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お菓子を食べ終えてお土産も購入し、店を出たところで今度は雑貨店に誘われた。
先程話に出たハーブ製品を置いている店が近くにあるのだという。自領のものが使われていると聞いては、ちょっと見てみたくなってしまう。
すぐそばなので歩いて行くことになった。メルも後ろからついてくる。
「どのハーブにどういう効果があるかっていうのは、ノーザン家に協力してもらってるんだ。香水は前から作ってたけど、こっちは効果が出ないと意味がないからね」
話を聞きながら、いかに自分が領地の生産品について知らないか思い知らされた。
父や兄たちなら自分よりは詳しいのだろうが、他領に卸した後のことまで知っているかどうかはわからない。
「私はいずれ家を出て行く人間なのだから、自領のことよりも嫁ぎ先のことを勉強しなければと思っていました。でも、商品は流通して、すべて繋がっているのですものね。ましてお相手は宰相様のお家だったのですから、もっと広く知るべきであったのに」
「一応言っておくけど、君の知識が足りないからあんなことになった訳ではないからね。それはまた別の問題だ」
「わかっています。私のように地味でつまらない女とは一緒に居たくないと、何度か言われましたし」
「そんなこと言われてたの⁉︎ 僕が言った問題っていうのは、そういうことじゃないよ?」
「? では他にも足りないところが…」
「違う違う、問題は自分の立場がわかってなかったバカ息子のほうであって、君のせいじゃないってこと。宰相殿もそう言わなかった?」
「はい。一方的にあちらが悪いと、詫びて頂きました。賠償金もたくさん頂きましたし。昨年領地で自然災害があったので、正直助かりました。家族は申し訳なさそうにしていましたけれど」
「そうだよ。もっと吹っ掛けたっていいくらいだ。婚約者を大事にするどころか、酷い仕打ちをしたのは向こうなんだから」
「でも、私はあの方の求めるものを差し上げることはできませんでした。真面目で勤勉であることを評価されて婚約者に選んで頂いたのだから、それだけでお役に立てると思っていたのです。領地の話と同じです。もっと視野を広げなくてはいけませんね」
苦笑すると、フェンも怒ったような顔を緩めた。
「…ふうん。素直に受け入れて、改善しようとするのは君のいいところだ。こうしてちゃんと話せば、つまらなくなんかないってわかったのだろうにね」
「ありがとうございます。そう言って頂けるだけで十分です」
宰相子息のことは特に恋愛感情があった訳ではないのだが、つまらない女というのは結構傷ついた。
家族と婚約者以外の男性とはあまり深く関わることはなかったので、知り合って間もない男性にいいところがあると言ってもらえて少し傷が癒えた気がした。
女性の扱いが上手い方だからお世辞かも知れないけれど、それでも温かくなった心は本物だろう。
雑貨店に着き、自領産のハーブを使った商品を見る。侍女のお給料でも買えそうな値段だったのでひとつ購入しようか迷っていると、フェンが別の棚に並べられていたきれいなブローチを手に取り会計をして戻ってきた。
「どなたかへのプレゼントですか?」
明らかな女性もののブローチだったのでそう尋ねると、
「うん。君に。デートの記念だよ」
と言いながら襟元にそれを付けられた。
「えっ…このような高価なもの、頂けません。それにデートではなくて、お使いに付き添って下さっただけですし」
「まあまあ。雑貨店に売っているくらいのものだから、高くはないよ。それにね、この石がいいなと思って」
「これは…ムーンストーン、ですか?」
「うん。ムーンストーンはね、女性や家族を守ってくれると言われてるんだよ。デザインも派手過ぎなくて、今日の装いにも合うしね。付けておくときっと良いことがあるよ」
さすがは女性の心を掴むのが上手なフェンである。
侍女服と変わらなかった地味なワンピースが、ブローチひとつで上品で落ち着いた装いに見えてきた。
「君のような可愛らしい女性とデートできて僕も楽しかったから、お礼だよ。遠慮なく受け取って」
付け足された歯の浮くようなセリフは却ってマグリットを現実に引き戻した。
庶民も訪れる雑貨店のものならば、本当に高価ではないのだろう。あまり固辞するのもどうかと思い、有難く頂くことにした。
彼も王太子妃に頼まれた手前、中途半端なもてなしでは気がすまないのかも知れない。
「ありがとうございます。大切にいたします」
そう答えると、フェンは満足そうににっこり微笑んだ。
帰りも王宮まで馬車で送ってもらい、門のところで下ろしてもらった。
中まで送ると言われたが、そんなところを他の人に見られたら何を言われるかわからないし、フェンに申し訳ないのでここは丁重にお断りする。
別れ際、
「また誘ってもいいかな? 買い物でも、お茶でも」
と聞かれた。
社交辞令だとわかってはいても、初めてそんなことを言われて少しだけ嬉しくなった。
女性を楽しませることに長けているというのはこういうことなのかと、この一日で納得した。
ただ、どのように返事をするのが正しいのか経験が浅くてわからない。結局、
「お使いの、ある時でしたら」
と、可愛げのない返事をしてしまったにもかかわらず、フェンは笑顔で
「じゃあ、また今度」
と手を振り帰って行った。




