のちのベンケーDAYある!
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時は遡り睦月参日の夕刻――
魍魎を率いる頭領、明智は毛利の根城である東肥城にて暗躍していた。
元就に遅延性の毒煙を吹き込むべく、配下の御庭番”黒衣衆”を毛利の左軍へと忍ばせていた。
「朧よ、その白い装束は闇夜にて目立ちはせんか?」
「陽炎よ、その青い装束は悪目立ちはしやせんか?」
五十四個の指輪を填めた二人の暗殺者は鮫肌の腕を撫でながら寒空の元、任務遂行の為に隠密活動を再開した。陽炎は般若の仮面に光る二つの蒼光を消しさると兵糧庫の側まで音一つ立てず、当初の予定通りに移動を済ませると狼煙を筒から上げる。同時に朧は毛利兵に扮装した状態で詰め所の兵たちに持参した猪肉を元就からの差し入れだと振舞った。
「ありがたや、ありがたや。殿に礼の伝令をば」
「承知仕った」
兵士たちの宴は朝まで続いた。陽炎と合流した朧は兵糧庫の壁をするりと抜ける。敷地内の影から姿を現すと巡回する兵を一人、また一人と亡き者にしていく。
陽炎は懐から麻袋を取り出すと兵糧庫の糧食を次々と仕舞っていくが麻袋の体積と矛盾して止まる事を知らなかった。
「貴様、何をしている」
陽炎に気取られる事無く背後から語り掛けたのは毛利配下随一の荒武者、元吉の兄就之であった。就之は忽然と消えた糧食の不自然さとは別に陽炎から異形の気配を感じ取っていた。それは、噂に聞く魍魎の手先であると直感が理解させていた。
「失敬。某、元就殿より――」
陽炎が喋り終える前に十字槍を突き出す。質実剛健を地でいく元就を良く知る就之が即座に間者の類であると判断したのは将軍位もしくは同格の者しか名前で呼ぶ事を許さなかったからだ。
「じゃけぇ侍はすかんのじゃぁ」
「拙者の突きをくろうて無傷、やはり人間ではあるまい」
陽炎は腹部に空いた十字傷を摩りながら破れた装束を悲しそうに見入る。怪しげな白光を放つ帯刀を抜き放つと禍々しい瘴気を垂れ流しながら鈍く、ゆらりと上段に構え、刃先を就之に向けた。
「最後まで話を聞かん輩にはお仕置きが必要じゃのう」
「黙れ畜生めが」
「互い様であろう?」
無敗の荒武者に言葉は不要であった。常人には一突きに見える速さで三連族の突きを放ち、狙いはそれぞれ上中下の急所。就之には仕留める確証があった。葬具”十字槍”本来の力である”群神”は触れた無機物の重さを十字槍と同じにする事が出来、回を重ねるごとに効果は重複していく。
陽炎は突きを全て剣で受け止めると刀を手から離し、一歩下がる。麻袋の紐を緩め、就之に向けて振りかざした。収納していた食料が就之の視界を防ぐが、その悉くを突き刺し地面へと急降下させた。
「何をし・・・た」
突如視界の揺らぐ就之。
「南蛮の獣並じゃの」
陽炎が剣を交えながら風上に移動したのは滞空する瘴気を囮に、麻袋に仕込んでいた無色無臭の神経毒を吸わせる為であった。
「某が何人に見えるかの」
就之は声のする方向に十字槍を振り回す。
「荒武者に用も無。武具だけ頂こうかの。これ幸」
体内に侵入した毒は体温の上昇と共に血流にのって更に効き目を増した。しかし、就之は片膝を付くのを堪え、意識を失った。その後、命を失うまで槍底と両脚で立ち尽くした。