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真相の遭遇 決戦の中庭(4)昼

ラーザム財務官の葬儀は、午後から始まる。


セルヴィン皇子は体力温存のため、朝の談話の後、再び寝台へ戻っていった。老魔導士フィーヴァーが傷痕を診察し始める。


ラーザム財務官の葬儀にあたって警備会議に参加するため、護衛オローグ青年とクムラン副官は、カスラー大将軍と4人の長官が集う会議場へ出張している。


陪席者として、皇弟リドワーン閣下の護衛を務める鷹匠ビザンも参加だ。カムザング皇子の護衛や従者も参加するとのこと。目下、定番の、皇族の警護手順の確認に留まるのだろうと想像できる。


鷹匠ユーサーは、謎の偵察に出かけた。特徴の無い使用人マントをまとって。


こっそりと白タカ・ノジュムに聞いてみれば、鷹匠ユーサーは隠密。つまり忍者。


覆面ターバン少年オーランも、優秀な隠密の候補。族滅の任務を帯びた刺客アサシンに追われて、実戦的な意味で鍛えられたというのもあるそうだけど、あれだけ神出鬼没な少年だから、納得するところだ。


――あの不気味な帝都の金融商ホジジンが、どのような刺客アサシン工作を仕掛けて来るのか気になるけれど。帝都皇族の守護精霊や護符《精霊石》、使える護衛たちとで、頑張ってもらうしか無い。


カラクリ人形アルジーは、談話室のクッションに落ち着いたまま、白文鳥《精霊鳥》を手の平に乗せて様子を確かめた。人形ならではの、人工関節だらけの手に挟まないように注意して、布越しに。


以前に、幽霊のほうで茶葉『凌雲』を好むと言ったことを覚えられていたとのことで、恐れ多くもリドワーン閣下の好意で、同素材を練り込んだ薫物を、少し分けてもらっている。もともとはセルヴィン皇子の体調安定のための薫物だったそうだから、恐縮してしまうけれど……


そのお蔭で白文鳥《精霊鳥》は、無意識のうちに寝返りを打つ程度には、回復して来ていた。尾羽をチェックすると……妙に長さの違う2枚があって、「おや?」という感じだ。


――換羽かんうか、何かだろうか。普通より長いような気もするけれど。


適当に筆記用具が散らばっていたアルジーの手前の卓へ……ちっちゃな手乗りサイズの火吹きネコマタがやって来て、「ニャー」と鳴いた。


『まだ人形で話せるニャネ《鳥使い姫》。皇弟リドワーンが改めて挨拶したいとのこと、少し時間くれるかニャ』


――ほえ!?


見る間に、見事なダークブロンドの髪をした、背丈の高い人影が目の前に現れ。


談話クッションのうえで慌て始めた、カラクリ人形アルジーであった。


「そのままで良い、《鳥使い姫》。我が名はリドワーン。帝都の大聖火神殿において理事の1人を務めている。すでに聞き及んでいるのだろうが、改めて」


「は、はあ……」


ピキリと固まったカラクリ人形アルジーの前に、皇弟リドワーン閣下は腰を下ろした。


――皇族ならではの洗練された所作で。


それに応じて、人形ならではのカクカクした所作に留まるものの、礼儀正しく第一王女として姿勢を整える、アルジーであった。


「色々なことが一斉同時に生じているゆえ、まだ事情を呑み込めずにいるが。セルヴィン皇子の生贄《魔導陣》問題を軽減してくれたこと、礼を言う。あの少年は、いささか訳ありなのだ」


――いささか、と言うには、複雑な事情やら、出生の秘密やら、訳あり過ぎだと思うのだけど……


だが、部外者が口を挟むことでは無い。それより、現在進行形の難問のほうが問題だ。


「こちらこそ、右も左も分からないまま放り込まれたところを、お世話になりまして……比喩的な意味で、トラブル吸引魔法の壺を持ち込んでいたらしくて、難題に次ぐ難題で、ご迷惑おかけ申し上げているとしか……」


「なんの。あれはあれで、色々なことを考え出したようだ」


リドワーン閣下は、フッと笑みを浮かべた。


「白鷹騎士団の運営に関わっておいて正解だった。《鳥使い姫》と話す機会を得たのは役得だ。鷹匠ユーサー殿が、可・不可を決める窓口ゆえ。砦への数百年ぶりの白文鳥の渡りと、あれ程の多数の白文鳥を使う《鳥使い》の出現は、白鷹騎士団の注目の的なのだ。団長も専属魔導士も会見を希望しているのだが、まだ『待て』状態でな」


――皇族と団長と専属魔導士を相手に『待て』できるの!? 鷹匠ユーサーが!?


思わず、目をパチクリするアルジー。


小卓のうえにお座りしたミニサイズ招き猫さながらの火吹きネコマタが、訳知り顔でニヤリと調子を合わせている。


昨夜、アルジーが爆睡している間に、色々なことを話し合ったのだろうという雰囲気。精霊契約のうえで生じていた、出生の秘密も……おそらくは。


「気付いてはおらぬのだろうが《鳥使い姫》、このカラクリ人形は《火の精霊石》を動力源とする都合上、霊魂の挙動すなわち、刻々の憑依レベルを、分かりやすく呈する。目下、霊魂が充分に回復・安定していないのだろうな。呼吸するように憑依レベルが変わり、それに応じて人工継ぎ目をカバーする幻影も厚みを変えているのだ。人工物と、生身の間を揺らいでいる印象がある。非常に興味深い」


「知りませんでした」


アルジーは戸惑うばかりだ。そんな怪奇現象を、呼吸するように繰り出していたとは。知らぬは本人ばかりなり、とは至言だ。


「声が戻ると同時に、憑依レベルが上昇したのだろう。人形が生身に近づいたゆえ全員で注目していたのだ。驚かせたようだな」


しげしげと、リドワーン閣下は、アルジーの目元を眺めて来ている。観察しつつ……感心しているようだ。


「例の酒姫サーキイと明らかに違う点は……《精霊使い》の証である薔薇輝石ロードナイトの目だな。それだけ鮮やかな色と、高い透明感を兼ね備えているのは、珍しい。素人目にも、おそらく最高位の薔薇輝石ロードナイトであろうと感じられるくらいだ。本物の酒姫サーキイのほうは、銀髪はともかく、通常の淡褐眼ヘーゼルアイなのだ」


「? それでは、このカラクリ人形のドールアイ、淡褐眼ヘーゼルアイの色で作ってありました? 変な言い方ですが、じっくり観察する余裕が無くて……」


「推察のとおりだ。憑依レベルが下がり、幻影が薄くなると、本来の色付きガラスの淡褐眼ヘーゼルアイが現れる。劇的な変化ゆえ常に驚かされるところだ」


そこで、リドワーン閣下は、しばし言葉を切り、おもむろに座り直した。本題に入るという雰囲気。


「このたび、ラーザム財務官の殺害事件を追っていると聞いている。真犯人が明らかになる日は意外に近そうだ。《鳥使い姫》は事件が解決した後、どうする予定だ? 速やかに成仏あるいは蒸発して消えることになるのか、セルヴィンが意外に気にしているのでな」


「私も手探りなので、詳しいことは何も。ただ、精霊界の手先として、新しい使命を帯びることになりました。ジャヌーブ南の廃墟へ行きます。《人食鬼グール》異常発生がつづくと、超古代の《魔境》が復活しかねないとのことで、原因を突き止めて退魔調伏を。帝国皇帝シャーハンシャーに想定外の命令書を作成させてしまった手前もありますし」


ナイスミドル神官リドワーン閣下が、怪訝そうに片眉を上げた。


「精霊界の手先として、新しい使命を帯びたと? それは、どうやって分かるのだ?」


「相棒の白文鳥《精霊鳥》が教えてくれるので……あ、占い師とか……《亀甲の糸巻師》や《青衣の霊媒師》なら占える内容だと思います。私に分かるのは、普通の人と同じように見聞きした物事だけですし、疑問があれば、占い師に尋ねて、確認をとって頂ければ」


しばし、沈黙。


リドワーン閣下は、カラクリ人形アルジーの手の平のうえで「もちーん」と爆睡している白文鳥《精霊鳥》へ視線をやっていた。同時並行で、脳内メモに、占い師の関係の確認項目が付け加えられたという気配だ。そして。


「ジャヌーブ南の《人食鬼グール》異常発生源へ、どうやって行くつもりでいる?」


「もう少ししたら白文鳥が復活しますから、ひとまず……白文鳥の身体で飛んで行こうかと」


皇弟リドワーン閣下は、ふむ、と頷き。


「それでは、目的地に到着する前に死ぬ羽目になる。《鳥使い姫》は此処に来たばかりで、状況を詳しく知らぬのであろう」


「? ジャヌーブ港町と通じている交易路を、オアシス沿いに伝ってゆくのでは……?」


「ひとまず《鳥使い姫》が、ジャヌーブ近辺の出身では無く、帝都の出身でも無いことは大いに理解した」


少しの間、リドワーン閣下は、おかしそうに苦笑を洩らしていたのだった。


「セルヴィンは帝国皇帝シャーハンシャーの命令書に従うだろう。帝国皇帝シャーハンシャーへの忠誠のためでは無く……《鳥使い姫》の苦境を除くために」


カラクリ人形アルジーは目をパチクリさせ……少しの間、小首を傾げて、その意味を検討した。


ちっちゃな火吹きネコマタが、ネコのヒゲをピピンと揺らし「ニャー」と突っ込む。


『ジャヌーブ南は、白文鳥《精霊鳥》にとっては死地ニャ。数百年の間、白文鳥の渡りが無かった事実からも明らかである。難しく考えることは無い。かの精霊魔法《倍返し》と《花酔い》の料金を取り立てると思って、セルヴィンもリドワーンも、こき使えば良いニャ。あの精霊魔法は、本来、相応の料金をゴッソリ頂くメニューゆえ』


『料金交渉の話なら、分かる……でも精霊界の相場を知らないから、何とも。いまのところ「ラーザム殺害犯の発見と処罰」という事くらいしか思いつかない』


『いずれにせよ《人食鬼グール》異常発生源へ突っ込むには相応の軍事力が必要ニャ。多数の《邪霊害獣》や《骸骨剣士》、場合によっては《人食鬼グール》との戦いは必ず発生するゆえ』


ふと、アルジーの中で、パッと思いつくものがあった。


東帝城砦、帝国伝書局・市場バザール出張所では、色々な時事の噂が話題に上がったものだ。御曹司の親衛隊の間でも、隊商キャラバン傭兵の間でも、話題になるのは、やはり退魔調伏の戦闘。


邪眼のザムバが、暇つぶしに、大型の邪霊害獣をバッタバッタと千切っては投げたとか。砂漠の真ん中で、巨大な怪物だの、巨大な怪獣だの、倒したとか。


――「帝国軍の最強の特殊部隊『ラエド』くらいだろうな、三ツ首《人食鬼グール》戦からの生還率が半分を超えるのは。あそこは何故なのか分からんが、特別に、雷のジン=ラエドの加護だか、受けてるとか」――


地区の商館の、腕っぷしの良いスタッフが、夜間の砂漠の危険度のついでに、語った内容だ。


『あ、なんとなく、必要なモノ思いついたかも』


『フニャ?』


考えをまとめて、アルジーは再びおもてを上げて、リドワーン閣下に向き直った。


「あの、《人食鬼グール》異常発生源に突っ込むには、やはり《人食鬼グール》対応の戦士をそろえる必要がありますね」


「セルヴィンは、それを考え始めている筈だ。私の指導が正しければな」


一瞬だけ。アルジーは疑惑と疑問の眼差しになって、悠然と座っているダークブロンド髪のナイスミドル神官を、眺めてしまった。


何でも無いようにサラリと言うけれど……確かな自信に裏付けられている分、凄みを感じる。老魔導士フィーヴァーの自画自賛とは、また違った凄み。


――リドワーン閣下、タダ者では無い。


確か皇帝が、「セルヴィンもオーランも食えない奴らだ」と言及していた。現在は酒姫サーキイ限定とはいえ、あれだけの隠密と陰謀をやってのける皇帝に、そう言わせるほどに、セルヴィン少年を指導して鍛えたのは……リドワーン閣下その人だ。


慎重に言葉を選び、押し出してゆく。


いまのところ、この項目は精霊界の制約に引っ掛かっていない――大丈夫のようだ。


「帝国軍の特殊部隊を出せますか? ええと……『ラエド』? 正式名称、周りの人は誰も知らなくて。基本的に隠密で動く……入隊試験も謎だけど、雷のジン=ラエドの加護が有るとか……忍者部隊っぽい感じの?」


奇妙な沈黙が流れた。


リドワーン閣下は、腕を組んで、思案顔を始めた。琥珀色をした眼差しの中で、疑惑……というよりも、当惑に似た光が浮かんでいる。


予期せぬ反応。カラクリ人形アルジーは、首を傾げつつ。


「あの、無理でしたら、無理にとは申しませんが……」


「失礼した、《鳥使い姫》。新しく考えることが出来たのでな。少しセルヴィンと話し合わねばならぬ」


リドワーン閣下はテキパキと立ち上がり、一礼をするや……セルヴィンの居る、寝室の続き部屋へと立ち去って行ったのだった。


当惑のままに、アルジーは火吹きネコマタに目をやった。


火吹きネコマタも、何やら含むところのある顔つきであった。2本のネコ尾を盛んに揺らしつつ。


『皇弟リドワーンは本当に何か新しい考えを思いついたのニャネ。《鳥使い姫》は、本当に爆弾を投下するニャ。ともあれ、いまは、ラーザム財務官の葬儀を乗り切ることを考えれば良いニャ』

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