6 検査
入学式が行われた次の日、新入生たちはⅠ組とⅡ組、Ⅲ組とⅣ組の二つにわかれて、冒険者としての実力の検査に入った。
入学の時点でも検査はしたのだが、それは数か月前のこと。
成長する人はその数か月で見違えるように成長するものだ。
その検査には教師たちが一人一人三十秒ほど打ち合って判断するのだ。
一クラス二十人から三十人程度。二クラス合わせると五十人と少し。
それだけの数の生徒の実力を見るのだから、四クラスをまとめてやることは難しい。だからこうして二つにわけている。
もっとも、ロニエにとってはそんな細かい事情はどうでもよく、別のクラスのエイナと一緒になることがうれしかった。
「良かったね、エイナ」
「そこまで言うことでしょうか?毎朝顔を合わせているのですし、授業が別になることくらいどうとでもなると思いますけど」
そう突っぱねるような言い方をしつつも、エイナはまんざらでもなくロニエと同じようにうれしそうな表情をしている。
しかし、ロニエとは違って恥ずかしがって、表情には少ししか出ておらず、ロニエはそれがあまりうれしくないがゆえのことだと勘違いしてしまった。
「そ、そう。エイナは冷静なんだね。大人なんだね。うん、そうだよね。エイナだもん」
そういうロニエの表情は、徐々に落ち込んでいった。
それを目にしたエイナは慌てて、宥めようと必死になった。
「ロ、ロニエさん。わたくしは別に、嬉しくないわけではないのですよ。これでもロニエさんと一緒にいられるのはうれしいと思っているのです」
「でも、エイナは淡々としているし」
「そ、それは、その……あれですわ。これから授業が始まるというのに騒いでは、先生方の迷惑になってしまうと思ったのですわ」
「つまり、私は迷惑?」
エイナは、実は恥ずかしかったからだ、というのが恥ずかしくて回避しようとしたが、今度は別の所でつまずいてしまったようだ。
「ロニエさん、わたくしはあなたがうるさいなどとは思っていません」
「でも、先生にとってはうるさいかも……」
「周りを見渡してください。他の方々もお話ししているでしょう?」
ロニエが見渡してみると、確かにエイナの言う通り、他の人も思い思いに話をしていた。
一人だけ、ボゥっとしているサニエルを除いて。
「そ、そうだね」
「そうですわ。ですから、あなたがうるさいなどということはありません」
「そうなのね。じゃあ、別に私は大丈夫なのね」
「そうですわ。気にすることではありません」
そう言いくるめると、ロニエは笑顔になった。
そのことにものすごく安堵したエイナは、表情は笑顔のまま、心の中ではもう一杯一杯だった。
(ロニエさんを泣かせてしまようなことがあれば、何をされるか分かったものではありませんわ。最悪、うちの家が潰れるかもしれませんでしたもの)
この潰れるというのは、経済的にではなく、物理的に、だ。
ロニエの両親はロニエを溺愛しているので、もし娘が悲しむようなことがあれば、何の躊躇もなく国すら敵に回すだろう。
しかも、その二人を国が敵に回してしまった場合、異常で残念なことに、国は大ピンチなのだ。
どちらも冒険者としては一流を超えた超一流なので、戦闘力が軍隊に一小隊を軽く超えている。
おそらく大群でかかったとしても、抑えきることができない。
そんな相手を貴族とはいえ、ただの一族が敵に回すことなどできない。
だからこそエイナはとても気を遣う。
もちろん、友だちとして、親友としてロニエの悲しむ顔は見たくないのだが、それも含めて両親を怒らせるようなことがあってはならないと思っている。
(思えば、小さい頃からわたくしはかなり苦労してきたのでしたわね)
ロニエの両親が良い意味でもそれを上回る悪い意味でも知られているので、当然、ロニエはあらゆる人に甘やかされてきた。
普通に厳しくしてくれるのは、愛ゆえの指導をする両親と、それに次いでエイナくらい。
かなり甘やかしているエイナでも高順位なのだ。他の者はもう目も当てられないくらいに甘すぎる。
当人はそういうことに疎いため、周囲の反応はあまり気にしていなかったが、そのせいもあって親友で一番近くにいたエイナは神経を使う羽目になって、他の女子よりもはるかに早熟だった。
「本当に、ロニエさんは手がかかりますわね」
「ん?何か言った?」
「いいえ、ロニエさんはいつもかわいらしいですわねと言っただけですわ」
「むぅー、同い年の人から言われるのは複雑な気分です」
「まぁ、そう言わずに、そのかわいらしさを受け入れてください」
「ごめん、意味がわからない」
「構いませんわ。わたくしが理解できますもの」
「ますます意味がわからない」
言動が急に変になったエイナに疑問符を浮かべるロニエだが、もうすぐ検査が始まるとなって、気にするのを止めた。
どうせ、始まってしまえば気を引き締めるだろうから。
まずはⅠ組の生徒から、ということで、担任のリアンナが生徒たちの相手をすることにした。
一人ずつ持ち時間の三十秒を使ってリアンナに挑んでいくが、さすがに入学したての冒険者見習いでは、現役のAランク冒険者には赤子同然。
生徒全員が困難なクルーエン王立学院の入学試験をパスしてきたとはいえ、相手が悪すぎた。
生徒たちも全力でやっているようだが、Aランクが相手では掠らせることすらできず、たった一回だけ撃ち込まれる攻撃に十メートル以上も下げられ、腕が痺れて木刀を落としてしまう。
格が違い過ぎる。
こんなに力の差があって正確な検査ができるのか、というくらい。
これだけ力が離れていたら、一対一ではなく、一対多の方がよっぽどよかったのではないか。
そんな風にロニエが思っていると、サニエルの順番が回ってきた。
「頑張ってね、サニエル」
「うん。頑張る」
ロニエが元気よく送り出すと、サニエルは無表情のまま、それでも言葉はしっかりと返した。
ロニエはまだこの調子になれることはないが、早くサニエルと普通にコミュニケーションが取れるようになりたいと思っていた。
「もっと私も頑張らなくちゃ」
「何を頑張るんですの?」
「えっと、自分を高めること、かな」
サニエルとのコミュニケーションとは、ロニエにとってはまさにそのことだった。
しかし、エイナはロニエのその言葉を別の意味として捉えた。
「あなたが自分を高める、ですか。今、これ以上必要ですか?」
「ん?それはそうだよ。お父様だって言ってたよ。日々の鍛錬で、常に強くなり続けることが重要だって」
「今のあなたは十分に強いではありませんの」
「そんなことないよ。まだまだ全然足りない。今のままじゃお父様とお母様、どっちにも勝てない」
「あのお二人を引き合いに出す時点で、ありえないんですけど……」
「ここを卒業する頃には、二人よりも強くなっていたいと思うの」
「ハードルが高すぎませんか?」
「高い方が目指し甲斐があるでしょ?」
「高すぎても超える勇気が……あなたにはありそうですわね」
エイナはそっとため息を吐いた。
昔からこのロニエというエイナの親友は、どこかぶっ飛んでいた。
こういう所は本当に両親に似ている。
「そのまま成長を続けたら、一体どれほどになるんでしょうね」
「うん。頑張る」
「……わたくしもさらに努力を続けなくてはなりませんね」
サニエルがリアンナへと歩いて行くのを見送りながら、ロニエとエイナはそんな会話をしていた。




