真相の遭遇 決戦の中庭(3)朝
護衛オローグ青年が、もうひとつの文書をセルヴィン少年に差し出した。
「もうひとつ、セルヴィン殿下に通達が来ておりました。こちらも皇帝命令となります。本日のラーザム財務官の葬儀では、上座に、第六皇子カムザング殿下と共に列席せよ、とのことです」
絶句しながらも受け取る、セルヴィン皇子。
昨日の襲撃で受けた傷口が癒えきっておらず、寝間着姿で談話クッションにグッタリと寄りかかっている格好ではあるが……随分と印象が変わった。いまや骸骨では無く、貧血気味の線の細い少年といった風だ。
上座のほうで、ナイスミドル神官リドワーン閣下が、腕組みをしつつ呟いていた。
「番外の皇子として扱って来ていたものを、急に第六皇子カムザングと並べるとは……何か不穏な意図がありそうだな」
――金融商ホジジンの昨夜の行動は、精霊界の制約が掛かっている出来事だ。
アルジーのほうからは何があったか説明することはできない。セルヴィンの守護精霊《火吹きネコマタ》のほうでも、事情は同じ。
深刻な理由を含んでいるからだ。
金融商ホジジンは、間違いなく《怪物王ジャバ》復活の陰謀に、深く関与している。
――セルヴィン皇子は、まだ健康であった頃……帝都大市場の偽造宝石ショップ摘発を通じて、《黄金郷》資金の流れの一部を、偶然にも止めたのだ。あの金融商ホジジンの逆鱗に触れたという事実からして、一部とはいえ、重要な部分であったことは間違いない。
この事実が、どういう余波をもたらすことになるのかは、アルジーにも分からない。全体像が分からないからだ。
精霊界の制約が有ろうが無かろうが、アルジーのほうでは、14歳の少年を《怪物王ジャバ》問題に巻き込むような、非道なことは……するつもりは無い。既に、この少年は、むごい形で母親を失っている。
訳も分からないままに、暗殺の陰謀を仕掛けられてしまっている形だが……刺客工作のレベルに留まる。
この陰謀を、政局を、切り抜けてくれ、と祈るしかない。
アルジーが《怪物王ジャバ》問題に、何とかケリを付けるまでの間だけなのだから……
…………
……アルジーの横で、クムラン副官が報告書の類を色々と茶卓に並べていた。
内容からして、《象使い》2人への事情聴取の記録だ。クムラン副官の部下シャロフ青年が、昨日のうちに色々と調査したものに違いない。
カラクリ人形アルジーが首を伸ばして、興味深く視線を投げていると……「おや」という風にクムラン副官が気付いて、振り返って来た。
「あ、そうか、帝国文字も読めるんでしたね、《鳥使い姫》。昨日の襲撃事件に関する、疑惑の《象使い》2人への事情聴取の記録。2人は確かなアリバイ有り、証拠も無しで、すぐに釈放されました。大した内容は無いけど。読む?」
――もちろん。
2頁ほどの簡潔な内容だ。
襲撃事件が起きた前後の時間帯における、《象使い》2人の行動報告。
一頁目……《象使い》老女ナディテ。
老女ナディテは、大衆食堂で、裁縫仲間の年配女性たちと共に、グループで朝食をしていた。ちなみに裁縫は昔からの趣味とのこと。
朝食後、食堂に居た《精霊使い》同僚と共に、礼拝堂付属の着付け室に入室。琵琶を準備していた同僚《亀使い》と共に装束を整え《精霊象》小屋へ赴いた。
砦の伝書局の近く、鳩舎設置の城壁沿いに並ぶ、各種の厩舎区画《精霊象》小屋で、同僚ドルヴと合流。
衛兵に付き添われて、例の城壁『石崩れ』現場へ到着。前日から続く作業を継続した。装束は、予備のものを含めて紛失は無し。
二頁目……《象使い》後継ドルヴ。
後継ドルヴは、かねてからの筋骨の鍛錬のため、砦の衛兵たちと共に朝食後、朝の修練に励んだ。修練の後、礼拝堂付属の着付け室に入室。
琵琶を準備していた同僚《亀使い》と共に装束を整えた際に、予備の装束の紛失に気付いた。
予備の「象レリーフ付サークレット」のほか数種ほど、ビーズ・チェーン《護符》も、一緒に紛失していることが分かった。
同僚《亀使い》の立ち合いのもと紛失した物のリストをまとめ、礼拝堂の事務所へ『装束の紛失届』を提出した。その後、同僚《亀使い》と共に《精霊象》小屋へ赴き、老女ナディテと合流した。
その後は勤務終了の刻まで、老女ナディテと共に、前日から続く作業を継続した。
補足。
2頭《精霊象》は、装束の紛失に気付いている様子。《象使い》《亀使い》共通で、神経質になっているとの見立てあり。予期せぬ事態に備えて衛兵増員の申し入れあり。4人の長官に報告し、適宜対応する予定。
――以上。
アリバイは完璧だ。常に誰かが、複数人、近くに居た。コッソリ抜け出す時間なんか、ひとつも無い。
「紛失場所、礼拝堂付属《精霊使い》御用達、衣装、装束……、施錠管理、シテタ?」
「との事ですねえ。装束の一部は高価な布を使ってますし、《象使い》装束は特に値が張る。《亀使い》琵琶も。礼拝堂の事務所のほうで、定時の見回り事務員も出してます。男性更衣室には男性事務員を、女性更衣室には女性事務員を。下着狙いや覗き趣味の変態が出るのは、まぁ、お約束ですから」
「錠前破リ、2人トモ、シテナイ? オーラン、札付きのアサシン」
「オーラン君は無いでしょう、する理由が無くなりましたからね、《鳥使い姫》のお蔭で。禿げた刺客も、脱獄はしていない。当然、我々としては、まだ捕まっていない謎の《邪霊使い》に注目してます。《鳥使い姫》のほうで、何か気付いた点が?」
クムラン副官は興味を覚えたのもあるのか、意外に細かく応じていたのだった。
「施錠管理……錠前、簡易……あ、声が戻って来た。《精霊使い》装束を管理してた錠前って、鍵を持っていれば誰でも開けられますよね?」
「ですねえ。でも鍵そのものは、コッソリ盗むのは難しいです。礼拝堂の《火の精霊》が見張ってますから。それに錠前は、黒ダイヤモンド型では無いですが、隊商の貴重品箱とか、商館の金庫とかで広く使われている信頼の高いヤツです」
――何かが引っ掛かる気がする。
でも……いったい何が引っ掛かっているのかは、ピンと来ない。
「んー、何かの時の雑談の中で引っ掛かった覚えが……いつ、何を見聞きしたのか思い出せない……」
「色々忙しかったんでしょう。まぁ何かあったら、いつでも声かけて頂ければ」
「紙くれます? 考えをまとめたくて。ペンは……荷物袋の中のがあるから……荷物袋、どこでしたっけ……」
思いつくままに談話室の中をクルリと振り返ると。
全員の視線が、アルジーに集中していた。ギョッとするアルジー。クムラン副官は、アサッテの方を向いて、なにやら吹き出し笑いだ。
「え……なにか……?」
「かねてから印象はありましたが、男装の姫君さながらに、所作が混ざり合って愉快なことになっているので。《鳥使い姫》」
鷹匠ユーサーが訳知り顔で、風呂敷に包んである――あの「ぼろい荷物袋」を差し出して来た。
「お目汚し、ご容赦いただければ。裏街道を色々見て、相応に荒んでますので」
アルジーはインクを詰めたペンを取り、代筆屋ならではの速度で、書き散らして行った。慣れたペンを持つと、やはり色々と考えが回る。気になる点を、思いつくまま。
肩のうえで「もちーん」と爆睡していた白文鳥《精霊鳥》が、ピコピコ動き出したのを感じる。この小鳥の身体に戻れるまで、あと少しだろう……
…………
一。邪霊害虫《三ツ首サソリ》を使う謎の錠前破りが、ラーザム殺害犯とみて間違いない。大宴会場の情報から、確実に、ラーザム財務官は、彼との裏金取引の末に殺害されたと思われる。簡単のため「三ツ首サソリ氏」とする。
二。三ツ首サソリ氏が《象使い》の装束を盗んでセルヴィンを襲撃したとして、いかなる方法で、礼拝堂で施錠管理されている部屋の錠前を破ったのか?
三。三ツ首サソリ氏が本物の《邪霊使い》では無かった場合、仲間に《邪霊使い》が居ると思われる。《邪霊使い》は誰であるか? またその《邪霊使い》は、初心者か、熟練者か?
…………
……クムラン副官が、しげしげと、興味深そうに眺めて来た。
「探偵の素質ありますね、《鳥使い姫》。かなり犯人像が絞れて来ますよ。この紙、もらっても?」
「いいですよ。そういえば、アムナ夫人も割と怪しいな、と。襲撃犯は男性だから無関係なんでしょうけど……なんか色々探ってるみたいですし」
「ああ。第一夫人に依頼されて探ってたそうです。子供が居ない分、身軽だということで。事故か、殺人か、を知りたかったそうで。殺人事件なら、殺人犯から、損害賠償だのなんだので、カネを分捕れると。さっそく馴染みの金融商に話を付けてるそうです。大した女傑ですよ、第一夫人も……第四夫人アムナ殿も」
紙は、老魔導士フィーヴァーへ回覧された。
「疑問点その三については、或る程度までなら推測はできるのう。三つ首サソリ氏は本物の邪霊使いでは無く、例の酒姫と同じように、複数の邪霊使いから小道具を買い取って使用している人物じゃ。《人食鬼》召喚セットは熟練者が製造しとる。襲撃にも使われた侵入用《魔導札》は、駆け出しの邪霊使い特有の要素があった。三ツ首サソリ氏は、何としてでも、口が利ける状態で身柄確保しなければならんな」
「礼拝堂の、施錠管理の錠前のほうでは、侵入用《魔導札》は使われてなかったんですか?」
アルジーがたたみかけた疑問に対し、クムラン副官が「確かに」と頷いた。
「尋常に開錠されて、元通りに施錠されていたという状態です。シャロフ君のほうでは、定時の見回り事務員によるチョロマカシの可能性を考えてるとの事でしたが」
「でも《象使い》装束なんて、裏街道の故買屋に持ち込んでも足が付きますよね? 違う人が身に着けても、《精霊象》が、精霊契約の違反に気付く。最初から襲撃現場に残していくつもりで盗んだ、つまり目的に失敗しても自身に疑いが向かないように《象使い》に罪をなすり付けておこうとしていた……犯人の体格、ドルヴさんと似てるのかしら……」
クムラン副官が、「おっ」と言うように、キラーンと目を光らせた。
「そっちから考えたことは無かったですね。パッと見た目、ドルヴ氏は太めの中肉中背ですが、筋骨を鍛えているだけあって、脱げばイケます。確か《象使い》の男たちは、精霊崇拝の祭祀の相撲で、力士を務めるんですよ。襲撃者の体格はいかがでしたか、セルヴィン殿下?」
問われたセルヴィン皇子は、少し戸惑った顔で思案し始めた。そして。
「体格は似てたけど、なんとなく締まりが無くて、訓練された動きでも無かったような気がする。市場のチンピラが刃物を振り回して来るような……」
「三ツ首サソリ氏の中身は贅肉多めですかね。訓練された剣客は体重を刃に乗せて来るから、セルヴィン殿下の短剣で防げなかった可能性もあります。病人でも撃退できるような素人で良かったですね」




