死屍累々の点と線~犯人の候補者たちが多すぎる(5)
気が付いてみると。
思いがけず話が弾んだお蔭もあって、金融商オッサンの店で意外に時間を食っていた。
アルジーが帝国伝書局・市場出張所に詰めるバーツ所長へ帰還報告を告げたのは、昼食の刻を少し過ぎてからの事だ。
モッサァ赤ヒゲ熊男バーツ所長が検算5回目のソロバンをはじきつつ、ハーッと疲れたような溜息をついた。
「まぁ何だ、残業しない程度に、テキトーに頑張れや。トルーラン将軍、残業代は出してくれねえしな。それに、ここんとこ帝都との為替取引の合計が合わねえんだよ。東帝城砦の何処かで、吸い取られてるような気がするぜ」
――早速、ピンと来るものがある。
刻み料理の野菜類を詰めた、野菜豆大福――南方料理「肉まん」「野菜まん」等をアレンジしたもの――をかじり、同時に代筆文書を作成しつつ、アルジーは口を出した。
「金融商で小耳に挟んだ話だけど、トルーラン将軍が、東帝城砦から出て行くカネの流れを停止する、っていうのがあったと思う」
「ぐおぉ。あのクソ東方総督よぉ」
「その項目を入れて再計算した方が早かったのう、バーツ所長さんよ」
隣の作業机でせっせと代筆文書を積み上げていた金髪ミドル代筆屋ウムトが頭を抱え、最高齢の白茶ヒゲ代筆屋ギヴ爺が呆れたように突っ込む。
待合スペースの午後の常連客、市場の方々の事務所スタッフや店舗スタッフなどの依頼人たちが、口々に喋り出した。
「財務上のカネの出入りと言えば、ついこの間、トルーラン将軍、目下の一大国家プロジェクト……という帝都の上流の砂防ダム工事に食い込むの、失敗してんだよな、何故か」
「ドエライ金額バンバン動いてるんだよな、あの砂防ダム工事。帝国の方々の、鉱山持ちの城砦が関与してる。トルーラン将軍、賄賂を散々使って、国土建設大臣フォルード閣下に交渉の窓口を務める特命事務官を派遣して頂いたとか、得意になって吹きあがっていたそうだが」
「あ、あれかね? いつだったか……あ、御曹司トルジンが七日七晩『もげた』頃か。帝都から来た、その特命事務官が、何故か、妻・従者ともども急に予定を繰り上げ、東帝城砦を出立して行ったとか。表敬訪問も無しで」
「国土建設大臣フォルード閣下は偶然にもオリクト・カスバ出身だし、あの城砦は東帝城砦の管轄内。条件は悪く無い筈なんだ。不思議な話だね」
「トルーラン将軍と御曹司トルジン2人とも、あるいはどちらかが、帝都から来た事務官を、急に怒らせるようなことしたんじゃねぇか? 事務官の奥さんを娼館に連れ込んで、夜の情事『よいではないか、よいではないか』『あ~れ~、お代官様ぁ』とか、やらかしたとか」
「まさか、そんな恐ろしく無礼な話……ブルル、無さそうで有りそうな気がするぜ」
デスクのほうで、モッサァ赤ヒゲ熊男バーツ所長が、別の書類に細かい数字を書き込みつつ……本物の熊であるかのように、うなり始めた。
「トルーラン将軍のヤツ、毎度の強欲と不正で、東方総督の権限で色々不正な干渉とか工作員を突っ込んでるらしいからな。宮殿のその筋の怪しい噂だから、我々、下々のモンまでは正確な内容が出て来てないんだが。上のほうで、疑獄だか何だかで、オリクト・カスバその他の城砦と揉めてるって噂があるんだよ」
手際よく代筆文書1件を終わらせ、アルジーは野菜豆大福をくわえてモグモグ、ゴックリとやりながら、バーツ所長のボヤキに反応した。
「揉めてるって?」
「あぁ、オリクト・カスバなんかは、不正の摘発、マジで容赦ないって言うでよぉ」
金髪ミドル代筆屋ウムトが解説し始めた。非常勤とは言え神殿の門番。その筋の詳しい内容を小耳に挟む立場にある。
「オリクト・カスバ産の鉱石や《精霊石》を盗んで、更にコロシに手を出してたら、即、首チョンパ。最近、トルーラン将軍と御曹司トルジンが、戦争でもおっぱじめそうな、えらい勢いで親衛隊を増強してるのは、オリクト・カスバの怒りの鉄槌が怖いからって噂も聞くでよぉ。ホントかね」
「オリクト・カスバの人たち、基本的にあまり怒らない民族だと思うけど……」
首を傾げるアルジーであった。
アルジーの幼い頃の記憶にあるオリクト・カスバの人々は、まず、オリクト・カスバから輿入れして来ていた穏やかで賢明なシュクラ王妃様と、その王妃様の実家筋の血縁、ローグ様だ。シュクラ王国で三つ首の巨大化《人食鬼》が発生した時も、オリクト・カスバの戦士たちが討伐軍に加わって防衛してくれたのだ。
ギヴ爺がモワモワとした白茶ヒゲを撫でながら、のんびりと呟く。
「今回の火事、オリクト・カスバの暗殺者による『風紀役人ハシャヤル首チョンパ案件』も、アリじゃのう。ハシャヤル氏、黒ダイヤモンド密輸にも手を出してたのかのう。コロシまで行ったかどうかまでは謎じゃが」
アルジーは首を振り振り、羽ペンを黒インク壺に浸した。指先は既に黒々とインクにまみれ、野菜豆大福にもインクが染み込んで「墨汁大福」さながら。用意した布巾は、文書を汚さないための物だ。
ハシャヤル殺害事件について、アレコレと意見を交わしつつ、代筆文書の注文を片付けていって……
…………
……
いつしか夕方の刻だ。
作業に、ひと区切り付き。
代筆文書の内容を、スタンバイしていた依頼人たちに確認してもらい、誤字脱字ナシの確認署名を作業記録ノートに頂く。
伝書バトによる郵送が必要な分については、順番に伝書筒に詰め込んで、伝書バトにくくり付ける。担当は中年の女性局員だが、彼女は夜勤明けで居ないため、アルジーが臨時の担当だ。
文書入りの伝書筒をセットした伝書バトたちは、翌日、日の出と共に飛び立つ予定である。
伝書バトが1日で到達できる近隣諸国の城砦中継所まで、文書を届けるのだ。行き先ごとに伝書バトの分岐リレーを繰り返し、帝都へ行くのもあるし、帝国の反対側にある西帝城砦まで行くのもある。
なお、白タカ《精霊鳥》は多数の城砦をスキップして飛んで行く特急便だ。
白タカよりも更に大きい、超高速の白ワシ《精霊鳥》であれば、たった1日……あるいは数刻ほどで、帝都まで、確実に到達する。
ただし、鷲獅子グリフィンとも称されるような、大型の白ワシ《精霊鳥》を扱える鷹匠は極めて少ない。三つ首の巨大化《人食鬼》にも対応できる、強力な戦力としての存在のほうが大きく、帝国軍が独占している状態である。
最後の文書の束に差し掛かったところで。
新しく代筆文書を依頼する人がやって来た。今度は商館スタッフでは無く、役人だ。
5人ばかりの近所の事務所スタッフが振り返り、神殿の事務官であることを示す聖火紋章入りの真紅の長衣を確認して、困惑顔をする。
「神殿のお役人さん、済まんが先着順で頼んでやす。割り込みはナシでお願いしやす」
「あぁ、急ぎの用件じゃ無いのでね、こっちで待たせていただくよ」
――聞き覚えのある声だ。アルジーのターバンの中に潜り込んでいた相棒パルも気付いたようで、ピョコ、と動く。
金髪ミドル代筆屋ウムトが「あれ」と声を上げた。
「よぉ久し振りだな、神殿の事務局、経理担当ゾルハン殿だったっけか。この間、見知った顔の神殿の経理スタッフが酒場で愚痴ってて、東方総督からの神殿向けの予算がえらく少ないし、金庫の中も減って大変だと小耳に挟んだが、どうなんだ実際」
「まぁ、それなりにボチボチやってますよ」
――何だか聞いた名前のような気がする、ゾルハン殿って……
次の伝書バトに伝書筒をくくり付けたところで、アルジーは、そちらを見やった。
真紅の長衣をまとった中年男。細かい数字に強くて神経質そうな、よく見かける中堅役人という雰囲気。
――目が合った。
神殿役人ゾルハンが真紅の長衣を整え、目礼を返して来る。不思議に親近感がある……外見的な要素のどこかが、そう思わせるのだろうか?
「昨日、聖火神殿で会いましたね、代筆屋くん。『瞑想の塔』の爆発炎上はビックリでしたよねぇ。体調は大丈夫でしたか」
「あ、えーと。まぁ。なんか、すぐに失神しちゃって」
「見るからに栄養失調が原因ですね。ちゃんと食べんといかんですよ、若い子は。そういえば、私の知り合いのタヴィス殿と親しいようですが、どういった関係で?」
「親しいって訳でも……初めて会った人だし」
「ふむ。彼には気を付けないといけないですね」
神殿役人ゾルハンは、神経質そうな細い顎に手を当てて、思案顔になった。
「タヴィス殿はシュクラ・カスバの人で、あちらでは割と指導者的な立場の人なんで、要注意人物になってるんですよ。今のところ、トルーラン将軍の命令どおり定期的に税金納付の報告書を提出して来ていますし、『アリージュ姫』の新しい別荘の工事でも目立った動きはしていませんが。まぁ反乱の計画を立てていることが分かり次第、即、逮捕および投獄ですしね」
金髪ミドル代筆屋ウムトが、ガシガシと頬をかきつつ、突っ込んでいる。
「しっかし銀髪の傾城の美女アリージュ姫、すげぇ贅沢好きだねぇ。しかも何だ、ありゃ、シュクラ・カスバから来てる人たちを、タダ働きさせているも同然じゃねぇか。そのタヴィスとか言うヤツ、よく怒らねぇな?」
「そのうち反乱を起こすだろうと、トルーラン将軍は言ってますね。改めてシュクラ・カスバを制圧し、昔の成功をもう一度……ということかも」
――トルーラン将軍と御曹司トルジン、いつか、この足で、ジン=イフリートの火災旋風の真ん中に蹴り込んでやる。
アルジーはうつむき、重なる怨念に手を震わせながら、伝書バトに伝書筒をくくり付ける作業に集中したのだった。
伝書バトのほうは、ただならぬ殺気を感じたのか、無言でフルフル震えていたようだが……
やがて、伝書バトと代筆文書の待ちが解消した。
最高齢の白茶ヒゲ代筆屋ギヴ爺が、興味津々と言った様子でアルジーを振り返り、呟く。
「あの『瞑想の塔』の爆発炎上ならびに殺人事件、話はどこまで行ってたかのう」
「3人の容疑者が考えられるってところまで」
「汚職範囲、絶賛、拡大中の風紀役人ハシャヤルじゃが。殺意を抱く可能性のある容疑者が、此処まで多かったとは思わなんだ。悪いことはできんのう」
白茶ヒゲ代筆屋ギヴ爺と金髪ミドル代筆屋ウムトが、交互に整理した項目を並べ始めた。
「その1、浮気疑惑アリのハシャヤル夫人ギュネシア殿が、離縁される前に……と、暗殺したのか」
「その2、金欠旦那ワリドが、カネの怨みで爆殺を仕掛けたのか。ついでにスージア奥さんも事故死させることで、趣味の賭博よろしく一石二鳥を狙っていたのか」
「その3、黒ダイヤモンド汚職の件で、オリクト・カスバから首チョンパ指令を受けた謎の暗殺者にして工作員が居たのか」
神殿役人ゾルハンの方は、「容疑者その1、その2、その3……?」と、ポカンと耳を傾けていた。
居合わせている常連の依頼人たちも、用件が済んで手が空いた状態だ。興味津々で耳をそばだてている。
バーツ所長がモッサァとした赤ヒゲをしごきつつ、歪んだ笑みを浮かべる。
「聞くところだと、見事な殺しっぷりだったそうじゃないか。このバーツ様としては、『オリクト・カスバの首チョンパ』に1票、入れたいね。ついでに東方総督トルーラン将軍も、コッソリと、ただし派手に処分いただきたいもんだ」
「穏やかじゃない殺し方を妄想してるな、バーツ所長さんよぉ。さっきの殺気は所長のモンだったのか」
金髪ミドル代筆屋ウムトが、神殿役人ゾルハンの代筆依頼状を眺めつつ、代筆作業を始めた。口と手が別々に動くのは、長年の修練の賜物。神殿役人ゾルハンのほうは、戸惑ったような顔で、バーツ所長に目をやっている。
モッサァ赤ヒゲ熊男バーツ所長は、そろばんを振り回しつつ、背もたれにドッカともたれた。6回目の検算で納得いく結果になった様子である。
「ここ最近の趣味だからな、ひゃひゃひゃ。城下町の半分が『トルーラン将軍を圧倒的に殺害する』という共通の趣味に没頭してる筈だ。東方諸国の城砦の経済停滞という危機が迫ってる」
そう言っているうちにも。
帝国伝書局・市場出張所の出入り口に、夕陽に照らされた人影が立った。2人。