第十三章 空母「翔鶴」 そして、初飛行・・・
わたし―翔鶴は、いつものように横須賀の海を見つめていた。
「ふぅ~」
大きくため息をつく。
(いつになったら公試に出させてもらえるんだろ・・・・・・・)
今のところ、わたしはずっとこの横須賀港に係留されたままで、少しも動けてない。たまーに自衛艦の艦魂たちが遊びに来たり、軍神である三笠殿とか隣のドッグで建造されていた赤城先輩や加賀先輩のところにお邪魔したりもしているけど、さすがに連日お邪魔してちゃ悪い。
工廠の人たちの話を聞いたところによると、わたしはほかの赤城さんや加賀さん、後輩の信濃とは違って、自衛隊には所属せず、民間の所有となるらしい。だから、公試の機会がなかなかないらしい。
「ん?」
わたしの目に、岸壁に集まっている人たちが見えた。なんかみんな、わが海軍の第三種軍装を着ている。
その人たちは、舷梯を登って次々にわたしに乗り込んできた。
「いよいよだな。」
「そうだな。この空母翔鶴、二度目の公試だ。」
乗組員さんたちの声が聞こえてくる。わたしは、ひそかにこぶしを握った。
(やった!とうとう大海原に出れる。)
次の瞬間、わたしのすぐ隣にぽわんとした金色の光が現れた。中から、何人かの艦魂が出てくる。
「ご機嫌いかがかな、翔鶴君。」
「翔鶴、公試おめでとう!」
「祝福の意を表す。」
「みっ、三笠殿!赤城先輩に加賀先輩まで!」
軍神の三笠殿自らいらっしゃるなんて、光栄の極みだ。
三笠殿は、その青い目を細めて、こっちを見た。金髪がさらりと揺れる。
「翔鶴君、あらためて、公試おめでとう!」
「三笠殿自ら祝福のお言葉をいただけるなど、光栄の極みです!ありがとうございます!」
「なんの何の。後輩の完成を祝うのは当然じゃないか。後、君に合わせたいのがいっぱいいてね。ひゅうが君、あたご君、来なさい。」
三笠殿の横でまた光を放ちながら艦魂が現れる。着ている海上自衛隊の制服は、肩を出すデザインにされていた。これが最近人気の「オフショル」ってやつかな・・・・・・・・・・・。
「こんにちは、海上自衛隊ひゅうが型護衛艦『ひゅうが』艦魂のひゅうがです。」
「同じく、海上自衛隊あたご型護衛艦『あたご』艦魂、あたごです。」
二人がわたしのほうを向いて敬礼する。
「本日は、わたしとひゅうががあなたの護衛を務めさせていただきます。」
あたごが言った。カチコチに緊張しているのがわかる。
「大丈夫だよ。楽にして。後、敬語もいらないよ。」
『は、はい・・・・・・・・・・・』
二人が手を下ろす。
「君たちの本体はどこ?」
「わたしはあれです。」
ひゅうががわたしの近くに止まっている艦を指さした。ほかの船とはフォルムが少し違う。
「あなた、空母?」
「い、いえ、あくまでも護衛艦です。いずもさんは空母になるらしいですけど・・・・・」
わたしが聞くと、ひゅうがは全力で否定した。
「あたごは?」
「わたしの本体は、あれです!」
あたごの本体は、軽巡の阿賀野よりもちょっと小さな艦だった。でも、それを見てわたしは唖然とした。
「あなた。砲が単装じゃん。大丈夫なの?艦橋も変な形だし。」
「あたごはイージス護衛艦って言って、『ミサイル』というもので戦うんだよ。」
三笠殿が説明してくれた。
「みさいる?とは、何でしょうか?」
わたしの質問。
「簡単に言えば、自分から目標に向かって飛んでいく砲弾。みたいなものです。」
あたごが首をかしげて考えながら言う。
「ありがとう!じゃあ、あたご、ひゅうが、今日はよろしくね!」
『はいっ!』
二人が敬礼して、三笠殿と赤城先輩、加賀先輩と一緒に自艦に帰るのを見届けると、わたしは空を見上げた。
今日はなんかいい一日になりそうだ。
元大日本帝国海軍空母「翔鶴」の設計図がとある古書店から発見されたのは、零戦プロジェクトが始まる五年前だった。
この設計図をもとにアメリカ海軍横須賀基地のドックで復元建造が行われた。すべての工程が終わったのは、偶然にも僕らの零戦の復元完了とほぼ同時。
所有者は「ゼロファイター・ジャパン」。信さんの会社だ。当然僕らにも無関係ではないわけで・・・
「一か月後の日曜日に翔鶴の復活記念式典を行うんだけど、そこで実際に零戦が発着艦するパフォーマンスをするんだ。そこで、君たちがやってみない?」
信さんは、いきなり大事なことを話すくせがある。この時もそうだ。今回の条件は、ダメな場合は代わりの搭乗員を用意するということ。
「使う機は、今訓練用に使ってるのと、間に合えば復元中の零戦。東京湾上にいる翔鶴に着艦した後、発艦する。発艦後は、空路福島空港に帰投する。」
「いいですよ。」
電話口で了承する。その後、速攻で休学届を書いた。
三日後・・・・・・
「では、ヤスさん!ハルさん!行ってまいります!」
福島駅新幹線ホーム、東京行きの新幹線やまびこ号のデッキに立って、みやびが敬礼する。その背中には、ずいぶんと大きなリュックサック(中身のほとんどはハルから翔鶴乗員全員へのお土産)を背負っている。
「ご武運を」
「翔鶴についたら、お土産のままどおるよろしくね。」
「はい!」
プーーーーーーーーーーッ!ごとっ
僕たちの言葉にみやびが返答し、その瞬間にドアが閉まる。
プァーーーン!
東京行きの新幹線やまびこ号は、警笛を大きく鳴らすと、動き始めた。
その緑色の車体が視界から消えるまで、僕とハルはその場に立っていた。
一か月後の日曜日、春先の空は青く晴れわたり、最高の飛行日和だ。今日は翔鶴の進水式、そして、僕らの零戦の初飛行の日だ。
話し合いの結果、編隊飛行では、僕が隊長で先頭、ハルが副隊長でその次を飛ぶことになった。
「出撃!!」
「おう!」
いつもの手順でエンジンを始動、タキシングで滑走路まで移動する。
《こちら管制塔。自家用機コオ―102、V-121、離陸を許可する!》
「こちらコオ―102、了解しました!行ってきます!」
ヴァララララララララララララララララ!
スロットルを開くと、栄エンジンがうなりを上げた。
手に慣れた操縦桿とスロットルを握り、エンジン出力最大、下げ舵にして尾輪を浮かせたのち、手前に引いて上げ舵にする。
ふわっ
主脚から伝わるゴトゴトした振動が消えた。
レバーを操作して、車輪を全部しまう。
上空を旋回して、陣形を整えると、僕らは一路、翔鶴へと向かった。
福島空港離陸後、太平洋に出た。関東方面に舵を切る。この前ハルに言われたことを意識して、のびのびと、自分なりの乗り方で・・・。
東京湾上空、横須賀付近、横須賀を出港した翔鶴が白波を立てて走っているのが見えた。自衛艦「ひゅうが」が露払い、同じく「あたご」がしんがりを務める。
しばらくの間、着艦地点につくまで追跡する。
着艦地点は、周囲の建造物などを考慮して決められた。東京湾お台場沖二百キロメートル。
第一旋回、左に九十度旋回する。
翔鶴からの発光信号―着陸許可だ。
もう一度旋回すると同時に操縦桿を操り、高度を下げた。機体の後ろについている着艦フックを降ろす。
翔鶴艦尾に設置されている着艦指示灯を確認する。
着艦指示灯は緑と赤のランプだ。緑のランプと赤のランプが一直線になるように見えれば最適高度、そうでなければ低すぎか高すぎだ。
一発勝負、少しでもずれたら機体もろとも海の底だ。緊張する。
翼から足を出して、着陸の体制に入る。翔鶴の姿がどんどん大きくなっていく。
チラッと海岸を埋め尽くしている見物人が見えた。
ドッ、ガタタタタタ・・・・・・・
足が翔鶴の甲板についたことが分かった。十五メートルくらい進んだところで、グンと後ろに引き戻される。
(ほっ、よかった。ちゃんと着艦ワイヤーにかかってた。)
「ヤスさん!めちゃくちゃかっこよかったです!」
ほっとしていると、みやびが手を振りながら駆け寄ってきた。
機体後部の着艦ワイヤーを外して、そのまま機体を手で押してエレベーターの上まで移動させてくれる。
飛行甲板の一角にあるエレベーターに乗った。
チンチンチンチン!
鐘の音とともに、エレベーターが下がり、格納甲板に到着する。
「ヤスさん!おつかれさまです!この子はわたしが整備しときますから、ゆっくり休んでてください!」
格納甲板でみやびに零戦を預けて、搭乗員詰め所に向かう。もちろん、ハルも一緒だ。
艦内は、たくさんの乗組員が走り回っている。艦の下のほうからは、ゴウンゴウウンという蒸気タービンの音が聞こえてきた。
搭乗員詰め所で報告を終えた後、艦最上部の飛行甲板に出た。甲板には、四十口径連装高角砲、二十五ミリ三連機銃、二十五ミリ単装機銃が据え付けてある。もちろん、すべてレプリカだ。(じゃないと銃刀法違反だ)
着艦後、翔鶴は横須賀に向かって舵を切る。
「両舷前進、右百二十度!」
「両舷前進、右百二十度!」
乗組員の喚呼の声が聞こえてきた。ちなみに、ここの乗組員さんは、全員ゼロファイター・ジャパンの社員だ。
翔鶴は、日本海軍最大級の空母だ。だから、大きい。そして、舵がきくまで少しタイムラグがある。
蒸気タービンの音が大きくなった。スピードが上がる。
コツ、コツ
背後で靴音がした。次の瞬間、後ろからどことなく明るい子が聞こえてくる。
「なるほど~、この人たちが新しい戦闘機隊の人たちか~。」
『え?』
二人でほぼ同時に振り向くと、そこには帝国海軍の第一種軍装を着た女の人がいた。
「あ、二人とも、わたしのこと、見えるんだぁ。」
女の人が、僕たちが見ていることに気づく。
(見える?なんでそんなこと言うのかな。)
「はい、見えますけど、それがどうかしましたか?」
「やっぱり見えるんだ。わたしが見える人に会ったの初めて。よろしく。」
女の人が右手を差し出してきた。思わず握り返す。
「で、あなたは誰なんですか?」
春が聞くと、女の人はちょっと笑った。
「ねえ、あなたたちは、艦魂って知ってる?」
ん!それ、聞き覚えがある。
「僕、おじいちゃんから聞いたことがあるよ。確か、フネに宿る魂で、だいたいが女の人の姿をしているそうだよ。で、海中から現れて『柄杓をくれ~』って・・・・・・」
「ストップストップ!前半あってるけど、後半間違ってる。それは船幽霊だから。ちなみに、わたしたち艦魂が見える人と見えない人がいて、見える人はごく一部なの。それこそ、一個艦隊に一人いるかいないか。くらいなの。」
「だったら、わたしたちみたいに一つの艦に二人もいるってのは、珍しいの?」
ハルが聞くと、女の一は力強くうなずいた。
「はい!珍しいです!本当に珍しいです!」
「で、あなたはその艦魂なの?」
「はい!わたしはこの空母『翔鶴』の艦魂、翔鶴です。以後、お見知りおきを」
翔鶴が敬礼して行った。僕とハルもあわてて敬礼を返す。
「どおも、桑折空戦闘機隊神崎中隊隊長、神崎保信です。」
「同じく、桑折空戦闘機隊神崎中隊副隊長、山ノ井春音です。」
「そうなんだ~、よろしくね~。」
翔鶴があげていた右手を下ろした。僕たちも、敬礼を解く。その時、みやびの声が聞こえてきた。
「ヤスさ~ん、ハルさ~ん!もうすぐ横須賀入港ですよー!で、隣にいる人はどなたですか?」
艦魂見えるのがここにもいた!
「みやび、この人(?)は、この空母翔鶴の艦魂の翔鶴。詳しいことは本人に聞いて。」
「よろしくね~!」
翔鶴がみやびに向かって手を差し出す。
「よ、よろしくお願いします。」
みやびが握手をした。そして、こっちを向く。
「信さんからの伝言です。横須賀に入港したら、引き渡し式と軍艦旗掲揚を行うので、全員最上甲板に集合してください・・・・・・・って、もういますね。では、失礼しました。」
遠くを見ると、横須賀の町と、後輩たちを見守る戦艦「三笠」の姿が見えた。
翔鶴はゆっくりと速度を落とすと、横須賀港の岸壁に着岸した。
着岸してから一時間後。空母翔鶴の飛行甲板には、たくさんの人々が集まっていた。
「では、軍艦行進曲斉唱を行います。」
艦内スピーカーから、司会の人の声が聞こえてきた。
♪ジャン!ジャン!ジャ! ジャジャジャッジャ!ジャジャジャジャジャン!
自衛隊の楽団の演奏が始まる。前奏が終わると、甲板にいる全員が声を合わせて歌い始めた。
『♪守るも攻むるも黒金の 浮かべる城ぞ頼みなる 浮かべるその城日本の 皇国の四方を守るべし 真金のその艦日本に 仇なす国を 攻めよかし・・・・』
伴奏のテンポが変わった。ここで、「海ゆかば」が間奏として挿入される。
『・・・♪海ゆかば 水漬く屍 山ゆかば 草生す屍 大君の 辺にこそ死なめ 長閑には死なじ』
♪タッタラタッタ タッタラタッタ タッタラタッタター タッタラタッタ タッタラタッタッタラタッタタッタンタン!
トランペットが高らかに間奏を歌い上げ、二番に入った。
『♪石炭の煙は大洋の 竜かとばかり靡くなり 弾丸撃つ響きは雷の 声かとばかりどよむなり 万里の波濤を 乗り越えて 皇国の光 輝かせ』
軍艦行進曲の斉唱が終わると、いよいよ軍艦旗掲揚だ。
「軍艦旗掲揚!皆さん、艦橋後ろ、メインマストにご注目ください。翔鶴乗員、敬礼っ!」
ざっ
司会の人の掛け声で、全員がメインマストのほうを向き、翔鶴の乗員全員は敬礼した。
君が代の音色とともに、日本の軍艦旗である旭日旗がするするとメインマストに上っていく。やがて、それはメインマスト頂上にへんぽんと翻った。
春風を受けてはためくその旗は、本当にきれいだった。
軍艦旗掲揚も無事に済んで、僕たちが福島に帰る時間が近づいた。
「翔鶴。また会おうね」
「うん、約束だよ!」
翔鶴を含めた僕とハル、みやびの四人でお互いの小指を絡ませる。
『♪指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲~ます!』
「じゃあ、みやび、翔鶴をよろしくね。」
「任せてください!」
ハルがみやびに頼んでたけど、やさしいみやびならきっとそれくらいやってくれると思う。
(ほんと、いい仲間に出会えたな。)
僕はそう思いながら、搭乗員詰め所に向かった。
詰所の前で出陣式を行った。自分の零戦に乗り込む。
甲板先端から出てくる蒸気の方向を確認する。だいじょうぶだ。
自衛隊や三菱の関係者、軍事、航空機ファンが見守る中、僕らは、翔鶴を発艦した。
発艦後すぐに、酸素マスクと飛行眼鏡をつける。
翔鶴は、今夜のうちに小名浜港に回航され、係留される。イベントなど必要に応じて出動するとのことだ。
福島空港につくと、地元の人たちが出迎えてくれた。公式発表の前だけど、僕たちが零戦を復元していることは地元では有名になっている。復元完成式では、地元の高校が音楽演奏や書道パフォーマンスも行うことになった。
明日、改ためて飛行機業界の有名雑誌に、書面で復元式の日程を伝えることになっている。
復活式まで、あと三日だ。
保信「保信とぉ!」
春音「春音とぉ!」
みやび「みやびのぉ!」
三人『次回予告~!』
♪守るも攻むるも黒金の 浮かべる城ぞ頼みなる
保信「さて、今回も次回予告していきたいと思います!」
みやび「読者の皆さん、更新が遅れまして誠に申し訳ございませんでした。」
春音「作者にはあとで鉄拳制裁を受けてもらいますので、殴りたいという方は抑えてください。」
みやび「あとついでに海軍精神注入棒での尻たたきもね」
保信「二人とも、何気に恐ろしいこと言うんじゃない。と、いうわけで、次回予告をします!」
みやび「いよいよ、わたしたちが手塩にかけて整備した零戦がお披露目されます!それでは皆さん」
三人『お楽しみに~!』
作者「更新遅れまして本当に申し訳ございませんでした!」