9 魔女の逸話
「ふぁ~、今日もいい天気」
ロニエは教室内で、青く晴れ渡る空を眺めた。
「いきなりどうしたの?」
隣のサニエルが、突如言い出したロニエに尋ねた。
「いや、特にどうっていうわけじゃないんだけど、何となくそう思いたかっただけ」
「思い、たかった?」
「うん。重たかったの」
「よくわかんないけど、何もないならいいや。私は寝る」
そう言って机に突っ伏してすぐに寝息を立てるサニエルに、ロニエは慌てたようにその肩をゆすって声をかける。
「いくら休み時間でも、もうすぐ次の授業が始まるよ。起きて」
「むにゃむにゃ……ごはんおいし……むにゃむにゃ」
「本格的に寝ちゃってる。どうしよう?」
こういう風にして授業中にサニエルが寝るのは、この学院に入学してからいつものことだ。
いつも普通の人以上に寝ているというのに、授業中にも寝て、もはや一日の半分を寝て過ごしているくらいだ。
寝すぎて食事を抜いてしまうことだってある。
「不規則な生活をしてるのに……こうだもんね」
ロニエが残念そうに視線を落として見るのは、サニエルが突っ伏しているために、机に押し付けられているサニエルの豊満な胸だった。
「同い年でこれって、どうなんだろう?やっぱり、寝る子は育つ、とか?」
納得のいかない不条理に悩んでいると、教室に次の授業の先生が入ってきて、ロニエはサニエルを起こすのをあきらめた。
そうしていれば、いつものようにサニエルが怒られるようになるが、そうしてもなかなか起きないのだから、あきらめる時はしっかりとあきらめた方がいいと、ロニエはサニエルという少女のことをわかっていた。
(これで卒業できるのかな、この子)
サニエルの面倒を見ていると、まるで手のかかる子どもを持ったような気分だった。
それはとても大変な、手のかかる子どもなのだが。
♢♢♢
「このように、魔女と呼ばれた存在によって、この世界は一度危機に陥りました」
ロニエのクラスの今の授業は、魔女と魔法についてだ。
授業を担当するのは、担任のリアンナ先生。
そこで学ぶことは、一般常識として知られていることから、普通では教えてもらえないような裏話など、歴史として学ぶ。
「およそ五百年前の出来事で、当時は大混乱に陥りました。それはなぜかわかりますか?」
リアンナが生徒たちに問いかけると、少しの空白があって、一人の生徒が答えた。
「研究が始まってから、間もないものだったからです」
「その通り。魔法とは魔女によって見つけ出され、そこから各国の研究者たちが、懸命に調べていったもの。
ですが、その魔法を理解するのはとても難しく、研究が始まって百年経って、ようやく基本的な構造を理解して、魔法を使えるようになりました」
リアンナが、その魔法の研究が辿ってきた流れを、黒板に書き記す。
ロニエは両親からすでに教えられていて、すでに知っていたことだったが、授業という時間の中での義務感から、自然と手が動く。
もちろん、隣ではサニエルが爆睡中だ。
リアンナは早くもあきらめているのか、当初数回注意することはあったが、その変わらない姿勢に根負けしたようだ。
ゆえに、リアンナはもうサニエルのことを気にしないようにして、授業を進める。
「魔法を使えるようになり、その技術は世間に公に公表され、多くの人が使えるようになりました。
魔法とは本来、体内にある魔力を使うもので、人は生まれながらに魔力を持っているからです。
魔法を使えるようになって、人々の生活は変わっていこうとしていました。
これから満ちていく活気に期待し、胸を躍らせていました。
しかし、それは長くは続きませんでした」
リアンナがその後に説明することは、童話にもなっていることで、誰もがわかっていた。
「魔法を使うことによる異変が起きました。
原因を各国の研究者たちは、必死になって探しました。
それも当然です。なぜなら、魔法という魅力的な新技術を、たった百年という歳月で失いたくなかったからです。
ようやくこれからという時に、そんなことが起きてしまい、研究者たちが必死になって調べた結果、ある結果にたどり着きました。
その異変の原因が、魔法を最初に編み出した、魔女にあるということに気付いたのです。
魔女は不老不死の肉体を持つと言われていて、百年がたったその時も、まだ若い姿のままだったそうです。
当然、魔女を滅ぼそうと考えることでしょう。
ですが、そこには魔法を失ってしまうというリスクが存在しました。
そこに悩みに悩んでいる最中、のちに勇者と呼ばれる一人の男が立ち上がりました。
その男は、混乱する各国の人々を鎮め、魔女を討ち果たしたそうです。
それによって、魔法を失われ、異変もなくなりました。
それ以来、魔法を使える者は、誰一人として現れていません」
リアンナはひと段落というように、息をつく。
生徒たちは、童話として語られているそこまでの話は、すべて理解できていた。
理解できていたが、さすがに、リアンナが話そうとしている本番、その先について知っている人は、誰もいなかった。
「魔女が滅ぼされ、魔法が使えなくなった現在ですが、ある団体が、魔女を強く信奉しています。
その団体は、魔女信奉団体。
彼らは魔女を信奉し、魔女の復活を目的としています。
そして、魔女の使っていた魔法に似て技術、『魔術』を使います」
リアンナの話に、教室内がざわついた。
魔法ではない魔術。
それは、ロニエでも聞いたことがないことだった。
「これは最近判明したことで、あまり世間には広まっていないでしょうね。
この学院でのみ教えていることだし。
とにかく、魔術、というものが存在します。
これは明確な原理はわかっていませんが、どうやら魔法と同じような効果を持つものです」
「それでは、魔法と同じなんじゃないですか?」
生徒の一人が質問すると、リアンナは首を横に振った。
「いいえ。
魔法とは違うもの、という認識です。
正確なことはわかっていませんが、似て非なる技術である、ということ。
それをわかっていてください」
「魔女信奉団体って、一体どういうことをしているんですか?」
今度は、別の生徒が質問をした。
そしてそれは、その生徒だけでなく、ロニエも気になっていたことだった。
「魔女信奉団体。
彼らのやることを、各国はまだわかっていません。
そもそも彼らと出会うことなど、冒険者になっても、生涯で一度あることすら珍しいのです。出現率もかなり低い。
存在すら怪しい団体で、しかし、それでも確実に存在する。
不気味、としか言えませんね」
リアンナの説明で、納得できるものなどそうはいないだろう。
ロニエも、納得はできなかったし、もっと知りたかった。
しかし、相手もわからないことを教えろと言っても、それは無駄なことだ。
ただ、リアンナの説明でわかるのは、その魔女信奉団体に関わるようなことは、ない方が絶対に良いということだ。