真相の遭遇 決戦の中庭(2)朝
談話室に人がそろい――簡単に朝の挨拶を交わして、席次の順に次々に位置を占める。
とはいえ主人である老魔導士フィーヴァーの流儀のもと、身分の高低に変わりなく、グルリと配置された談話クッションに座る、という気楽な形。
アルジーはギリギリまで「幻影」を薄くして「カックン」とお辞儀した後。
立場上、鷹匠ユーサーの管理下であることを考慮して、鷹匠ユーサーの下座に位置する談話クッションに、置き物のように座ったのだった。
このカラクリ人形は老魔導士の手になる人工物とはいえ、セルヴィン皇子にとっては、生贄《魔導札》を貼り付けて来た災厄の人物が、モデルである。背後に、ドリームキャッチャー護符を吊るすスタンド式ハンガーがあり、白タカ・ノジュムが腰を据えてくれたので、ホッとするところだ。
セルヴィン皇子は、カラクリ人形アルジーを眺めて、奇妙かつ曖昧な表情になったが……何も言って来なかったことからすると、どうやら、カンシャクを起こす気分にはならなかったようである。
早速、リドワーン閣下が口火を切り。
「何かあったのか? 何やら文書を持っているようだが、オローグ殿?」
「ジャヌーブ官報の掲示板に、帝国皇帝の新しい命令書が公示されました。それが……」
そこまで言いかけて……護衛オローグ青年は、いっそうの困惑顔をして、少しの間クムラン副官と視線を合わせていた。
しかし逡巡は、一瞬のことだった。
護衛オローグ青年は意を決したように、手に持っていた文書を開き……内容を読み上げる。
――当代の帝国皇帝かく命令せり――
ひとつ、セルヴィン皇子は、次の国家祭祀の節句が来る前に、ジャヌーブ砦の長年の問題、すなわち《人食鬼》異常氣象の発生元となっている邪悪な神殿なり礼拝堂なりを、蹂躙し、殲滅せよ。人員および手段は問わぬ。成功するまで帝都帰還は認めぬ。
ふたつ、凱旋の功績と栄誉は当代の帝国皇帝にすべて捧げ、セルヴィン皇子は完全に沈黙せよ。その代わり、この件の獲得物は――数百年もの間、邪霊どもに盗掘され荒らされていた廃墟から得られる物など、たかが知れている――すべてセルヴィン皇子の物とする。
「公示の内容は、以上でございます。セルヴィン殿下、リドワーン閣下」
衝撃が大きすぎたのか……セルヴィン少年は、まだ癒えぬ脇腹を押さえつつ、手前にあった小卓につかまった。リドワーン閣下は、彫像のように固まっていた。
談話室に、異様な沈黙が横たわった……
はたと気付くアルジー。
確か、セルヴィン皇子は当分の間、調子が戻らずグッタリしているだろう、と老魔導士フィーヴァーが診断していなかったか。
程なくして、ダークブロンド髪のナイスミドル神官リドワーン閣下が、ハッとした様子で鋭く指摘した。
「次の国家祭祀の時期は3カ月後だ。新月の国家祭祀も含めるなら、次の新月。この月ごとの新月の祭祀は、規模は小さくても案外、必須なのだ。最悪、次の新月までに……短くて1カ月後、長くて3カ月後までに、というところだろう」
その手の事には疎かったらしい――クムラン副官が「へ?」と目を丸くした。
「案外、祭祀関係も多忙だったんですね。新年祭祀とか季節ごとの大きな祭祀は、警備関係でだいたい存じてますけど、月ごとの小さな……新月の国家祭祀って、何するんですか?」
「守護精霊《火霊王》に捧げるための七つの『魔法のランプ』に、聖別された油を継いで、所定の『着火の儀礼』をおこなう。特別な香炉にも聖別された薫物をくべて、所定の『着火の儀礼』をおこない、祭壇を整える」
リドワーン閣下の解説は、早口で進んだ。「小さな祭祀」という割には、驚くほど重々しく、大掛かりだ。
「そのようにして念入りに設置した、偉大なる《火霊王》の祭壇へ、早朝に精進潔斎したうえで七度の拝礼をおこない――1日かけて、《精霊語》で奏上するのだ。奏上は、領土内で1ヶ月の間に起きた目ぼしい出来事や変化を、《精霊文字》で書き起こした内容になる」
持ち前の勘の良さで、クムラン副官は、みごと正鵠を射た。
「じゃあ、そこで皇帝陛下は、セルヴィン殿下の手柄を御自身の手柄として自慢話……いえ、《火霊王》へ奏上するつもりで、いらっしゃるとか?」
「……考えてみれば、まさしく、その通りだな。あの皇帝なら、そうする……必ず」
少しの間リドワーン閣下は、クムラン副官を、感嘆の眼差しで眺めていた。護衛オローグ青年も。
……いつの間にか、ちっちゃな手乗りサイズ火吹きネコマタが、カラクリ人形アルジーの傍に忍び寄って来て、フンフン匂いを嗅ぐなどしていた。昨夜の件は、火吹きネコマタなりに気にしていた様子。
チラリと、火吹きネコマタと視線を合わせ……カラクリ人形アルジーは、こそっと《精霊語》で話しかける。
『あの、もう大丈夫だから……帝国って、新月の国家祭祀も本格的にやるんだね。七つの魔法のランプを、キッチリ揃えて、祭壇を整えて奏上するとか……』
ちっちゃな手乗りサイズの赤トラ猫の姿をした火吹きネコマタは、その、子ネコな顔に……なんとも微妙な、ニガワライのような表情を浮かべた。
『魔法のランプは本来、一台だけで大丈夫なのニャ。七つの御使いのうち一つが陪席すれば良いゆえ。《火霊王》は細かなこと気にしない性質ニャデ、その辺の、間に合わせの夜間照明ランプでも充分に事足りる。過去の皇帝の一人が、ああいう大袈裟な手続きを思いついた時は、《火の精霊》全員で呆れかえったニャ。《鳥使い姫》の国家祭祀では違うかニャ?』
『帝国のような重々しい儀式をした事が無くて。月ごとの新月の国家祭祀……必須って知らなかったから、いま慌ててるんだけど』
『月に一回くらい、相棒の白文鳥パル殿と、日記を《精霊文字》でまとめるとかは、しなかったのかニャ?」
『仕事の合間に月誌を……パルと……窓辺に遊びに来たパルの友達とも「あんな事あった」「こんな事あった」って感じで、いつもの気楽な雑談しながら、チョコチョコ追記して。でも便箋2枚くらいだよ? 折りたたんで小鳥の足に結べる程度。パルの友達が持って行って……《亀使い》の地誌編纂所? それだけ』
『それが本来の新月の祭祀ニャネ。白文鳥《精霊鳥》は、ちまたで知られているとおり《白孔雀》の御使いニャ。万年《精霊亀》アーカイブ蓄積が主目的ゆえ、別に新月の日じゃ無くても、適当に月一回くらいで良いのニャ』
高速《精霊語》会話はすぐに終わったが、白タカ・ノジュムと白タカ・サディルは、シッカリ内容を捕捉していた。相棒の白タカの翻訳を通じて、鷹匠ビザンと鷹匠ユーサーは、納得したような表情になっていたのだった。
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一方、老魔導士フィーヴァーは、モッサァ白ヒゲを盛んにかき回していた。
「何故こうも、爆弾が次々に降りかかって来るのじゃ?」
ネタ切れに懊悩する作家が、頭を抱えてかき回す時のように……モッサァ白ヒゲが、見る間に爆発してゆく。
「昨夜、というか明け方に分析結果が出たんじゃが、生贄《魔導陣》への不正な『相乗り』、カムザング皇子につづく2人目が、帝国皇帝その人という示唆を得たばかりじゃぞ。帝国皇帝の隠れた性格からして、今日から早速、不正な『相乗り』ルートを通じて、坊主を衰弱させて妨害に入って来る可能性もあるぞ?」
「そうなのですか?」
一同の驚きの眼差しが、老魔導士に集中した。
次に、そのような恐るべき証拠――帝国皇帝愛用の香油を、昨夜、身体にくっつけて帰還して来ていた、カラクリ人形アルジーに。
アルジーは、恥じ入って、小さくなるばかりだ。ギュッと目をつぶり。
「……スミマセン。ワタシ、ノ、セイ、デス。タブン」
「え?」
ポカンとするセルヴィン皇子の声。つづいてリドワーン閣下が鋭く問うてきた。
「いったい、何をしたと? ――いや咎めている訳では無い。知っている事を聞かせてくれたまえ」
女性の立場からすると、何とも説明しにくい内容だから、さすがに口ごもる。おまけに、色々と精霊界の制約が掛かっていて、つっかえる。
「脅迫、合ワセテ、御神酒、ボケボケ暴走……?」
「私から補足させていただきます。リドワーン閣下、老魔導士どの。白鷹騎士団に縁のある《青衣の霊媒師》占断となります」
助け舟を出してくれたのは、鷹匠ユーサーだ。全力で、必死な眼差しを向けるアルジーであった。
「昨夜のオーラン君の報告のとおり、帝国皇帝が、ジャヌーブ砦にお忍びに来て、大宴会場に到着していました。帝国皇帝の、例の酒姫への執心のほどは御存知かと。詳細は割愛します」
少しの間、微妙な緊張と沈黙が漂い……すぐに、鷹匠ユーサーの説明が再開した。
「故セリーン妃に関する精霊契約、皇統守護の精霊契約、その他、各契約の異例条項が多重発動しました。異例条項は順調に適用されましたが、最後に、予期せず新たな条件分岐が生じました」
リドワーン閣下と、老魔導士フィーヴァーが、驚愕の表情を見せた。
「条件分岐?」
「完全なる想定外の要素が、新たに『創造』された、と?」
お察しの通り――という風に、鷹匠ユーサーは一礼し、説明を続けた。
「まず皇帝ご自身が、禁術の大麻使用者であった事が理由となります。そして、異例条項の手先として動員したカラクリ人形は男性型でしたが、幻覚を提供する《鳥使い姫》が、実際は女性であったという事実によるものだという事です」
鷹匠ユーサーは意味深に「ゴホン」と咳払いした。
「このたびの命令書は、その分岐の産物ゆえ、よくよく検討されるように、との占いを頂いております。詳細はご想像にお任せしますが、帝国皇帝の夜は、老魔導士どのの想定以上に……過剰な内容であった、との推測がございます」
老魔導士フィーヴァーが首を傾げ。
「想定以上に過剰な、とは、どういう意味じゃ? よほど頭をボンボコ殴って、ボンヤリさせたという事か?」
「結果としては、その通りのものになる見込みがある、とのことです。霊媒師どのは『花酔い』と説明されましたが。魔導士や霊媒師の間で知られている、《魔導》ないし《精霊魔法》用語の類でしょうか?」
少しの間、老魔導士フィーヴァーは、ポカンとしていたのだった。
「精霊魔法《花酔い》じゃと?」
「……つまり、どういうことですか?」
鷹匠ビザンが疑わしそうな眼差しで、カラクリ人形アルジーを眺め、老魔導士を見つめた。
「信じられんが、帝国皇帝の頭をボンボコ殴って、当分の間ボンヤリさせることに成功したらしい。そもそもは作成した《魔導》カラクリ人形が、本物の人体では無いとバレないように、徹底的にボンヤリさせておくということが、本来の目的だったんじゃが」
「強烈に殴り倒して、本物の人体と、カラクリ人形との区別もつかなくなるくらい、ボンヤリとさせておく、ということですか。それは、また……」
「ついでながら、思わぬチャンスが出て来た。生贄《魔導陣》ルートを活性化するには、相当の集中力が必要なんじゃ。二日酔いと同じように、グルグルとボンヤリしている間は、気合を入れて集中するどころじゃ無い。帝国皇帝ルートに関する限り、セルヴィン坊主の生命力は当分の間、吸い取られることは無い筈じゃ」
老魔導士フィーヴァーは、白ヒゲを整え……熟練の医師の顔をして、セルヴィン少年を見やった。
「あとで、また傷を診察するぞい、ヒョロリ坊主。カムザング皇子も当分の間ボンヤリさせておく手段を考えておこう。皇帝の無茶苦茶な命令書に対応できるくらいには、回復が早まる筈じゃ」
当惑いっぱいの表情で頷く、セルヴィン少年。
次に、老魔導士は、カラクリ人形アルジーのほうを……しげしげと、不思議そうに眺めて来た。
「しかし……『花酔い』? あの帝国皇帝、帝国全土を代表する美男美女の群れを見慣れておる筈じゃがのう?」
「幻覚、提供? ワタシ素顔、幽霊騒動ノ時ノ、ガイコツ、デスヨ?」
「実像を歪めて幻惑する《魔導》とは違って、『花酔い』は永続することがあるのじゃよ。大自然の賜物である複雑精妙な感覚や感情の動きは、薬物や《魔導》による再現では到達できぬ……まさに『天の書』の領域じゃ。骸骨とまでは言わんが、実際、霊魂が記憶している生前の姿は、餓死寸前のものじゃった。帝国皇帝の真の趣味は、餓死した死体じゃったのかのう?」
全員が全員、それぞれに疑問顔。
シーンとした静寂が、広がった後。
クムラン副官が口を引きつらせつつ……ボソッと呟いた。
「よほど怪奇な……いえ、独創的な趣味性癖ですな、我らが偉大なる皇帝陛下は」
ミニサイズ置き物「招き猫」よろしく鎮座していた火吹きネコマタが、そのツッコミに応じて「チェシャ笑い」を見せた……




