17 三人でお出かけ
日曜日、休日のその日の朝食の後、ロニエはエイナに、サリエルと三人で出かけようと誘われた。
最近気が張っているところが多かったので、たまには息抜きもいいと思って、今こうして街に出た。
街中はロニエが見たこともないほどに賑わっていて、とても驚いた。
一応、貴族ではあるのだが、何しろ辺境なもので人があまり多くはなく、それに慣れてしまっていた。
学院に入学してからは大分慣れてきたのだが、いきなり今いる場所のように大勢に人が行きかう場所に来ると、軽く混乱しそうになるロニエだ。
「そう言えば学院に来てから、街に出ることなんてなかったかな」
「へぇ、それじゃあ、まっすぐ寮に帰っていたんですか?」
「まぁ、そうね」
「でも、最近帰り遅い」
「そ、それは、ゆっくりと歩いているからよ。それに学院内でいろいろと調べ物もしてたし……」
サリエルがぼそりと告げたことでロニエは焦ったが、なんとか言い訳を言う。
こんなことで秘密を知られるようなことにはなりたくなかった。
それでも、今の言い訳は少し苦しいかな、と思うところはあるロニエだが、そこは友情でカバーできると思った。
とはいえ、重大な隠し事をしていることに少なくない罪悪感があるロニエとしては、その友情という言葉を軽々しく使ってはいけないような気がしている。
もともとは、友情があるから教えられないということだったが、実際に秘密を隠していれば、そんな事情はどうでもよくて、どんなに自分に言い聞かせても罪悪感はあり続けるのだ。
それを最近になって実感しているロニエだった。
「ロニエさんは、またそんな顔をしていますね」
「え、顔?」
エイナが心配そうな表情でロニエの顔を覗き込んでいた。
「私、そんなにひどい顔をしてた?」
「ひどいと言うより、何だか、見てるこっちが不安になる顔ですね」
「そんな顔、してたんだ……」
「うん、そう。私もよく見る」
エイナにサリエルが賛同したことで、ロニエは実感がなくとも、その言葉が事実なのだろうとわかった。
そして、その原因がどう考えても魔女と魔法関係のことだというのは、自分で自覚できていた。
「というわけで、ロニエさんの気分転換も兼ねて、今回のお出かけを計画したわけですよ」
「そうなんだ」
「と言っても、思いついたのは昨日ですけどね」
エイナの言葉に、ロニエは苦笑いした。
「計画というには、随分と急だったんだね」
「一瞬のひらめきという奴ですね。ベッドに入った時に不意に思いついたんですよ」
「それ、本当に計画性がない計画なんだね」
エイナがそうまでしてロニエのことを考えてくれていたというのはわかったので、ロニエはそれが嬉しかった。
たとえ、秘密があったとしても、それだけで友情が完全に無くなるなんてことはないんだと、実感できたことが、ロニエは街中に連れ出してくれたことに感謝できた。
「ありがとう。エイナ。それに、サリエルも」
「エイナはともかく、私は何もしていないよ?」
「でも、ちゃんと私を見ていてくれたからね。ありがとう」
そうして、ロニエは自分よりもやや背の低いサリエルを抱きしめる。
「ロニエがそう言うなら、わかった。どういたしまして」
「私も、お安い補用ですよ」
「ありがとう、二人とも」
ロニエは感極まってさらに強く抱きしめるが、その時感じたふくよかな感触に硬直した。
「ロニエ?」
「ロニエさん、どうしました?」
ロニエの動きが急に止まったことが気になったのか、サリエルたちは気に掛ける。
しかし、ロニエにはそんな言葉はどうでもよくて、少し悲しげに、恨めし気に思い、ため息を吐いた。
そして、そのままエイナの方へと視線を向けて、さらに目線を下げると、納得したか安心したのか、そこでようやく笑みを取り戻した。
「うん、私もまだまだ大丈夫だね。サリエルには負けるけど」
「ん?どういうこと?」
「ロニエさん、何を言っているんですか?」
二人はロニエの言っていることが理解できていないようだったが、ロニエがそれに気を使う理由はなかった。
「じゃあ、今日は楽しくお買い物だね。さっさと行こう」
「ん?そうだね」
サリエルは疑問に思ったままでも、別にどうでも良いことだと思って進みだしたロニエに付いていく。
そして、エイナもついて行こうと一歩踏み出したところで、ロニエの目線の動きを思い出した。
「えっと、確か、最初は顔の方、そこから下に向かって……」
その時と同じようにエイナが目線を動かすと、そこに見えたのは、自分のつつましやかな胸。
瞬間的に、ロニエとサリエルと比べ、そこからロニエの急激な機嫌の変化に気付いた。
気付いてからは、エイナはそれを放っておくほど寛容ではない。先に進んでいるロニエを大急ぎで追いかけた。
「ちょっと、ロニエさん、待ちなさい!」
♢♢♢
ロニエは街中を歩いていると、いくらか気付くところがあった。
正確に言えば、違和感を感じてしまうということ。
ロニエには今、魔女の記憶もその頭の中に存在する。
それゆえに、いくつか自分の記憶をこんがらがってしまうことがあるのだ。
それも仕方のないことで、魔女が死んでからもうすでに五百年は経過している。それからの魔法を失った人類の発展は目覚ましいものがあるのは、よく知られている。
当時魔法で代用されていたものが、今は魔法を使わずとも実現できている。しかも、当時よりもはるかに効率よく。魔女はそれを学院内でも見ていて、何度も悔しそうにしていたのを、ロニエは知っている。
そして、それが今街中でも繰り広げられていることが、ロニエが困惑してしまう原因と言えた。
ただ、それが三人で遊んでいることの弊害になるかどうかと聞かれれば、ロニエはすぐさま否と答えることができるだろう。
それを自覚しているのだから、ロニエはやはり友情を認識してもいいのだ。
「それにしても、辺境とは人の活気は違うよね。こっちの方が生き生きとしている気がする。あ、お父様とお母様は除いて」
ロニエが付け加えたことに心当たりがあったエイナは、苦笑した。
「まぁ、あのお二方は別格ですので、それくらいは仕方ないかと。それに、こういう賑わいに常日頃から触れている人たちからすれば、自然にあふれる場所というのは、非日常が味わえるということで人気はあると思いますが」
「でも、うちはかなり山奥だから、あそこまでわざわざ行こうと思う人はいないと思うけどなぁ」
「ロニエの故郷って、そんなに遠いの?」
「あ、サリエルには話してなかったっけ」
そう言えば、ロニエは今までサリエルに自分の故郷に付いて話したことが一度もなかったことを思い出した。
「ちょうどいい機会だから、話しておこうかな。せっかく友だちになったんだしね」
ロニエは意識的に、友だちという所を強調したが、他の二人は特にそれに疑問は持たなかった。
ロニエとしては、それなりに意味のある行為だったのだが、それは知られない方が良いことなので、流れでスルーすることにした。