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 無表情で髪を編み込んでいくマグリットを鏡越しに見つめて、カフィアは悲しげに眉を下げた。


「ねえ、マグリット。やっぱり夜会で何かあったのでしょう?おかしいわよ」


「いいえ、元からこのような顔です」


「最近は髪を結っている間も、いろいろ話してくれたじゃない。こんなものが流行っているとか」


「お伝えできる新しい情報がないのです。申し訳ありません」


「それならまた、城下に行くのはどう?お休みを取ってもいいわよ」


「このところ何度かお休みを頂いてしまいましたので、王宮内での仕事が溜まっておりまして。申し訳ありませんが、お使いは別の者に」


 完璧なアップスタイルを作り上げると、手早く道具類を片付けてカフィアを立ち上がらせた。


「王太子殿下がお待ちです。こちらへどうぞ」


 ここ最近見せていた柔らかな表情はどこにもない。侍女になったばかりの頃のように、とにかく役割を全うしようとするだけで、カフィアが話しかけてもつれなかった。楽しんでいたはずの城下へ行くことも頑なに拒否する。


 王太子の待つ部屋へ到着すると、無言でお茶の用意を始めた。侍女としては、確かにそれで良いのだが。


「マグリット嬢はまだあんな感じなのかい」


 今のマグリットはいち使用人だが、婚姻前からの妻の友人でもあるため王太子は『マグリット嬢』と呼んでいる。


「そうなの。何があったのか聞いても教えてくれないし、フェン様にも会おうとしないし…。無理強いして余計拗れて、取り返しがつかなくなっても困るわ」


「フェンにも聞いてみたんだが、夜会で少し離れた間に具合が悪くなって一人で帰ってしまったと言うんだ。体調が戻ったなら会いたいと言っているんだがな」


 お茶のセットを載せたワゴンを押して、マグリットが戻ってきた。黙々とティーカップにお茶を注いでいく。


「なあ、マグリット嬢」


「はい、殿下」


「夜会以来、フェンとは連絡を取っていないのだろう?体調を崩したと聞いてとても心配していたよ。仕事の合間でいいから、会ってやってはくれないか」


 カフィアが言ってもだめなら、王太子が出るしかない。

 最終手段を使わせてしまったことに気付いたマグリットは、申し訳なさそうに頭を下げた。


「殿下のお手を煩わせてしまうなど、弁解の言葉もございません。いつでもご指定の場所に参ります」


「友人としての伝言だから、畏まらなくて良い。では、フェンにもそのように伝えておこう」


「ありがとうございます」


 相変わらず表情からは何もわからないが、とりあえず会わせてやることはできそうだと、王太子夫妻は安堵した。







 数日後、約束を取り付けてフェンが王宮までやってきた。

 『ちゃんと話してきなさい』と、カフィアが部屋を用意してくれたのだ。


「マグリット嬢。良かった、やっと会えた」


 先に部屋にいたマグリットの元にフェンが歩いてくる。

 目を見るとまた涙が出そうだったので、距離のあるうちに深々と頭を下げた。


「先日は申し訳ありませんでした。伝言だけで帰ってしまい、装飾品もお借りしたままで。本日持って参りました」


 あの夜会で『真実の愛』を見つけたのだと、はっきりフェンの口から聞くのが嫌でずっと避けてしまっていた。

 しかし高価な装飾品などは返さなければならないし、何より王太子殿下を伝言役に使わせてしまった。

 自身の感情云々よりも最後にきちんと謝罪をせねばと、マグリットは覚悟して面会に臨んでいた。


「そんなものはいいよ。元々あげるつもりだったんだ。それより、本当に具合が悪かったのかい?それとも誰かに何か言われた?」


 フェンは話しながら近づいて腕を取り、マグリットの顔を上げさせた。

 何か、と言われればそれはフェン自身の口から出た『真実の愛』だ。その時の衝撃を思い出してしまい、マグリットはぎゅっと目を瞑った。


「私に、優しくしないで下さい」


「どうして?僕は優しくしたい」


「私は……『真実の愛』が嫌いです」


「まあ…そうだろうね。あんなことがあれば…」


「だから、あなたとはいられないんです」


「……やっぱり、何か言われたんだね。あの三人組か」


 何故、フェンがそのことを知っているのだろう。けれど、どちらにせよ。


「フェン様は、真実の…愛を、見つけられたのですよね?だから、私はもう…不要、のはずです」


 なんとか言葉にはできたが、声が震えてしまった。目を開けるとやはり、一粒涙が溢れた。

 フェンは瞠目すると、すぐに柔らかく微笑み、両手でマグリットの頬を包んで涙を拭う。


「何か誤解があるみたいだ。僕は確かに『真実の愛』を見つけたけど、その相手は君だからね」


「え…?でも、ルミフ侯爵令嬢と、庭で」


 そう言うと、フェンはもの凄く嫌そうな顔をした。


「あれを見ていたのか。というか、見せられたのかな。そしておそらく、途中までしか見ていない」


「途中…?」


「そうだよ。ルミフ侯爵令嬢が抱きついてきたけど、すぐ引き剥がしたからね」


 そう言われれば、過去のことを思い出していたので抱きついた後はよく見ていなかった。


「彼女は、真実の愛とは出会った瞬間にわかるのだと言った。そのチーフの色は自分の瞳の色だ、この出会いは運命だと」


 マグリットは頷いた。まさに自分もそう思ったのだ。


「僕は確かにこれまでそういう愛を求めて、たくさんの女性と会っていた。でも君と出会って話すうちに、本当の愛とは、果たしてそんな一瞬だけでわかるものなのだろうかと思うようになった。急激に燃え上がったものは、また急に冷めてしまうのではないか、とね。実際、君の元婚約者殿は領地で憑き物が落ちたように真面目に働いている」


「ええと…何故それをご存知なのでしょうか」


 マグリットの問いに、フェンは目を逸らし、聞こえるか聞こえないかの小さい声で「調べたから」と呟いた。


「……とにかく、燃えるように落ちる恋ではなくて、むしろ穏やかな一日がずっと続いて欲しいというような…マグリット嬢といる時間のようなものこそ、真実の愛だと思うと、そう言ってルミフ侯爵令嬢を離したんだ」


 そんな話だったとは。過去を重ねて、二人は想い合ったのだとすっかり思い込んでしまっていた。


「それにね。あのドレスの色は、君をイメージしたものだ。君の髪と瞳は、温かな光を纏う森の木のような優しい色をしているからね。綺麗になりすぎて、他の男達もジロジロ見ていたからやりすぎたかと後悔したけど」


「フェン様…褒めすぎで却って現実味がありません…」


「いや、本当のことだからね。それでホールへ戻ろうとしたら、三人の令嬢が彼女の元にやってきて何かをコソコソ話していたから嫌な予感がしたんだ。案の定、君はいなくなっていて、屋敷の中を探していたら具合が悪くなってついさっき帰ったと使用人に聞かされた」


「あの…ごめんなさい、私の早とちりで…」


「本当、まいったよ。あの日想いを告げるつもりだったのに、君は会ってくれなくなるし、王太子に借りを作っちゃうし」


「本当にごめんなさい…!」


 申し訳なさ過ぎて、別の意味で泣きたくなってきた。


「でも、側にいられないと思って涙を流してくれたということは。つまり、君も僕を好きだと、思っていいんだよね?」


 そう美しい笑顔で言われれば、包まれたままの頬が熱を帯びた。逃げたくても顔を逸らせない。


「次からは、恋人として誘ってもいいかな」


「お使いの……ない時でも、いいのでしたら」


 赤くなりながらもいつかのように可愛げのない返事しかできないマグリットを、フェンは満面の笑みで抱きしめた。

この後、フェン視点が2話あります。

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