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第一章その4

「とりあえず生でいいか?」

「ああ、あと枝豆な」

「唐揚げも、だろ?」

「さすがは相棒」

 目の前の人物は見るからにウキウキと浮かれている。じらす選択をチラリと考えるが、子どもの様な友人にその考えはすぐに消えた。

「何かあったのか?」

 恭平の言葉をまっていたかのように修が飛びついた。

「分かるか?」

「『早く聞いてくれ』って顔にも身体にも書いてあるぞ」

「実はな、三咲が妊娠した」

「……まじか?!」

 恭平の中のおおよその予想とは違う報告に、思考が追いつくのが少し遅れた。

「まじだよ。大まじ」

 あからさまな浮かれ様にも納得がいく。修が結婚したのは7年も前だ。世間一般的に言えば未だに子どもがいないことの方が不思議な位だろう。それに加え、修は昔から大の子ども好きだ。結婚して1年もすれば当然子どもが産まれるかと思っていた。

「お前が父親か。おめでとう。本当に。…いや、てっきり県警に移動になったとかそういう類いの話かと思ったよ」

 恭平の言葉に浮かれていた修の表情が落ち着く。

「んな訳ないだろ」

 学生時代から全く変わらない、真面目な時の優しい表情だ。

「修…」

 恭平の言葉を遮るように生ビールが運ばれてくる。アルバイトであろう若い女性店員の明るい声が妙に耳に響く。

「とりあえず乾杯だろ」

「おめでとう」

「どうもな」

 ビールの冷たさと苦さが喉に染みた。

「…修、もういいぞ」

「何が?」

 分かりきっている話なのに、修は質問を返した。それ以上は言うな。言っても、自分の決心は変わらない。そういう意味だ。

「恭平こそ、明日給料日だろ?行くのか?」

「ああ」

「お前も、もういいんじゃないのか?いや、そういう意味じゃなくてさ……本当に、もういいんじゃないのか?」

「そのことは、もういい」

 互いに何度も同じフレーズを繰り返しながら枝豆と唐揚げとビールを順番に口に運ぶ。恭平にはそれ以上言うなと言っておきながら、修の顔は納得していない。

「俺は、お前に幸せになって欲しいんだ」

「やめろ。今日はお前のお祝いだ」

「お祝いはもう終わりだ。今日は、俺が今までにない幸せを感じている今だから、お前に言ってやりたい」

 修は微妙に顔を伏せている。

「酔ったか?」

「酔ってない。ちゃかすな」

 前を見た修の表情は強かった。

「今日だって、報告もそうだけど、お前とちゃんと話したいと思って誘った」

「ちゃんと話し合ってただろ?」

「何年も前の話だ」

「俺の気持ちは変わらない」

「だから、変わってないんだろ?」

 そう切り返してきたか。多少の酒が入ると変に頭のきれる友人に対して恭平は苦笑するしかなかった。

「俺だって変わってない。誰も変わってない。そうだ、最近は双葉ちゃんの方から学校へ行く前に交番に顔を出してくれるよ。『おはようございます。元気です。行ってきます』って」

「そうか」

「今年で学校も終わりだろ?」

「ああ。就職活動が始まるって、先月会った時に意気込んでたよ」

「彼女ならきっと良い所が見つかる」

「そうだな」

「…恭平お前、まさかとは思うけど変なこと考えてないよな?」

「何だよ変なことって」

「双葉ちゃんの就職が決まったら…とか」

「修、やっぱり飲み過ぎだよお前」

「今夜はとことん飲むぞ。何しろ明日休みだからな」

「俺は仕事だよ。……修、俺も、お前には幸せになって欲しい」

「何だよ、お前も酔ってんのか?」

「聞けよ」

「聞いてるさ」

「お前、ずっと言ってたろ?県警の機動捜査隊に行くのが目標だって」

「恭平、勘違いするなよ。俺は、今の場所に自分の意志で残ってる。誰の指示でもない、俺の意志だ。俺の役目は終わった、俺の居場所はここじゃないと、俺が自分でそう思ったら、県警にでも捜査1課にでもどこにでも移動願いを出す。だからその話は、そんな心配はもうするな」

 そう言った友人は偽りなく笑っていた。



「もう、本当にごめんなさいね恭平くん」

 車の助手席に深く座り込み、口を開けて寝ている夫を見て、三咲はため息をついた。

「ウザかったでしょ?」

 そう言って笑った顔は、後ろで寝ている人物にどことなく似ていると思った。

「三咲ちゃん、妊娠したんだってな。おめでとう」

「ありがとう」

 三咲が両手でお腹を優しく撫でる。少し間が空き、可笑しそうにクスッと笑った。

「あの人、バカみたいに喜んでたでしょ?」

「もう、ウキウキを絵に描いたみたいだった」

「やっと、ここに来てくれたの」

 今度は大切そうにお腹を包みながら、三咲が修の傍に寄る。

「別に、意識して今まで子どもを作らなかったとか、どっちかができにくい体質だったとかじゃなかったんだけど…」

「うん」

「修さんがね、『きっと、今だったんだ』って。『神様なんて信じてないけど、きっと神様とかそこら辺の奴が、もういいよって、赤ちゃんにも俺達にも言ってくれてるんだ』って言ってたの」

「うん」

「恭平くん」

「うん」

「神様とかそこら辺の奴らさんは、きっと恭平くんにも『もういいよ』って言ってる」

「……」

「私、今すごく幸せだよ。恭平くんにも幸せになって欲しいってずっとずっと思ってた」

「夫婦だな」

「え?」

「修にも同じこと言われたよ。夫婦って顔つきとか言うこととかが似てくるって言うけど、本当なんだな」

 恭平の言葉に三咲が子ども様に歯を出して笑った。

「えー、修さんと似てるってどうなんだか」

二人を乗せた車を見送り、恭平は空を見上げた。街明かりのせいで、星なんてその存在すら感じられない。そのまま、暗闇の中に吸い込まれそうになる。



『もう、いいのか?』

「……」

『本当に、もういいなんて思ってんのか?』

「思ってないさ」

『お前、自分が何者なのか忘れたのか?』

「忘れてない」

『お前は犯罪者だ』



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