3 再会
銀髪の少女が持つ胸は、ロニエが憧れるような立派なものだった。同じような年齢にしか見えないのに、どうしてここまで発育が違うのだろうか。
気になって銀髪美少女の近くまで行って凝視していると、何の前触れもなく、その少女がパチリと目を開けた。
「わぁ!?」
それに驚いたロニエは尻餅をついてしまった。
そして、ロニエはベッドの上から見下ろす紫の瞳を見つめる。
「あなた、だれ?」
抑揚の少ない声で尋ねる少女に、ロニエは正座し直して答える。
「ロ、ロニエ=ミスティです。今日からこの210号室に入ることになりました」
「ロニエ……ミスティ……。あぁ、確か同室の。思い出した」
「それでは、やはり、あなたがサニエル=ルーンさんですか?」
「『さん』はいらない。サニエルでいい。だから私もロニエと呼ぶ」
「は、はい。どうぞ」
ロニエが追い付くのが精一杯な速度で会話が進んでいき、頭がこんがらがってきた。
サニエルは声に抑揚がないため、今の感情というのがわかりづらく、また、それゆえに話の理解が遅れてしまうのだった。
「それじゃあ、私は寝る。夕食くらいになったら起こして」
「は、はい。おやすみなさ」
ロニエが困惑したままでいると、寝ると宣言したサニエルはすぐさまベッドに倒れこんで寝息を立ててしまった。
(寝るのが速いのね。驚き)
同室の人がどうかは置いておいて、ひとまず寮に入れたことに安心したロニエは、冷静になった頭で先ほどのロニエの言葉に不可解なところを見つけた。
「夕食になったら?確か……」
ロニエは部屋の中を見渡して時計を見つけ、自分の感覚が間違っていないことを理解した。
それがわかると、ロニエはどうしたものか、と苦笑いしてしまった。
「今って、朝の十時なんだよねぇ」
サニエルという少女は、これから夜まで何も食べないつもりなのだろうか。
そのことを不安に思うロニエだった。
♢♢♢
昼になって、いろいろと悩んだ挙句、サニエルの言う通りに夕食の時に起こすと決めたロニエは、一人で地下の食堂へと来ていた。
「えっと、何にしようかな……う~ん」
メニューを見て悩んでいると、ロニエの後ろから声をかける人物がいた。
「悩んでいるのでしたら、オムライスなどいかがでしょう?」
「えっ?」
その声には聞き覚えがあった。
ロニエは半信半疑で振り返ると、そこには長い金髪と燃えるような赤い瞳を持った少女が立っていた。
その姿を見て、ロニエはうれしさのあまり、その少女の手を取っていた。
「久しぶり、エイナ!」
「お久しぶりですわ、ロニエさん」
彼女の名前は、エイナ=ロイヤード。ロニエの幼馴染で、年齢はロニエと同じ十四。
昔からロニエのミスティ家とエイナのロイヤード家は交流が盛んで、小さい頃はちょくちょく開かれるパーティで二人で話し込んだものだ。
最近では両家とも忙しくなって会う機会は減り、一番最後で三か月前だ。
それ以来の幼馴染との再会に、幼い二人の少女は興奮しないわけがなかった。
「ねぇねぇ、それで」
しかし、それでも冷静な部分を残していたエイナがロニエの前に手をかざしてロニエの口を止めた。
「その前に、何を食べるか決めて、席に着いてからにしましょう。ここで話し込んでは、皆さんの邪魔になってしまいますわ」
見てみると、ロニエが入り口付近でエイナとじゃれているせいで、通路が狭くなってつっかえていた。
それにはさすがにばつの悪さを感じたロニエは、体を縮こませて、こくりと頷く。
しばらくして、二人してオムライスを頼み、見つけた席に向き合って座った。
そこでようやく話ができるようになって、まずロニエの方が口を開く。
「本当に久しぶり。ここに入学するのはわかってたけど、こんなに早く会えるとは思っていなかったよ」
「ふん、わたくしとしましてはこうなると思っていましたわ」
「どうして?」
「そ、それはぁ」
急に目を逸らして口ごもるエイナに、ロニエは疑問の表情を向けた。
(い、言えませんわ。まさか、毎日あなたがくるのを待っていた、なんて)
「へぇ、待っていてくれたんだね。ありがとう」
ロニエの言葉に、エイナが焦ったように顔を赤くした。
「な、何でそんな話になるのですか!?」
「え?だって自分で言ったじゃない。ずっと待ってたって。だから、ありがとうなんだけど」
その時、ガーン、という効果音がエイナの心に響き渡った。
まさか、心の声を知らずに言ってしまっていたとは。
「ロ、ロニエさん、わたくしは別に、あなたに会えなかったのが寂しかったとか、そういうわけでは」
「え?エイナは寂しくなかったの?私はこんなに寂しかったのに」
突き放されてしまったと感じて、ロニエは目に涙を浮かべる。
そんな様子の幼馴染を見て、平静を保っていられるエイナではなかった。
「い、いえ。そういうわけでは。わたくしも寂しかったですわよ」
「でも、さっき寂しかったわけじゃないって」
「そ、それは、言葉の綾というか、その……ごめんなさい。今のは強がりでした。実は毎日胸が張り裂けそうだったのですわ」
観念して真実を話したエイナに、ロニエは泣き顔から一転して満面の笑みを浮かべた。
ここまで、感情が真っ直ぐに出ると、相対している方が疲れてしまいかねない。そこは幼馴染ということで心得はあるのだが。
「これだから、ロニエさんは……」
「ん?何か言った?」
「いえ、何も。相変わらずですのね、ということです」
「ん?そうそう変わるわけないじゃない。エイナもおかしなことを言うね」
「三か月も会っていなければ、変わることもあると思いますが」
「私はそうは思わないよ。だって、私がエイナのことを親友だと思っている以上、私にとってのエイナは変わらないんだから」
「それでロニエさんが変わらないということにはなりませんが?」
「ううん、私にとってのエイナが変わらないってことは、エイナにとっての私が変わらないってことで、えっと、それで……ん?」
「自分でわからなくなってはどうしようもありませんわね」
「そ、そんなことないよ。私はちゃんとわかってるし。今に見てて。私の力を見せてあげる」
「表現が大げさすぎますわよ。だいたい、言葉で説明しなくとも、わたくしはちゃんとわかりました。わたくしたちは変わっていない、もうそれでよろしいじゃありませんか」
「……うん、まぁ、いいかな?何となく納得がいかない気がするけど」
「そんなことで納得いかないとか言っていたら、いろいろなことに納得がいかなくなってしまいますわよ」
「そういうものなのかな」
「そうです。それより、早くしないと冷めてしまいますわ。もう食べましょう」
「あ、そういえば」
ロニエたちは話すのに夢中になっていて、目の前のオムライスのことを完全に忘れてしまっていた。
このタイミングでエイナが思い出してくれたことと、オムライスからまだ湯気が少しだけ出ていることに感謝したロニエだった。
「エイナのおすすめってことなんだよね?」
「そうですわ。とは言え、わたくしもこの食堂を利用したのは昨日と今日を含めた、たったの三回。これで四回目ですわ」
「それでも、もう自分の中で決めてるなんてすごいね」
「それはもちろん、ロニエさんがいらしたときにしっかりと紹介できるようにするためですわ」
「わぁ、ありがとう。やっぱり、エイナは優しいね」
「そういうのはいいですから、早く食べましょう」
「うん」
そうして二人でいただきますをして、オムライスを食べた。
そこのオムライスは頬が落ちるほどおいしく、エイナのオススメは間違っていなかった。
そのおいしさは、久しぶりに二人で食べた、ということもあるかもしれなかった。




