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 約束の日。マグリットは憂鬱な気分で支度を始めた。

 王太子妃カフィアに押し切られ、男性と城下に買い物に行くことになってしまったからだ。

 しかも相手はあの、女たらしで有名な公爵子息フェン・イーヴン。

 長い紺色の髪は艶やかで、金の瞳は吸い込まれそうな美しさ、女性には皆平等に優しく紳士の鑑、などと言われているが、確かに綺麗な人ではあった。

 父親であるイーヴン公爵も大層美しくて、早くに亡くなった奥様の後釜に座ろうという女性たちがたくさんいるらしい。きっとそういう血筋なのだろう。


 自分に自信のある人ならば是非とも彼の隣に並びたいと思うのかも知れないけれど、茶色の髪に同色の瞳、伯爵家と言っても田舎貴族の自分に釣り合う訳がない。

 先日王太子殿下の私室を訪れた時に着ていた煌びやかな格好を思い出し、連れ立って歩くだけで目立ってしまいそうだなと溜め息が出た。


「やあ、今日はよろしくね」


 王宮の前へ馬車で迎えに来たフェンは、シンプルなシャツにズボンと意外にも落ち着いた服装だった。お忍びだからだろうか。

 ただ、小物などから上品な雰囲気が滲み出てしまっているので『貴族のお忍びです』と言っているようなものなのだが。

 マグリットはいつも普段着として着ている紺色のワンピースで、侍女服とさほど違いはない。髪をきっちり纏めず、後ろで一つに括っているくらいだ。貴族らしい華やかさは元々あまり無い。


「イーヴン様、本日はご案内して下さるとのことで、ありがとうございます。目的のお店はこちらだそうです」


 頭を下げ、メモ書きを見せる。


「うん、わかってたけど、やっぱり堅いなあ。せっかくのデートなんだから、もうちょっと気楽に楽しもう」


「……」


「はい、渋い顔禁止。さ、お手をどうぞ、お嬢様?」


 どう反応していいかわからなくて固まった私を馬車に乗せ、フェンは向かい側に座った。四十代くらいの女性がその隣に座っていて会釈される。侍女さんだろうか。

 城下町までは大した距離ではないが、ほとんど話したことがない相手なので気まずいなと思っていると。


「こっちは、うちのメイド長のメル。男の従者だと困るかなと思って、彼女についてきてもらったんだ。メルは僕の乳母をしてくれていたから、生まれた時からの付き合いなんだよ」


「よろしくお願い致します、お嬢様」


「いえ、お嬢様だなんて、私も王宮の侍女として来ておりますから」


 こちらが心配しなくても、向こうから話しかけてくれる。

 気楽に、と言っていただけあって友人のような口調で少し空気が和んだ。メルも優しそうな女性だ。他愛のない話をしていたところで、馬車が止まった。


「着いたみたいだね。さあどうぞ」


 乗った時と同じように、手を差し伸べて下ろしてくれる。

 少なくとも半年、いや、婚約者がいた頃も家族以外にはされたか覚えていない丁寧なエスコートに、少しくすぐったさを感じた。


 

 そのお店は貴婦人たちの間でも評判だと言うだけあって、とても洗練された雰囲気で店員の対応も良かった。

 問題なくいくつかの茶葉を購入し、側でにこにこと見ていたフェンと共に店を出る。と、隣の店舗を指差してフェンが言った。


「こっちの店にも寄っていこう。頼まれた茶葉だけじゃなく、それに合うお菓子も一緒に買っていったら、かの人も喜ぶんじゃないかな」


「そうですね…そこまで気がつきませんでした。勉強になります」


「ほら、カフェも併設してるから、ちょっと味見してから買うといいよ。どうせなら一番おいしいものをお土産にしたいでしょう?」


 何だか上手く丸め込まれて、お茶をしていくことになった。メルは外で待機しておくという。

 二人だけでお茶など緊張してしまう、と断ろうとすると、


「堅苦しいお茶会じゃなくて味見だから、味見」


と流れるようにエスコートされて椅子にかけてしまった。


「これが今一番人気の焼き菓子だよ。売り切れる日もあって、手土産に持って行くと喜ばれるんだ」


 店員がお茶と共に運んできたのは、ドライフルーツがたっぷり入ったケーキと、ハーブを使ったクッキーだった。


「……ご存知のお店だったのですか?なら試食しなくても良かったのでは…」


「君は食べたことないでしょう?まあ一つ食べてごらんよ」


 渋々クッキーを一つ口に入れると、サクッとした食感の後にハーブの爽やかな香りが広がった。王宮のお茶会で出されるものにも引けを取らないと思う。


「ん…すごくおいしいです」


「でしょ?こっちのケーキもおいしいよ」


 促されるまま食べてみると、なるほどこちらも濃厚なバターの風味にフルーツの酸味が合っていてとてもおいしい。いい材料を使っているな、という感じがする。


「このフルーツがとてもいいですね。たくさん入っていて贅沢ですし」


「これね、クリーク領産なんだ。こっちのハーブも」


「えっ⁉︎」


 思わぬところで実家の名前を聞き、驚いてしまった。

 確かにフルーツやハーブは自領の特産品だが、こんなにオシャレに加工してあると全く分からなかった。いつも大きな箱にまとめて入れて、ガサっと出荷していたような。


「加工してるのはうちの領地なんだけどね。クリーク領産はどの作物も質がいいから、ちょっと手を加えてあげれば王都の貴族にも飛ぶように売れるよ」


「そうなんですね…うちにはあまりそういったセンスのある人間がいなくて、地道に生産して出荷するだけで。クリーク領で獲れた材料で、こんなにおいしいものが作れるんですね」


「うんうん。こういうちょっと値段の張るものは富裕層向け、料理用なんかにブレンドしたハーブは庶民向けに作ってるんだ。医療用の薬草はノーザン領にも出荷してると思うけど、高い薬はみんなが買える訳じゃないから、予防のために殺菌作用のあるハーブで消毒液を作ったりね」


「お詳しいんですね」


「まあ、一応後継ぎだからね。いろんな人に話を聞いたり、視察したり。流行も情報のひとつだよ」


 たくさんの女性と付き合うのは単なる女好きなのではなく、情報収集なのだろうか。そう聞くと、


「う〜ん、女性と話したいのもあるから半々かな?」


 と首を傾げながらニッコリ返された。真面目なのか不真面目なのかよくわからない。


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