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【第一章完結】地竜が見た島  作者: 斉木 明天
第一章:リュウセ島
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11.リュウセ島の長老

 外へ出ると、眩い夏の日差しを感じた。


 竜が既に地に落ちたことが分かりきっている空からは、それでも竜が祝福をもたらしたかのような眩しい光が降り注いでいる。乾いた土はさらに湿気を失うかのように、遠くの方では蜃気楼さえ見える。


 しかし、それが生命溢れ生きているかのように錯覚させるのが、この町の人々であった。


 大漁船の漁は昨日の仕事で遠洋漁は一旦期間を空けた休みとなり、今日は竜の加護でまだ守られている近海で、小さな漁船が漁をしていた。


 獲った魚は昼を過ぎぬうちに小舟の上で満杯になっているらしく、既に何度も船が陸と海を行き来している姿が坂の最下部の向こう側に広がる海に見えた。


 プレトが見せてくれた医術書にあった、心臓の動きのようだと思った。この島が心臓で、船は血管として、血と例えられる海の恵みを何度も往復しながら受け取ったりして、いつの日かお返しをしたりする。そして、心臓とも言えるリュウセ島の内地の産業を活発にさせるのだ。


 海の中に一つ浮かんだ命として、竜の加護の中でリュウセ島は活気に満ち溢れていた。


「すごい、ロマニ、人ぐらいでかい魚獲れた!」


「えっ?」


 ふと遠くの小さな光景を眺めていると、真横に立っていた、その加護を与えているはずの竜であるベラが、歓喜の声をあげた。その視線の先は海を見ているが、ロマニの目ではかろうじて船の上で何かが動いているぐらいしか見えない。


「あー。今度はちっちゃい。あれじゃおなか満たせない」


「見えるのか? あんなに遠い所で獲った魚が」


「うん!」


 ベラはえへんと腰に両手をついて誇らしげに胸を張った。


 こうしてみると、ちょっとベラの服をおしとやかに作りすぎたかなと思った。

 もともともお嬢様らしい身軽なドレスだったので、それに合わせた物静かさをテーマに服を縫った。


 しかし、当のベラと言えば。物静か気な顔つきも気のせいだったとばかりに、無邪気でやんちゃだった。


「ロマニ!」


 と、下の方からまだ声変わりを済ませてない、物静かげな少年の声が聞こえた。


「ああ、プレトか。おはよう」


「良かった、元気そうだね。見た感じ……最後に置いてった物も使わなかったんだ」


 プレトは、ロマニの顔と、その後ろで慌ててロマニの影に隠れたベラの姿を見て言った。


「ロマニ、この人は?」


「大丈夫、怖くないよ。昨日の夜に、俺と一緒にベラを見つけた友達だ」


「そうだよ、よろしくベラちゃん」


 プレトは名前を確かめると、そっとしゃがみベラの目線の高さに合わせて手を差し伸べた。

 しかし、その手に対しベラは身をロマニの後ろに隠し、距離を取った。


「……そっか」


 プレトは小さく頷き、立ち上がる。


「すまないな。どうにか昨日一日で、俺は信じてくれるようにはなったんだけど。まだ、人間そのものが怖いみたいでな。」


「仕方ないよ。違う所から来たんだもんね」


 プレトはそう言いながら、どこに向かおうとしているのかが分かっていたかのように、坂の上へと歩き出した。


「僕も、この子がどういう子か、まだ分かりきれてないから」


「?」


 プレトは、去り際に小さく、ロマニにだけ聞こえるような声でそう語った。


 ロマニはその背中を追うように、ベラを連れて坂の一番上の村長宅へ向かった。


◇ ◇ ◇


 プレトは背後を追う二人の姿を横目に見て、朝から重く思っていた顔立ちをさらに暗く沈める事になった。


 何か、嫌な予感がする。


 ロマニが島の外に行きたいと願っている事はプレト自身、初めて会った時から何度も聞いていて、重々承知していた。


 しかし、その外に行くという言葉の導く結果は、いつの日か彼の父親がロマニの事を認めて、漁師の一員として仲間入りをさせ、海の向こうまで行くものだと勝手ながら想像していた。


 その道を行くことも危険であることはよく分かっていた。でも、それでも多くの人が冒す危険として、漁師になる事はプレトが理解できる範疇にあった。


 まだ全貌が掴める、理解の範疇だったのに。それなのに、この少女が落ちてきた。


 この少女は、ロマニと自分の日常の中に、突然前触れもなく現れた。

 どうしても、この少女が、ロマニを自分の知らない形で海の向こうに連れ出すという、漠然とした予感があった。


 だからこそ、プレトは昨日の夜からこの少女の事が、ベラが周りを怖がるように、自分も怖いと思っていた。


「プレト、朝からどうしたんだ。いつもよりなんか、ぎこちないぞ」


「そうかな。久々に長老様に会いに行くからかな、あはは」


 プレトは軽く、仮面をかぶった穏やかないつもの顔を見せる。


 少し距離を遅くして、ロマニの横に並ぶような形を取り、プレトは並走して長老宅を目指した。


 ロマニは、本当に優しい。昔、初めて出会った時から彼は、周りの同い年の活発な子供たちとは違って、自分に優しくしてくれた。彼と自分とで、好みも在り方も全く違うのに、全く生き方の違う相手である自分を、彼は素直にすごいと褒めてくれた。


 そんな彼が、もしかすると恐ろしい事の一端に触れるかもしれない。それだけは、嫌だった。


 ロマニは優しいから、弱い相手も、危険な相手もみんな受け入れてしまう。それゆえに、相手が抱えて持ってくる危機に飲み込まれてしまう。


 そんな事は許せない。だからこそ、僕が付き添って、彼をその脅威から守るんだ。


 プレトはロマニの横顔を見ながら頷き、3人で長老宅へと向かった。


◇ ◇ ◇


 数分ほどして、3人は長老宅へとたどり着いた。


 ロマニはポーチからハンカチを取り出し、ベラの汗を拭こうとしたが、見てみると口から常人より熱い吐息をして熱を漏らすだけで。顔も平然としていて、全然汗をかいていなかった。


 竜ゆえの体内の熱の出し方なのだろうか。熱さをなんの苦にもしている様子は無かった。


「さっきは普通に見てたけど、よくよく考えるとその子の服、この島じゃ熱すぎないかな」


「う……そう、だな。今俺も気が付いた」


「別にいい! ロマニの服、気に入った!」


 二人の会話の末尾に、ベラは嬉々とした様子でくるりと回って喜んだ。


 ロマニはそんなベラの様子にほっと胸を撫でおろし、改めて目の前を見た。


 長老宅は、高床式の高い柱で土台が建てられており、そこに玄関まで階段が建てられた、2階式の大きな建物だった。


 ただでさえ一般的な民家より一回りか二回りは大きいその家は、背後にさらに巨大なリュウセ島名物の竜の森の控えている。現実であるこちら側と、神話側の竜の森の境界を守る、境目に隣接した門のように思えた。


 早速、ロマニを先頭として階段を上る。


「長老ー。いらっしゃいますか、ロマニですー」


 コンコンと、ロマニは軽くノックして声を掛ける。


 ラフな様子のロマニに反して、プレトとベラはそれぞれが喉の奥をきゅっと締めて緊張していた。

 しばし、遠くの波の満ち引きの音が聞こえるほど、静かな様子が流れたが、やがて中から物音がして、戸が開いた。


「おおぉ、ロマニ君かえ? いんやぁ、大きくなったなぁ」


「あはは、長老。三日前会ったばかりでしょう? ほら、船貸してもらった時……」


「おー? そうだったかいねぇ、わっはっはっは!」


 中から出てきたのは、建物の風格とは相反するかのような、陽気な老人だった。


 ベラがきょとんとした様子でその長老を見る。長老は、ふくよかに生え垂れる髭と、こんがりと焼けた肌に骨ばった瘦せた体をしている。体格は病人然としているように思えるが、その明るさと肌に髭から、ゆとりのあるふくよかな人が現れたのだと、頭が勝手に錯覚しそうなほどだった。


「まぁまぁ、入んなさい。おお、プレト君も久しぶりだねぇ。君んとこの腰痛止めも、もう欠かせないもんだわなぁ」


「あ、ありがとうございます」


「そんで、こっちの子は……あー……」


 この子は、誰じゃっけ? と長老がベラを見て、首を傾げて眉を八の字にする。


「ベラ!」


「ふんふん、ベラちゃんか」


 プレトは、ベラが明るく長老に挨拶したのを見て軽くショックを受けた。自分が少し警戒しているのもあったと思うが、自分が拒絶された子供が、普通に別の人を初対面で受け入れる様は、少し心にくるものがあった。


「そのことも今から。自分達、この子の事で尋ねに来たんですよ」


「なんと、てっきりその腕の事で相談に来たかと思ったわ。ジンエン島産の道具はそれこそ魔法のようじゃが、直すための技術も道具も足りんからなぁ……」


「それよりも、大事な事です」


 ロマニはそう言って、長老に改めて顔を向ける。


「地竜伝承の事について、お聞きしたくて来たんです」


「……ほぉ」


 その言葉を皮切りに、陽気に語っていた長老の声が低く、厳たる面持ちでロマニを見つめ直したような気がした。

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