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神代のシークレット

神代のシークレット

作者: 藪地朝陽

ちょっと無双系書いてみたくなったので書いてみました。

ガツガツッ、バクバクッ、ムシャムシャムシャ…………………………


とある飲食店で1人の男がテーブル一杯に様々な料理を並べ、凄まじい速さで平らげていく。皿がどんどん積み重なりもうテーブルの下に置いてある。周囲の他の客達はドン引きした様子で遠巻きに見ている。


「すげぇ…… あれで何杯めだ?」

「見てるだけで気持ち悪くなってくるぜ……」

「アイツあれだろ? 『大陸の暴食王』だよな? なんでここに?」


客達のヒソヒソ声を余所に男は美味しそうに大きい皿にあるシーフードパスタを食べている。港町にある飲食店なので海産物が豊富でそれを使ったメニューが名物なのだ。だからこそ美味い。


やがて、給仕の少女がおずおずといった様子で男に話しかけて来た。


「あ、あの………お客様……? 申し訳ありませんが、当店の食材が尽きてしまったので今お出ししたこれでもう最後になってしまうのですが………………」

少女が歯切れ悪く言ったその時、男はダンッと大きな音を立てて空になったパスタの皿を置いた。ビクリと身体を震わせる少女を余所に男は少女が持って来た料理の皿をひったくるとそれをまた勢い良く掻っ込む。


そして、あっと言う間に食べ終えると男はようやく口を開いた。


「ん? ああ、もう無くなったのか。仕方ない。別の店で食うか…… じゃあ嬢ちゃん、お勘定頼むよ」

「は、はいっ!」

少女は慌てて皿を数え始める。これだけ食べたら相当な値段になるのだが、男は余裕そうだ。懐から財布を取り出し始める。そして2、3枚硬貨を出すと、それを無造作にテーブルの上に置いた。


少女は置かれた硬貨の色を見てギョッとした表情を浮かべる。周りの客達も驚きの表情だ。


「うわ。オレ、虹金貨なんて初めて見たよ」

「流石……といったところか…………」


虹金貨とは貨幣の中で最上位に当たる。鉄、銅、銀、金、虹金と順に値段は高くなり、虹金貨ともなると平民層は殆どお目にかかることはない。なので、少女は震える手で虹金貨を受け取った。


「あ、あ、ありがとうございました!!」


男はヒラヒラと手を振りながら店を出て行った。残った客達はガヤガヤと騒がしくなった。


「いやぁーー、凄かったな! 『大陸の暴食王』は」

「……そういえば、その『大陸の暴食王』っていうのは何者なんだ?」

「なんだお前、知らないのか? さっきの男は大陸でもたった10人しかいないと言われるS級冒険者の1人、『神代のシークレット』だよ。『大陸の暴食王』ってのはそいつの異名の1つさ」

「なっ、嘘だろ!? あれが!? もう少し年いってると思ってたんだが……」

「だが、腕は本物だぜ。なにせ…………… 奴は正真正銘の化け物だからな」




ーーーーーーーーーー

一方、その頃。大陸に数多くある冒険者ギルドの支部の1つ、ガーリ王国王都の支部にて。


「よく来たな。君がセシル・リベラール君だね?」

「それで、何か御用ですか? マスター」

仰々しい部屋には3人の人間がいた。1人はこの王都支部のギルドマスター、そしてもう1人はギルドマスターの近くにいる彼の秘書、最後の1人はセシルと呼ばれた女性だ。金色の長い髪に緑色の眼をした端正な顔立ち、身軽な服装、背中には弓矢を背負っている。


ここはギルドマスターの執務室だ。


ギルドマスターは頭痛を堪える様子で話し始めた。


「実は君を呼んだのは他でもない。ギルド本部から直々に君にある指令が来たんだ」

「指令……ですか?」

「そう、君にS級冒険者、シークレットの監視役を任せたいらしいんだ」

「なっ! 私が!? 監視役ですか!?」

「ああ、君も知っているだろう。S級冒険者には必ず監視役を付けて定期的にギルドに報告する義務があるってことを………」


大陸でも10人しかいないS級冒険者の力は強大である。その気になればたった1人で国……いや大陸そのものを滅ぼすことも可能である。そのため、一国がS級冒険者を軍事利用することは固く禁止されている。事実それを破って1人のS級冒険者を軍事利用しようとした結果、地図上から抹消されてしまった国も過去に存在する。


それ故にS級冒険者には監視役が必須だ。監視役を付けてギルドに怪しいことはないか報告し、怪しいことはしていないか、違反行為をしていないかどうか等を証明するのだ。これにより、S級冒険者の方もギルドを通じて大陸中の国々、他のS級冒険者達を敵に回さずに済むのである。彼らにとってA級以下の冒険者達程度では脅威でもなんでもないのだが、流石に同列のS級冒険者達9人を敵に回すのは分が悪すぎるからだ。


といっても、監視役は危険な仕事でもある。なにせ、S級冒険者に付いていって危険な仕事にも同行しなければならない。一応実力の高い者が選出されるが、万一S級冒険者と敵対する可能性だってあるのだ。命の保証はない。その分、高額の報酬が定期的に支払われるのだが………


「それは私も分かっていますが…………」

「なに、たった18歳の若さでA級冒険者にまで上り詰めた君だ。問題なく出来る………と思う。それじゃあ……検討を祈る」

「ちょっ! 検討をって…… ちょっとマスター!」


セシルはギルドマスターに文句を言おうとするが、近くにいた秘書によって気の毒そうな顔をされながら部屋からつまみ出されてしまった。



ーーーーーーーーーー

「なんで私が監視役なんかぁ!!」


その夜、セシルは酒場で酔い潰れていた。隣りには同じ冒険者であり友人のレノーアがいた。


「あなた随分活躍してるみたいだからね。それで目を付けられちゃったんじゃないの?」

苦笑いしながら言われたレノーアの言葉にセシルは「うぐぅっ」と詰まる。


確かに自分のことが色々と評判になっていたのは知っていた。15歳の時に冒険者登録してたった3年で初心者のE級からA級まで上り詰めたのだ。目を付けられたのはあながち間違いじゃないかもしれない。


でも、でも………私が冒険者になったのは別に名誉とかそんなことのためなんかじゃない。戦争で親を亡くして彷徨っていた私を拾い、貧しい中必死に育てて弓矢を教えてくれた師匠に恩返しがしたくて冒険者になったのだ。冒険者になってからは稼いだお金を師匠の元に送ってきた。師匠は「別に良い。自分のために使え」と言っていたが、そうでもしないと私の気が済まなかった。


そして、気付いたらA級冒険者になっていて、自分に弓矢を教えてくれた師匠の名を世界に轟かせてやるって息巻いていたのにこんなのって……………


そりゃあ高額報酬が出るのは有り難いけど………… でもこんなのって………………………


「ないでしょぉーーー!!!」

ぐちぐち言いながらやがてセシルはテーブルに突っ伏した。あまりに大声で叫ぶので周りの客は迷惑そうに顔を顰める。


それに気付いたレノーアはこれはまずいと思って叩き起こした。


「でもまぁ、シークレットさんってS級冒険者の中では結構まともな方らしいし大丈夫なんじゃない? 意外と」

「………ホント?」

「ホントホント。依頼の評判でも悪いことはあまり聞かないし」

「おい、聞いたか? シークレットの監視役の噂」

「ん? どうしたどうした?」


レノーアの言葉にやっと立ち直りかけてきたセシルの近くに丁度シークレットに関する話が聞こえてきた。しかも、その監視役についてだ。セシルは分かりやすく聞き耳を立て始めた。


「シークレットの監視役って結構コロコロ変わってるらしいぜ。今年でもう4人も変わってるんだってよ」

「マジかよ。え、何で何で?」

「さぁ……… 詳しくは知らんが、全員例外無く自分から『辞退させて下さい』ってギルドに掛け合ったんだと。人によっちゃ冒険者を引退して療養する奴もいるって始末だ。偉く苦しそうな感じだったからな……… よっぽど酷い目にあったんだろうな………」


その話を聞いてセシルは顔が青くなっていくのを感じた。そしてまた現実逃避を兼ねて酒を飲み始めてしまった。レノーアは同情混じりに溜息を吐いた。



ーーーーーーーーーー

「うぅ……… 頭痛ぁ………」


翌朝、ギルド内でセシルは二日酔いに悩まされながらもシークレットの到着を待った。今日からシークレットの監視役として手続きやら何やらが必要なのだ。


しばらくすると、ザワザワと周囲が騒がしくなり始めた。セシルが顔を上げると、1人の男が入り口から入って来て少し進むと、ピタリとセシルの前で止まった。


彼は前髪の一房が黒く残りは全て真っ白の短髪で、鼻には大きな横一文字の傷があり、白地に金色の焔が描かれたローブを着用している。


男は口を開いた。


「君が俺の新しい監視役か?」

「ええ、セシル・リベラール。A級冒険者よ。よろしく」


セシルはタメ口で答えた。冒険者である以上、相手に舐められてはならない。仕事に支障をきたすからだ。だから相手がS級冒険者であってもタメ口で話すように努める。流石にギルドマスターなどには敬語で話すが。シークレットはセシルを見て少し驚きの表情を浮かべる。


「ほぉ…… 随分と若いな。その年でA級とは……大したものだ。俺はシークレット。知っての通りS級冒険者だ。こちらこそよろしく頼む」


セシルとシークレットは握手をして挨拶を交わした。そして、シークレットとセシルのパーティ申請を行った。ギルドマスターから話は通っていたのですぐに受理された。


「出会って早速だが依頼に向かう。構わないか?」

「ええ、準備は既にしてあるわ。いつでも行けるわよ」

そう言ってセシルは背中に背負っている弓を見せた。それを見たシークレットは頷くと近くにあるリクエストボードに行き、そこから1枚の依頼の紙を引っ張り出してきた。


セシルはそれを覗き込んだ。


「モンスター討伐依頼ね。討伐対象は…………ハイパーヒュドラ!? AA級のモンスターよ!?」

モンスターは強さや凶暴性等で危険度が以下のようにランク分けされている。


E級……初心者向け。1人でもやろうと思えば倒せる。

D級……集団でやらないと倒すのは厳しい。稀にこのモンスターにやられて死亡することがある。舐めて掛かると危険。

C級……ベテランの冒険者でないと危険。C級以下の冒険者がなんとか倒せるレベル。

B級……A級冒険者がソロで、B級冒険者(3人以上)のパーティでなんとか倒せるレベル。

A級……A級冒険者のパーティ(3人以上)でやっと倒せるレベル。

AA級……A級冒険者のパーティ(3人以上)が2つ以上でやっと倒せるレベル。

AAA級(S級)…… A級冒険者のパーティ(3人以上)が3つ以上でやっと倒せるレベル。国から直接依頼が来ることが多い。


ハイパーヒュドラはAA級、上から2番目のランクである。通常のヒュドラが強力な魔石の影響で変化した上位種だ。


だが、シークレットは問題ないように依頼用の受付へその依頼書を持っていく。



「はいっ! 依頼ですね? 依頼は…………ハイパーヒュドラ!? AA級ですよ!? 大丈夫ですか!?」

セシルと同じ反応をした受付嬢は大丈夫なのか心配そうに尋ねる。彼女はまだ新入りのようで知らないことが多いようだ。さっきパーティ申請した人とは全くの別人でS級冒険者が来たってことは流石に知っているだろうが……… シークレットは溜息を1つ吐くと、ローブの内ポケットから1枚のカードを取り出した。


冒険者になると身分証明書及びランクが記載されているギルドカードが発行される。しかも、ランクによってカードの色が自動的に変化する優れものでどういう仕組みなのかは誰も知らない。


シークレットのギルドカードは緑、金、青が混ざったような鮮やかな色だ。アダマスと呼ばれる伝説級の珍しい金属の色でS級冒険者の象徴とも言える色である。ちなみに、A級は虹、B級は金、C級は銀……と硬貨の色の順になっている。


受付嬢がそのギルドカードを見て目を見開いた。


「アダ…マス…色ってことは………まさか貴方がS級冒険者……………」

「そうだ。S級冒険者のシークレット。A級冒険者セシルと依頼を受けるが問題ないよな?」

「はっ、はい!! 大丈夫です! 失礼致しました!」

受付嬢が真っ青になってペコペコと頭を下げているのを他所にシークレットはセシルを連れてギルドから出て行った。



ーーーーーーーーーー

ダミアン峡谷。王都からゴーレム馬車で約3時間は掛かる場所だ。ゴーレム馬車というのは馬の代わりに馬型のゴーレムを使った馬車で普通の馬車の数倍の速度で進むので最近普及され始めてきた乗り物だ。ただし、乗り心地はお世辞にも良くはない。


「ううぅ………」

セシルはゴーレム馬車から降りると真っ青な顔をしていた。一方でシークレットは涼しい顔だ。


「大丈夫か?」

「あなた、いつもこんなのに乗ってるの?」

「速くて良いからな」

そう言ってシークレットは小瓶を差し出した。状態異常回復のポーションだ。セシルはそれを一気に流し込んで回復させた。


それからシークレットとセシルはしばらく峡谷を散策した。


「ここに……ハイパーヒュドラがいるの?」

「依頼書によればそうらしいんだが……」



グルラァァァァァァァァ!!!


地響きのような音が聞こえてきた。突如魔法陣が現れそこから9つの首を持った全長9m程の大蛇が出現した。ハイパーヒュドラだ。通常のヒュドラが大量の魔石を吸収することで進化し、3種から9種に増えた様々な属性の魔法を使えるとされている。特定の場所で魔法陣を張ってそこに潜み、敵が近付くと現れるようだ。


セシルは瞬時に弓を構えた。ハイパーヒュドラは2人を敵と見なしたらしく、3つの首が同時にそれぞれ違う属性の咆哮を放った。


セシルはサッと退避したが、シークレットはピクリとも動かない。セシルは思わず怒鳴ろうとするが、次の瞬間信じられないことが起こった。


3属性の咆哮がシークレットの身体に取り込まれているのだ。白いローブはゆらゆらと炎のようにたなびいている。


これにはハイパーヒュドラも愕然としていた。それを見たシークレットは不敵に笑い、唖然としているセシルに話しかけた。


「なぁ、セシル。神代魔法って知ってるか?」

神代魔法。神と同等の力を持つとされる魔法であり、通常の魔法において始祖的な存在でもある。現在使われている魔法の殆どは神代魔法が基だとされている。


神代魔法は数千年前から世界中に存在するとされている『大迷宮』で修得することが出来る。だが、大迷宮自体滅多に見つからない上に、そこで神代魔法を修得するのは至難の技だ。絶望的とも言える試練を全て乗り越え得ないといけない。そのため、数千年の長い歴史の中でも神代魔法を使える者は100人にも満たない。


「神の魔法とモンスターの魔法じゃ………格が違うんだよ」

途端にシークレットの右腕から炎が渦状に溢れ出した。だが、その炎は金色をしていてどこか神々しい。髪の色も白髪だった部分が金色に染まっていく。


「煉獄神の………炎禍一閃」

右腕を勢いよく突き出し、放たれた金色の炎の渦は攻撃のために前に出ていたハイパーヒュドラの首3つを簡単に消し飛ばした。


残りの首達は急いで回復したりシークレットを攻撃しようとするが、もう遅い。シークレットは今度は左の腕に冷気を放出させ始めた。その冷気もさっきの炎同様金色に輝いている。


「最近修得した神代魔法だ。折角だしコイツで試してみるか」


ハイパーヒュドラは本能から来る恐怖心を必死で抑えてシークレットに襲い掛かる。人間1人に怖がるなんてあってはならない……とでも思っているのだろうか。実に愚かな選択だった。


「氷雪神の雪隠れ」

シークレットの周囲から吹雪が発生してあっと言う間にシークレットの身体は見えなくなってしまった。ハイパーヒュドラは思わず動きを止めて周囲を見渡すが、シークレットは既にハイパーヒュドラの背の上にいた。気付いた時にはもう遅く、


「氷雪神の絶対零度」

そう言ってシークレットは左腕を付ける。すると、ハイパーヒュドラは悲鳴を上げる暇もなく身体がみるみる内に凍り付いていった。そして、シークレットが軽く拳を振り下ろすと、ガラガラガラッとハイパーヒュドラの身体はヒビ割れて粉々に砕け散った。


セシルは呆然としていた。あの(・・)ハイパーヒュドラがまるで赤子同然に何も出来ないまま倒されるなんて…… しかもたった1人に……


「これが…… S級……冒険者…………」



ーーーーーーーーーー

本来、AA級モンスターの討伐なら数週間、場合によっては数ヶ月も掛かるのだが、今回はたった1日で終わった。


またゴーレム馬車によって最速だが最悪な乗り心地でなんとか王都まで辿り着いた。


シークレットとセシルがギルドに入った途端、騒がしくなった。


シークレットとセシルはそれを無視して素材買取受付に向かった。討伐依頼を終えたら、討伐対象の部位を差し出して本物かどうかを確認してもらい、それが本物ならば依頼達成という形になる。


「はい、お帰りなさい。買取ですか?」

受付の者にシークレットは袋から大きな魔石を取り出した。ハイパーヒュドラの体内にあった魔石だ。肉体は凍って砕けてしまったが、体内に蓄えられた魔石は無事だったのだ。それを依頼書と共に差し出す。


「これで良いか?」

「はい、では鑑定します」

そう言って受付の者は眼鏡を着用した。鑑定の付与がされた眼鏡でこれで本物か偽物かはおろか、具体的な値段も分かる。しばらくすると鑑定が終了したようだ。


「はい、間違いなくハイパーヒュドラの魔石ですね。依頼達成おめでとうございます」

そう言われてシークレットは依頼報酬と魔石を売った分のお金を手に入れた。


全部で虹金貨2枚と金貨6枚。相当な大金だ。



ーーーーーーーーーー

「これが取り分だ」

そう言ってシークレットは半分の虹金貨1枚と金貨3枚を手渡した。セシルは慌てて首を横に振った。


「いや、私は何もしてないからそんな大金受け取れないわよ! 受け取るにしても金貨2枚くらいで……」

こういう場合、何も貰わないべきなのだろうが、流石に何も貰わないのは生活も考えるとキツい。だから金貨2枚で手を打つ。そんなセシルにシークレットは苦笑した。


「ハハ、まあ良い。とにかくこれから俺の監視役よろしく頼むよ。ギルドには良い男だって言ってくれよ。それじゃ、また明日!」

そう言ってシークレットは去って行った。



その夜の宿屋ーーーーー


「監視報告。今日から私、セシル・リベラールはS級冒険者の監視役としてパーティを組むことになった。AA級モンスター、ハイパーヒュドラの討伐を行なったが、彼1人で圧倒した。神代魔法の使い手とは聞いていたけどこれほどとは…… 現時点では炎と氷の神代魔法を使っているのを確認。他にも持っているようにも思われる。以上ーーー」


セシルは報告用の水晶の魔力を切った。監視の報告は随時この水晶で行うことになっている。


セシルは大きく伸びをしてベッドに倒れ込んだ。


今まで冒険者は殆どソロでやっていたが、ここまで圧倒的な存在は師匠以外に見たことがなかった。偶にレノーアと一時的にパーティを組んだり、同じランクの冒険者達と臨時パーティを組んだことはあるから誰かと仕事をすることに慣れていない訳ではない。だが、あそこまで何もすることがないとは…… これで報酬までもらって良いのか?と思ってしまう程だ。まぁ、自分は貰えるものは貰う主義だが。


それにしても、シークレットの人格面は今日だけで言えば、特に問題無いように思える。少なくとも昨日まで想像していたようなヤバイ人間というわけでは無かった。なら、何故何人も監視役を辞退しているんだろうか………?


セシルは少し考え込むが、すぐに割り切って明日の準備を始めた。





ーーーーーーーーーー

それから、1週間。セシルはシークレットの監視役として共に依頼を達成させていく。ここ1週間で少しだが分かったこともある。


シークレットはモンスター討伐依頼しか受けない。高ランクのものが多いが、低ランクの数がやたら多いモンスターの依頼も受ける。1度何故討伐依頼しか受けないのか質問したところ、彼曰く神代魔法の鍛錬なんだそう。


だが、ますます分からないことがある。何故彼の今での監視役は皆辞退していったんだろう?


ある日、セシルがギルド内でシークレットと待ち合わせをしていると、突然声を掛けられた。顔を上げるとセシルは一瞬顔を顰めた。そこにいたのは男2人、女4人のパーティだった。


A級冒険者で構成されたパーティ『救世主の剣』だ。リーダーの剣士ローレンス、重戦士ゲイル、魔術師リラ、回復術師セリーヌ、斥候オリヴィア、槍使いシュゼットの6人でバランスの取れた構成だ。実力も本物で実績もあるし人格も優れてはいるのだが、セシルは正直このパーティが苦手だった。


なにせ、名前のネーミングセンスから分かるように自分達が正しいと思っている集団だ。言っていることは正論だしやっていることも善意一色なのだが、疲れる。


しかも、仲間の中でリラ、セリーヌ、シュゼットはローレンスに好意を寄せており、そのパーティの恋愛事情も非常に面倒臭いと思ったのもあった。ちなみにローレンスの親友のゲイルはオリヴィアと付き合っているそうだ。


セシルも1度何かの仕事でこのパーティとは一緒になったことがあったのだが、出来ればもう一緒にしたくない。だが、リーダーのローレンスはセシルのことを気に入ったらしく、何度か自分達のパーティに入らないか誘ってくる。その度に話をはぐらかしたり丁重に理由を付けて断っているのだが、断る度に彼に好意を寄せている女3人の目が鬱陶しくて敵わない。



「セシル、聞いたよ。君、あの(・・)シークレットの監視役にさせられたんだってね?」

女3人がクスクスと笑っている。あれは嘲笑の笑みだな。あれだけローレンスが誘ってたのにパーティに入らなかった自分を笑っているのだ。彼女達の前にいるローレンスは気付いていないようだが。一方ゲイルとオリヴィアは純粋に心配そうな目を向けている。


「アイツの監視役、何人も辞めてるそうじゃないか。なぁ、ギルドに掛け合って辞めた方が良いんじゃないか? それでうちのパーティに入らないか? S級冒険者なんて力だけの野蛮人ばかり「止めてくれない?」ーーー何?」

ローレンスは驚きの表情を浮かべた。


「一応私は彼の監視役なのよ。だから、『野蛮人』……なんて言い方は止めてもらえる?」

「なっ! 僕は君のためにーーーー」

「何をしている?」


シークレットだ。突如現れたS級冒険者に他のA級冒険者達は怯むが、ローレンスは食ってかかる。ビシッと指差して怒鳴った。


「君のような人間にセシルは置いておけない! さっさと彼女を解放しろ!」

「……どういうことだ?」

「君は何人も監視役を追い出して潰すような真似をしているじゃないか! セシルも同じようにするつもりだろ!」

ローレンスの言葉に今ひとつピンと来ていないシークレット。顎に手を添えて首を傾げている。「一体コイツは何を言ってるんだ?」って顔だ。


そんなシークレットの様子にローレンスはますますヒートアップしていく。遂に取り返しの付かないことを言ってしまった。


「僕と決闘しろ! シークレット! 僕が勝てば彼女を解放してもらおう!」

ローレンスの言葉にザワッとどよめきが走った。シークレットは冷めた目でローレンス達を見つめる。


「それがどういう意味なのか分かっているのか? 君は」

「当然だ!」

「ハァ…… 分かった。なら近くの修練場でやるか。………折角だ。お前ら全員で掛かって来い。纏めて相手してやる」



ーーーーーーーーーー

「フン、逃げもせずによく来たものだな」

ローレンスはまだ臆面もなくそんなことを言っている。他の救世主の剣のメンバーも揃っている。


王都にある大修練場。ここは王国の騎士隊も使う場だけあって非常に広い。その修練場の端の方では騒ぎを聞いて集まって来た冒険者達もいる。中にはギルド職員もチラホラと。


「これなら、お前の悪評もすぐに広まるぞ! シークレット」

「御託は良いからさっさと来い」


シークレットの軽くあしらう態度にローレンス達は額に青筋を浮かべる。全員顔を見合わせて頷くと、前衛のローレンス、ゲイル、シュゼット、オリヴィアが同時に攻撃を仕掛ける。後ろからはリラの炎の魔法が無数に放たれる。


シークレットは目を閉じて1歩も動かない。


(()った!)

ローレンスとその仲間は勝利を確信した。だが、その油断故に気付いていなかった。


シークレットの髪の色が白から金に変わっていることを。


シークレットがスゥッと目を開くと、ローレンス達はビクリと身体を震わせた。その次の瞬間ーーー


「「「「「「ぐあぁっ!!」」」」」」

突然シークレットの後ろから非常に強い突風が吹き荒れ、ローレンス達は吹き飛ばされた。そして、彼らは後ろの後衛のリラとセレーヌを巻き込み、全員、壁に勢いよく叩きつけられた。リラの炎魔法もその突風によって完全にかき消されている。


「暴風神の威風堂々だ。敵の動きを一瞬封じ、突風で纏めて吹き飛ばす。面白いだろ?」

シークレットが笑いながら言った。


「風の……神代魔法……だと………」

ゲイルが呆然とした表情で呟く。


急いでセレーヌが回復させようとするが、そんな隙をシークレットは与えない。


「我、慈しみの心を持ってーーー」

「激雷神の天鳴万雷」

シークレットは右腕を宙に掲げ、勢いよく下ろした。すると、空から無数の金色の雷の雨が降り注いだ。雷の神代魔法であり、この技の恐ろしい点は無数の雷による光や音で相手の視力と聴力を一時的に奪う点だ。


「ぐがぁ!! 目が! 耳がぁーー!!」

ローレンス達は目や耳を押さえてのたうち回る。


だが、それでもシークレットは攻撃を止めない。


「蠱毒神の妖毒霧」

金色の不気味な霧がローレンスを包み込むと、徐々に彼らの動きが鈍くなっていった。


「煉獄神の炎熱地獄!」

金色の炎がローレンス達を巻き込み、熱で苦しめる。


「氷雪神の永久凍結!」

金色の氷がローレンス達を覆い体温を奪い、凍りつかせていく。


「砂漠神の砂嵐!」

金色の砂がローレンス達の身動きを封じていく。


「海王神の渦潮!」

金色の水がローレンス達を飲み込み掻き混ぜていく。


既に救世主の剣は満身創痍の折れかけの状態になっていた。ギャラリーと化していた周囲の冒険者達はただ呆然としていた。あまりのオーバーキルっぷりに震えて怯える者もいる。


シークレットは両手を合わせ金色の光を放ち始めた。


「光明神の…………」

「その辺にしておけ」


何処かから声が聞こえたその瞬間、黒い雷が走り、救世主の剣とシークレットの間に落ちた。シークレットは咄嗟に距離を取ると、雷が落ちた場所には大きな黒い大犬がいた。大犬がギロリと睨み付けると、シークレットは仕方なく両手を離し光を霧散させた。


大犬はフゥーーと大きく息を吐くと徐々に人間の男の形へと姿を変えていった。白髪に赤い瞳を持った30歳くらいの男で黒い着物を着ている。周囲の冒険者達が呆然と呟いた。


「S級……冒険者………雷獣のハルク・ハクレイ」


ハルクはチラリと後ろの救世主の剣のメンバー達を見やると、重々しく口を開いた。


「これはどういうことかな? シークレット君。君はなんでA級冒険者を虐めているんだい?」

「何を勘違いしてるか知らんが、俺は売られた喧嘩を買っただけだぞ。証人もいるし」

シークレットはそう言って周囲の冒険者達を示すと彼らは首が折れるかってくらいに何度も首を縦に振る。


ハルクは考え込むような仕草を取る。


「なるほど。嘘では無いようだね。でも彼らのような若い芽を摘むような行為はどうかと思うよ」

「だから2、3割程度の威力で相手をしてやったんだろうが。周りに冒険者達もいるのに全力出せるわけないだろ」

「フフッ、確かに。君が本気でやったら王都なんかは跡も残らないだろうからね」


そんな2人のやりとりをこの場にいるセシル含めた冒険者達は信じられないものを見る目で見ていた。8つの神代魔法を使って圧倒的な力を見せたにも関わらずそれを2、3割程度と言ってのけたシークレットとそんな彼と同じ力を持っていると思われるS級冒険者であるハルク。


あまりにも隔絶した力に嫉妬の念すら起こらない彼らだった。



ーーーーーーーーーー

「ハルク様」

修練場に少年がやって来た。青い着物を着た表情が殆ど変わっていない人形みたいな少年だ。


「僕の監視役が来たようだ。仕事も済んだし。じゃあ、シークレット君、あまり監視役に無茶をさせるなよ」

そう言ってハルクは再び犬の姿になって少年を乗せると去って行った。恐らくハルクがここに来たのは救世主の剣とシークレットが決闘するという情報がギルド職員か何かによって本部にでも渡ったのだろう。それで決闘を止めるためにわざわざS級冒険者を派遣したのか…… ご苦労なこった。


この騒ぎの元凶の救世主の剣のメンバーは全員まだ倒れて気絶している。そいつらを他の冒険者達に任せた。救世主の剣の評判は今回で大幅に下がっただろうが、これからで頑張ってもらうしかない。シークレットはセシルの下に向かった。


「シークレット。あの……」

「セシル、折角だから飯にしないか?」

「え?」

「神代魔法をいくつも使ったからか酷く腹が減った…… それに、君が監視役になって今日で1週間だ。その記念も兼ねて美味いもんでも食おうぜ」

「う、うん!」


シークレットとセシルは王都にあるレストランに入った。何か店の人がギョッとした様子だったのには違和感があったが………


それから、およそ1時間後………


「あ、すみません。コレとコレとコレ、追加で注文お願いします」

「は、はい………」

「ちょっ、ちょっとシークレット。もうそれくらいで………」

「何言ってんだ。まだ食べ始めたばっかりだぞ。さぁガンガン食うぞ!」

「うぐ、もう私、こんなに食べられ…………うぷ……」




後で知ったことだが、シークレットは『大陸の暴食王』という異名で店を何軒も閉店状態にするほど大食いだった。シークレットの監視役が次々辞退したのは彼のその大食い故だったようだ。


セシルはグッタリとしながら気を失った。

追加で登場人物紹介です。色々と書き足りない設定もあったので。


セシル・リベラール

A級冒険者。18歳。たった3年でA級冒険者にまで上り詰めてしまったことで監視役を任されてしまった悲運の人。彼女の戦い方は書いてある通り弓矢でA級冒険者なだけあって凄腕だが、戦闘描写は全く無い。その後、シークレットの監視役が次々辞退した理由を身をもって知ったが、辞退するつもりは今のところない。(報酬が良いから)


シークレット

S級冒険者。25歳くらい。年齢不明。炎、水、氷、雷、風、大地、毒、光の8つの神代魔法の使い手。異名は「神代」、「大陸の暴食王」

モンスター討伐依頼ばかり受けている。15の全部の神代魔法を修得することを目的としている。その理由は謎。冒険者になったのも金稼ぎや鍛錬のためだけでなく、大迷宮の情報を集めるためでもある。2つ以上神代魔法を修得した頃からS級冒険者の打診を受けてS級冒険者になった。

神代魔法を使い過ぎると非常に空腹になるため、依頼の報酬を全部食費に使うこともザラらしい。その大食いが原因で自分の監視役が辞退していることに気が付いていない。自分はそれなりに気さくに接しているつもりだったのに何で次々に辞めるのか疑問に思っていたが、後にセシルから聞かされて納得した。それ以降、少しだけ(・・・・)控えめになったらしい。


レノーア

D級冒険者。セシルの友達。A級になった今でも一緒に飲みに付き合ってくれるセシルにとって大事な友達。彼氏持ち。他所は他所、うちはうちって考えなのでセシルに対してあまり嫉妬心はない。


ローレンス

A級冒険者。パーティ『救世主の剣』のリーダー。剣士。シークレットに難癖付けて決闘に挑んだ結果ボコられた。実はシークレットとは同じ時期に冒険者になった同期であり、相手がいつの間にかS級にまでになっていて無意識に彼をライバル視していた。パーティ結成したのも最強のパーティを作ってシークレットを見返したいという想いも少しばかりあった。「情けは人の為ならず」が座右の銘。正義を盲信し、突っ走るタイプで類は友を呼ぶなのかパーティメンバーも似たようなのばかり。


ハルク・ハクレイ

S級冒険者。30歳。異名は「雷獣」

黒い雷を操る魔法と黒い大犬に変身する能力を持つ。妻子持ちで妻もS級冒険者。

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