真相の遭遇 決戦の中庭(7)昼下がり
そしてタバコ屋オヤジは、間違いなく、その見知った顔が位置している、官報掲示板の間の事務机へと向かっていた。
「おぅ金融商オッサン代理人だね、ご夫婦さん?」
「ご来店ありがとうございます。確かに帝都の金融商オッサヌフ代理人エスファンと、サーラです。我々夫婦で、代理人を務めさせていただいております。ジャヌーブ港町のタバコ屋シガロ殿。ジャヌーブ城門前の市場の売上金の、お預け入れですね?」
「んだ。よろしく頼むでよ」
手際よく帝国通貨がカウントされ、記録されてゆく。
――金融商オッサンは、白鷹騎士団と関係が深かったのだろうか?
あとでリドワーン閣下に聞いてみよう。白鷹騎士団の運営に関与していると言っていたし。
そっと、心に留めておくアルジーであった。
そう言えば東帝城砦でも、金融商オッサンは妙に白タカ《精霊鳥》について訳知りだった。ごま塩頭の番頭さんも白文鳥《精霊鳥》と話せる人だったし。店頭の看板に巣を用意して、火事警報用の、白文鳥《精霊鳥》を飼っていた……
成る程、生前の《青衣の霊媒師》オババ殿が、金融商オッサンを、信頼する筈だ。遺言状や、特別な精霊魔法の小道具を預けるほどに。
アルジーは思案しつつ、クルリと周囲を見回した。
向かい側の行列に、見知った姿が見える。
小太り中年の財務文官ドニアスが、赤茶色の長衣をまとう同年代の役人たちと、何かを話し込んでいた。
――相変わらず、サッシュベルトに挟まれた多種類の鍵が、昼日中の光でキラキラ光りながら揺れている。目で見ていても、カチャカチャ音が聞こえて来そうだ……
「ラーザム財務官の葬儀って、もう始まってるのかしら?」
「神官の魔除けの詠唱は、もう始まってますね。尖塔の魔除けの鐘も鳴り始めて……皇族とか貴賓が着席する頃ですよ。我々も参列しましょうか、スナさん」
女と見れば口も手も早い取次業者ディロンが早速、アルジーにすり寄って来て、腕を取った。
性別詐称・男の代筆屋としては、それなりに市井の経験はあるが、女性としての市井の経験は無い。アルジーは戸惑って、ソワソワと、タバコ屋オヤジを振り返ってしまった。
受付を務める代理人エスファンとサーラも、通貨カウント終了待ちのタバコ屋オヤジも、やれやれと言った様子で苦笑いを返して来ている。
「大丈夫、独身の娘さんには手を出しませんよ、そうでしょ、ディロン殿。でも念のためですから、サーラ、一緒に行ってあげて。此処は大丈夫だから。ネズル殿、シンド殿も、シッカリ見張っててあげてくださいよ」
「じゃ、ちょっと行って来るわね、エスファン。何かあったら連携よろしく」
一瞬で女騎士の顔になったサーラが、テキパキと三日月刀を用意して、同じく苦笑し続けている2人の商人と共に、付き添って来た。
「え、一応、ワタシ人妻……」
「フハハ、そんだけ飛び上がってて、男性経験ゼロなのバレバレですよ、乙女ですねぇスナさん。正体は案外、深窓の令嬢だったりして」
取次業者ディロンは素晴らしい観察眼を発揮していた。覆面ターバン越しなのに、あっと言う間に容貌を読み取っている。どうやらスナギツネ顔の容貌のほうだけど。
「こりゃ化粧で大いに化けるね、形は良い……ねぇスナさん、コーヒー屋の女給に興味あり? 文字は書けるんだし、看板娘になれば副業・代筆でも稼げるよ。ジャヌーブ港町のカフェ店は名物でね、南洋の港湾諸国の城砦から取り寄せたコーヒー豆のジャヌーブ港町ならではの各種ブレンドが、またステキな逸品の……」
取次業者ディロンは、毎度の長広舌セールスを調子よく並べつつ、一般用アーチ入り口を通って、中庭の一般参列スペースへと進んだ。
三々五々、砦の住民といった一般人たちも参列し始めている。半分ほどは「仕事の手が空いたので物見遊山」「昼下がりの参拝のついで」といった雰囲気。
礼拝堂の中庭には、既にズラリと人々が並んでいた。今しも、ラーザム財務官の死体が収められた棺桶が出て来るのを待っているところだ。
パラパラと立つナツメヤシが、貴重な緑を添えている。石畳の間に、乾燥に強い草類。
中庭の中央部には、定番の大振りな噴水が配置されてあった。噴水の位置で、役人たち豪族たちの前列グループと、一般参列者たちの後列グループに分かれる形。
親族席に、紅衣の神官たちに伴われた4人のハーレム妻と、10歳前後の子供2人。第二夫人と第三夫人には子供が居る……その子供たちだ。
数段ほど高くなっている端に設置された貴賓席にも、見知った姿が、或る程度の間隔を空けて着座している。
貴賓席――最上位の上座に、宮廷パーティーにでも赴くのかというような、ギラギラ長衣姿の第六皇子カムザング殿下が、不服そうな……つまらなそうな顔をして座っていた。
カムザング皇子は、ガラの悪いチンピラさながらに、背もたれに傲然ともたれていた。大麻をタップリと仕込んだアメ玉でも舐めているのか、口元をクチャクチャと動かしている。
不良がイキがってる風に大きく気崩した長衣の間から、あからさまに鍛えていないカムザング皇子の裸の胸が、チラリ。悪趣味な刺青が乱雑に並んでるだけだ。前日の、小鳥の白い足跡スタンプは、ほぼ、消せたらしい。
次席に、葬儀の場ということを考慮して彩度を押さえた長衣をまとうセルヴィン皇子が、生真面目に背筋を伸ばして座っていた。病み上がりを思わせる弱々しい雰囲気はあるが、本来のものらしいダークブロンド髪が復活していて、確かに皇族の血筋を受け継ぐ皇子と見て取れる。
まだ脇腹の傷が痛む筈だが……無表情だ。老魔導士フィーヴァーのところで見かけて来た健気な少年、という印象は、とても薄い。陰謀が渦巻く宮廷の中で身に着けて来た硬質さだろうか、と思われるところ。
タフジン大調査官、カスラー大将軍、4人の長官と見える人々が、貴賓席の周囲に控えていた。
後方に、警護を務める武官や専属魔導士が警戒の眼差しをしつつ並ぶ。キッチリと防護盾を構えている。
中庭の両脇に、赤茶色の長衣をまとう役人たちが整列していた。ついで、一般の警護を務める武官――砦の衛兵たちからの選抜組。パラパラと、一般の魔導士。黒い長衣だけど金縁などの装飾の無い、簡素な装い。
アルジーは、警戒心をもって、慎重に見回した。
この中にラーザム殺害犯が居るかも知れない。そして、カムザング皇子とセルヴィン皇子を、何らかの方法で同時に暗殺しようとしている……金融商ホジジンが放った刺客も。
――すべての事態を引き起こしたラーザム殺害犯『三ツ首サソリ』と、これから災厄を引き起こす恐れのある刺客は、何処に居るのだろうか?
その張本人の金融商ホジジンは、交易路の主だった豪族――諸侯たちと共に、素知らぬ顔で参列している。あの見事な超・肥満体を、いけしゃしゃあと、神妙な意匠の長衣に包みつつ。
横幅のあり過ぎる金融商ホジジンの両脇には、目立たないマント姿が、ひとつずつ控えていた。護衛と見える。諸侯たちを取り巻く護衛には、見上げるような大柄な体格を誇る巨人族の末裔も見かけるだけに、奇妙に小柄なマント姿は違和感タップリだ。
さらに中庭の状況を見て取るべく、キョロキョロしていたアルジーは……
不意に、取次業者ディロンに左右の頬を挟まれ、クイ、と顔を向けさせられた。
「……!?」
驚きのあまり大きく目を見開いたアルジーを、美形中年な色男ディロンは熱心に眺め始めた。感心したような溜息を、意味深に、悩ましく、つきながら。
「このホレボレするような薔薇色の目、話題の四行詩の『薔薇色の目の乙女』そのものじゃないですか。実に素晴らしい色合い……しかも足運びも実に優雅で……スナさん、もしかして回転舞踊とかも踊れたりするんじゃないですか、港町で芸を売る遊女で売り出すというのも……いやいや、是非是非、わたしの第一夫人になって……」
「ちょちょちょちょっと待って……」
冗談じゃない、と、アルジーが慌て始めたところで。
――ゴッ★
白鷹騎士団の女騎士サーラの方向からでは無い、もっと別の方向から、色男ディロンの脳天へ、重い衝撃が送り込まれたのだった。
ターバン越しなのに、見事な打撃音。
一撃で、美形中年ディロンは、ヘロヘロとなった。
色男は半分失神しながら、ネズミ男ネズルと潮焼け男シンドが驚きつつ差し出した手の中へと倒れ込んだ。いたいけな乙女のように。
「なんだや? ディロン」
「どうした? ディロン」
「あら?」
ベール姿の女騎士サーラが、半ば面白がっている風に、目をパチクリさせた……その先では。
覆面ターバン少年オーランが、激怒の様相で立ちはだかっていたのだった。
片手には、ディロンを朦朧とさせた三日月刀を、棍棒さながらに構えていた。美形中年ディロンよりも割合に背丈の低い、14歳の少年ならではの体格を、ギリギリ背伸びさせて。
ネズミ男ネズルと潮焼け商人シンドが、瞬時に状況を理解した様子で(?)「ははあ」と苦笑いした。
「ご愁傷サマだや、ディロン殿よ。スナさんには、過保護シスコンな弟くんが居たんだや」
「うむうむ。この弟くんの目の前で、得体の知れぬ中年の色男が下心満々で、姉君に大接近して大絶賛・大誘惑していたら、普通は、こうなるわな。しかもコーヒー屋とか踊る遊女への勧誘はともかく、しれっと、夜討ち朝駆けプロポーズ混ぜ混ぜは、ねぇ」
いきなりの急転直下。
混乱グルグル状態のアルジーは……早くも、覆面ターバン少年オーランに手首をシッカリつかまれて。美形中年な色男ディロンの隣の位置から、ズリズリと引き離される形になったのだった。
「こ、この状況は……さっきまで、何処に居たの? オーラン君は」
「本当にトラブル吸引魔法の壺を持ってますね。例の酒姫と金融商ホジジンの異常性癖を知らないんでしょう、『姉上』。そんな状況へ放り込む訳にはまいりません、絶対に。私に用事があったとか。お聞きしましょう」
「? 金融商ホジジンの件、精霊の制約の範囲に入ってる筈なのに、何故オーラン君が知ってるの?」
覆面ターバン少年オーランの頭上に、ヒョコリと、白タカ《精霊鳥》ヒナ・ジブリールが姿を現した。真っ白フワフワ産毛は薄くなり、そこから成鳥を思わせる本格的な白羽が見え始めている。オーラン少年との相棒契約が成立して以来、成長スピードが加速しているのだ。
『非常事態だったから、この件、精霊界の制約が外れたんだよ《鳥使い姫》。酒姫と金融商ホジジンの、例の異常性癖、精霊から見ても、邪霊から見ても、打ち首・獄門モノだから。この件についてだけは完全合意したんだよ。今度やらかしたら、2人ともに、精霊・邪霊の双方で、霊魂を没収するって脅してある』
『え、そんなにヤバいって……いったい、どんな異常性癖?』
「禁術《歩く屍》、いえ、知らないほうが幸せです」
接触の効果で《精霊語》が通じている。覆面ターバンの上からもハッキリ分かるくらい、オーラン少年の顔色は……強がって平然を装いながらも、青ざめていた。
首を傾げながらも、アルジーは素早く当初の目的を思い起こした。クルリと、貴賓席のあたりを窺い……
「あ、そうだ、オーラン君。ラーザム殺害犯を知ってる筈よ。目撃したんでしょう、あの夜。そして、雨降りの朝の時と同じように、控え壁の傍の通路を使って、行方をくらました。そうでしょう?」
砦の何処にでも居る少年兵――迷彩柄の覆面ターバンの中で、オーラン少年の口元が固く引き結ばれていた。
次の瞬間。
少年の指先が、狙いあやまたず……その人物を指差した。
先ほど、ほかの参列者たちと共にゾロゾロと立ち位置を移動して……新たな位置に並び直した人物を。
「犯行現場なり何なりを押さえて身柄確保する予定でしたが、なかなか押さえられなくて。サッシュベルトの鍵束の音が、アレでした。あの事件の夜の時も、雨の朝の時も。今も。あいつです」




