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水槽

 バイトをそこそこに上がって、電車を乗り継いで、目的の水族館へと着いた。水族館には片手で数えるほどしか行ったことがないが、思ったよりも来館者がいるものだと感じる。


「おーい、こっちこっち」


 チケット売り場の前に東山つぶらが立ち、僕の方へと手を振っているのが見えた。また、バイトが終わったからなのか、普段よりも綺麗に見える。

 小走りで近寄ると、彼女はすっとチケットを渡してきた。水族館の入館チケットだった。


「先に買っておいたから」

「ありがとう」


 簡単に礼を済ませると、二人して水族館に入っていく。


「水族館っていつ振り?」

「たぶん、小学校のころに一回来たくらいかな」


 一つ一つの水槽の前で足を止める。

 エビといった甲殻類から始まり、魚と進む。

 大きな水槽に多種多様な魚が入れられていた。それをみて、小学生の頃、水族館に見に来たのを思い出した。義理の姉に連れてこられたのだ。僕は義姉からしっかりと握られた手を鬱陶しいと思いながら、この魚の水槽で足を止めたのを覚えている。

 どうして魚は他の魚を食べないのか。

 と、義姉に尋ねたのだ。

 義姉は少しだけ困惑した後に言った言葉を思い出す。


「お腹がいっぱいになっているから、わざわざ食べる必要がないのよ」


 今になって思えば当然の返答であったが、その時に僕は、義姉に対する警戒心がなくなったのだと思う。


「魚って何考えているかわからないよね」

「まぁ、そうだよな」


 魚の心がわかる人間は少ない。それこそ魚類学者くらいにならないと本質的な理解は厳しいだろう。

 哺乳類と魚類では種族としての差がありすぎる。

 人の気持ちですらわからないのに、魚の気持ちなんかがわかるのは非常に困難に思う。

 悠々と泳ぐ一尾の魚を見る。


「大きいね」

「そうだね。あの身体を維持するのにいっぱい食べるんだろうね」


 東山が黙り込む。


「どうして、水族館の魚は共食いをしないんだろう」


 幼い日に僕が浮かべた疑問と同じことを彼女は口にした。

 僕は少し自信気に笑みを浮かべたのだろう。

 それを彼女は見逃さなかったのだろう。


「知ってるのね、教えてよ」


 そう言って腕を掴む。

 義姉に教えてもらった通りのことを伝えると、東山はふぅんと再び水槽を見た。


「お腹いっぱいになれば他の魚を食わないのね」


 感慨深げにつぶやくと、そのまま、ずうっと水槽を眺めていた。

 彼女の気が済むまで僕もそうしていた。

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