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それから時々、カフィアに取ってつけたようなお使いを頼まれるようになり、その度にフェンがついてきた。
初めて出掛けた日のようにお茶やランチをしながら話したり、時には普段着や小物を見立てたりしてもらうようになっていた。
以前のようにドレスを着て夜会に出掛けたりはしていないのだが、どのようなドレスや髪型が流行っているのかを聞くことは、侍女としての仕事の参考にもなる。
「マグリットは最近、きれいになったわよね」
お茶のセットを片付けていた時、ふいにカフィアがそう言った。
「いつもと同じお仕着せですよ? 髪型も変えていません」
「それでもきれいに見えるってことは、きっと表情が明るくなったのよ。フェン様のおかげかしら?」
「フェン様には…お世話になっています。仕事にも、私自身にも実になるお話を聞かせて下さいます」
「あら、お名前で呼ぶようになったのね」
ニヤリとするカフィアに、マグリットの手元が狂って茶器がカチャリと音を立てた。
部屋にマグリットしか居ない時は、カフィアは友人であった時の話し方になる。
「それは…そうするようにと、フェン様が」
「ふうん…いい関係ではあるのね。でもまあ、あれからまだ一年も経っていないのだし、フェン様もゆっくり進めようとして下さっているのかしらね」
「いえ、フェン様は何も知らない私を不憫に思って、色々と教えて下さるだけですから」
「そうかしら。それなら名前で呼ぶようになんて言わないと思うわよ」
「皆さまにお優しい方ですから。私などが釣り合わないことはよくわかっております」
「素直じゃないわねえ」
フェンに対して、憧れのような気持ちがあることは確かだ。けれど、それは他のたくさんのご令嬢たちも同じである。
田舎貴族で現在はただの侍女である自分にまで優しくしてくれるフェンに、そのような憧れを抱くのは当たり前なのだ。
そんな話をした数日後、再び王太子夫妻の元をフェンが訪ねて来た。
マグリットもお茶の用意を仰せつかったので、先日のカフィアとの話を頭の中から追い出し、無心で仕事をする。
「実は、マグリット嬢に今度の夜会でパートナーになってもらえないかと思って相談に来たんだ」
いつも通り壁際にいたマグリットはピクリとしたが、侍女としてカフィアのお許しが出るまでは発言しない。
「マグリットは伯爵令嬢ですから、もちろんお誘いは自由だと思いますけれど。本人には話していて?」
「いや、直接だと辞退されそうな気がしたから、こうしてお二人のお力を借りようかとね」
気障なウインクもフェンなら様になっていたが、今はそれどころではない。
侍女の自分など誘わなくても、フェンならたくさんお相手がいるだろうに。そう思っていると、代弁するように同じことをカフィアが聞いてくれた。
「あら、フェン様ならパートナーにしてもらいたいというお願いはたくさん来ているのではなくて? 何故マグリットなのでしょう」
「僕がマグリット嬢がいいから、だね」
「……それでしたらまあ、いいかしら」
僅かに考えた後、カフィアがそう答えたのでマグリットは思わず声を上げてしまった。
「あの、カフィア様」
「なあに、マグリット」
「私は侍女です。それに、ドレスなども実家から持って来ていませんので無理です」
「行儀見習いで王宮に出仕している子たちは、夜会にも行っているわよ? 当日は業務から外すから大丈夫。ドレスは…フェン様、用意して頂けるのですよね?」
「もちろん。マグリット嬢、実はあまり仲のよろしくない二つの家からパートナーの依頼が来てしまってね、穏便にお断りするために協力してくれないかな。すでに別のパートナーがいると言えば、納得するだろうからね。ドレスは報酬だとでも思ってくれていいからさ」
困り顔でそう請われてしまっては断りづらい。カフィアもにこにこしているので、つい、わかりましたと答えてしまった。
王太子がフェンに呆れたような声で「お前は…」などと言っていたが、マグリットには何のことかわからなかった。