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 呼び出しを受け王太子夫妻の私室にやってきたイーヴン公爵子息フェンは、先日の恥ずかしい出来事を盛大に弄られていた。

 とある公爵令嬢の婚約を発表する夜会で、あろうことかその本人に求愛してしまったのである。


 相手が隣国のやんごとなきお方だったため婚約は極秘に進められており、ごく一部の者にしか知らされていなかったという事情があってお咎めはなかったものの、そのお方には思いきり牽制されたしフェン達四人はクスクスと笑われるはめになった。そう、四人も同時に求愛してしまったのだ。

 

 それまでこのファーマシア王国で数多の女性から熱い視線を送られる人気者であった四人だが、この日は哀れみの目で見られるばかりで、いたたまれなくなり早々に退席してしまった。

 せっかくほとぼりも冷めてきたというのに、幼馴染でもあるこの王太子は容赦なく傷をえぐってくる。


「まさか国の将来を担う四人が全員、ミグライン嬢に求愛するとはね。さすがに私も焦ったよ」


「誰も彼女の婚約を知らなかったんだから仕方ないじゃないか。近しいところにくらい教えてくれてもいいのに。信用されてないのかと思われるよ」


 幼少の頃から側にいて友人としても付き合っているため、公の場でないところでは気安く話していいと許可を得ている。


「それは悪かったと思っている。ただあちらの状況が状況だったからな。知っていたのは王家とヘディック公爵家くらいだ」


「わたくしは王家に嫁いでから知りましたけれど、他の仲の良いご令嬢たちも何も聞かされていなかったんですのよ。ただ殿方からお守りするように、とだけヘディック家に頼まれていて」 


 現在王太子妃であるカフィアは医学・薬学に秀でたノーザン侯爵家から半年前に嫁いだばかりだ。ノーザン家に受け継がれるピンク色のふわふわ髪と、母譲りのきれいな碧眼が美しい。ミグライン・ヘディック公爵令嬢とは学生時代から大変仲が良かったという。

 その仲間内でも知らなかったということは、余程の箝口令が敷かれていたのだろう。長らく隣国内がゴタゴタしていたせいであるらしい。


「しかし、他の者はまだしもお前もミグライン嬢に懸想していたとはな。それこそ知っていれば止めたものを」


「いやあ、懸想っていうか…。彼女ならもしかしたら、と思ったから」


「もしかしたら?お前、まだあれをやっていたのか」


「まあね。諦めてない」


 王太子はフェンの求めているものを知っているので、わざわざ口に出すことはない。

 カフィアは何のことだか分かっていないはずだが、顔に出さないところはやはり王太子妃だ。


「お前もいい歳だ、そろそろ区切りをつけないといけないぞ」


「分かってるよ」


「今日の本題はそれじゃないんだ。カフィア」


 これ以上の議論が無駄であることはお互いに分かっている。王太子は隣に座る妃に話すよう促した。


「はい。実はわたくしから、フェン様にお願いがあるのです。マグリット、こちらに」


 突然名を呼ばれ、部屋の隅に控えていた侍女は数度パチパチと瞬きするとお呼びでしょうか、とカフィアの後ろにやってきた。予想外のことだったらしい。


「彼女はわたくしの侍女、マグリット・クリーク伯爵令嬢です。ご存知でいらっしゃいますか?」


「はい。存じています」


 わざわざ伯爵令嬢と呼んで『ご存知』かとは、半年と少し前の『あれ』を含めて知っているか、ということなのだろう。

 もちろん知らないはずがない。当時の社交界はその話で持ちきりだった。


 高位貴族の子女から一部裕福な平民まで、優秀な人材を育て交流を図るために通う王立学園。その卒業パーティで事件が起こった。

 現宰相の息子である侯爵子息が、自身の婚約者に婚約破棄を突きつけ、真実の愛で結ばれたのだという平民の少女と結婚すると宣ったのである。


 万が一そうしたいと思ったとしても、他人のいる卒業パーティの場で言うことではないし、ましてや浮気相手の少女の肩を抱いたまま偉そうに宣言するなど言語道断。

 マグリットがその少女を虐めただの何だのと騒いでいたが、周りは皆マナーのなっていない平民の少女に注意をしていただけだと知っている。

 案の定顔を真っ赤にした宰相殿が飛んできて、息子の首根っこを捕まえて引きずっていった、とパーティに参加していた女の子に聞いた。


 その話を聞いた時、真実の愛とは、してはいけないことが分からなくなるほど夢中になれるものなんだなぁと正直ちょっと羨ましく思ったのだが、晒し者にされたマグリットにしてみたら最悪の事態だ。

 宰相は伯爵家に詫び、息子は領地に引っ込ませて再教育、マグリットには新たな婚約者を世話すると申し出たそうだが、本人は婚約より仕事を得たいと言って、ちょうど嫁ぐところだった王太子妃の侍女に収まったということだったはずだ。


「彼女はとても優秀でいつも感謝しているのだけれど、何も間違ったことはしていないというのに幸せになるのを諦めてしまっているようで…わたくしは悲しいの」


「カフィア様、私は貴女の侍女をすることができて幸せですよ」


「嬉しいけれど、貴女は伯爵令嬢なのよ。それにあんなことがあるまでは物語のような恋愛に憧れていたじゃない」


「物語はあくまで物語、現実とは違うのだとあの時理解しただけです。結婚したからといって幸せになるとは限りません」


「あの、失礼ですがお二人は以前からの知り合いだったのですか?」


 王太子妃と侍女にしては随分とくだけた会話だなと思い、つい口を挟んでしまった。


「ええ。実家同士に昔から取り引きがありますし、学園では同級でした。わたくしも()()場にいたのです。だから尚更、彼女には幸せになってもらいたいの。そこでフェン様、貴方にお願いしたいのですわ」


「お願いとは」


「わたくし付きの侍女では、殿方とお話しするような機会はほとんどありません。ですのでまずはフェン様にマグリットと交流して頂いて、異性と共に居るのも悪くないと思ってもらいたいのです」


 貴方ならできますよね?という言葉は口ではなく目から発された。

 確かに、女の扱いが上手い恋多き男などと世間で言われている自分なら適任なのかも知れない。


「なるほど。王太子妃殿下のお願いとあらば、お任せ下さい」


 胸に手を当て、わざと仰々しく一礼すると、フェンが了承するとは思わなかったのか、それまで無表情だったマグリットが目を見開いた。


「お待ち下さい。私などのために公爵子息であらせられるイーヴン様のお時間を頂くなど…もったいないことでございます」


「そのように堅くならなくても、大丈夫ですよ。僕も女性と話す機会ができて嬉しいですし」


 大抵の女性なら頬を染めるようなきらきらしい笑顔を向けても、マグリットはどう断ろうかと言わんばかりの渋い顔をしている。


「ほら、フェン様もこう仰っているのだから。そうね、それならお使いを頼もうかしら。城下においしい茶葉を扱っているお店があると聞いたの。次のお茶会までにいくつか見繕ってきてくれない?」


「いいですね。城下デートですか。店には詳しいですから、ご案内しますよ」


「……畏まりました」


 仕事と言われれば断ることはできないと諦めたのだろう。デートという言葉は無視して、マグリットはまた部屋の隅へ下がっていった。

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