10 少女と本
夜中にロニエは、ふと目を覚ました。
隣のベッドには、相変わらず心地よさそうに寝息を立てているサニエルがいる。
ロニエは今の時間を確認しようと、枕もとの時計を見ると、その時刻はまだ午前三時を指していて、起床の六時半まではかなり時間があった。
(もう一回寝よ)
そう思い、ロニエは布団をかぶって目を閉じた。
今は寝ぼけているため、二度寝は容易く、すぐに自分が眠りにつくのがわかった。
(あぁ、こういう時は気分が良い)
そして気付けば、ロニエは再び夢の世界へと入っていった。
♢♢♢
一人の少女が、一冊の本を読んでいた。
その少女がいる場所は、家の近くのベンチ。
少女の家はとても貧しく、あまり広くないので、家の中を駆け回る弟たちから逃げてきた。
少女は本を読むのは好きだ。
貧しい少女にとって、本が数少ない娯楽だったことも理由の一つだったが、それ以上に、次々と知識を自分のものにしていける本というものに惹かれた。
家にあった数少ない本は、すでにもう読み終わっていて、今読んでいるのは誕生日に両親に買ってもらったものだ。
少女の家にとっては少なくな出費だったが、少女が常日頃から両親の言うことを聞く、いわゆる良い子であったことから、両親は快くプレゼントしてくれた。
近くで少女と同年代くらいの子どもたちが、楽しそうに遊んでいるのが目に入った。
少女は少しだけ本から顔を上げ、そしてすぐに本へと視線を落とした。
(友達は要らない。本があればいい。本があれば、それでいい)
外でよく本を読む少女は、よく目にする光景に、毎度のごとく同じことを思った。
少女は両親の苦労をよく知っている。
間近で見てきた。
それは他の子どもたちと同じことだが、違うところは、少女はそれを何とかできないか、と思い、独学で学び始めたことだ。
他の子どもたち、そして少女の二人の弟は、村で行われる学校というものに通っていた。
そこでは様々なことを学べるらしく、友達もたくさんできるそうだ。
しかし、少女は家の手伝いがあるために、学校には行けない。
今はその休憩ということで、少女の一日の中での短い自由時間だ。
「ふう……」
少女は広げていた本を閉じ、その拍子が目の前に見えるように持ち上げた。
そして、満足そうな顔で、その本を眺めた。
「読み終わった」
今回の本も、少女にとってはとても面白い内容だった。
やはり、これを選んで正解だったと思えた。
しかし、それと同時に少し悲しい気分にもなった。
この本が読み終わるということは、その先のことも少女はわかっていた。
自分の家が、貧しいこの村の中でも、特に貧しい部類に入っていることをよくわかっていた。
「この本……またなくなっちゃうんだ」
少女は両親に本を買ってもらう代わりとして、読み終わったら、その本を売りに出すということを約束していた。
そうすることで、少しでもお金を得ようとしていた。
悲しいことに、今少女の家に必要なのは、どこまでいっても金だったからだ。
少女は、本を一度ぎゅっと抱きしめ、そうして空を見上げた。
この世界にあるものを見た。
この世界はとても広く、少女の住む村など、大した大きさでないことを知っている。
この村にあるもの、植物や建物、動物なども、地域によっては様々で、世界には驚くべき姿をしたものだってあることを知っている。
村をよりも大きい町、町よりも大きい国というものがあり、それを治める人がいることを知っている。
人が大体どれくらいまで寿命があるのか、そしてそれ以外にも病気や事故、そして戦争などで人が死んでしまうことも知っている。
少女は様々なことを知っていた。
その知識の幅と量は、子どもとは決して思えないほどのもので、村の大人たちですら知らないことまで知っていた。
本当に多くのことを知っていた少女だが、そのことを大人たちはわかっていない。
少女は本をよく読んでいることで有名だった。
もしも、学校に通わせていれば、どれだけ優秀な子に育つのか、と言われるほどに。
ただ、大人たちは少女が本を読むことを称賛するが、その結果、どのような知識を得ているのかを知らなかった。
少女に本を買ってあげている両親でさえも、二人にあまり知識がないゆえに、少女が買ってほしいとお願いした本が、一体どんなものなのかを理解していなかった。
少女もあまり多くのことを語らない性格だったこともあり、少女に蓄えられていた知識は、その真価を発揮することなく、ただそこにあった。
そして、それらの知識を披露しないがために、少女自身が他とどれだけ違っているんかということに気付かず、少女がどれだけすごいのかを気付くことが、少女自身ですらなかった。
「あ、鳥……」
少女が見上げる青い空に、一つの影が通り過ぎた。
その一瞬に少女が捉えた鳥の姿に、少女は笑みを浮かべた。
その鳥は、ここら辺ではあまり見かけることのない種類の鳥で、今の時期は渡りをしているはずだった。
渡りの最中に群れからはぐれてしまったのかと推測した少女は、以前に読んだ本にあった、その鳥に関する情報を出してきた。
その知識はすぐに出てきた。
「ヒバリメ、体長は基本的に十五センチから二十センチ。全身が茶糸の羽毛で覆われているが、特徴として腹に二本だけ白い線が入っている」
口に出したことは、今の段階で少女に読める時だけ。
それは全体の説明の二割程度だった。
残りの八割は、今の少女には読めなかった。
しかし、読めないけど、覚えている。
読めない字を、見たまま覚えている。
そして、少女がその本を読んだのは、二年前にたった一度だけ。
そのことを大人たちに言えば、それは素晴らしいことだと言われただろう。
今以上に自慢にもなったはずだ。
それでも、少女はそれを素晴らしいものだとは思っていない。
他人との交流が少ない少女だからこそ、自分自身を普通だ、と思い込んでしまっていたのだ。
もっと誰かが早くに気付いていれば、少女はさらに良い人生を歩むことができたかもしれなかった。