16 秘密の特訓
ロニエは魔女から話を聞いてからの一週間は、もう気が気ではなかった。
なにせ、ばれたらそれでもう終わりかもしれないのだ。それで緊張しないほど、ロニエは心が強くない。
そんなロニエが学院生活を送っていくうえで、エイナとサリエルと接しなければいけないのは、ロニエにとっても危ないことだった。
だが、それはほんの少しの間だけの、魔女が言う、この世でやり残したことをやり終えたその時に、もう一度、しっかりと話せればいい、と考えた。
だからそれまで、ロニエは魔女が目的を果たすために、自分自身で強くならなくてはならなかった。剣だけではなく、魔法も。
「炎よ照らせ」
呪文を唱えると、ロニエの手元に一つの小さな火球が出現した。
今、ロニエは魔女に直々に教えてもらった魔法を使っている。魔女は基本的に姿を見せることはなく、ただ声だけがロニエの頭の中に響いてくるのだ。
これが事前に夢の中で魔女の姿を見て説明を受けていなければどれだけ慌てたのか、ロニエにはわからない。
「水よ踊れ」
次にもう片方の手に水を出現させ、それも火球と同じように球形にしていく。
これもできて、ロニエはそっと息を吐き出した。
この一週間は、魔女から魔法に関する基礎を教わっていた。
それでようやくできたのが、今の火球と水球だ。
比較的に制御しやすく、始めてやるならそれが良いということを魔女が言っていた。
魔女が言うには、自分が転生したとはいえ、すぐに誰もが魔法を使えるようになるというわけではないらしい。
というか、ほとんどの場合が使えないらしいのだ。
しかし、転生先のロニエ、そして他にも一部の人間は魔法が使えるようになる。
その魔法が使えるようになってしまうものは、今の所放っておいても問題はないらしい。魔法というのは、意識的に使わなければ意味がないもので、発動すらしないらしい。
しかも、それが魔法を忌避する現代の人々ならなおさら、自分から魔法を使おうとしないだろう、ということだ。
ただ、ここで一つ問題があり、それが魔女が前世でやり残したことだと言う。
それはー。
『魔女信奉団体の殲滅です』
そう言っていた。
それを初めて聞いたとき、ロニエは理解が進まなかった。
なぜそこでその名前が出てきて、どうして魔女が魔女信奉団体を潰したいのかがわからなかった。
だが、それはとても単純なことだった。
魔女はもともと争いごとを好まない性格だというのだ。特に、人という存在から外れてしまったとしても、それでも普通の人とは仲良くしていきたいと願っていたそうだ。
だからこそ、彼女は魔女信奉団体を許すことができないのだ。
ロニエの学んだ歴史では、魔女信奉団体は魔女が生きていた頃から存在していたらしい。そして事あるごとに魔女の存在を世界に広めていって、その結果、魔女が畏怖の対象となってしまったのだ。
おそらく、魔女信奉団体は魔女という存在を特別なものとして扱いたいのだろうと言っていた。そして、それを敬うことで、自分たちの心のよりどころにしようと。
それはいわゆる、宗教のようなものだ。
しかし、それが魔女の平穏を侵した。
理想では、魔女は人々と普通に暮らしたかったのに、魔女信奉団体のせいで、魔女は畏怖され、恐れられ、そして避けられた。
仕舞いには魔女はすべての責任を押し付けられて殺された。
いや、当時の人々からすると、成敗という言い方の方が正しい。
実際に、魔女を倒した人は英雄とされたのだから。
そして、全ての責任を背負った魔女は、それでも人々を恨まなかったそうだ。
もともと、長く生き過ぎてそろそろ死にたいと思っていたところだったらしいし、魔法を残す作業をしたかったらしいが、それを除けば悔いはなかったようだ。
ロニエはその時に、この時代でも魔法を広めたいか、と尋ねた。
一度敗れた魔女がまたチャンスを得たのだ。それで何かをしたいと思っても当然だと思ったのだ。
しかし、その回答は欲のないことだった。
魔女信奉団体を潰すこと、ただ一つ。
元々、魔女は魔法を広めるつもりはなかったらしい。魔女信奉団体が勝手に広めたようだ。さらに、魔女が言うには、もうこの世界は魔法から離れすぎてしまっているらしい。そんな状態から魔法を定着させるのは難しい。
また、魔女はすでに死んでいる。死んだ存在がわざわざ世界の在り方にまで手を出すのは間違っていると言っていた。
魔女は、自分が残してしまった負の遺産である魔女信奉団体だけ葬ることができれば、それで十分だと言っていた。
ロニエはすべてが魔女のせいではないことを知っている。だからこそ、魔女が責任をとる必要はないのではないか、と思うのだが、それと同時にわかってしまうこともある。
ロニエは魔女のことを知っているからそう言えるのであって、その他大勢の一般人から見たら、魔女が魔女信奉団体を作ったと言われても仕方のないことだ。
それをわかっているから、そして自覚しているから、魔女は最後の賭けとして転生し、最後の仕事を成そうとしているのだろう。
それに協力するくらいなら、大丈夫だとロニエは思っているから、こうして魔法の勉強をして、いざという時に備えている。
ロニエは素で十分に強い。
同年代ではもはやロニエに勝てる相手はいないだろうし、大人であっても、ロニエに勝てるものはそう多くはない。
しかし、ロニエはそれでは足りないと思っているから魔法を学んでいる。
夢の中で魔女に手も足も出なかったことが、ロニエの頭に強くこびりついて離れない。
その敗北があったから、ロニエはこうして強くなろうとしている。
最初は魔法の勉強が必要なことなのかと疑問に思うところがあった。
魔法なんて勉強しても、魔女が役目を終えて消えてしまえば使えなくなるし、その後はずっと剣術や格闘術でやっていくのだ。
どちらかというとそちらの方が重要に思えた。
だが、実際にやってみてロニエは気付いた。
魔法の勉強は非常に役に立つことに。
人間は魔法が使えなくなっても体内に魔力を持っており、戦う際にそれを無意識に放出していると言うのだ。
魔女が言うには、魔法による身体強化のようなものらしい。正式な魔法ではなく、ただ魔力を使っているだけであるために、身体強化の魔法よりは出力が弱いが、それでも人は無意識のうちに魔力を使う。
魔法はやはり無意識では使えないようだが。
そんなわけで、魔法を学ぶことで、ロニエは魔力使うだけで魔法ではない身体強化でも、使い方をうまくして、さらに強くなることができるのだ。
そうとわかるとロニエは一生懸命に魔法のことを勉強し始めた。
頭の中で魔女が教えてくれるから、説明を受けるだけなら他の人がいる場所でもできるのは便利だ。
ただ、実際に魔法を使うのは人目を気にしなくてはならない。
バレればそこで終わり、くらいに思わなくては、気が緩みそうなのだ。
だからこそ、ロニエは大好きな友だちにも何も言えない。
ロニエは今、学院裏にある森の中で魔法の練習をしている。
たまに中に人が入ってくることを考えるために、体勢を低くしてこっそりと魔法を使っている。これならバレる心配も減る。
さらに、魔法に意識を払いながら、周囲の気配の索敵を行うということを素のもまた訓練に一環としてできるのは良いことだとも思っていた。
この秘密の特訓には別に不満はなかった。
ロニエはそれが必要なことだとわかっていれば、迷うことなくそれができるのだ。そして、魔女の行いに協力することは、するべきことだと思っている。
唯一、この特訓に気にかかることがあるとすれば、それは。
友だちに頼れないということだ。