフタン


「東方総督の殺害が趣味とは、本官としても聞き捨てならんな」


聖火神殿の調査官が渋い顔をした。モッサァ赤ヒゲ熊男バーツ所長と同じような、中堅年代の男。その堂々とした鋭い眼差しは、賄賂や袖の下など通じそうにない、と諦めさせる雰囲気タップリだ。


赤い吹き流し付きの大斧槍ハルバードを携えて随行する衛兵は、目を白黒。


次の瞬間。


――ドスン。


表の街路をふらつきながら歩いていた無精ヒゲ男が、衛兵にぶつかって、よろめいていた。


「うお、あぶねえ。こんな時間から酔っ払いか?」


衛兵はとっさに受け身を取りつつ、大斧槍ハルバードの長い柄で、無精ヒゲ男を取り押さえる。ドタン、と倒れる音。


「わ、すごいアルコール臭」


ウッと来るアルジーであった。急に気分が悪くなるのは、いつものこと。


所長を務めるモッサァ赤ヒゲ熊男の素早い対応は、手慣れたモノ。


「此処で倒れるな食ったモノ戻すな便器オマルじゃ! クッション! 側溝!」


…………


……


アルジーが、バーツ所長から押し付けられたクッションと便器オマルを抱えて、裏の側溝でウンウン言い出した頃。


出入り口のほうでは、酔っ払い無精ヒゲ男への尋問が始まっていた。


「ややッ、コイツ、目下の容疑者その2、スージア奥さんヤジド坊ちゃんと別居中の、旦那ワリドじゃのう」


「彼が目下の、容疑者その2ですか……なんと」


「昼間っから深酒とはよぉ、良いご身分じゃねぇかよぉ」


白茶ヒゲ代筆屋ギヴじいと金髪ミドル代筆屋ウムトが、隣近所の知った顔とあって、次々に突っ込んでいる。たかだか勤務2年のアルジーに対し、10年以上も勤務しているだけあって、町内の隣近所の面々に詳しいのだった。


「酔っ払いワリド、いま貴様に指名手配が出てるんだ。神殿の風紀役人ハシャヤル殺害容疑でな、即刻、牢屋に入ってもらうぞ。おい衛兵、縄を打て」


「へい、調査官どの」


「このワリド様を疑ってんだろぉ、おら、ごるぁ! シャケ、酒ぁ飲んで賭博したからって、風紀役人に目を付けられたからって、ロロ……ロクデナシども、どもが……!」


暴れているような物音、常連の依頼人たちが口々に騒ぎながらも協力しているような気配が続く。


幾分か調子が戻って来たアルジーは、そっと出入り口のほうをうかがった。


酔っ払い無精ヒゲ男ワリドが、縄グルグル巻きの状態で、前後左右にたたらを踏んでいた。割合にズルッと長い衣服が引っ掛かって、足をもつれさせている。


無精ヒゲ男ワリドは、乱れて崩れた衣服ではあるが、体格は意外にガッチリしていて、戦士を思わせる。酔っぱらいながらも、身のこなしは、戦闘を心得ている動きである。


神殿の衛兵も、ワリド氏を取り押さえるのに、ちょっと苦労している様子だ。とはいえ、素手のワリドに対して衛兵は大斧槍ハルバードで武装しているから、勝負は間もなく、つくだろう。


衛兵と酔っ払い男が、モダモダとやっている間。


白茶ヒゲ代筆屋ギヴじいが、改めて、神殿の調査官に声を掛け始めた。


「おぉそうじゃ調査官どの。こちらでも話題になったがのう、容疑者その1、浮気疑惑のハシャヤル夫人ギュネシア殿も相当に怪しいようじゃよ」


「聞いてなかったな、本官は。まぁ元々、風紀役人ハシャヤルの細君には詳細を聞く予定はある。浮気の可能性も含めておくとしよう」


「よぉ、容疑者その3、オリクト・カスバから暗殺者が来て、風紀役人ハシャヤルを殺してったという可能性は考えてるかよぉ?」


衛兵が口をアングリさせた。今まさに大斧槍ハルバードで酔っ払い男ワリドを地べたへ抑え込んでいたのを、いっそう締め付ける。ワリドからのものか、「ぎゅう」と言うような音が上がった。


「そんなバカな。東帝城砦における、我々衛兵の巡回体制は……ば、万全な筈だ、多分な」


「その怪しい言い方は何だよ。気になってしょうがねえぜよ、このバーツ様としては」


モッサァ赤ヒゲ熊男、バーツ所長が、胡散臭いと言わんばかりのしかめ面になって腕を組み、首をグルグルし始めた。


横で、訳知り顔をした常連客、近隣の事務所スタッフや店舗スタッフが、口々に突っ込む。


「確か東帝城砦の予算、ドンドン、ケチケチになって来てるよな。いまは亡き風紀役人ハシャヤル氏の伝説的ケチケチが、伝染したかのように」


「事業仕分けに次ぐ事業仕分けで、広場を警戒する衛兵の数も、激減してるしよ。お蔭さまで退魔調伏も、衛兵が居なくて大変だよ。この間なんか、そこの広場に出たゴロツキ邪霊《骸骨剣士》を調伏したの、たまたま、そこに来てた隊商キャラバンの傭兵団だったそうじゃねえか」


「神殿の衛兵も、減っているんじゃないか? 神殿の経理スタッフの愚痴によれば、神殿の金庫の中のカネがドンドン少なくなってるとか」


衛兵は、そそくさと大斧槍ハルバードを持ち換え、アルコール臭プンプンの酔っ払い男ワリドを引っ立てた。


「とにかく、この酔っ払いワリド、すぐに牢屋に放り込まなければ。側溝に面してる方の、うぷ。ヒドイ・ニオイだ!」


ワリドは地べたへ取り押さえられた直後から、眠り込んでいた様子だ。酔いが回り過ぎて眠っている状態で、ほぼ反応しない。


アルジーは、クッションで鼻と口を抑えながら、奥から顔を出した。


まだ頭がクラクラするが、どうしても気になることがある。告げなければ。


「あと、もう1人、超・怪しいのが居るんだけどさ」


バーツ所長が赤ヒゲをモサモサしながら振り返って来る。神経質そうな細面に驚きの色を浮かべた、神殿役人ゾルハンも。


「容疑者その4? なんだか容疑者がドンドン増えてるな」


「火事現場のほうで、トルジン親衛隊の巨人戦士『邪眼のザムバ』を見たんだよ。あいつ、火事を見ながら笑ってた。それに、近所の通りのほうでも、邪霊害獣を斬り捨てて、通報もしないまま行っちゃってさ。絶対、怪しい。放火の陰謀したの、絶対あいつだ。城下町を邪霊害獣だらけにしようとしてるに違いない」


聖火神殿の調査官は「うーん」と唸りながら首を傾げ始めた。


「テカテカ黄金肌の大男については、先ほど連絡を受けてたんだが、その邪霊害獣の不適切な処理の件で、本日付で懲戒、謹慎処分になってるんだ。元が巨人族だから、象に使う鎖で拘束中の筈だ。ヤツから、風紀役人ハシャヤル殺害事件に関係のある内容が聴取できるとは思えんが、まぁ、ひと通り聞いてみるか」


衛兵が、迷彩柄の赤茶ターバンに、そわそわと手をやり始めた。表情を歪め、青ざめつつ、ブルブルと首を振る。


「立ち会うの嫌ですよ、あんな不気味な筋肉男。夜な夜な宮殿の聖火礼拝堂の地下室から両手を血だらけにして出て来てるとか」


金髪ミドル代筆屋ウムトが「でよぉ」と応じた。


「こちらも非常勤の衛兵だからよ、同僚から怪異な噂を聞いてるでよぉ。地下室で、邪霊害獣から絞った黄金の血液を浴槽に溜めていて、美容と健康のため……じゃ無くて、筋肉増強のために、その忌まわしい浴槽に全身浸かっているでよぉ、とか」


「あそこ、古代の『精霊魔法文明』の資料室で。《怪物王ジャバ》の、やたら真に迫ってる神殿の模型とか仮面とか陳列してて。地上の聖火神殿と聖火礼拝堂が荘厳を極めてるのに、地下神殿のほうは何であんなに忌まわしい雰囲気なんだか」


白茶ヒゲ代筆屋ギヴじいが、フムフムと相槌を打ちながら耳を傾けている。


「確か、地下室よりも更に下にある……地下神殿は、石畳を敷き詰めた基底に浅くヒタヒタと水を流し、『逆しまの石の女』彫刻を台座とした支柱を多く立てておるとか。ちょうど、円形サークルとして並ぶように」


聞き耳を立てていた常連客たちが、コソコソと感想を交わし始めた。


「案外、『邪眼のザムバ』って、怪奇趣味の賭場や地下神殿で、邪霊害獣の類を拝んでそうだよな。巨人族って元々、邪霊崇拝だったというし」


「火のない所に煙は立たぬって言うもんなあ。本能で、先祖の頃のオゾマシイ古代風習に狂ってるとか?」


「古代『精霊魔法文明』の頃ってさ、この辺り一帯カラッカラの砂漠じゃ無くて、大河の支流が方々に流れる大森林だったんだぜ。緑また緑の魔境、湿潤にして豊かなれども恐怖と絶望の苦界、怪物の王国。全ての木の根元に怪物が潜んでいるような、ヤバイ世界」


「人類を狩って食らう怪物どもの王国が繁栄していたんだからな。我らが帝国の創建時代の英雄が、精霊たちの助けを得て、伝説の《雷霆刀》でもって《怪物王ジャバ》を退魔調伏していなかったら、我々人類は、いまだに狭苦しい洞穴の中で怯えながら暮らす生活だったろうな」


「その頃は巨木を次々に伐採する技術があって、木材を石材や鋼材に変換する《精霊魔法》もあって、信じられないような巨大建築とか空中建築とか。地下建築も存在してたんだよな。怪物の王国で、精霊たちは奴隷の状態だった。人類その他の動物や種族は言わずもがな。砂漠のど真ん中にも、精霊たちが造成した、《怪物王ジャバ》や邪霊崇拝のための遺跡が残ってる」


金髪ミドル代筆屋ウムトが訳知り顔で解説を付け加えた。


「いまの大きな礼拝堂は、たいてい、その邪霊崇拝の地下神殿の上に建ってるでよぉ。地盤工事が不要なくらい基礎がシッカリしてるし、古代の魔除け『逆しまの石の女』彫刻も完備してるからってことでよぉ」


「あの不思議な彫刻『逆しまの石の女』って、何の魔除けだったっけ? 精霊たちの助けのひとつで、古代『精霊魔法文明』の崩壊、すなわち怪物王国の滅亡を引き起こした不思議な魔除けだと聞いてるが」


その手のことに詳しい神殿調査官が、思案深げにあごに手をやりつつ、口を出す。


「世界の王の中の王《怪物王ジャバ》を封印している最強の魔除けだ。世界じゅうの地下神殿の台座となっている彫刻『逆しまの石の女』が、《怪物王ジャバ》の権威を奪い、調伏しつづけている。だから、いまの怪物たちは、みんなバラバラで、《魔導》に応じるゴロツキ状態なんだ。古代はもっとデカかった巨人族も矮小化し、知性が退化して現在の体格になった。仕組みは良く知らんが、詳しいことなら魔導士たちが知ってるだろう」


「あの『逆しまの石の女』、なんとなく蛇の髪を持つ怪物にも見えるがのう。精霊なのか邪霊なのか、それとも人の姿をした精霊かのう……」


「もとは、夜の十字路や三叉路に立つ銀月の三相の精霊だそうだ。新月・上弦・満月・下弦、あるいは、新月・半月・満月。生成・存在・消滅。過去・現在・未来。天・地・海。暁・昼・夕・夜、幻影・幽霊・実体・波動……突っ込むなよ、私も分かって言ってるんじゃないからな」


一気に話し終えた調査官は、しばし戸惑った顔をした後、フーッと息をつく。地下神殿の魔除けの彫刻『逆しまの石の女』が、神殿関係者の間でも、非常に謎めいた存在である――ということが、よく窺える。


「あれは、石の姿をした銀月の精霊と言うべきか。植物の姿をした銀月の精霊と言われる《精霊クジャクサボテン》と同じように、魔性とも聖性ともつかぬ存在だったらしい。まぁ現実の月も満ちたり欠けたり、矛盾の存在と言うか、光と闇の間を曖昧に揺れ動いているから、何か意味はあるんだろう」


「かの大いなる《怪物王ジャバ》の権威を奪い、いまも調伏しつづけている謎の守護にして封印……『劫波カルパ』や『永劫アイオーン』、『輪廻蛇ウロボロス』そのものと、関連ありそうじゃのう」


意味深な顔をして思案にふける、最高齢の白茶ヒゲ代筆屋ギヴじいであった。


*****


しばらくして……ようやく、無精ヒゲ中年男ワリドが、ボンヤリと目を覚ましたのだった。


聖火神殿の調査官と、随行の衛兵が、ワリドを引っ立てながら立ち去った後。


常連の依頼人たちと神殿役人ゾルハンは、そろって疑問と困惑の顔を見合わせていた。


「ワリドさん、確か賭場に出入りしてるって話を聞いてるぞ。奥さんと幼い子供がいるのに、何してんだか」


「昔は割と真面目だったそうだけど。あぁ、ただ、キレやすいとこはあったかなぁ。事業仕分けで予算を切られて、役人を殴って、牢屋に入れられたことが一度。ふてくされて、怪奇趣味の賭場に入って、以後おかしくなったような気がする」


「神殿としても、全力で調査してますから。皆さんも何か気付く事があったら、私ゾルハンのほうにも教えて頂ければ」


「勿論でやす、ゾルハン殿」


やがて、ゾルハン依頼の代筆文書が書き上がった。


真紅のターバンと長衣カフタンをまとう神殿役人ゾルハンは、代筆文書をスッと懐に収め、料金を払いつつ。


「今日はビックリしましたが、色々聞けて良かったですよ。この事件の続報とか噂があったら、またお聞かせいただければ。あ、代筆屋くんも、身体お大事に」


「お気遣いありがとうです」


やがて、帝国伝書局・市場バザール出張所の業務時間が終わり、扉の鍵が締められた……

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