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真相の遭遇 決戦の中庭(6)昼下がり

アルジーの考えが正しければ、帝都の金融商ホジジンは、ラーザム財務官の葬儀に出席する筈だ。


それも、皇族たちが位置する上座を一望できるような、特等席の位置で。


ラーザム財務官への弔意からでは無く――確実に、刺客アサシン工作でもって、セルヴィン皇子が……カムザング皇子も一緒に死ぬのを、目撃するために。


「ああ、しまった! 昨夜の勢いで、これじゃ金融商ホジジンじゃなくて、あの裸踊りの変態へまっしぐらじゃない。葬儀なんだから、まず礼拝堂を探さなくちゃ」


ジャヌーブ砦の構造には、詳しくない。


白文鳥《精霊鳥》の身体なら、屋根のうえを伝って、ひとっ飛びなのに。


たまたま空が見える――どこかのアーチ廊下へと、たどり着き。アーチ窓から頭を突き出して、方向の見当を付ける。


「壁から降りたほうが分かりやすいわね」


そして、アーチ窓から城下町へ抜け出そうとして、窓枠に足を掛けた。


――かつて、シュクラ第一王女アリージュ姫として、人質の塔に押し込められていた間、見張りの目を盗んで、日ごとバルコニー脱出をやっていたように――


「自殺しようってのか何やってんでぇうら若い身空で死んじゃなんねぇぞ」


聞き覚えのある声と共に、ガバァ、と抱き着いて来る男。


不意を突かれて、アルジーは廊下に転がった……なんとなく見覚えのある――思い出した――城門前の市場バザールで、水タバコの屋台をやっていた、タバコ屋オヤジと共に。


眠りこけている風の、白文鳥《精霊鳥》の真っ白な身体が、ふわもち・いちご大福さながらに……ポンポンポン……と、転がってゆく。


「なんじゃ?」


「あ、白文鳥」


すぐに、タバコ屋オヤジの手が離れた。


アルジーが廊下の端まで転がって行ってしまった白文鳥を拾いあげ、ホッと息をついたところで。


タバコ屋オヤジは、ヒゲ面に困惑の表情を浮かべつつ、庶民ターバンをガシガシとやり始めた。


「なんじゃあ自殺とかじゃ無かったんかい娘さんや」


「え? この身体、男の筈だけど……?」


「何を言っとんだ娘さん、ガッツリ見れば昨日ガイコツ変身してドラ息子ボコボコ殴る蹴るしてたネコミミ付スナギツネ娘じゃねぇかぁ幽霊じゃ無くて生身だったんか」


タバコ屋オヤジは、次第に感心したような顔つきになり。


「うむ実に薔薇色の目をした《精霊使い》なんだから、神出鬼没の幽霊の奇術くれぇお手の物だよなぁ白文鳥だから《鳥使い》だな」


謎の納得をしていたのだった。


しばらくアルジーは考えて。次に納得した。《火の精霊》からエネルギー再補充してもらったお蔭で、スナギツネ顔の幻影が復活していたのだ。


カラクリ人形という物理的実体にかぶせていってる幻影だ。霊魂のみの半透明の幻影の時よりも、ずっと、透けていない――ガッツリ、生身と見える状態に違いない。


「変だなスナギツネ娘さん銀髪かい?」


気が付いてみれば、ターバンがゆるんで……人工銀髪が垂れている。そそくさと、巻き直したところで。


「もしかして昨夜なんか色事してたんかい娘さんや」


「え、なんで?」


「いやあ朝っぱらから砦の中の使用人用・一般人用の大衆食堂で噂になってんだよ、ヘボ恋愛の四行詩がな」


「え、それって」


タバコ屋オヤジが口にした四行詩は、やはり、帝国皇帝シャーハンシャーがクネクネ・ダンスをしながら詠唱していた作品だった。


「どっかの高級な部屋から一晩じゅう聞こえてたそうでよ……我が絶世の恋人銀月よ、我が魂よ我が歓びよ美しすぎる薔薇色の目の乙女……いったい誰や? ジャヌーブ砦に、そんな絶世の美女が居たか? ってことで謎解き始まってんだよ」


「そんな事ってあるの?」


「うむ実におかしな事だぁ……スナギツネ娘さんは王侯諸侯が好む絶世の美女とは違うタイプだのぅ、スナギツネ顔を好む男も居るとは思うがね」


ひとしきり首を傾げた後、タバコ屋オヤジは、改めて問いかけて来たのだった。何をしていたのか、と。


「砦の中あまり知らなくて。壁から降りて屋根伝いに行ったほうが、迷わないで済むから……」


「なんと《鳥使い》は頭の中身も鳥になるんか? どこ行こうとしてたんじゃ?」


「ラーザム財務官の葬儀。できれば金融商ホジジンが見えるところ」


「恨みでもあっか? 遠くから見るだけなら何ともねぇだろうが、手ぇ出すのはヤバいでぇオッソロシイ巨人族の護衛とか用心棒とか専属魔導士ゾロゾロ居るからよ」


「え……そ、そうなんだ……」


思わず、両手に包み込んだ白文鳥を見つめて、シュンとなる、アルジーであった。


――意外に、難問だ。


焦りと勢いのままに飛び出してしまったけれど……


族滅の任務を帯びた刺客アサシンに追われながら、隠密をやってのけているオーラン少年のほうが、よほど冷静で――優秀だ。


大物の金融商ホジジンに接近するのと、族滅の刺客アサシンへ返り討ちするのと、どちらが難しいのかは……よく分からないけど。


「まぁ見るだけなら……ワシ連れて行ってやっても良いでぇスナギツネ娘さんよ」


「え、なんで?」


「葬儀の会場、記帳所の隣に、金融商の出張コーナーあんだ。香典の管理とかね。ワシ、これからタバコ売り上げを貯金口座に入れるとこでな。一刻前ぐらいまでは営業やってるでぇタイミングかち合うぐらいはあるでよ。売り子アルバイトってことで荷物を運んでくれりゃええ。スナギツネ娘さんじゃから名前『スナ』さんじゃな」


「ありがとうございます。よろしくお願いします」


タバコ屋オヤジは、不思議そうな顔になって、シゲシゲと眺めて来た。


「不思議なもんじゃのゥ娘さんホントにスナギツネ顔なんか? チラリと超・綺麗なツラするんじゃなぁ同じ人間とも思えん絶世の美姫みてぇな」


「え? あ、土台の人形が……いえ、ふ、覆面したほうが良いですよね?」


「それがえぇなぁカムザング皇子が間違いなく食いつくでよぅ。会場に既にカムザング皇子の親衛隊が入ってんでぇ間違いなく皇子本人イケイケ・オメカシして来るでよ」


そんな訳で、アルジーは、ターバンを覆面の形に巻きかえ。


各種の粉タバコが入った風呂敷包みを、持ってみた。昨夜の大宴会での商売で大いに量を減らした後で、あまり重くない。


タバコ屋オヤジの後を、アルジーは付いて行く形になった。両手に風呂敷包みを持って……


…………


……タバコ屋オヤジが選んだ通路は、一般の居住区や階段がつづく街路であった。


非戦闘員の女子供たちが、多く行き交っている。目立つのは、街路沿いに、ずらっと並ぶ洗濯物の群れ。


張り出された大判の紗幕の下に、料理その他のための退魔紋様セット水壺や香辛料の貯蔵壺、酒瓶の数々。


運び出す前の様々なゴミ袋が石畳の窪みに分けて並べられていて、早速、ハエが飛び回っている。無害なほうの、普通のネズミの姿も。


小さな子供たちが駆け回り……なんとも生活臭あふれる一角だ。


タバコ屋オヤジが済まなそうに声をかけて来た。


「売上金もってるからよ、まさかのために善良な目撃者がいっぱい居るところを通るのがえぇで遠回りになってもなぁ。娘さんの足にゃ負担かけるで済まねぇが」


「いえ、このくらい何でも無いです。ジャヌーブ砦の、このあたりの区画は全然知らなかったので、見てて興味深いですし……こちらも相棒の白文鳥かかえてますから」


「そういやぁその白文鳥は病気か何かかね? ターバンに埋もれたまま、ずっと目を覚まさねぇようだが」


覆面ターバンに巻きかえる時に、ささやかなポケット部分を作って、そこにグッタリとした白文鳥の身を挟んである。不揃いな尾羽だけがピョコンと飛び出していて、見た目、庶民の定番の、お出かけ用の羽飾りを装着している風だ。


「いろいろ訳ありで」


話を交わしているうちにも、行く手に、聖火礼拝堂の紅ドーム屋根と、その中庭を示す尖塔が見えて来た。


「一般人の出入口こっちでよ……あぁ上に見えるのが噂のラーザム死亡現場の城壁だぁ、梯子が見えるでぇまだ修理やっとんな」


カスラー大将軍やタフジン大調査官、皇族専用の区画を擁する――宮殿にあたる高所から延びる区壁が、そのまま、城壁につながっている。


宮殿のほうへ視線を向けると、中の上、といった階層が医療区画になっているのが見える。


あの辺りが、老魔導士フィーヴァーやセルヴィン皇子が詰めている区画だろう。


――ラーザム財務官は、わざわざ危険な城外に面する城壁の角部屋で、仮眠を取っていたのだ。それほどに人目を避けて、謎の取引相手『三ツ首サソリ』氏と密会する必要があったと見える……


…………


……やがて中庭の入り口、礼拝堂の事務所の前へ到着した。


事務所の入り口には、官報の掲示板が衝立のように並んでいた。東帝城砦の礼拝堂と共通の形式。その間に、身分階層別に記帳所が設置されてある。


いかにも正式という風の上等な卓のほうで、無地の赤茶の長衣カフタン――役人姿の人々が行列を作っていて、そこに上質な長衣カフタンをまとう富裕層の人々がパラパラ混ざっている。


目をパチクリさせて小首を傾げたアルジーに、訳知りなタバコ屋オヤジが説明して来た。


「ジャヌーブ交易路沿いの集落の、村長や酋長やジャヌーブ港町の幹部といった面々だぁな、この辺の部族交流の宴会では定番の面々よ。部族長やら豪族は、帝都の上流社交界へも行くのう」


ついで、タバコ屋オヤジが「ワシらは、こっちじゃ」と、方向を変えて進んで行った。アルジーもポコポコと付いてゆく。


簡素な事務用の卓が、行く手に配置されていた。一般向けの記帳所。


フラリとやって来た商人たちや、砦内部の労働者たちが、三々五々やって来て記帳するという風で、行列もまばら。


「金融商の出張コーナーに寄る前に記帳していくでぇ」


並んで順番を待っていると……近くのグループの中から美形中年な取次業者ディロンが出て来て、気楽そうに声をかけて来た。傍にネズミ男ネズルも、潮焼け男シンドも居る。昨夜の宣言どおりに、一般人枠で葬儀参列する予定なのだ。


「港町のタバコ屋オヤジじゃないですか、どうでしたか商売は」


「ボチボチでぇ取次屋ディロン殿、幽霊騒動があったお蔭で。お久でぇ、ネズル殿にシンド殿。またタバコ草やら良さげなアンティーク道具やら入ったら頼まぁ」


すぐに記帳の順番が来て、いかにも窓際族なボンヤリした事務員から筆を受け取り、順番に記帳する。「タバコ屋シガロ、男」「タバコ屋アルバイト、女」。


「アルバイト・スナギツネ……娘さんが一緒とは」


取次業者ディロンは、しっかり「スナギツネ」と言った後、ごまかすように口に手を当てていた。隣でネズミ男ネズルが呆れた様子になり、ディロンの背中を小突きまわす。


「いつも私を「ネズミ男」と言ってるから、大事な時に口が滑るんだや、ディロン殿」


「そうだそうだ。口の軽すぎる男は気にすんな娘さん、お名前は? 私は南洋の船乗りシンド。外国のお話いろいろ知ってるから話してあげられるよ。冒険談はお好き?」


「え、まぁ、スナです」


「スナギツネ、の、スナ、とか? 冗談でしょ?」


「いま忙しいから後でよ。売上金を貯金口座に入れるでよ」


「いやはや引き留めてしまって済まんな、タバコ屋オヤジさん。馴染みの金融商オッサン、いや、オッサヌフだったね。本人は諸般多忙で来てないけど、そこに代理人が居るよ」


思わず、ハッとするアルジーであった。


ジャヌーブ港町から出張って来た金融商に混ざって、帝都から来た代理人がチラホラ。その中に、見知った女性の顔を見て、目をパチクリさせる。


昨夜、深夜にもかかわらず嫌な顔一つせず出張して来て、カラクリ人形アルジーを手入れしてくれた、白鷹騎士団に属する親切な女性。シャヒン・カスバで勤めている宮廷女官、兼、シャヒン王が団長を兼任する白鷹騎士団の女騎士。少し先輩の人。


横でペアを組んで、算盤を弾いている中堅の男性が、金融商オッサンの代理人だろうと見て取れる。

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