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神殿の塔、闇をいだいて爆発炎上す(4)終

爆心地は、聖火礼拝堂の中庭。


聖火礼拝堂を取り巻くように並ぶ、細くて高い塔の一群のほうだ。


そのうちの、ひとつ……『瞑想の塔』が、人のような形をした火炎を噴き上げていた。


いつの間にか、タヴィスがアルジーをかばいつつ、植込みの陰に伏せていた。


「まだ危ないですから伏せていてください、姫。あれは火のジン=イフリートです。《魔導札》を使う軍事案件などで多く見かける邪霊ですが……」


「戦争……!?」


「それは無いかと。布を口に当てて。早く」


爆発炎上している塔の頂上部の空間は、人ひとりが腰かけて過ごす程度の大きさ。


吹き飛んでボロボロになった石壁を透かして、塔の芯柱となっている螺旋階段が見える。あの爆発炎上にも耐える螺旋階段――古代『精霊魔法文明』の遺跡から発掘されて移築されたものに違いない。


巨人の形をして立ち上がった巨大な火炎が、蛇のように長くのたうつ異形の腕をグルグル振り回していた。


まさに火災旋風だ。石造りの塔の全体をガンガン燃やしている。


あたりは異臭のする黒煙でいっぱいだ。


ただでさえ身体に余裕の無いアルジーは、ゲホゲホ咳き込むのみだ。


……


…………


聖火神殿の方から、大勢の人々が駆け付けて来ている。


最初にワラワラと出て来たのは赤茶色の長衣カフタン――雑務に従事する事務員や、門番といった人々だ。


次に、あざやかな真紅の長衣カフタン。それよりは数は少ないけれど、漆黒の長衣カフタン。日常を中断されていたのが明らかな、お好みの色とりどりのターバン。


紅衣をまとう神官たちが、燃え上がる『瞑想の塔』を指差し、口々に騒ぎ出した。


「火を止めろ、消せ! 消火だ!」


「なんで、ジン=イフリートが出現するんだ! おい、東帝城砦をいったん封鎖しろ、滞在している隊商キャラバンと傭兵を全員、留め置きだ!」


「あのジンを邪霊として誘導した《魔導陣》を探せ」


黒い長衣カフタンをまとう人々の一団が、黄金色をした《魔導札》を次々に取り出した。聖火神殿の専属の、黒衣の魔導士たちだ。


長衣カフタンのうえで、なお目立って見える多数の首飾り、多種類の護符、とりどりのチェーンや数珠の群れ。遠目に見ているだけでもジャラジャラ音が聞こえてきそうだ。


黒衣の魔導士たちは綺麗な円陣となって立ち並ぶと、円陣の中心に向かって《魔導札》を掲げた。


魔導士たちの詠唱する《精霊語》の呪文に応じて、《魔導札》から黄金色の炎が噴出した。それは円陣の中心に寄り集まり、大きな黄金色の火柱となってゴウゴウと燃え上がる。


黒衣に施された金の縁取り、それに多種多様な装身具が、《魔導札》の黄金の炎と同調しながら力強く輝いていた。


シャンシャン、ジャラジャラと言う護符の音が、ひっきりなしに響いて来ている。


特定の邪霊、たとえば大型《人食鬼グール》などといった禁忌の存在を、この場に出現させないように護符で制止しておいて……大型のジンを、強い攻撃力を持つ邪霊として召喚・誘導しているところ。


黄金の火柱のてっぺんから、青い色をした大型の水のジン=巨大カニが出現した。


燃えさかる『瞑想の塔』を挟んで、ひとつの豪邸ほどもありそうな火のジンと水のジンとが、城砦カスバ全体にとどろくような咆哮を上げながら、対峙する。


――ごおおぉぉぉおお!


――シュウウゥゥゥウ!


青色の巨大カニは、火の巨人さながらのジン=イフリートに取り付き、大きなハサミで、火の腕をスパスパと、ちょん切る。切断面から、じゅうじゅうと蒸気が上がり始めた。


ほぼ拮抗の模様だ。


石造りの塔がバリバリと乱れ燃え、いっそう多くの瓦礫が降りそそぐ。


東帝城砦の水源となっているオアシスのほうで巨大な水柱が立ち、唖然とするほど大きな、青い色をした《渦巻貝ノーチラス》が出現した。《水霊王》の化身とも、分身とも言われる超大型の、水のジン。東帝城砦オアシスの、偉大なる水の主。


巨大な《渦巻貝ノーチラス》が、100本ほどもあるかと思われる触手を振り回すや、その動きに招かれたかのように大量の水が波打つ。そのまま、水は大波となって、火のジン=イフリートもろとも、燃え上がる『瞑想の塔』を丸呑みした……


超大型のジンは、実体化している時間は非常に短い。圧倒的な《水の精霊》の力を見せた巨大《渦巻貝ノーチラス》は、アッと言う間に、スッと雲散霧消した。


燃える巨人の姿形をしたジン=イフリートが押し流され、形を失い、見る見るうちに縮んでいく。


野次馬と化した通行人たちが一気に増えた。野次馬たちは、いっそう現場に近寄り、騒ぎつづける。


「あんな爆発炎上じゃ、死人がいっぱい出てんじゃないか」


「あっちで瓦礫の下になったヤツがいるぞ、掘り出せ、早く!」


野次馬に混ざって、火と水の戦いを見守っていた数人――赤茶色の長衣カフタンをまとう門番たちが動き出した。


ほどなくして、瓦礫の下から人間が掘り出されたが。


「あぁ、巻き込まれて死んじまったか」


「哀れな。風紀担当の役人のハシャヤルだ。性別詐称の不届き者とか取り締まる担当の。『瞑想の塔』に入って色々考えてたところを、やられたってことか」


植込みの陰からうかがっていたアルジーは、思わず息を呑んだ。


「げ。知ってるヤツだ。ちょくちょくやって来て『袖の下』要求してた、いけすかない風紀担当。女商人ロシャナクさんとも、やり合ってた……」


「マズい事態になりそうですね、姫。早めに離れたほうがよろしいかと」


思案深げに眉をひそめるタヴィスであった。


「ちょっと待って、あの人……!」


アルジーは咳き込みながらも……


野次馬たちからヌッと背丈が突き出している、その巨体から目が離せなくなってしまった。


――因縁のある人物だけに。


いまでも覚えている。


――あの盲目的なまでにトルジンに忠実な、迷彩ターバン戦士。


山のように大きな体格、陰湿な風貌。テラテラ黄金肌。異形と見えるまでに異様な肩幅の、ムキムキのマッチョだ。眉間に黒い刺青タトゥー装飾鋲スタッズきらびやかなベスト付きの、武装親衛隊の制服。


タヴィスは早くも、アルジーの注目している人物がどれなのか察知していた。


「トルジン様の親衛隊の制服の、あの巨人……『邪眼のザムバ』で知られている人物ですね」


「邪眼の?」


「眉間の黒い刺青タトゥーの意匠が邪眼なので。古代の巨人族の末裔と聞いております」


「あぁ……あいつが、2年前、オババ殿と私を摘まみ出したの。トルジンの命令にメチャクチャ忠実な、陰湿なヤツ」


「なんと。それは存じませんでした」


仰天するタヴィスの脇で。


何故か、白文鳥のパルと白タカのシャールも、クチバシをポカンと開けて仰天している。


『シビレル、ピ……』


『あの刺青タトゥー、本物かよ。冗談じゃねぇ』


テラテラ黄金肌をした巨体の戦士は、歯を剥いて不気味なニヤニヤ笑いをしていた。暗い黄土色の目がギラギラ光っている。


笑っていた。笑いながら、塔の爆発炎上や、大型のジン同士のつばぜり合いを眺めていたらしい。


――死人が出たというのに。


そして、まだ完全には鎮火していない模様だ。


場所を移して、ジンどうしの対決が続いている。


オアシスから出現した巨大な《渦巻貝ノーチラス》による大出力の放水で、火災現場から押し流され、隔離されていたとはいえ……


相変わらず火のジン=イフリートと、水のジン=巨大カニとが組み合って、お互いに消滅し尽くそうと、刺激臭と黒煙を撒き散らしつつ戦っていた。


衛兵や野次馬たちが再び騒ぎ始めた。


「おい、やばいぞ。あっちは事務所や礼拝の人が居るほうだぞ!」


瞬く間に、とばっちりを食らって類焼した建物……3階建ての礼拝堂のほうでパニックが広がる。


2階のバルコニーからも、飛び降りて避難する大勢の人々。礼拝に来ていたと思しき母子おやこ。子供の方は、まだ4歳くらいだ。それに、事務所に詰めている神殿役人の面々。


ますます濃くなる刺激臭で、呼吸器官にダメージが出たのか、アルジーの咳込みは止まらない。目がシバシバして、涙もボロボロ出て来る。


傍に駆け寄ってきた人の気配がある。


チラリと見えるのは、真紅の長衣カフタンの端。


「これは、シュクラ・カスバのタヴィス殿ではございませんか。こちらに来られていたとは」


「ゾルハン殿。何故こんな火事が?」


「まったくです、いったい何が起こったのか……とにかく避難方向はあちらです、皆さんも早く!」


身体を抱えられたような感触。そして、走り出したような気がする。


咳き込んでいるうちに、気が遠くなって……


アルジーの記憶は、そこで途絶えたのだった。


*****


先ほどから「ぴぴぴぃ」という小鳥のさえずりが続いているようだ。


ボンヤリと、アルジーは目を開く。


我が家としている、市場バザールの路地裏にある小さな店舗セット住宅の中だ。


代筆屋の営業カウンターの前で、椅子代わりの木箱とクッションをつなげて簡易ベッドとしている――その上に横たわっている状態。


「あー、気が付いたかい? アルジー」


ベールを外して顔をのぞきこんで来た女は、常連客の遊女ミリカ。赤銅色の髪が見事な、色気タップリの美人だ。ミリカは、すぐに表の方へと顔を向けた。


「アルジー、目が覚めたよぉ、おっさん」


「さようでございますか、ミリカ様」


「あー、ねー、その丁寧語なんとかならない? むずがゆいんだよ、こっちは。あたしゃ遊女だっての。娼館で踊るほうの」


「ですが、ミリカ様は恩人でございます。医学の心得がそれ程おありとは、女神官でいらっしゃるのかと」


「此処の婆さんが生きてた頃からの常連客でさ、こーゆー時のコツ教えてもらっただけだから」


困惑顔をしたタヴィスが、表のほうから顔を出して来た。食べ物の匂いと共に。


まだ明るいが、陽射しの角度からして夕方に入った頃だ。


「え……もう夕方? なんだか、色々ご迷惑おかけしてた……?」


「どぉって事は無いさ~、アルジーは、ありとあらゆる種類の衰弱と不調で月に三度は倒れてるからね。それよりも、丁寧語おっさんの登場のほうがビックリだよ」


「見ていただいてありがとうございます、ミリカ様。少し早いですが、市場バザールで夕食を買ってまいりましたので」


「お、おぅ、いただくもんはいただくよ……うん」


遊女ミリカも、相応に不思議な存在だ。言葉は取ってつけたようにざっくばらんだが、折々の所作は妙に行き届いている。遊女としての演技の訓練によるものか、意外に観察力の鋭いタヴィスの指摘どおり女神官だったのか、真実は分からない。


――かつて本当に聖火神殿に勤める女神官で、医師としても活動していたのなら、ミリカの荷物の中にチラリと見える数冊の医学専門書にも、妙に深さのある医学知識にも、説明がつくのだが……


女医は珍しい。むしろ公的・社会的に認められていないため、ほぼ存在しない。医学知識のある女性を探そうとする場合、古代『精霊魔法文明』の知識を継承する霊媒師や、民間療法の知識を詰め込んだ産婆を探すほうが早いくらいだ。


ともあれ、遊女ミリカがアルジーの代筆屋の常連客となったうえ、霊媒師オババ殿の医学知識に惚れ込んで、たびたび医学に関して専門的な話を交わしていたことは事実である……最近、例の御曹司がアレな事態になった件でも、老魔導士による治療内容を女商人ロシャナクに説明できるくらい、細かく観察したのであろう、ということも。


営業カウンターを当座の食卓とし、3人で簡素な夕食を囲む。


やがてミリカが、締めのチーズをつつきながら話し出した。


「火事現場に集まって来た野次馬の中に、あたしも居たんだよ。夜の仕事の遊女仲間とね。昼間はヒマだしさ。あんたたちに気が付いたのは、それでさ」


タヴィスが手慣れた様子で茶を給仕している。宮廷仕込みと見える上品な所作。


「お茶ありがと。丁寧語おっさん、あ、タヴィスさんか。贅沢三昧アリージュ姫の新しい別荘の工事が始まってただろ、その荷役係ってな格好、最初はカネ狙いの空き巣かと。あそこトコトン報酬ケチってるからね、食費さえ足りないってんで、脱走したヤツラがドンドン空き巣コソ泥になってんだよ。そっちのピヨピヨ『いちご大福』が騒がなかったんで、またビックリした訳さ」


魔除け用ドリームキャッチャーを吊り下げているスタンド式ハンガーのほうを見ると。ちっちゃな白文鳥パルは、そこを止まり木とし、「もちーん」とくつろいだ格好で、うたた寝していた。


――うたた寝しているように見えるだけかも知れない。精霊には、この世の常識では分からない部分がいっぱいある。


「今日は、どうもお世話になりました、ミリカさん」


「お互い様さ。一応あたしたち、合鍵を持つ夫婦どうしだからね。そうねぇ、また来るから、あの『もげる』ヤツの御札、効果『弱』と『並』のほうでいいから多めにサービスしてよ。ロシャナク姉御の分も。荒くれの客が増えて娼館も物騒になって来てるんだよ」


「あぁ、成る程……在庫、積んどく」


「助かるわ。それにしても、トルーラン将軍と御曹司トルジンの武装親衛隊、ますます数が増えてんだよね。隊商キャラバンの傭兵もドンドコ追加してるみたいだし、どっかと戦争でもやるのかね」


遊女ミリカは、ちょっと首を傾げた後、「じゃあね~」と手を振り、市場バザールの通りへと去って行った。


タヴィスが仰天顔になり……閉じられた戸口とアルジーとを、交互に見つめ始めた。


「……ミリカ様とアリージュ姫が、夫婦……?」


「一応、半年前に結婚はしてるから。性別詐称『男』のアルジーで」


「何故そんなことに?」


「御曹司トルジンの『独身女狩り』への対策。あの七日七晩の『もげた』騒動のあとは、沈静化してるみたいだけど」


生真面目な年配男は、絶句していたのだった……


アルジーは思案顔でタヴィスを眺め始める。


「えぇと、タヴィスさん、今夜は……? 此処、人を泊められるほど広くないし」


「お気遣いなく。用件があって、こちらに参っておりましたもので。時間はズレましたが、何とかなるかと存じます。正直申しまして、姫の体調のほうが気がかりでございますが。医師などは呼ばなくて大丈夫でしょうか。ミリカ様によれば、性別詐称の件があるので、もとより不可能、危険と言うことでしたが」


「あぁ、うん、これくらいだったら。オババ殿から教わった方法あるから」


タヴィスは深々と一礼し――敬礼なのかも知れない――丁寧な足取りで、表の通りへと出て行ったのだった。


今日は色々あり過ぎて、いつもより疲れたような気がする……


オババ伝授の、体調回復のためのオマジナイの御札を、ベッドの枕の下に敷いて。


アルジーは、夢も見ない眠りに入っていった……

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