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1、旅立ちの章


 ――夢を見た。気がつくと、暗い海の中に沈んでいる。どんどん、どんどん落ちていく。沈んでいく。それでもなお、助かろうと足掻かないのは、生きる希望を見出さないのは、きっとこの体が自分のものではないからなのかもしれない。それならいっそ、この世界がこの生まで刈り取ってくれればいいのに。そんなことを思いながら、僕は、意識を失った。


 ――その意識ですら、僕のものでもないかもしれないのに。


    *


 変な夢から目が覚めると、時刻は午前八時十分前。今日もいつも通りの()()の空が広がっていた。



 ――いわば、世界は「魔」であった。


 「魔法」を司る「魔物」が世界を蹂躙し、その「魔物」を従えている「魔王」と言うべき存在が世界を手中に収めていた。これは、一方的な「魔」による世界の支配であった。


 「魔」は突如として現れた。いや、正確には「魔王」が突如として現れた。それには何の前触れもなかった。異次元からやってきただとか、空から舞い降りただとか、そんなレベルの話ではない。ただ、現れたのだ。無から有が生まれたと言ったほうが正しいかもしれない。その時、「魔王」はただ、そこに在ったのだ。


 「魔王」が現れた街は一夜にして惨劇の舞台となった。建物はひとつ残らず崩壊、住民もほとんどが虐殺された。そして、これ以上の情報は残っていない。目撃者は全員死んだからだ。


 「魔王」というたった一個の存在にすら、幾多の「人間」は何の太刀打ちもできなかった。その後、その街は「魔王」の住む城が現れ、そこから、「魔物」達が現れた。「魔物」達は今まで存在を否定されていた「魔法」をいともたやすく扱い、手当たり次第街を襲撃していった。そして、その時から世界に青空はくなった


 そんな「魔」に対抗できなかった「人間」達は、なぶられ続け、その数を減らし、土地を追われていった。そんな状況だから、「人間」が「魔」を嫌うのは必然であり、また、「魔」に対抗する「退魔」が誕生するのも、やはり、必然であった。


    *


 僕が子どもの頃、祖父にこんな話を聞かされていた。


 それは、とてもとても古い話。


「世界が闇に覆われし時、内に闇を宿し勇者が、闇を以て闇を討つ」


 そんな一節から始まる物語だった。


 祖父はどうして、こんな話を僕に聞かせていたのだろう。主人公の勇者が闇を持っているなんておかしな話だ。けれど、勇者は正義の心を持って悪を倒す、そんな勧善懲悪的な話であったのも間違いない。ただ、覚えているのはそこだけ。なぜ主人公は勇者になったのだとか、どうやって倒したのとか、そんな細かいところは全然覚えていない。いや、そもそも、僕は「魔」が世界を支配する以前の記憶が殆どない。唯一の記憶がその話の一部だけだった。話し手が祖父だったのかどうかすら曖昧だ。


「まあ、そんなことはどうでもいいことなんだろうな」


 と、独白する。それに、今となってはそれを知る手段もないのだから。


「え?」


 聞こえてきたのは僕の前に座る同居人である少女の声。


 変な夢を見たせいか、朝食を食べながら、そんな昔の思い出に耽っていたらしい。それで、同居人が近くで何か言っていたのを聞き逃してしまったようだ。


「あ、ごめん、聞いてなかった」


 これは仕方がないので聞き返す。まあ、聞いたところで益のない話なのは予想がついているんだけど。


「ったく、何がどうでもいいことなのよ! ちゃんと聞いてんの!?」


 だから、聞いてなかったと言ったじゃないか。


「もう、今日は記念すべき日なんだから、しっかりしてよね」


 うん、それは分かったからさっき何を言っていたのか教えてくれないかな。


「もういいよ、どうせくだらないことだから」


 やっぱりか。とばかりに相槌を打つ。


「ところで、あんた、準備はできてんの?」


「ああ、昨日のうちに済ませておいた。もう少ししたら行くよ」


 準備、と聞かれて僕はそれに答えた。だと言うのに、同居人は何故か僕の答えに押し黙る。特に気まずくはないのだけど、沈黙が続くのは少し困る。


「……ねぇ、やっぱり本当に行っちゃうの?」


 しかし、彼女がその沈黙を破ってくれた。何というか、その、結構可愛らしい声で。後、少し顔を赤らめるのもやめてほしい。ああいや、今は声や顔なんて関係ない。彼女の言葉には引っかかる。僕の読解力が浅くなければ、彼女は暗に「行かないで欲しい」と言っているようだけども。


「何言ってんだ、お前も行くんだぞ?」


「……え?」


 気の抜けた声が部屋にこだまする。どうやらその選択肢を本当に失念していたようだ。


「当然だ。お前を連れて行かなかったら誰がお前の世話をするんだよ。普通の奴らには無理だろ」


 僕は彼女に淡々と理由を説明をする。勿論そこに、一切の嘘偽りもなく。


「そ……それは、あんたがここから出て行ったらわたしも一人で出ていこうかなって……って笑うな!」


 思わず彼女が喋っている途中で吹き出してしまった。確かに、悪いと思うが悪気はなかったので大目に見

て欲しいところだ。


「わたしだって真剣に悩んでたんだから……」


 落ち込んだのか、拗ねたのか、あるいはその両方か。彼女は顔を背けてしまった。その仕草も可愛いと言えば可愛いのだが、ただ、本性が「()()」だから、少し残念だなあ、と、思う今日この頃。まあ、彼女に付いてきてもらうように理由付けをしないと、無駄に「行かない」と駄々をこねそうだ。それはとても困る。


「ごめんごめん。でも、お前はまだ借りを返してないだろ?それを返さずに別れるなんて虫のいい話があるわけないだろ」


「う……確かに。それを返すまではあんたのそばを離れるわけにはいかないわね」


 よし、最近になってようやくだが、こいつの扱い方に慣れてきた。


「そういうこと。分かったなら行くよ」


 そう言って、僕は彼女と話していた居間から部屋に戻る。今の会話の流れからして、彼女はまだ準備が終わっていない。そもそも準備をする予定すらなかっただろうから当然と言えば当然だけど。仕方ないので彼女の準備が終わるまで自分の部屋でゆっくり過ごすしかないだろう。幸い時間はある。多少時間がかかっても特に問題はない。


 今、この家には僕と彼女しか住んでいない。元々は僕と僕の叔父さんの二人暮らしだったのだが、叔父はある事情でこの家から出ていった。そうして僕がここで一人暮らしをしていたところに彼女が来たのだ。正直に言うと、一人暮らしは寂しかったので話し相手がいるというのは素直に嬉しい。ただ、若干うるさいきらいがあるので玉にきずだが。


「準備終わったよー」


 部屋の外から声が聞こえた。結構時間がかかることを予想していたが、案外短かったようだ。よくよく考えたらあいつが準備に時間かけるタイプではなかったことを忘れていた。まあ、早いことはいい事だ。早速家を出るとしよう。


    *


 僕たちの目の前には大きな城がそびえ立っている。周りに堀があることからも分かるが本格的な作りだ。外敵に襲われた場合に国民全員をこの城の中に匿うことができるらしい。もっとも、そのような事態には幸い建国以来一度もなったことがないみたいだが。それでも、この国の民が安心して暮らせるのは、この城の存在と、代々続く王による良政のおかげだろう。


 隣に立っている彼女も毎日家から見ているはずの城を見上げている。やはり、近くに来るとその大きさに圧倒されるのだろう。そういえば、彼女には此処に来る目的を伝えていなかった。まあ何も聞かれないってことは理解しているということか。


 二人で並んで城のお堀の橋を抜けると門番と目があった。すごく訝しげな顔で睨まれたので腹が立ってこちらも睨み返してやった。


「あ」


 しかし、すぐ後悔にした。門番が手に持っていた槍を構えてしまうとは。これじゃあ下手すると捕まってしまう。どうして変なところで負けず嫌いな性格が出ちゃうかな、僕は。


「怪しいものじゃありませんよ。」


 適当な棒読みで最低限の弁解をする。そういえば、招待状とか何も持ってないから捕まったら抜け出せないんじゃ。


 大根役者顔負けの台詞とは裏腹に焦りが顔に出てしまう。どうしようかと悩んでいると、相手の構えが少し解けた。


「もしや、あなたは……?」


 ああ、前に一度城に行っていたのが助かった。どうやら捕まるということはなくなりそうだ。僥倖だ。神様に感謝。いや、顔を覚えてくれていた門番に感謝、かな。


    *


「おお、ダスクよ。わざわざ来てくれるとは。いや、こう言ったほうが良かったな。『退魔師の勇者』よ」


 ダスク、という自分の名前を呼ばれたのもそうだが、「退魔師の勇者」という言葉を聞いて身体がびくっと反応する。僕の人生はきっとこの肩書きに延々と振り回されるのだろう。だけど、それはもう分かっていたこと。ならば、その肩書きに振り回される道化師を精一杯に演じてやるのが僕の出来る唯一の役割だ。そも、僕は既に一度死んでいる。ならば、この肩書きと「生きる」仕事を請け負うのも悪い話ではないのかもしれない。


「急な謁見に応じていただき誠にありがとうございます。『退魔』の旅の出発のご報告に参りました」


 僕はこうべを垂れながら、玉座に座るアンゴル王にうやうやしく伝えた。


「そうかそうか、もうそんな時期になったのだな。して、その隣にいる金髪の少女は誰であろうか?」


 そう言って王は彼女の方に顔を向ける。彼女には城の中を歩いているときに何も喋らなくていいと言い聞かせてある。まあ、自分が適当な説明をすれば大丈夫だろう。


「彼女の名前は『ラン』と言います。僕の、そうですね、いわばパートナーです。今回の旅に一緒に出てくれる心強い味方でもあります」


 アンゴル王は少し驚いた顔をしたが、すぐに冷静になって、


「ほう。今回の旅に出るとは、さぞや腕が立つのだろう。それにしても、パートナーか、お主も隅に置けないな」


「あ……」


 しまった。確かにこれは誤解を与える発言だった。


「あの、そのですね、アンゴル王。お言葉ですが、少し誤解をなさっています」


「よい。分かっておる。何も言うな」


 絶対分かってないだろコイツ。と思ったが口が裂けてもそんなことは言わない。まあランも何のことか分かっていなさそうなので多分問題はない、はず。


 そして、会話と会話のつなぎ目に現れる一瞬の間。出発の報告に来ただけなので、用事は既に済んでいるのだが、さてどうしようかと悩んでいると、僕ではなくアンゴル王が先に切り出した。


「しかし、本当に大丈夫なのか? いや、ワシがこんなことを言う立場ではないのは分かっておるのだが……」


 アンゴル王はばつが悪そうな顔をして言った。なるほど、王の考えは把握した。その言葉に対してならば、この言葉を言うのが一番適しているだろう。


「ええ、全く問題はありません。アンゴル王に救ってもらったこの命、アンゴル王のために全うするのが当然でありましょう。」


 僕はそう言って、アンゴル王――()()()()に目を向けた。


    *


「なんか予定が狂っちゃったな」


 城を出て、家への路に向けて足を踏み出しながら、僕は独り言のようにそう呟いた。


「そうだね。と言うか、お城に行くなんて聞いてなかったよ!」


 しかし、僕の呟きは彼女のおかげで独り言にはならず、会話のきっかけとなった。それが喜ばしいことなのかどうかはさておき。


「なんだ、解ってなかったのか。いや、じゃあお前どこに向かう予定だったんだよ」


「え? それはもう旅に出るのかなーって」


 うーん……なぜかこいつから全く緊張感が感じ取れないが、この先大丈夫なのだろうか。


「まあ、確かにできれば今日中に出発はしたかったんだけどな」


 王への謁見が終わったら、そのまま旅に出ようとしていたのは確かだが、王の一言により明日は急遽祝祭日となり、パレードが行われることとなった。僕たちの「退魔」の旅の門出だと言う。一度は断ろうとしたが、王の考えでは、このパレードを行うことにより、「魔」に怯える人々の不安を取り除く希望となることを願っているのだろう。僕たちにとっては全く関係のない話ではあるが、王の頼みとならばやはり、断れない。渋々、パレードの承諾をした。


 その後、国民たちにはその通達が凄まじい勢いで行き渡ったらしい。そのせいか、帰り路には慌ただしくパレードの準備をする住民たちで賑わった。王の話では明日の朝から行われるらしい。そのパレードの終わりと同時に旅に出発する流れというわけだ。


「なんか面倒くさそうだね」


 一つも本音を隠そうとしない彼女に、少し溜息をつきながら、しかし、僕も全く変わらない気持ちであるが故に、ランに少し同意をしてしまう。


「まあ、仕方ないさ。今日はおとなしく家に帰ろう」


 そう促して、僕たちはもう二度と帰路に立つことはないであろう、我が家に到着した。


 翌朝、目が覚めると、いつもとは違う空気に少し戸惑った。しかし、それは悪い雰囲気ではなく、むしろ良い意味で刺激的だ。この感じは少なくとも嫌いではない。今から、パレードが始まるのだろう。当事者でなければ、今頃もっと喜んでいたのだろうが、嘆いても仕方ない。人々の希望の、そしてこの昏い空を照らす星となるべく、精一杯、哀れな道化師を演じよう。


 そうして、『魔王退治』のパレードが始まった。顔も知らない人々に謂れのない期待を押し付けられながら、馬車に乗る僕とランは街を回る。愛想笑いもいいところだが、そんな僕たちの思いとは裏腹に住民たちの表情は明るい。


 きっと、この旅の理由なんて、ある種のサーカスと変わらない。むしろ、それよりもたちが悪い。人々に希望を与えるだけ与えるという極めて無慈悲なものであるというのに、人々はそれを知らない。


 しかし、僕はそれがいかに残酷であるかを知りながら、それでも与えれた役割をこなすために、旅に出る。結果が変わらないなら過程だけでも幸せになるようにと。それが皆にとっての幸せであることを期待して。


 僕が生きる意味なんて、きっとそれだけでいい。


 そして、僕たちはこの国から、旅立った。

ここまで読んで頂き、誠にありがとうございます。


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