15 友だちに秘密
「ロニエさん、お体は大丈夫ですか?」
「へ?」
私が学院を欠席した次の日の朝、食堂で朝食をとっている時にエイナが心配そうな表情で尋ねてきた。
ただ、ロニエはとしてはかなり突然なことだったので、返答まで少しタイムラグができてしまったし、口調もどこかぎこちない部分が出てしまった。
「う、うん。大丈夫だよ。今日は、たぶん調子が良いし」
「たぶんって……もう一日くらい休んだ方がいいのではありませんか?万全にしておかなくては、また体調を崩すかもしれませんし」
「ありがとう。でも、大丈夫だよ。今日はちゃんと行くから」
ロニエは笑みを浮かべると、エイナはそれ以上とやかく言うことはできなかった。ロニエという少女は、昔から一度決めたことには頑固なところがあったのを、エイナはよく覚えている。
諦めてようにエイナはため息を吐くと、ジトッとした目をロニエに向ける。
「くれぐれも気を付けてくださいね。体調管理は、冒険者としても必須なんですから」
「どちらかと言うと、生きていく上で必須だよね」
「そう思うのなら、なおのこと気を付けてくださいよ」
「はーい」
今はロニエとエイナが話をしているが、そばにはいつものようにサニエルもいる。
ただ、いつものように眠そうにしていて、食事にだけ集中しているために、会話には入ってこない。それがこの三人でのいつもだった。
そんないつもの食事を終わらせると、三人はそれぞれの部屋で準備を済ませて、一緒に登校することになった。
この準備の段階でサニエルはかなりのんびりとするために、ロニエとエイナは最初から早め早めの行動をしているのだが、それが別に苦になるわけではなく、友だちのことなら当然だと思っている。
それが友情ということなのだろう。
そうして三人で登校していつものように教室前で別れて席に着くと、ロニエは再び考え始めてしまった。
昨日あったこと、そして魔女から聞かされたこと。
そのすべてがロニエに強い衝撃を与えた。
しかし、そんな魔女の話した過去の出来事、魔女がしなくてはならないことよりも、ロニエが今気にしなくてはならないことがあった。
そもそも魔女とはロニエが話したその人が魔女であるなら、ロニエは彼女にそこまで悪意のようなものは感じなかった。ましてや歴史で習うような非道な行いをするような人ではないと感じている。それは直接話したロニエだからこそ感じていることなのだが、大多数の人はそうはいかないだろう。
そもそも、魔女というだけで忌避する人が多い世の中で、そんな魔女について今まで全く違う解釈を述べれば、それは世の中の非難の的となる。それくらいはロニエには予想ができるし、そんなことはしたくない。
ロニエはロニエ自身がどうにかなるのは良くても、自分にかかわりのある人を巻き込むことがとても怖いから。
そして、魔女という存在が恐れられているゆえに、魔法というのも悪しき術ということで、それを肯定するだけで異端認定されかねないのだ。
それら魔女と魔法を肯定する代表例が、魔女信奉団体ということだ。
つまり、ロニエは実質的にその魔女信奉団体と同じような場所にいる可能性が高いということになっている。それはひどく、ロニエは不安にさせる。
ロニエは魔女信奉団体の一員が捕まった場合、どのような処罰を受けるのかは知っている。それは有名貴族の一員であろうとも、周囲からは確実に蔑みの目で見られ、最終的には国から死刑が言い渡される。
それはほぼ確定と言っていい。
そうなると、ロニエの場合確実に他の人、両親などの親戚、地元の人々、そして友だち。
いくらロニエが魔女信奉団体の一員でなくとも、国が、そして世の中がそう判断してしまえば、ロニエは確実に処罰されてしまう。それはこれまで国が辿ってきた歴史から考えると当然のことと言える。
だからこそ、ロニエは強く思う。
自分が魔女と関りがあるなどと言うことがばれてはならない。
そして、自分が魔法を使えるということもバレてはならない。
ロニエは心に強くそう誓った。
「ロニエ、大丈夫?」
隣からサニエルが声をかけてきて、それにロニエはビックリした。
普段ならそんなことはないのだが、考えていたことが考えていたことだけに、今は気が張っているのかもしれない。
「えっと、大丈夫だよ。体調は万全だし」
ロニエは笑みを浮かべてそう答えるが、すぐにこれは失敗だな、と思った。
今のロニエは愛想笑いをしている。しかも相当へたくそな愛想笑いだ。特にサニエルのように優れた武術を持つ人間なら人の動きに過敏に反応する。
そんなサニエルに愛想笑いをするというのは、明らかに何かありますということを言っているのだ。
この後サニエルがどういうのか、少し不安になって、ロニエは気を張り詰めてサニエルが何を言うのか気になった。
「……そうなんだ」
しかし、サニエルは何も言ってこない。
そのことを不思議に思うロニエだったが、せっかくサニエルが何も言わないのだから、自分から何か言うのはおかしいとして、ロニエはそのままにすることにした。
(よく考えると、私ってサニエルのことあんまり知らない。そりゃ、会ってまだ一カ月もたってないけど、本当に表面的なことしか知らないんだな~。まぁ、私も自分のことを詳しくは教えていないから、人のことは言えないんだけど)
ロニエは自分に対してため息を吐くと、何だか自分が嫌になってきた。
そして、そんな自分が友だちに対してかなり重要な秘密を隠し続けることになるということを考えると、さらに嫌な気分になる。
ロニエは思う。
何があってこその友達なのか、と。
ロニエはそれに対して信頼と答えるだろう。
では、信頼とはどこから生まれるか。
相手が信用に値する人間かどうか。
では信用する相手とはどういう相手か。
長い時間を共に過ごしたか、密度の濃い時間を過ごしたか。
それ以外には。
秘密を共有していること。これも友だちにおいては重要だと思う。
秘密を共有していなかったら友だちではないのか。
そうではないとロニエは思っている。ただ、大事な、とても大事な、ロニエの今後、もしかしたらロニエの命にすらかかわることになるかもしれないことを秘密にするのは、ある意味、友だちへの裏切りになるのではないかとロニエは思ってしまう。
では、なぜロニエは友だちに対してそんな秘密を持ってしまうのか。秘密がばれた時、もしくは秘密があると知られたとき、友だちはどのような反応をするのだろうか。
おそらく、ロニエは友だちに心底怒られることになるのだろうと思う。それは間違いない。
それでもなお、ロニエは秘密にし続けるのか。
それに対して、ロニエは即答できる自信があった。答えは秘密にし続ける、だ。
それはなぜか。
友だちにどう思われようとも、ロニエにとっては、間違いなくかけがえのない友達なのだ。そして、友だちだからこそ、ロニエは秘密にし続けるしかないと思う。その先に何があっても、被害にあうのはロニエ一人で十分だと思うために。
ロニエはそうして決意した。
この先、どんなことがあっても、友だちは大切にする。そのために、ロニエはどこまでも秘密にし続け、そして友だちに何と言われようとも、その秘密を守らなくてはならないと思った。
自分のため、そしてそれ以上に、友だちのために。